第82話 元気でいこう




「いよいよ明日だ。みんな、準備はいいよね」


「おう!」


 落ち着いた声で話す藍城あいしろ委員長に、みんなが返事を返す。


 正確には「はい」とか「うぃす」とか「はぁい」とかいろいろなのだけど、気持ちはひとつということで。ちなみに俺は「おう」派。



 明日、俺たち一年一組にとって三回目になる迷宮レベリングが実施される。俺を含む四人が遭難してしまった第二回からだと中五日。頻度としてどうなのかはわからない。


 今こうしてみんながやっているのは、最終ミーティングだ。

 なにかこうノリが体育祭の前日みたいになっているあたり、俺たちも迷宮で魔獣を倒すというコトに麻痺したというか慣れたというか、なんとも複雑な気持ちになる。

 まだまだ不安そうな仲間もいるにはいるのだが。


 とはいえ、俺たちはこの五日間をがんばった。初日こそ貴族乱入があったけれど、それすら糧にしてやるべきことをやってきたと思う。


『やれることを全部やろう』


 クラスのスローガンに基づき各人がそれぞれ課題を設定して、みんなと相談しながら努力をしてきた自覚がある。

 神授職のせいで決められたロール、もともとの得意分野と不得意分野、積極的なのもいれば引っ込み思案もいる。そんなバラバラな連中がお互いを補い合いながらがんばった。ひとりでやるよりはるかに効率的にコトが進むのを実感できて、それが妙に嬉しい。



 今をたとえるならRPGでいうところの序盤の終わりくらいかもしれない。

 だいたいのシステムがわかってきて、敵ともある程度戦って、やれることが増えてきたからどこを強化していこうかと迷うあたり。しかも練習していることがちょうどいいくらいに身に付き始めて、それを実感している感覚。

 最初の頃に比べたら確実に強くなれていて、ここからまだまだ上達できる手ごたえだ。


 あんまりゲームっぽく考えてはダメだとわかってはいるけれど、これをスポーツに置き換えれば、すごく健全な雰囲気になる。俺の場合は文芸部に入る予定だったから、自作小説のプロットとか設定が煮詰まってきて、冒頭を書き終わったくらいかもしれない。我ながら実にわかりにくい表現だな。


