第306話 彼らは煽る
「お疲れ様です。このあとは、手筈通りでお願いします」
「わかってますよ。勇者さんたち、頑張ってな」
「はい」
『水鳥の離宮』から王城に続く渡り廊下から登場した俺たちを見た門番に、
向こうも気軽にこちらを激励してくれる。これから戦いだというのに、余裕が感じられるのが頼もしい。
彼らは『蒼雷』から派遣されているキャルシヤさんお墨付きの信用できる王女派の人たちだ。
このあとは離宮の警備役を離れ、予定通りに、たしか『白水』の制圧に向かうはず。宰相一派の捜索担当ということになるのかな。
お互いに激励し合ってから、俺たち『緑山』は迷宮の入り口であり、今回の騒動どころか一年一組に降りかかった異常の全ての起点、『召喚の間』を目指す。
「なんか喪章みたいだよな」
「わたしもそう思うけど、言わないで」
目的地に向かって歩きながら、俺が右ひじの少し上あたりに結んだ黒い布について素直な感想を述べてみれば、紅白サメを伴った
たしかに縁起でもないコトを言ってしまったか。
「こういうのって黄色じゃなかったっけ?」
「それ三国志」
「なあ、なんで俺だけ左手なんだ?」
「
「
「それよりミア、新しい弓、行けそう?」
「ドンと来いデス」
「味方に当てんじゃねぇぞ」
王城の廊下に一年一組の元気な声が響き渡る。
道中で出会う城中警護担当が俺たちを見てギョッとしたような顔になり、中には駆け出していく連中もいるが、そんなのは放っておく。
ひとりやふたり、それこそ十人がかりでも今の『緑山』を押しとどめるなんてことはできやしない。味方側か、もしくは何も知らないか、敵サイドでも唖然と俺たちを見送るのが関の山だ。
そんな俺たちだが、革鎧に加えてそれぞれの装備はいつもどおり。違いといえばミアが今回、一段階強い弓に切り替えたくらいか。
ついでに言えばバリバリの迷宮泊装備で、布団の代わりになるマントや胸当て、バーベキューセットや鍋などを担いでいる。
このあとの展開を考えるとちょっと締まらないが、俺たちは迷宮に泊まることになる可能性を考慮しているので、こうならざるを得ないのだ。さすがに模擬店までやるつもりはないが。
「セリフは大丈夫なんだろうな」
「
「へっ、俺はいいんだよ。
「責任重大だなあ。でもま、俺はアドリブ重視だから」
「ちっ。それと
どうやら古韮と田村のやり取りが俺に飛び火したようだ。
「なんとかするさ。俺は【観察者】だから」
「言ってろ」
そんな田村の本性はツンデレ気味で面倒くさいけど、気配りを忘れないヤツだというのはわかっている。
「ヤバいと思ったらうしろからドカンだ。
「僕が?」
「アタシもかい。前もやったけど、あんまし気持ちいいもんじゃないんだけどねえ」
「やりマス!」
「サメはダメなのかしら?」
俺にバックアタック担当として指名された三人のほかに、なぜかサメ使いの女の子が不服そうだ。
こうやって気合を入れつつも肩の力がいい感じで抜けているのは、俺や綿原さん、夏樹、笹見さん、ミアだけじゃない。
一年一組だけでなく、シシルノさんたちもが混じって、気ままな散歩のように雑談を交えながら、目的地を目指す。
まるで普段の教室移動のように、それでもシッカリと隊列を作ったまま『緑山』の行進は続く。
◇◇◇
「お待ちしておりました」
俺たちが到着した時にはすでに、『召喚の間』ではミルーマさんたち『紅天』の騎士たちを連れた第三王女が待ち受けていた。
濃灰色の革鎧を着た王女様など、王城の人間からしてみればあり得ない姿としか思えないだろう。それに対してミルーマさんたちは近衛制式のフルプレートを装備している。しかも全員が腕に黒い布を巻いて。
「お待たせしたようですね。こうしてわたしたちの要請に応えてくれたことを嬉しく思います」
王女様の挨拶を受け取った先生が、少しだけ尊大なムードを醸し出して返事をした。
似合っているのだけど、本人は嫌なんだろうなあ。
昼番の迷宮組が階段を降り、夜番明けの連中が『召喚の間』に集う時間帯に合わせて王女様が現れたのだ。そこに勇者とされる面々までもが現われ、王女様はそれを待っていたという。
これから何かが起きようとしていて、それが異常事態であることなど、誰にでもわかるというものだ。
敵対派閥に属すると思われる連中などは、まったく動揺を隠せていない。なにせ昨日の夜番、つまりこの場にいる迷宮帰りの多くが『敵側』になるようにローテーションが調整されていたのだから。
そんな敵対する人間たちの気概を叩き伏せるような光景が、ここにはあった。
この場にいるのは俺たち勇者と王女様、それに従う昨日ぶりのミルーマさんたちだけではない。第四近衛騎士団『蒼雷』団長のキャルシヤさんとイトル隊もいる。こちらは全員がフルプレートだ。
