第3話 離宮へ



 移動時間は結構長かった。

 途中で階段を登ったり降りたり角を何回か曲がったりで、元の場所に戻れと言われたら自信がないくらいだ。


 印象的だったのは、完全に建物の中なのにそこら中に細かい水路が見当たったことだ。廊下を横切る小川みたいのまであって、そこでは小さなアーチ橋を渡ることになった。

 こんな異常事態なのに、みんなも興味深そうにあちこちを見ている。これで少しは落ち着けるといいのだけど。


「こちらになります」


 十五分くらい歩いてから案内のお姉さんが立ち止まったのは、普通に廊下の途中だった。ちょっと意味がわからない。

 強いて言えば、続いている廊下には二十メートルくらい先に扉があるくらいだ。そういえばこの廊下、来る途中にあったのと違って両側が窓になっている。もしかして渡り廊下か?


「ここから先は友好国の外交使節団専用の離宮となっております。当面の間、勇者様方にご利用いただくことになる予定です」


 つまり俺たち専用に建物を一個使うということか。


「城への出入りはこの廊下のみとなります。今後は常時近衛が警備に就くことになります」


 この廊下のみ、か。隔離と聞こえたような気がする。



 ◇◇◇



「うわあ、素敵だね」


「だねえ」


 女子たちがきゃいきゃいしているけど、それでいいのか? 異常事態は続いているのだけど。

 まあ気持ちはわからないでもない。


 開け放たれた扉の向こう側、なんでも『水鳥の離宮』とか言われているらしい区画は、ここまで歩いてきた王城とは雰囲気が違った。

 部屋の中はふんだんに壁紙が貼られて、全体がベージュ色でまとまっていた。そこかしこに木でできた柱が使われて壁を装飾しているが、落ち着いた感じで派手派手しくは思わない。天井は白いままだけど複雑なアーチが掛けられていて、こういうのには疎いけれど、それでも随分と凝った造りだと思う。


「アンティーク? クラシック? ホテルみたいだな」


「エレガント?」


 古韮ふるにらとバカな話をしながら、先導するお姉さんのあとをついていく。

 入り口の扉から入って十メートルくらいを真っすぐ。どうやらそこが当面の目的地らしい。やたら豪勢な装飾が施された両開きの扉があって、俺たちの目の前で勝手に開いた。



「自動ドアかと思った」


「なあ八津、メイドさんが開けたのが答えだったんだけどさ」


「ん?」


「俺、アガってきた」


「わからないでもないよ」


 古韮が言ったのは別に下ネタじゃない。テンションってことだろう。


 服装には詳しくないので詳細はわからないけれど、濃紺の長いドレスと白いエプロンをした、クラシカルなメイドさんが二人で扉を開けてくれただけのことだ。それだけのことなのに、俺もちょっと盛り上がった。

 周りの何人かも、それこそ女子も含めてわかっている連中もいるんだろう、頬を赤らめているのまでいる。うん、わかる。



「エントランスホール……。こういう様式なのか。異世界? 地球と似すぎだよ。それともやっぱり夢なのかな」


 委員長がぼそぼそ呟きながら辺りを見渡していた。なるほど、そういう見方もあるわけか。

 たしかにどこかで見たような部屋だ。大きさは広すぎてちょっと表現しきれないけど、部屋の両脇にはうねった階段があって、二階に通じている。いかにもというインパクトがすごい。


「部屋については後程案内いたします。まずはお食事を」


 案内のお姉さんがそのまま入り口から向かって左側の扉を開けた。


 食堂なんだろう。それにしても広いし、ど真ん中に置かれているテーブルが大きい。というか長い。余裕で一辺二十人は座れそうなくらいだ。もちろん窓側にある上座はそんなほどでもなく、精々五人というところで、要は長方形のテーブルだ。