 しかも技能が熟練度システムなのが、これまたタチが悪い。

 使えば使っただけ伸びが実感できるとか、俺たちみたいなのには反則だ。何度魔力切れをおこして、回復時間が待ち遠しかったことか。



「ええっと、みんなが感慨にふけるのはわからなくもないけど、ちゃんとしようね」


「おう!」


「前回は事故が起きてるんだから、罠には気を付けよう」


「おう!」


 ワザと軽いノリで、それでも大事なことを並べていく委員長に、そのたびみんなが返事をしていく。ちょっと面白いノリだ。

 半笑いになってきた委員長が、それを誤魔化すように軽いため息を吐いた。


「……まだ途中だけど、中宮なかみやさん、なにかある?」


「調子に乗ったり、腑抜けた態度を見かけたら、その人の分の経験値は他に回すから。わかったわね?」


「はいっ!」


 なぜか中宮さんに返事をするときだけは「はい」で統一された。

 緊迫感というか、別の意味で元気があってよろしい。……もちろん俺も。


 一年一組の委員長と副委員長は飴と鞭を使ってくる。



「今日は夜更かししないでキッチリ睡眠を取るように」


「【睡眠】あるんだけど」


「それでもまあ、気構えだよ」


 たまに入るツッコミがあれば、委員長は律儀にそれに答えていく。


「忘れ物がないか、今晩と明日の朝、二回確認は忘れないようにしよう」


「おう!」


 それにしたって、だんだん学年が下がってきているような気がしてきたぞ。



 委員長もワザとやっているんだろう。みんなの様子を探りながら軽いノリにもっていっている。


 一部気弱な連中の声が、心持ち小さい。

 白石しらいしさん、藤永ふじなが深山みやまさんあたりか。

 そう考えると野来のき夏樹なつきはオドオド感が随分となくなったな。自信をつけたのか開き直ったのか。


 逆にひねくれグループの佩丘はきおか田村たむらなんかは、呆れながら笑い顔になってきた。中宮さんや綿原わたはらさんもそうかな。先生まで半笑いになっている。


 強気なヤツらと弱気な連中の両方の硬さをほぐすように、敢えてこういうノリで話を進めているのがよくわかる。

 そういう部分が委員長の上手いところだ。



「最後に、とりあえずの目標は全員が四階位だけど、ムリだけは絶対ダメ。これだけは冗談でもなんでもなく、本当にダメだから、頼むよ?」


「おおう!」


 ついにみんなの声がひとつになった。


「では先生からも一言お願いできますか」


 飴と鞭に続いて、こんどはゲンコツの登場だ。

 端の方でみんなを見守っていた先生が口を開く。



「勝負を前日に控えた状況で気を張りすぎてはいけません。だからといって緩みすぎるのも良くないですね」


 英語の先生による、戦闘前の心構え講座だ。意味不明なフレーズになってるな。

 戦いを知る人間として語る先生の言葉には、説得力が込められている。


「一番いけないのは慢心です。努力を重ねてきたからこそ夢想しがちで、同時にこれは不安の裏返しともいえるでしょう。慢心と虚勢は同居するものと思ってください」


 がんばってきたし、強くなっている自信もある。手ごたえも感じて、迷宮にも慣れてきた。俺たちはやれる──。

 物語なら最大級の事故フラグだな。


 先生はそれに巨大な釘を刺してくれた。


「驕ってはいけないし、卑屈もまたいけません。ですがベストコンディションとは、その両方を呑み込んで、初めて成立するものです」


「先生、それって難しいです!」


 奉谷ほうたにさんがちっとも難しくなさそうな顔で、元気に手を挙げた。


「さいわいこの世界には【平静】や【高揚】があって、奉谷さんと白石さんが応援もしてくれますから、フル活用してしまいましょう」


 地球にもあれば受験生やスポーツ選手は大喜びしていただろうか。全員が持っていればイーブンなのかな。

 似たようなことを考えたのか、先生はちょっとだけ苦笑を浮かべた。



「大丈夫ですよ。元気に、気軽にやりましょう」


 あらかじめフラグを立てておけば自分でへし折ることができる。先生はそう言いたいらしい。



 三階位なのが十四人。さすがに一層だと、一度で全員が四階位はムリだと思う。あくまで目標というレベルだ。

 ただ今回は初心者区画、通称『始まりの修練場』は軽く流すだけで、本命はその先だ。



 ◇◇◇



「君たちと迷宮入りする日が来るとはね」


「し、シシルノさんの鎧姿もカッコいいです」


「そうかい? ははっ、シライシくんにそう言ってもらえるのは嬉しいね」


 うしろの方からシシルノさんと白石さんの会話が聞こえる。なんかすっかり教授と助手って感じだな。ちょっとうらやましいかもしれない。


 迷宮一層への階段は魔獣が出ない安全地帯だ。そこを降りている面々は単調な道のりを会話で潰しながら進んでいく。


 今回の迷宮行に参加しているのは俺たち一年一組のほかに、護衛としてヒルロッドさんたち『灰羽』ミームス隊から七名の騎士、【聖術師】おばあちゃんのシャーレアさん、シシルノさん、そして『運び屋』さんが十人だ。

 俺たちは前回までのように分散しないで魔獣と戦うという提案をしたわけだが、王国側がそれを受け入れてくれた形になる。『黄石』のジェブリーさんやヴェッツさんたちがいないのがちょっと寂しいかな。



「なあ、ヤヅ」


「はい?」


 前の方を歩いていた俺に、なにげない風でヒルロッドさんが話しかけてきた。


「実際のところ、君の【観察】はどういうことができるのかな」


「……そうですね」


 ヒルロッドさんにしては珍しく突っ込んだ質問だ。なにか思うところがあるのか、それともありもしない秘密を暴きたいのか。

 変に勘繰られても仕方ないと、別スキルとの組み合わせ効果以外、【観察】のことは話してはあるのだけど。



 俺たちはもう技能を隠していない。

 一年一組の戦闘力がバレるという意味では痛し痒しだけど、二層滑落事故の反省を踏まえて、王国側にも俺たちにできることをある程度知っておいてもらった方がいいという判断になったからだ。

