第332話 化け物相手に大苦戦

近況ノートにも記載しましたが、この度12話において、クラスメイト全員の人物紹介を主人公視点から描写するシーンを挿入しました。よろしければ、再読いただければと思います。



 ◇◇◇



佩丘はきおか


「問題ねぇ。半分は流した。畜生あの野郎が」


 吹き飛ばされ、転がされたヤンキーな【重騎士】の佩丘はそのままの勢いで起き上がり、前方を睨みつけた。


 俺の声を聞くまでもなく、自分から下がって衝撃だけは逃がしていたようだ。やるじゃないか。


「よしっ、なら戻ってくれ」


「おうよっ」


 たしかに佩丘は総長の剣、鞘付きだからこん棒みたいなものだが、そいつに盾の上から殴られてここまで吹き飛ばされてきた。

 だけどダメージは小さいし、それになにより盾を割り込ませることに成功しているのだ。もちろん総長が雑な力任せにやったことだからこそ、こんな程度の結果になっているのもあるのだけれど、それでも佩丘は戦列に戻るれるだけのコンディションを保っている。


「やれるぞ八津やづ。俺らぁ、やれる!」


 総長との最初の対決で滝沢たきざわ先生たちがやられた時とは違う。今の俺たちは力の差を認識できるところまで到達できているんだ。だからこそ最低限の対応が間に合っている。

 佩丘が吹き飛ばされるまでの一連の流れは見えていた。力の差すら見えなかったあの頃の俺たちではない。


 総長は想定以上に強い。それが真っすぐに発揮された場合、力でも速度でも負けるのは必然だ。

 だけど確実に近づけてはいる。力の差が縮まれば、そこに付け入るナニカを見出すことだってできるはず。もう少し、せめてあと一階位だけでもレベルが上がっていれば。



「ヴァフターぁ!」


「ぐぬあぁ!」


 総長の次に階位が高い十五階位の騎士がヴァフターに襲い掛かっているのが視界に入った。

 たぶんベリィラント隊の副隊長とか分隊長といったところなのだろうけど、やはりあちらも強い。


 ヴァフターは受けるのに専念しているのか防戦一方だが、うん、わかってくれている。総長以外の連中が繰り出してくる実剣での攻撃を、極力一年一組に流さないように戦っているんだ。