ジェブリーさんたちカリハ隊を引き連れた第五近衛騎士団『黄石』の団長、ヴァフターは迷宮装備でキャルシヤさんのうしろに並んでいた。
実態としてはカリハ隊がヴァフターたちファイベル隊を護送してきただけだが、傍から見ればそうは思えないだろう。当のヴァフターもどうすればいいのかわかっていて、ケロリとした表情でいまだ『黄石』の団長のフリを続けているようだ。意外と演技派だな。
アラウド迷宮の入り口であり、勇者が現れた『召喚の間』に、第三、第四、第五、そして第七近衛騎士団『緑山』の団長たちが居揃っているのだ。そんな面々が意味ありげに黒い布を腕につけている。
第三の『紅天』はまだしも、それ以外のメンツは迷宮探索者たちに強い権限を持つ者ばかり。『緑山』は新参ではあるが、迷宮専属という意味でも有名だったりするのだ。
ちなみに第六の『灰羽』のケスリャー団長は、総長寄りの事なかれ的な中立を選んだらしい。あの人らしいといえばらしいが、騒動のあとでどういう扱いを受けることになるのやら。
さておき、迷宮に強く関与する騎士団長たちと、本来ならば迷宮には触りもしない『紅天』と、なにより王女様が『召喚の間』で一堂に会していることで事態の異様さが増幅され、周囲の面々が圧を受けているのが手に取るようだ。
「本日は勇者の皆様方のご意向に従い、アウローニヤ第三王女リーサリット・フェル・レムトがまかりこしました。お言葉を賜りたく存じます」
そんな空気をものともせずに柔らかく微笑んだ王女様は、両手を胸に添えて俺たちに向かい跪いた。『紅天』や、勇者サイドに付いた『蒼雷』『黄石』の団長たちもそれに続く。
当たり前だが周りの面々は置いてきぼりだ。唖然とした表情でコトの成り行きを見守っているくらいしかできていない。
シナリオだとはわかっていても、自分たちより年上の人たちを見下ろすのはなかなか受け入れがたい光景ではあるが、ここまで来てしまった以上は演じ切るしかないのだ。頼んだぞ、セリフのあるみんな。
「まずはわたしからでいいですか?」
「ワタハラ様、どうぞ」
こちらのトップバッターはこれ見よがしに小さな紅白サメを泳がせた綿原さんだ。
石造りになっている『召喚の間』の中央、まさに俺たち一年一組が召喚された場に『緑山』が二列になって整列し、それに対峙するように王女様たちが跪いて並んでいる。もちろん最前列中央が王女様で、その両脇にはミルーマさんとキャルシヤさんがいて、ヴァフターは少し離れているが、それでも団長という建前で前列だ。
一年一組の教室に例えれば、窓側と廊下側で対面したような感じになる。ここにはさらにひな壇じみた偉い人たち用の数段高い場所もあるが、そこは使われていない。
あくまで平等で、しかし勇者が王女様に告げるという体裁だ。
「この場にいる人たちの多くは聞いていると思います。勇者が拉致されたという事件を」
かしこまった王女様の口調とは違い、綿原さんは普段通りの喋り方をしている。事前に決めていた、俺たちらしい話し方という取り決めのとおりに。
「どうやら自作自演などという噂もあるようですが、断言します。本当に事件は起きました。わたしも拐われたひとりです」
一気に言い切った綿原さんは、そこで【血術】を解除し【砂術】と【鮫術】を最大解放してみせる。
「うおお!?」
綿原さんの言葉に聞き入っていた観衆がどよめく。迷宮内でもコレを見た人はいないからな。
そこに浮かんでいるのは体長二メートル近い、巨大な【白砂鮫】。実は中身がスカスカなのは秘密だけれど、もたらされるインパクトといったらもう。
この時のために取っておいたというわけでもないのだが、周りの反応こそが彼女のセリフが真実であると告げていた……。巨大サメと拉致って関係ないよな。
本当はぜんぜん証拠にもなにもなっていないのだけど、綿原さんはさも当然とばかりに言葉を紡ぐ。
「ですが拉致されたわたしたち三名は、自力で脱出しました。そのあとで救いにきてくれた勇者の仲間たちと合流して、わたしたちは全員揃ってここにいます」
ここまでのセリフに嘘はない。ポイントは勇者が独自に事件を解決してしまったという部分だな。
俺たちはそれができるだけの力を持っているという意思が込められているぞ。
「拉致を実行したのは王都軍第二大隊所属のパラスタ隊。そして主導は王国宰相、バルトロア侯!」
これもまたギリギリ本当だ。
ああ、宰相にぶん殴られた怒りがぶり返す。
「わたしは直接宰相に肩を打たれました。その痛みは、今でも忘れることができません。取り逃がしてしまったのが無念で……」
ぜんぜん痛くなかったのだけど、精神にはクルものがあったからな。
と、ここまでは綿原さんの独壇場なわけだが、意外とヤジが飛んでこない。この場には宰相派の人間も多いはずなのだけど、まさか綿原さんのサメに呑まれたか?