 どうせ『勇者チート』たる『内魔力』が多いというのはシシルノさんの【魔力視】でバレている。


 なによりクラスメイトの中に特殊で強力な『ユニークスキル』を授かった仲間がひとりもいなかったというのが大きい。

 強いていえば俺の【観察】、綿原さんの【鮫術】とついでに【血術】、藤永の【雷術】なんかは未知だったり、かなりレアなのだけど、すでに正体は割れている。


 むしろ俺たちが秘密にしているのは、魔力の色が同じという『クラスチート』と、先生と中宮さんが持っている『地球の武術』だ。そっちは本当の意味で俺たちの秘密兵器として扱っている。



 ここまでみんなが取得した技能は、王国側基準だと実に基礎的なものばかりだ。そこまでするかというレベルで基本技能が並んでいる。

 全員が【平静】と【睡眠】を持っていると聞いたヒルロッドさんは、手で目を覆ったものだった。なんてもったいないことをするのか、と。


 そういうわけで、いまさら【観察】について質問されても困る、というのが俺の正直な感想なのだけど。


「説明が難しいですけど、視界に入ったモノがやたらよく見える技能、ですね」


 前に聞かれたときと同じような回答をするしかない。本当に嘘は言っていないわけだし。


「そうだった、な」


 言うやいなや、ヒルロッドさんは左腰に下げていた剣に触れた。

 直後、チィンという軽い音がして、それだけで何が起きたわけでもない。近くにいた委員長なんかは首を傾げるだけだった。



「見えたかな、ヤヅ」


「……剣を抜いてから鞘に戻した、ですよね?」


「なるほど、今のも見えるのか。これでも剣の扱いに自信はあるのだけどね」


 お互いに微妙な嘘が混じっているぞ。

 ヒルロッドさんは今、剣を抜いて『縦に一回振り切って』から鞘に戻したじゃないか。滅茶苦茶速くて、全く反応できなかったけど。

 情報の一部だけを伝えると真意が捻じ曲がるって、あれはメディアリテラシーとかだったか。


 ついでに今のだけど、先生と中宮さんも見えていたと思う。視界の端で二人が顔をしかめていたのが見えたから。



「先日の滑落事故の報告書を読んで思ったんだよ」


「はあ」


 いきなりの話題転換に変な返事をしてしまった。


「君たち四人が生還できたのは、もちろん各人が全力を振り絞ったからなのは間違いない」


「そうですね。本当にギリギリでしたけど」


「その中でも重要な要素だと俺が考えるのは、君の選んだ経路だ」


 あの報告書でバレるのか。それは仕方ないけれど、さすがは迷宮の経験が豊富な教導騎士団だ。


「地図を見て熟考すれば誰でもできることかもしれない。だが三階位が二層でそれをやれと言われて、易々とできることではないだろうね。ましてや魔獣が多い今の二層で」


「ええまあ、はい」


 完全に見抜かれているな。もうどうしようもないか。


「運が良かったのが大きいですけど、もちろん【観察】のお陰です」


「……そうか。それをどうこう詮索するつもりはないよ」


 それが本心であるかのように、ヒルロッドさんはいつもの疲れ顔で笑っていた。



「迷宮を進むために必要なモノは、なにも戦闘力だけではないのはわかっているね?」


「はい」


「指示を出す者、盾を使って守る者、【聖術】で癒す者、もちろん攻撃を主に担当する者、全てが大切だ」


 ヒルロッドさんの言うそれは、一年一組が目指している迷宮探索の姿そのものだ。


「近衛騎士に言っても、なかなかわかってくれないのだけどね。ははは」


 近衛騎士の場合、守りがメインだから仕方ない部分はあるだろうけど、迷宮探索だって重要な任務のはずだ。ヒルロッドさんの苦労が偲ばれる。


「ヤヅ。君には君にできる立派な力がある。頼りにしているからね」


 その言葉を、最近いろんな人から言われるようになった。


 そろそろ自分で自分を認めてもいいかもしれないな、俺はちゃんと役立っているって。

 けれどここでは止まれない。まだまだ俺には先があるはずだって思っていたいから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る