 絡め手無しという前提なら、こちらの前衛最強は間違いなくヴァフターだ。とくに大盾の扱いはさすがとしか言いようがない。


「おいおい、名高きベリィラント隊が俺たちに苦戦か?」


「貴様ぁ!」


 しっかりと相手への挑発も忘れないあたりがいい感じだな。ヴァフターらしいじゃないか。


 ヴァフター隊の七人は、ベリィラント隊の十五階位と十四階位の三人を意識して引き付けてくれている。

 それがどれだけ『緑山』の助けになってくれているか。ヴァフターの言った必死という単語が本気だったことを思い知らされる気分だ。

 一年一組は十三階位の動きになら慣れているからなあ。嫌な経験だけど。


 だけど──。



「ふんっ!」


「ぐはっ!」


 大問題は近衛騎士総長だ。今も盾を叩きつけて、【霧騎士】の古韮ふるにらをあっさりと転がしてみせた。


 あのおっさんが好き勝手に動くたびに、誰かがなにかしらのダメージを負ってしまう。

【聖騎士】の藍城あいしろ委員長と【聖盾師】の田村たむらが前線ヒーラーとしてがんばってくれているが、手が足りていない。

 だからといってあんな混戦に疲弊した【聖導師】の上杉うえすぎさんや、柔らかい【奮術師】の奉谷ほうたにさんを送り込むのは危険すぎる。


野来のき、一キュビ左だ。隙間を埋めろ! 総長相手にはもう一歩だけ距離を取って、見るのに専念してくれ!」


「うん。やってるんだけどさあ!」


 俺が指示を出し、【風騎士】の野来が即座に対応している。

 だが、アイツにも焦りがあるのだろう、いつもに比べて口調に棘が混じっているような。マズい兆候だよな、これって。


「つぎは貴様か?」


「ひっ!」


 風を使って素早く戦列の穴を埋めるように移動した野来に目を付けたのか、総長が嘲るような声で脅しをかける。

 いくら野来がこっちの世界で精神的に覚醒したとはいえ、アレは怖い。俺だったら身動きが取れなくなる自信があるぞ。


孝則たかのりくん、がんばって!」


 戦場には場違いな、むしろ運動会とか部活の大会で聞くタイプの声が響いた。

【大声】を使った【騒術師】の白石しらいしさんによるエールだ。ついでに総長の近くでパンパンと音が鳴る。声掛けだけでなく、魔術も使って白石さんは野来を応援していた。


「ありがと、あおいちゃん」


 効果は抜群なんだろう、普段の野来からは考えられないようなニヤリとした笑い方で、アイツは非公式婚約者に礼を言いながら堂々と大盾を構えてみせた。


「がっ!?」


 そして弾き飛ばされたわけだが、野来は空中で姿勢を切り替える。

 あまつさえそこから減速して、普通に着地してみせたのだから驚きだ。ガラリエさん仕込みの【風術】の応用だな。


 それだけじゃない。

 階位が上がってパワーや反応速度が良くなったから、【風術】を使えるから、それだけなんかではなく、普通に体の使い方が上手くなっているんだ。


 ずっと【身体操作】を使いながら練習してきたものな。

 単体では自分の体の動きを理解し、操作できるようになるだけの効果が発揮されない【身体操作】という技能は、王国であまり推奨されていない。長期に渡っての修練を積めば、戦うには十分な動きができるようになるからだ。

 それならば魔力を温存するなり、ほかの技能に手を出す方がいいという考え方だな。理解はできなくもない。


 だけどクラスメイトたちは早急に効果的に強くなる必要を感じていて、だからこそ【身体操作】を取得した。

 自身の体の動きを、それこそ筋肉や関節レベルで実感しながらの訓練は、ジワジワと、そして確実に一年一組を強くしてくれた。


 俺と一緒でバリバリの文系な野来が大盾とメイスを持って、大の大人と打ち合っている。

 アウローニヤに飛ばされてからまだふた月とちょっとだけど、先生や中宮なかみやさんに体捌きを、はるさんには走り方を教わってここまでたどり着いたんだ。


 この世界にはレベルがあってスキルもある。だけど強さはそれだけでは決まらない。

 俺たちだって軽々とレベルを上げて物理で殴ってみたかった。けれどレベリングはそうそう簡単なモノじゃない。ならば同時並行して、自分自身の強さを手に入れればいいと、みんなは努力を重ねてきた。

 


「がんばれ。がんばって」


 クラスのバッファー、奉谷さんが祈るように前線を見つめている。


 魔獣を使って、奇襲もしかけてパラスタ隊を壊滅させて、ベリィラント隊だって数を減らした。途中で馬那まなの大トラブルこそあったものの、聖女上杉さんのリカバリーで、むしろこちらへの畏怖と手加減すら稼げたのだ。これを最大限に活用しないでどうする。


 とにかく総長だ。総長を仕留められれば、それでたぶんベリィラント隊は瓦解する。そうしてしまえば、あとはなんとでも……、これってフラグだよな。



 ◇◇◇



「す、すまん……、ぐあっ」


「いいんですよ。落ち着いて術を受け入れてください」


「ああ。聖女様から【聖導術】を掛けてもらったんだ。一生の自慢にさせてもらうさ」


「ポウトルさん、あなたご自分がなにをしたか、憶えていますよね?」


「……すまなかった」


 聖女たる上杉さんは単独で【聖導術】という飴と、過去の拉致事件を蒸し返し鞭を与えるという器用なマネをしている。


 ヴァフター隊のひとり、ポウトルとかいう人が肩をバッサリとやられて、後衛に送られてきた。前線の田村では始末に負えないと判断され、本日二回目となる【聖導術】が使われているのだが、これは非情にマズい状況だ。


