第4話 『勇者との約定』
「羨ましいな。そういう信頼関係」
「あら、わたしは八津くんも信頼するようにしてるわよ?」
会ってまだ三日目なんだが、俺のどのあたりに信頼できる要素があるのだろう。
それをこれから見つけてくれるという意味だとしたら、
「憶えてくれていないのね。小学の二年まで一緒のクラスだったでしょ? わたしは憶えているわ」
「すごい記憶力だね。ごめん、俺は全然だ」
「ふふっ、それにここ十日、学校以外で三回も会ってるじゃない」
「三回? どういうこと?」
「ないしょ。そのうち教えてあげるわ。それより、偉い人のお話が始まるみたいよ」
そんな彼女は神授職が決まったときのようにもにゅっとした笑顔を浮かべていた。なぜだろう、不思議と信じて安心させてくれるような表情だった。
そうしているうちに全員が食事を終えて、メイドさんたちが皿を片付けに入っていた。
いよいよだ。綿原さんのないしょが気になるけど、それは後回しだな。
「さてでは君たちの今後について、話をしよう」
第一王子の声に、皆が表情を硬くした。
◇◇◇
「君たちはこの国が正式に認めた勇者だ」
そっちが勝手にだろ、という感想しか出てこない発言から王子様の独演会が始まった。
「まずは前提として、この国と勇者についてからだね」
そこからが長かった。これが普通の授業なら絶対寝ていただろうというくらい。
それでもコトがコトだ。クラスメイトたちは黙って話を聞いている。俺はといえば、世界設定やテンプレの答え合わせを聞くような気分で、誰かに知られたら怒られそうだが少しだけ楽しんでいた。
この国の名はアウローニヤ。王様がいる以上、王国だ。
もともとは大陸中北部の森林地帯でしかなかった土地を切り拓いて作られたらしい。
理由は大河の支流と『迷宮』があったから。
むかしむかし五百年程前、あるとき突然、のちに『勇者』と呼ばれる人たちが現われた。その場所こそが俺たちが呼び出されて、さっきまでいたところだ。
当時はただ迷宮の入り口というだけの場所だったらしい。長い年月をかけてそこが部屋になり、今では王城の一角。すごい歴史を感じさせる話だ。
王子は歌うように誇らしげに語る。
黒髪黒目が特徴の彼らは、明らかに開拓者たちとは人種が異なっていた。
それでも勇者たちは開拓民たちと打ち解け、協力関係を築く。多大な知識を民に与え、魔獣を駆逐し、魔族を北方に追いやり、最終的にアウローニヤの基盤を作り上げたのだ。
これだけの話を王子は身振り手振りを混ぜながら大袈裟に語りまくった。額に輝く汗が絶妙にウザい。隣にいるガタいのデカい
「その後、勇者たちは現地の民との子を残し、北へと旅立った。魔王を討伐するために!」
やっと勇者らしい話になってきた。
とはいえその勇者たちがどうにも怪しい。
黒髪黒目で『ニエ=ホゥン』とかいう国から来ただとか。それは日本なのか、それともベトナムや中国の街の名前なのか、判別がつきにくいフレーズだ。
それなのに勇者の名前が『アーサァ』とか『グレィン』とか『ライディン』とか、絶対に偽名か後付けだろう。
ヘタをすると俺たちの来た地球じゃない可能性まであるぞ。
「その勇者の子が初代の王となり、アウローニヤが建国されたのだよ。それ以来勇者の血は、王家に引き継がれている。もちろん私にも」
「勇者はどうなったんですか?」
前列の方にいた男子が口を挟んだ。すごいな、ここで割り込めるのか。
けれど、しかりみたいな顔をして王子は答える。
「見事魔王を討伐したと伝えられている」
伝えられている? なんでそこだけ言い切らない。
「アウローニヤに戻ってこなかったのだよ。魔王との闘いで互いに命を燃やし尽くしたのか、それとも元の世界に帰還したのか。西の地において生涯を終えたという説もある。結論としては彼らがどうなったのか、わからないのだ。どうして現れ、どうやって去っていったのか」
おいおい、それをそのまま受け止めると、俺たちの帰還条件がウヤムヤになっていないか?
「それまで彼らは『黒髪の民』と呼ばれていた。されど建国に連なる献身、魔王を討伐した勇気ある功績を讃え、いつか彼らは『勇者』と呼ばれるようになったのだ」
成し遂げたから勇者ということか。ならば、まだなにもしていないのに勇者扱いされている俺たちは何者なんだ。
◇◇◇
「そして君たちだ。我々王国の民はそのすべてが勇者を信奉している。これまでの話を聞いてくれたなら、わかるね?」
皆が頷く。まあすごかったんだろう。なにせ魔王を倒したくらいだ。
それより帰る方法の方がずっと気になるけれど、今は最後まで話を聞くしかない。
「勇者たちがアウローニヤを旅立つ時に残した口伝、それが『勇者との約定』だ」
王子がふっと微笑む。なんかキザったらしいな。女子がどんな顔をしているのか気になってしまうが、正面に見える綿原さんの横顔はスンと固まったままだ。少しだけ王子のことをいい気味だと思ってしまった自分が情けない。
「いつかもしまた『黒髪の民』が現われたならば、法の範囲内で構わない、最恵待遇で勇者同様の者として扱ってほしい。そしてその時代を生きることができるくらいに、力をつける手助けをしてほしい」
その言葉を聞いてクラスメイトたちが安心したように息を吐いた。たしかに身の安全は大丈夫そうに聞こえる。だけどだ。
さりげなく語られた不穏な単語。『力をつける』?
