第6話 帰還問答と将来




「先ほどの第三王女のお話ですが、あれはこの国の理屈です」


 今度こそ明確な『日本語』で先生が話し始めた。


「わたしは現状を拉致と捉えています。理由は明白で、わたしたちの合意なくこのような状況になっているから。たとえそれが事故に近いものであったとしてもです」


「保護されているとも言えませんか?」


 さすがは委員長、いい返しだ。どっちが正しいかじゃない。どう認識して対応するか、今はそこが大事だ。先生と委員長もわかっててやってるんだと思う。


「たしかにそうとも言えますね。自宅に戻れていないということに目をつむれば、現状は良い待遇を受けていると感じます」


「けど僕たちは家に戻れていないし、どうやら帰る目途が立っていない」


「そういうことです。しかも先ほど王子は口伝経由ではありましたが言いました。強くなれと」


 二人のやりとりが続く。どうやら会話劇で俺たち全員に現状を伝えたいみたいだ。

 言葉遣いこそ硬いけれど、両者の性格なのか緊張は感じない。二人とも、なんというか穏やかなんだ。



「帰還について、話が出ませんでしたね」


 次に高宮たかみやさんが口を挟んだ。彼女の口調も硬い。それでもはきはきとした印象で、これまた怖さを感じなかった。

 ウチのクラスのトップ2、委員長と副委員長はなかなか立派なものだ。俺だったらどうなんだろうと、ちょっと考えてしまう。こういうのって自覚より人からどう見えるかが大事なんだろうから。


「質問したいと思ったけれど、変につつけば怒らせるかと黙っていました。けれど相手側も意図して触れなかったように感じました」


「高宮さんの言うとおりだと思います。五百年前の勇者は北に向かい消息を絶った。これを帰還と言えるかどうか。あちらもわかっているのでしょう」


「少なくともこの国は帰還の方法を知らないか、知っていても今は隠している、ということでしょうね」


 さっき聞いた王子と王女の話が本当なら、俺たちの召喚は向こうにとっても驚きだったと想像できる。そして帰還方法については濁した。

 ついでにいえば、差し迫った危機もある感じじゃなかったし、なら勇者をどうする気なのか。



「そこでクラスの皆さん、全員の意思を確認したいと思います」


 いつになく凛とした先生の声が部屋に響いた。


「皆さん。帰りたいと考えていますか? 迷っている、もしくは帰りたくない人は手を挙げてください」


 迷っている? 帰りたくない? そんなヤツがいるのか?

 小説なんかじゃない。リアルなんだぞ。


「名乗り出ても責めることはしません。約束します。ただし理由だけは聞かせてほしいと思います」


 おずおずとしながらも三本の手が挙がった。ホントかよ。



 ◇◇◇



「……草間くさま君とひきさん、そして馬那まな君、ですか」


 馬那!? おいおいおい。さっきまで隣で食事をしてたし、何度か話したことだってあるじゃないか。なんでお前まで。

 とはいえ三人とも顔からは決意が伝わってこない。つまり迷ってるだけってところか。そこだけはちょっと安心出来る気がした。


「……俺、進路で親とちょっともめてて」


「馬那君の家は農家でしたね」


 静かになった談話室で、最初に口を開いたのは馬那だった。先生がそれに応える。


「俺、自衛隊員になりたいんです。家には弟もいるし」


「そのことを親御さんに相談したのはいつですか?」


「それがその……、先月くらいで」


「それについては、もっとしっかりご両親と話し合うことですね」


 先生の言葉は日本刀のごとくバッサリだった。俺もそう思うし、そもそもだ。


「帰らなきゃ相談もできない、です」


 馬那はそう言って俯いたけれど、俺の中では別の懸念がむくむくと湧き出していた。

 自衛隊という単語からどうしても想像してしまう。密かに俺が恐れている事態、他にも古韮ふるにらあたりなら感づいてそうだが、この国で戦争とまではいかなくても小競り合いみたいなことがあったとして、そのとき勇者扱いされている俺たちはどうなる?

 いや、今この場で考える事じゃない。忘れていたでは済まされないけど、とりあえずは置いておけ、自分。



「すみませんでした。俺は嫌なことから逃げただけです。戻ってちゃんと親と喧嘩します」


 顔を上げた馬那はちょっとスッキリしていた。切り替え早すぎだろとも思ったけれど、ポジティブならまあいいかってところだ。


「ごめん、アタシも戻る方にする」


 馬那に続いたのは疋朝顔ひきあさがおさんだった。フルネームを知っているのは単に変わった名前だなと思ったのと、このクラスでは珍しくチャラい感じが印象に残っていただけだ。髪の毛も微妙に色を抜いてるし。