 そんな上座に三人、上等な衣装を着込んだ人たちが立ちあがって、俺たちを待っていた。



「ようこそ勇者の諸君」


「お待ちしていました」


 さっき別れたばかりの第一王子とお姫さま、つまり第三王女。それと無言なのは、たしか近衛騎士総長、だったかな。


「さあ、こちらは女性。対面は男性の席だ。自由に座ってくれたまえ」


 第一王子が手振りで着席を促した。

 いつもどおり出席番号順に座る俺たちだが、この並びに手慣れてきた感じがあるな。


 男子は委員長が一番上座よりで、もちろん俺が一番下。女子の先頭は先生だ。ちなみに委員長の苗字は藍城あいしろなので、出席番号は一番。別に委員長だから上座というわけではない。


 そして俺の目の前に出席番号が最後になる綿原さんが座ることになる。あ、ちょっとだけ目が合った。



 全員が座ったのを見届けて王子たちも着席した。左から案内のお姉さん、第三王女、第一王子、騎士総長の順番だ。


「お飲み物はいかがいたしますか?」


 先生がリーダーだと判断したんだろう。メイドさんがすすっと近寄って先生に確認した。


「アルコール……ああ、酒精の入っていないものを全員に」


「かしこまりました」


 この状況で酒はダメ絶対、と。未成年だし当たり前か。

 先生も飲まないようだ。これからクラス全員に関わる話になるだろうから当たり前かもしれない。



 ◇◇◇



「どうぞ、冷水に柑橘系の果実で味付けしたものになります」


 三分もしないうちに全員の目の前に銀色のカップが揃っていた。

 果実水ってやつだろうか。なんと氷が浮かんでいる。


「では、失礼いたします」


「リーサリット様!?」


 いきなりだった。すっと身を乗り出した第三王女が手を伸ばし、先生のカップを取り上げてそっと口をつけた。どういうことだ?

 驚いた声を出したのは案内のお姉さんだ。


 ほんの一口だけ水を飲んだ第三王女が、しれっとした顔でカップを先生の元に戻す。


「……まさか、毒見ですか?」


「お気づきになられましたか」


 訝しげに先生が聞けば、何食わぬ顔で王女が応えた。


「本来ならわたくしのお役目なのですが」


 お姉さんは渋い顔をしている。


「アヴェステラ、いいではありませんか」


 お姉さんの名前はアヴェステラさんと。覚えておく必要はあるかな。

 それはいい。それより毒見?


「場の最上位者が規範を見せるという、古いしきたりです。今となっては形骸化していますが、せっかくの機会でしたので。ご気分を悪くされたのならば謝罪いたします」


「……いえ、お気遣いに感謝します」


 先生もコトを荒立てるつもりはないのだろう。あっさりと状況を受け止めた。

 たしかに異世界文化という感じはある。こういう違いはこれからも出てくるだろうし、いちいち受け止めきれるんだろうか。



「勇者様方の作法とは異なるかもしれませんが、わたくしどもなりに最高の礼節をもって対応させていただきたく思っているのです」


 王女の物言いは随分とへりくだっている気がした。

 横のアヴェステラさんは微笑みながら頷いているけれど、王子と騎士総長は表情を変えていない。思うところがあるのかもしれないな。


「王家にとって『勇者との約定』とはそれだけ重いものなのです。果たされなければ王家が王家でなくなるほどに」


『勇者との約定』か。何度か出てきた単語だけど、向こうにとっては大層重たいものらしい。それがこっちに有利に働くかはまだわからない。


『王家がここまでしてやってるんだ。お前ら、わかっているだろうな?』


 そういう意味がたぶんに含まれている気がしてしかたがない。



 ここまで俺たちは流されてきた。これが俺の見ている妙にリアルな夢なら、それはそれで構わない。けれどそうじゃなかったら。


 俺たちは……、『山士幌高校一年一組』は、今からこの状況に立ち向かわなければならないのかもしれない。

 ここまでは流れ流れでこうなっているけれど、多分今からこそ俺たちの意思を見せるところなんじゃ。聞くことを聞き、言うべきことを言う。


 クラス召喚なんてされたんだ。テンプレ通りなら魔王を倒せとか、この国を救ってくれみたいな話になるのかもしれない。

 それを受け入れるかどうかは、勢いで決めるようではマズい。敵と戦う前に目の前にいる俺たちを召喚した人たちに立ち向かわなければ。


 いろいろ考えていたら、ふと気づいた。自分はそれほど動揺していない?


