第5話 自動バイリンガル



「夜も更けてきた。今日はここまでにして、明日に備えようではないか。この後はそこのアヴェステラに任せるので、遠慮なく申し付けてくれたまえ」


 これ以上つっこまれたくないのか、王子が話を終わらせた。逃げたな王子様。それだと責任の丸投げに見えるのだけど。

 高校一年の俺でもわかるんことだが、それでいいのか?


 もしかしたらあちらも困惑しているのかもしれない。言っていたコトが本当なら、年中行事をやっていたら偶然勇者を召喚できてしまった。それがこの国の状況だ。

 となれば今夜の話はあくまで大枠で、詳細は明日からということになるのかもしれない。場繋ぎで王子と王女を引っ張り出したとか。



 すぐに王子と王女、騎士総長が退室していった。残ったのはアヴェステラさんと三人のメイドさん。そして俺たちクラスメイトだった。


 結局騎士総長とかいう人は一言も口を開かなかった。ただ俺たちをぐるっと見渡していただけだったような。しかも先生と中宮なかみやさんに向けてる時間が長かった気がする。

 中宮さんはもちろん、英語教師の滝沢昇子たきざわしょうこ先生も綺麗どころだ。

 まさかとは思うけど、あの騎士総長は四十代だし。……まさかだよな。


 とはいえここは異世界だ。文化や法律を知らないといろいろマズいだろう。さもないと俺たちは、どこかでやらかすかもしれない。

 考えることが多すぎて、ぞっとした。


「力、力かあ。強くなれってことなのかな。レベルアップとか?」


 誰かが呟くのが聴こえた。たぶん全員がその意味を考えてるんだろう。



 ◇◇◇



「寝室ですが、二階になります。四十室ほどございますのでご自由にお使いください」


「お待ちください」


「なんでしょう」


 アヴェステラさんが案内しようと片手を伸ばしたところで、先生が待ったをかけた。


「わたしたちは異邦人で、いまだこの状況に釈然としていません。不安に怯える子や高揚している子もいるようですし、中には夢見心地のままの子までいる有様で」


「不安に思う気持ちはわかります」


「ですので当面の間で構いません。大部屋があるならばそれを二室、男女に分けて共同の寝室としたいのですが」


「……なるほど」


 ナイスだ先生。召喚初日の個室なんて死亡フラグもいいところだ。しばらくは固まっていた方がいいに決まっている。



「では控室を整理して寝室としましょう。談話室の右手になります」


 メイドさんたちとぼそぼそ相談してからアヴェステラさんが提案してくれた。こちらの意図を汲んでくれてるんだろうか、察しのいい人だ。


「ではわたくしたちでベッドを移動させますので、皆様はその間、浴堂で湯をお使いください」


「お風呂あるの!?」


 女子たちは大盛り上がりだ。風呂がある世界か、それだけでもちょっと救われた気分になる。



 ◇◇◇



 で、こちらは男子風呂だ。この国に混浴文化はないらしい。

 あったにしても、男女で時間交代ってことになるだけだろうけど。


「なあ八津やづよ」


「どした古韮ふるにら


「なんか想像してた異世界と微妙に違わないか」


「ああ、水は城の中まで水路があるくらいだからわかるけど、どうやってお湯を沸かしたんだか」


「それと晩飯のときの氷もな」


 湯船につかりながら古韮と違和感をすり合わせる。

 それにしてもこいつ、こっちに来てからずっと俺の近くにいてくれている。ヤバい趣味って意味じゃなく、気を使ってくれてるんだろうな。



「やっぱり魔法?」


 とりあえず振ってみた。


「魔石とか魔法陣とかかもよ」


「魔力湯沸かし器とか魔力冷凍庫とか」


「君ら楽しそうだなあ」


野来のきも混ざるか?」


 話しかけてきたのは野来孝則のきたかのり。なぜ下の名前まで知ってるかといえば、彼もこっち側の人間だからだ。異世界談義は大好物だろう。

 百六十半ばで線が細いおどおどタイプだけれど、ウチのクラスでいじめなんて見たことも無いし、他の連中とも普通に喋っている。


 実は野来にはすごい公然の秘密があるのだが、俺がそれを知るのはもうしばらく後の話だ。


「僕としては二人みたいな魔法チックな話の方が助かるよ」


「他のトコは違うの?」


「八津くんは知らないかもね。委員長はSF好きだからさ、重力がーとか自転速度がどうだとかやってるよ」


「ははっ、なるほど。俺なんてファンタジーだからで全部納得しそうだ」


 風呂場に三人の笑い声が響く。こんな状況でも笑えるなんて、それはそれでいいことだ。

 カラ元気でもいい。それで前向きに物事を考えられるなら。



「それにしても神授職ねえ。俺が【霧騎士】っていうのは、ちょっとカッコいいかもだけど。実感ないなあ」


 古韮がぼやく。


「二人は気付いてる? 頭の中で、僕の場合は【風騎士】だけど、それがわかる以外にもなんかチカチカ光ってるっていうか、もぞもぞしてるっていうか」


「野来もか。やっぱり俺だけじゃなかったんだ」


 正直安心した。俺だけだったら、また面倒な想像をしなきゃならないと思っていたところだ。



 ◇◇◇



「このタオル、ゴワゴワしてんなあ」


「髪も石鹸だし、なんか違和感だらけだぜ」


「でも風呂があるだけマシなんじゃね」


 最初は風呂があること自体で喜んでいた連中も、風呂上りにはこのざまだった。

 これは女子組はもっと酷いことになっているかもしれないな。人間欲が満たされたら次の贅沢が欲しくなるものだ。



「みなさん、就寝の前に話し合いの場をもちましょう」


「はーい。ところでせんせー、その恰好は?」