「ウチは美容室なんだけどさ、親はさ、アタシがそっちの専門学校行くのが当然みたいな空気でさ」


「疋さんは嫌なのですか?」


「イヤってわけじゃない。たださ」


「最初から決めつけてほしくない、でしょうか」


「うん、そうなのかも」


 疋さんの独白を先生が拾っていく。先生が先生してるなあ。



「僕には目標がないんです」


 最後になった草間はぼつりとそう言った。


 彼の言葉を聞いた瞬間、心臓がドクンと跳ねた気がした。



 ◇◇◇



 俺にも目標が無い。全くないというわけでもないけれど、それは小学生がケーキ屋さんを目指しているようなものだ。

 死んだ父さんは建築業をやっていた。だからといって社長というわけでもないし、俺が同じ道を目指しているかといえばそんなことはない。いや、明らかに違うことを考えているのを自覚している。


 じゃあ自分がぼんやりとだけどなにをしたいかといえばだ。


 アニメ制作に関わってみたい。


 将来の職業にしたいというよりは、アニメを作ってみたいといった方が正確なんだと思う。それくらい薄っぺらい将来像だ。

 昔からアニメが好きだった。もちろん今はもっと好きだ。自信を持って言える。


 同じ趣味の人なら思ったことがあるだろう。脳内で自分のアニメを動かしたことが。少なくとも俺は毎晩やっている。


 最近のブームはお気に入りのウェブ小説の脳内アニメ化だ。本当にアニメ化されてしまうことも多いけど。

 特に繰り返しているのは現代ダンジョンモノのとある作品で、それがまたいいのだ。

 高校生の女の子たちがパーティを組んでダンジョンを駆け巡るお話だ。萌えあり、友情あり、努力あり、そして最高にカッコいい。もう章ごとに登場するボスバトルなんて何回絵コンテ切ったことか。

 もし手元に十億あったら半分は手元に残して、もう半分をクラウドファンディングがなにかにしたいくらいには入れ込んでいる。


 ああいかんオタク気質だ。アニメのことになると頭の中でさえ早口になってしまう。



 つまりはあれだ、中学のころから俺はアニメ制作に携わってみたいという漠然とした夢を持っている。

 試しにノートに絵を描いてみたりして、友達と見せ合って褒めてもらったこともある。才能があるんじゃないかって勘違いしてる節もある。同時に業界が、酷で薄給なのも知っている。

 どうしたものか、というのが俺の悩みといえば悩みなんだろう。


 まあそんなのはどの高校生だって持っているはずだ。

 などという俺の考えは、山士幌高校一年一組の異常性にぶっ壊されるのだが、それはまた後の話だ。



 ◇◇◇



「でも、家族もいるし……」


 草間の小さな声で我に戻ることができた。

 そうだった将来どうこうじゃなくて帰還の話だった。仕事のことなんて地球に戻ってから考えればいい。


 俺が迷わず帰還を望んだのは母さんと妹がいるからだ。もしも天涯孤独なら、わからない。

 今更自覚してしまったけれど【観察者】なんて微妙なジョブを引いたときすら、じつはどこかで物語の主人公になったような、そんな気持ちが無かったかといえばウソになりそうだ。


 結局、俺も草間も同じだ。俺は真っ先に家族の顔を思い出した。それだけの違い。



「草間君はもしかして、この世界なら何かになれるのかと考えていませんか? それが目標になるのかもと」


「っ、そうかも、です」


 草間の神授職がなにかは知らない。けれどこの国の人たちは俺たちを褒めていたのだし、ここに残れば一角になれるのかもしれない。


「それもひとつの考えなのはわからなくもありません。ですが──」


 そこで先生の目つきが変わった。なんだこれ、なんだこれ。怖い。そしてカッコいい!?


「もしわたしが草間君のように考え、ここで生きるとしましょう。人生をかけるだけの目標を見つけたとしましょう。ならばなんとしてでも日本に戻ります」


 どういう意味!?


「戻ってしっかり家族に経緯を説明し、その上でこちらの世界に舞い戻ります」


「で、でも二回も召喚なんて、されるわけが……」


 草間がビビってる。正直俺も気圧されてるよ。


「力づくであろうとなんとしてでもです。わたしならそれくらいの覚悟を持つというだけのことです」


「……」


「これがわたしの性格なのでしょう。だから草間君に押し付けたりはしません」


「はい。わかります」


「ですが家族との訣別というのは、容易く決めていいものではないと思います。特に皆さんはまだ十五なのですから」


 そこでやっと先生の圧が消え去った。なんだったんだ今の。

 滝沢先生って二十代半ばで普通の英語教師だよな。そのはずだよな。



「帰還する術もわからないまま話を続けてすみませんでした」


 穏やかに戻ってくれた先生がぺこりと頭を下げた。


「現実的にはこの国の庇護下である程度言うことを聞きながら帰還方法を探る、といったところでしょうか。そのためにわたしたちが強くなる必要もあるのでしょう」


「なんかゲームみたいですね」


 先生の見解に誰かがモロに死亡フラグみたいな合いの手を入れた。

 それほんとマズいと思うぞ。ほら、何人か苦笑いしてる。


「そこでですね、わたしも本音を言いましょう。帰還までの間、わたしは教師を辞めようと思います」


 先生がとんでもないことを言いだした。


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