 なにがマズいって、上杉さんの魔力がヤバい。

 ポウトルとかいう元拉致犯の怪我は、片腕を失った馬那のものよりはるかに軽かった。それでも前線での【聖術】では危険だと判断した田村がこちらに送り込んできたのだが、一年一組の『クラスチート』が通じないポウトル相手の【聖導術】行使は、かなりの魔力を消費してしまったらしい。


 横にいるもうひとりのヒーラー、奉谷さんが途中からバトンタッチして【聖術】を使っているが、彼女は【造血】を持っていない。結局は奉谷さんが【聖術】、上杉さんが【造血】を使うハメになり、ヒーラーふたりの魔力がかなり削られてしまったのだ。


深山みやまさん、悪い。しばらく魔力タンクに専念してくれ」


「うん」


 急遽中衛から呼び寄せた【氷術師】の深山さんを魔力タンク専属として扱うことで、状況を立て直すしかなくなった。

 同じく魔力タンクが可能な【騒術師】の白石しらいしさんは【音術】での牽制で手一杯だし、【雷術師】の藤永ふじながは前線にへばりつきだ。苦しい消去法で深山さんを選ぶことになって申し訳ない。



「治療は終わりました。しばらくは下がって、横になっていてください」


「いやっ、しかし」


「ポウトルさんはがんばってくれました。このあと、また出番があるかもしれませんから」


「……すまん」


 相手が憎き拉致犯であろうとも、上杉さんはこれ以上の責めを負わせなかった。


 魔力消費がかなり痛いのは本当だが、だからといって相手は大人で俺たちのために体を張ってくれていたのだ、俺だって恨み節などカッコ悪くて言えるわけもない。



 本格的な最終バトルが始まってから、まだ五分くらいしか経過していない。

 なのに前衛の盾は何度も弾き飛ばされ、後衛からの補助攻撃でなんとか持ちこたえているのが現状だ。前衛ヒーラーの委員長と田村がいなければ、とっくに崩れていただろう。


 相手の脱落は十三階位が二名。こちらもヴァフター隊から二名。

 戦闘不能になったヴァフター隊の一名は、前線のさらに北側で倒れているため回収すらできていない状況だ。


「同じだけ数を減らすのなら、本当はこっちに有利なんだけど」


「総長さんが大暴れすぎるよね。怪獣みたい」


 俺のグチに乗ってくれる奉谷さんだが、内容と違って快活とはいえない口調になっている。


 縦横無尽に総長が暴れまくるお陰で、向こうの人数が減ったところで大した意味を感じないのだ。

 むしろベリィラント隊の面々は、総長が好きに戦うためのお膳立てとばかりに、前線を維持することに注力しているようにすら見える。というか、そうなんだろうな。

 そっちの方が安定するというのが恐ろしい。


 総長さえなんとかすれば、なんてフラグじみたコトなんて考えなければよかった。

 強さもわかったし、速さにだって慣れてきている。だけど倒し切る未来が見えない。どうしてアイツは衰えないんだ。



「疲れちゃってるよね。みんな」


「ああ」


 辛そうな奉谷さんの声が耳に届く。


 途中で会話劇を挟んだとはいえ、一年一組がここまで長時間に渡る対人戦闘をするのは初めてだ。ガチの集団戦は訓練とは比にならないくらいに精神と体力を消耗する。

 後衛で見るばかりの俺ですらそうなのだ。前衛のみんなはもっとキツいだろう。


 何人かの動きが悪くなってきている。

 明らかなのは病み上がりの馬那、元々運動が得意でないひきさん、駆けずり回っている委員長や田村、藤永もか。それになにより、先生がマズい。


 総長が動くたびに前衛の盾が崩れかけ、それのフォローに誰かが入る形になるのだが、その役目を負うのは先生か中宮さん、混戦で弓を諦めたミア、速度のあるはるさんがメインだ。