やっぱりそういうことなのか。『神授職』なんてものがあれば、嫌でも想像してしまう。
「その者たちは国を救うことになるだろうから」
ここまで物語を聞くようにしていたみんなの顔色が、一気に反転してどんよりになってしまった。
なんでそんな余計な一文がくっ付いてるんだよ!
「あの、よろしいでしょうか」
「君は……ナカミヤか。なにかな?」
名前を把握していなかったんだろう。横の王女がぼそぼそっと耳打ちされてから王子が促した。
「国を救うとありましたが、今この国になにかしらの危機があるのでしょうか?」
彼女は
鋭い目つきを持っているが、とても整った顔立ちをしていると思う。艶やかな黒髪を高い位置でしばって垂らし、イメージとしては物静かだけどしっかりした芯が通っている、まさにサムライガールと言ったところか。
山士幌高校に来て驚いたのだが、ウチのクラスは可愛い子から美人さんまで、整った女子が多いと思う。
「国を維持するということは、つねに危機と隣り合わせだよ。詳しい話は明日にでも担当者から伝えさせることにしよう」
王子様め、はぐらかしたぞ。どんな危ないことが待っているかわからないということじゃないか。もしくは隠しているか。
まさかとは思いたいけど、戦争みたいな人殺しはまっぴらだ。
「先に王陛下が宣言したように、アウローニヤ王国は『勇者との約定』の履行を決定した。これは覆りようのないことであるし、事実として君たちにはこの離宮が与えられている」
ああ、なんとなくわかってきた。この国は勇者が作って歴代の王様は勇者の末裔ってことになっている。嘘かホントかはこの際どうでもいいのだろう。
それでも俺たちを勇者の末裔としたいのなら、『勇者との約定』は守らなければならない。むしろすすんで守るんだろう。それこそが王家の権威付けになるのだから。
重要なのはそれが俺たちにとってどれくらいのメリットになるのか、そして無事に帰ることができるのか。
「よろしいでしょうか」
「どうぞ」
次に手を挙げたのはメガネがクールな
「私たち二十二人がここに呼ばれたのは意図的ですか? それとも偶発的事象なのでしょうか」
「それは……」
先生がしたのは面白い視点からの質問だった。
相手の回答次第では、俺たちは『拉致』されたということになる。たぶんみんなが知りたくて、それでも怖くて聞くことができないでいたコトだ。
王子がちょっと詰まったということは、聞かれたくなかったことなのか。
「お兄様、ここはわたくしが。召喚の儀についてはわたくしが責任者ですので」
「あ、ああ、頼む」
ここで王女が会話をインターセプトしてきた。この人、王子と違って落ち着いている気がする。貫禄があるというか。
「我が国が勇者様方によって成立したのは、お話のとおり五百年以上前であると伝えられています。先ほどの口伝で、勇者様は未来の可能性について言及されました」
「将来、勇者の同胞が現われると?」
「その通りです。ですがいつとまではわかりません。場所についてもですが、こちらは想定できていました」
「それがあそこだったのですね」
王女と先生のやり取りが続く。『あそこ』とは、つまり俺たちが召喚された部屋だ。たしかに雰囲気を感じる場所だったと思う。
「年に一度、儀式を行うのです。勇者様の功績を讃え、同時に来訪を願う」
「狙ったものではなく、定期的に行われる祭事であったと」
「わたくしは【導術師】を授かっています。王家に現れやすい神授職で、『勇者召喚の儀』を進行する役目を担っているのです」
王女が言いたいことがわかってきた。なんか露悪的で嫌な感じだな。
「ここ数年はわたくしが儀式を執り行ってきました。もちろん今回もです。つまり本日皆様を召喚した張本人は……、わたくしということになりますね」
そういうことを言う空気だったものな。けれど違うとも言える。
金閣寺を建てたのは誰だ? 宮大工さんだと答えるのは違う。
「五百年の間で初の事例ということですね?」
「はい。信用度の高い記録が残されているここ二百年でも、勇者様が現われたという記録は残されていません」
毎年惰性で買っていた宝くじが当たったわけか。どうして山士幌高校が当たるのか、というのが素直な感想だ。
ピンポイントで俺たちを狙ってきたのなら、まだ怒ることもできた。けれどこれだと偶然の事故に聞こえてしまう。
「……話はわかりました。ありがとうございます」
先生が引き下がったところで、場が静かになった。
とても気まずい沈黙だ。
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