「わたしだけ着替えがなかったもので、お借りしました」


 風呂から上がって談話室に集まったクラスメイトたちは全員体操着になっている。そんな中で一人、滝沢先生だけがなんというか妙な格好をしていた。

 ちょっとゴワっとした感じだけど薄手の布でできた薄青色のワンピースだ。ちょっと肩が見えているのはどうなんだろう。腰には青い紐というか、細い帯を巻いている。


「こちらの寝間着だそうです。その……なるべく厚手のものを用意してもらったのですが」


 先生の頬がちょっと赤い。


「いいですね、わたしも明日からそうしたいな」


「着替えも貸してもらえるんだ。さすがは勇者だね」


 女子たちが盛り上がってる。なるほど衣食住というわけだ。これも『勇者との約定』とやらの範疇なのか。



「では本題に入りましょう。……その前にアヴェステラさん、使用人のみなさん、席を外していただけると助かります」


「……わかりました。本日はここまでとしましょう」


 先生が申し訳なさそうにアヴェステラさんたちを追い出した。


 これからの話となるとこの国に失礼なことを言ってしまうかもしれないし、文化や礼儀の違いは恐ろしい。先生はちゃんと配慮をしている。

 どこに聞き耳があるかわかったものじゃないけど。



 現在の談話室は、真ん中にあった大きなテーブルを壁に立てかけてある。ソファーや椅子とかの家具類もだ。

 俺たちはふかふかな絨毯の上に適当に座っている。あぐらをかいたり、正座したり、女の子座りをしているのもいるな。体育座りも。

 やっぱり日本人はこうでないと。


「先生、先生」


「どうしました、ミアさん」


「あんまり聞かれたくない話をするんデスよね? なのに気付いてないんデスか?」


 変なことを言いだしたのはミアだった。フルネームはミア・カッシュナー。苗字は漢字で加朱奈かっしゅなーだけど、ご当人はどこからどう見ても外人さんだ。それもバリバリの西洋系。

 雑なポニーテールにまとめた見事な金髪と濃緑色の瞳、真っ白の肌。繰り返すがとても血統的な意味で日本人に見えない。


 彼女はれっきとした日本生まれの日本人だ。

 両親は元カナダ人で北海道に惚れこんで移住、帰化しているらしい。父親は帯広の大学教授、母親は手作りチーズの店を開いている。


 身長は百六十くらいで体形は見事なくらいのツルペタストーン。俺たちオタ側のあだ名は『耳の短いエルフ』だ。トップを高宮さん、綿原さんと判定している俺の脳内クラスメイト美人ランキングでは、番外というか殿堂入りというか、要は超越した存在だ。ただし見た目だけはという条件付きで。


 実態は山猿なのだが、それがまたエルフっぽくていいというのが野来の所感だ。

 そんな彼女は自分のことをかたくなに『ミア』と呼ばせている。『さん』付けさえ嫌う始末で、先生たちですら説得されかけて呼び捨てにしている人もいる。滝沢先生は粘っているけど、いつまでがんばれるか。


 なぜこんなに詳しいかといえば、初日の自己紹介があまりに印象的だったのと、俺が彼女を覚えていたからだ。

 甘酸っぱい話ではない。山士幌小学に二年間いたわけだから、金髪の彼女くらいさすがに子供でも印象に残っていた。それだけだ。



 ちなみに召喚直後は騒ぎになりかけた。

 こっちの国では黒髪が勇者の同胞たる証になるわけで、その中にひとり金髪が混じっていたわけだ。しかも容貌がこちらの人種と似ている。


『ワタシは日本人デス!』


 その一言と周りのクラスメイトが一致団結したから一応勇者扱いになっているが、王国側としては勇者候補を刺激したくなかったんだろうと思う。劇物扱いだな。



「ミアさん、なにかありましたか?」


「なんでみんなで『こっちの言葉』を使ってるんデス? ナイショ話なら『日本語』で話せばいいと思いマス」


 ミアの口から飛び出したのは、凄まじい衝撃発言だった。


 俺の知るこの手の物語では、異世界にいけば言葉が通じるのが一般的だ。翻訳魔法だったり、自動翻訳スキルなどなど、それなりの理由付けしているモノが多いだろうか。じゃあ俺たちはどうだった?

 相手の口の動きと違うのに日本語が聴こえてきたか? ちがう。思い返せばお互いに聞いたこともない言葉でやり取りをしていた。明確に。無意識に。


「……『大陸共通語・フィルド語』」


 唖然とした顔で先生が呟いた。

 そうだ、俺たちはなぜか知っている。知っているどころではない。ネイティブレベルで、まるで標準言語みたいに普通にしゃべっていた。脳内の思考では日本語だったのに。なんだこの現象は。


「ワタシは日本語と英語とフランス語を使い分けてますカラ」


 だから違和感に気付いていたのか。ミアは家庭環境のせいでマルチリンガルだ。家では英語とフランス語を混ぜて使っているらしい。

 語尾があやしいのもそのせいだ。だよな? キャラづくりじゃないよな?


「先生だって英語教師なんですから、気付くべきだったと思いマス」


「……迂闊でした。こうも違和感が無いと。常識とは怖いですね」


 常識? 先生がどういう意味で常識という単語を使ったのか、そこが少しひっかかった。



「ミアさん、ありがとうございます。そしてみなさん、この場は意識して日本語で会話をしましょう」


「はい!」


 俺たちの標準会話がなんでフィルド語になってるのかはいったん後回しだ。

 もう夜も遅い。けれど俺たちは相談しておかなければならない、もっと重要なことがいくらでもある。


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