「だ、だがっ、バークマット卿が関わったともっ!」
などと考えていたら、ついにツッコミが飛んできた。
叫んだつぎの瞬間べつの人の背後に隠れて目を背けたようだが、俺には見えていたぞ。装備からして王都軍の誰かだろうけど、よくもまあ王女様たち偉いさんが跪いている状況で言えたものだ。度胸だけは認めてもいい。
でもまあ、今のヤジはむしろ望むところだ。
「おかしいですよ、それは。だってヴァフターさん……、バークマット団長はそこにいるじゃないですか」
だよなあ。綿原さんの言うとおりで、噂で流れていたヴァフター犯人説は、本人がここにいる段階で否定されている。しかも綿原さんはあえてファーストネームを挟んで、親密さを表明してみせた。
自分の名前が話題になっているのも関わらず、ヴァフターは大人しく頭を下げたまま。
はてさて、ヤジを飛ばすのはいいが、動揺して整合性が取れていないのは墓穴だろうに。
言うべきセリフをあらかじめ用意しておいたものだから、現状に即していない内容になってしまったというところだろうか。アドリブをきかせないとな、こういう場合は。
この状況に持ちこめているのは俺たち三人の拉致が失敗に終わったことと、ヴァフターを無理やりにでも味方にすることができたのが大きい。
俺を置いておくにしても、綿原さんと
この場には『蒼雷』や『黄石』、それに王都軍から引き抜かれた宰相派がそれなりにいる。彼らが命じられているのがどの程度の動きなのかこちらとしては判断しかねるが、様子を見るぶんには十分に機先を制したと言えるんじゃないだろうか。
さすがは綿原さん、ここまではお見事な展開だ。巨大サメが誇らしげに泳いでいるなあ。
「で、ウチの綿原たちを殴ったという宰相様は、姿を隠したようだけど、それはどうなんだろう」
続けて口を開いたのは古韮だった。
口が回って、見栄えもいいという程度の理由で抜擢されたのだが、声の響きと煽り具合は悪くない。
「閣下は危機を感じられてっ!」
こんどはさっきとはべつの場所からヤジが飛んだ。こっちは『蒼雷』か。キャルシヤさんが全部を取りこめていないとはいえ、宰相の手も長い。
「なんに対する危機なのだか。勇者の自作自演で貶められた? 俺たち勇者がここで堂々としているのに、まったくもって情けない」
「異国人がなにを言うか!」
「勇者かどうかも怪しい平民めが」
古韮の煽りに乗っかった数名が、ついに言ってはならないことを口にしてしまった。
前者は正解だが、後者はマズいだろ。俺たちは王様から勇者認定されているんだぞ? 目の前に王女様がいるというのに、それはダメだろう。
大歓迎だよ。
「俺たちが勇者ではないときたか。なるほどなるほど、この国はなってない。リーサリット殿下、どう思います?」
軽々とアウローニヤを
こういうコトを言えるから古韮が選ばれたのだ。
俺や委員長なら絶対ムリだろう。古韮以外のウチの頭脳派でやれそうなのは、綿原さんか
「……残念に思います」
俯いたままの王女様は震えるような声で、古韮の問いかけに短く答えた。
彼女が演技をしているのかどうか、わかっている側からしてみても判別は難しい。凄い人だよな。
だからミルーマさん、紅い目をさらに赤くするのは止めてくれ。
ちなみにこの展開だが、ヤジに乗った古韮はいくつか手順を飛ばしている。
本来ならばこちらから、これまで勇者の受けた被害をネチネチと並べて、アウローニヤ批判をする予定だったのだ。
訓練中にバカにされたとか、【聖術師】パードとか、ハウーズとか、ハシュテルとか、近衛騎士総長とか。俺たちって怒っていいくらいには嫌がらせされてるよな。衣食住が保障されているからといって、迷宮では人並み以上に仕事をしているわけだし。
それでも時間は惜しいし、そろそろ状況を察知した敵も本格的に動いてくるかもしれない。
つまりは古韮のナイスアドリブだ。
「では、どうするんです?」
最後の問いかけをする古韮の声は優しげだった。
やたらとズルい演出だな。これだからできるオタはタチが悪い。
「正しましょう。この国を。勇者様方が創りしアウローニヤを、在るべき形に」
すっく立ちあがった王女様が、キマった顔で宣言した。
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