 そんなメンツの中で、先生はさっきまで十五階位の騎士との死闘を経ている。体力の限界が近づいているのか。どんな時でも俺たちにカッコいい背中を見せてくれる、あの先生が。


 相手の魔力が枯渇するより先に、こっちが疲労でヤラれるのか。時間を使った魔力量勝負ならば『勇者チート』で階位差を覆せるという算段もあったのに。ちくしょう、誤算だ。



「さて、さっきからチョロチョロしている貴様が面倒だな。そろそろ終わりにするとしよう」


「はぁっ!? ぐおっ!」


 そしてついに崩れる時がやってくる。

 総長が盾で殴り飛ばしたのは、よりにもよって田村だった。


「田村ぁ!」


 必死に古韮が手を伸ばすが、掴むところまでは間に合わない。田村の体は壁際まで飛んでいって、そのまま動かなくなった。


「前衛ビビるなぁ! 田村は無事だ! 生きてる!」


 慌てて【観察】した結果を前線に叫ぶが、心をどうにかできても体が続くはずがない。


 前衛がここまで戦えていたのは騎士組やアタッカーのがんばりはもちろんだけど、間違いなく田村の【聖術】があったからこそだ。上杉さんが万全でない今、硬いヒーラーたる田村が前衛のすぐうしろを走り回ってくれていたからここまで粘れていた。


「【聖術】使いは希少だ。殺すわけがないだろう」


 俺の叫びを聞いた総長が、鼻を鳴らすような声で答える。嘲りが露骨すぎて腹が熱くなるのが自覚できた。ふざけやがって。



「八津クン、落ち着いて」


「深山さん……。うん、だな。それそろ決断のしどころ、か」


「そうかも?」


 奉谷さんと上杉さん、それに白石さんに【魔力譲渡】を続けていた深山さんがポヤっとした顔をちょっとだけ真面目にして、俺に声を掛けてきた。

 さすがは【冷徹】使いだな、こういう状況でそんなコトを言えるのがすごい。


 どちらにしても限界だ。田村を喪失した段階で前線は壊れる。

 時間をかけて相手の魔力切れを待つなんていう考えをここで捨てなければ、そんなの勝負を投げだすことになってしまう。だったら──。



「一年一組ぃ! 勝負をかけるぞ! 反対するヤツはいるかぁ!?」


 土壇場で日和る俺は、最後の最後で情けない確認を叫ぶ。

 けれど大丈夫だ。俺が知っているクラスメイトたちがここで返す言葉なんてわかりきっているのだから。


「好きにやれ!」


 最初に叫んだのは佩丘だった。


「待ってたくらいだぜ」


 古韮も。


「遅いデスよ、広志こうし


「まったくよね」


 ミアと中宮さんが。


「仕方ないよね」


「白黒ハッキリした方が気楽なくらいさ」


「も~、ちゃっちゃと終わりにしたいよ」


「僕もやるの!?」


「八津君、任せます」


 戦場に似つかわしくない雑多な声が広間に響いた。


 実にウチのクラスらしいな。もちろん反対の声などひとつもない。

 俺より前にいるはずのみんなの声は、いつも背中を押してくれているみたいに感じるんだ。これだから俺は一年一組が大好きになってしまったんだよ。


 大切な居場所を失うわけにはいかない。


「さて八津くん、もちろんわたしを頼るんでしょうね」


「当たり前だよ綿原わたはらさん。サメがいなかったら、始まらない」


「あら、わたしよりサメなのかしら」


「どっちもさ」


 とても頼もしいバディがこちらを向いてモチャっと笑ったところで、俺の腹は完全にキマった。


 総長め、クラスメイトをいたぶってくれた化け物め。ここから一年一組が、目にもの見せてやろうじゃないか。


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