 ハズレジョブを引かされて追放されるなんていう、思い込みな不安でいっぱいだった反動かもしれない。本とかアニメで何度も見てきたシチュエーション似ているから、というのもあるか。

 どちらにしろ脳みそが回転してくれているならそれでいい。思考停止が一番危ない。



「まずはお食事にしましょう。皆様の今後については食後、落ち着いてから説明させていただきます」


 王女がそう言ったときにはもう、俺たちの目の前には料理が置かれていた。

 テーブル脇の壁際に、しれっとメイドさんたちが並んでいる。飲み物の時と一緒で、あの人たちがやったのか。


 いろいろな疑問が付きまとう中、食事が始まった。自宅で普通の晩飯が食べたいなと、そう思う。



 ◇◇◇



「……けっこう美味いな」


 隣の席にいるのは馬那まな。当然クラスメイトだ。

 百七十の俺よりちょっと背が高くて、ガタイがいい。寡黙なタイプだけど実はオタ寄りで、俺と古韮ふるにらたちが話しているときに混じることもある。俺としても仲間意識があるほうだ。

 オタといってもミリオタ系らしいけど、本人に言わせると『ライト』らしい。ホンモノにはとても勝てないとか。ミリオタは奥が深い。


 実際料理は美味かった。

 氷の浮かんだ果実水、しょっぱくて酸っぱいドレッシングのかかった生野菜のサラダ。本当に野菜だろうな、これ。

 透明で薄緑のスープは、すわスライムゼリーかと思ったけど、普通に温かくてちゃんとしたスープだった。

 パンにはなにかナッツのようなモノが入っていたけど、普通にパンだった。

 メインは熱い石の皿に乗ったステーキだ。何の肉かは分からないが、ピリ辛のソースがかかって大満足で食べられた。

 要は全部美味かったんだ。


「もしかして料理チートが潰されている?」


 思わず呟いてしまったほどだ。



「ねえ、八津くんは好き嫌いとかあるの?」


「べつにないかな」


「それは素敵なことね」


 向かいに座った綿原わたはらさんが頻繁に話しかけてくれる。どうしてかはわからないけど、ハズレジョブ仲間だからかもしれない。


「わたしはそうね、キュウリが苦手なの」


「へえ、でもこっちにもキュウリってあるのかな」


「無いことを祈っているわ」


 そうして彼女は口をへの字にしていた。クールそうな割には意外と表情が豊かだな。

 綺麗なのに、ときどき変顔になるのが面白い。



 食事中に雑談をするのは別にマナー違反とかではないらしい。

 高校一年生が全員揃っての食事だ。静かになんてなるわけがない。あっちこっちでいろんな話題が飛び交っている。


「やっぱり食事っていいわね」


「どうしたの?」


 綿原さんはちょっと嬉しそうだ。


「ほら、さっきまで泣きそうだった子たちも、ちょっとは落ち着いたみたいでしょ?」


「ああ、たしかに」


「こんな状況だもの。拗ねても怒っても、それは良くない。どこかで冷静になって相手の言葉を聞いて、それから判断しないと」


「すごいな、そのとおりだと思うよ」


 なるほど、だからさっきから綿原さんは積極的に声をかけてきてくれていたのか。

 しかもお互い冷静になれるようにと。


「そう思って話しかけたのに、八津くんは落ち着いてるのよね」


「自分でも驚いてるよ。そういう綿原さんだって」


 そう、綿原さんは最初からあまり動じていない。俺が言えた義理でもないが【鮫術師】なんていう意味不明な神授職と言われたのに。

 気性なのか虚勢なのかは知らないけれどたいしたものだ。



「大丈夫、ウチのクラスは頼りになるわ。長い付き合いだもの、わたしは信じてる」


 綿原さんは俺たちが座るテーブルを見渡して、今度はハッキリと笑って言った。


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