第35話 だいたい魔力のせい




「どうした八津やづ。なにかあるのかい?」


「ははっ、委員長たちとも話し合ったことがあるだろ。それを発表しろって、先生がいきなりさ」


 あまりの急展開に乾いた笑い声が出てしまう。なのに藍城あいしろ委員長は柔らかく笑った。



「みんなで調べて考えたコトじゃないか。なんで俺が」


「誰かがやればいいだけじゃないか。八津でいいよ」


 新参者をあんまり晒してほしくないんだけど、とは言えなかった。なんとなく委員長が、ワザと俺を表舞台に立たせようとしている気がしたから。


「どーしたの?」


「なんかあるのかよ」


「八津なんかするのか? がんばれよー」


 ああもう、勝手なやつらばっかりだ。全員がそれぞれの態度で新入りの声を聞いてくれる、とても変な連中。



「情報共有だ。みんなでここまでいろいろ調べてきただろ? それをまとめたらどうなるかって、それだけの話」


「前置きが長いデス。ズバっといくのが日本男子デス」


 ミアのツッコミは鋭いな。金髪女子に言われるとクルものがあるよ。


「小学の頃からみんなの発表はお互い何度も見てるからね。八津のが楽しみだよ」


 委員長ってこういうプレッシャーをかけるタイプだったか?



 ◇◇◇



「山士幌高校一年一組、出席番号は二十。八津広志やづこうしです」


 こうなったらもはやヤケだ。いつもは王国の人たちが立つ場所に進み出て、ちょっと冗談ぽくスタートさせてみた。

 だからみんな、拍手をしないでくれ。今のはネタなんだ。


「発表タイトルは……、えっと『だいたい魔力のせい』です!」


 なぜさっきまでしていた【観察】の性能からこういう話になったのか。


 もちろんそれなりに繋がりがあるわけで、それを先生は前提からまとめて発表しろと言った。となるとこれはもう一年一組で調べてきたこと、その中から技能について全部、みたいに話になってしまう。



 異世界まで来て自由研究発表だ。なんとなくこのクラスでそれをやるのだと考えたら、すっと気が楽になった。

 トチったところで誰かを頼ればいいし、なんなら面倒そうな説明は振ってもいい。それくらいのノリでも目の前のクラスメイトたちは付き合ってくれると思えるから。


「今回は『神授職』と『階位』については基本的にタッチしないで話したいと思う。それと残念だけど、俺たちが召喚された理由についてもだ」


 召喚についてはほぼ間違いなく『魔力』が原因なのだろうけれど、調べた『魔術』と隔絶しすぎていて技術的なことは全くわかっていない。そんな技術があった理由も目的も、もちろん不明のままだ。

 だから俺たちのクラス召喚は意識的にやったわけじゃないというこの国の言い訳は、たぶん本当なのだろう。許せるかとか今の境遇を受け入れるかとかは全く別問題なだけで。



「そういうわけだから、今日は『技能』について絞って考えてみたいと思う。迷宮に入れば階位は上がるわけだし」


「なかなか先生っぽいじゃない」


「はい、綿原さん茶化さない」


 ちょっとだけ笑い声が上がった。綿原さんらしくない口のはさみ方だけど、励ましてくれているのかな。


「ええっとまず念頭に置いてほしいのは、『技能っていうのは全部魔術』っていう考え方だ」


 俺たちがこの考え方に到達するのに、そう時間はかからなかった。



 ◇◇◇



 ──最初の頃に異世界大好き組、つまり俺や野来のき古韮ふるにら白石しらいしさんなんかで、いろいろ妄想した。そして打ち破られた。

 技能なんてものがあるなら【アイテムボックス】【ステータス表示】【技能の操作】【経験値アップ】【ジョブチェンジ】果ては【ネットショップ】などなど、というこの手のお話に出てくるチート的な技能がことごとく存在しなかったからだ。


 さらにいえば【スラッシュ】みたいな必殺技もダメ。【料理】のような職業的なのもダメときた。 技能って大したことができないのでは、なんていう結論になりかけるくらい、俺たちは落ち込んだ。


「そこで助けてくれたのが中宮なかみやさんとひきさんだ。しかたないでしょ、ってね」


 名前を出されたふたりは苦笑している。



 ──本人は認めたがらないけれど、こちら側の疋さんはどうやら転生モノでも恋愛系が好みらしい。ゲーム系でもいわゆる悪役令嬢モノがメインで、俺たちが想像したようなステータスモノはそれほどでもなかったのだ。だからなのか、事もなげに言った。


『アタシの知ってる小説でもチートでポンポン成り上がる話はあるけどさ、そういう都合いいのが無かったら無かったで、ここはそういう世界だってことでしょ』


 それはやたら『神授職』とか『技能』という未知な魅力に囚われていた俺たちには至れない達観で、白石さんなんかは疋さんに抱き着くほど感動していた。


 そこにさらに中宮さんが追い打ちをかける。


『技能だかなんだか知らないけど、百歩譲って力が強くなるくらいは許せるわ。だけど技が使えるようになるのはちょっと』


 彼女が言うに技っていうのは、関節と筋肉を脳を連動させた総合芸術なんだそうで、魔力があるからとおいそれ身につけられたらたまらん、という話だった。

 ちょっと怖い表現が混じっていたが、武術家の誇りということで理解したい。ついでに中宮さんは意外とファンタジー好きで、この世界観自体は嫌いじゃないとかなんとか。



 ◇◇◇



「このあたりがみんなで調べごとをしながらわかってきた部分だ」


「で、結論は?」


 知ってるくせに、わざわざ手を挙げてまで古韮が先を促す。


「まとめると『技能』はチートではないし、技でもないってこと」


「つまりそれ以外の何か。けどチートじゃないは言い過ぎじゃないか?」


「俺もそう思っているから、古韮はそれ以上ツッコマないでくれ。大切なのは『技能』がとんでもない無敵現象を起こしたり、勝手に体を動かして必殺技みたいなことをしてくれないってあたり」


 アイテムボックスどころか、この世界の技能には『なんとかストライク』みたいなのが存在していなかった。正確には記載が見当たらなかったわけだ。



「次に『魔術』について。これまたゲーム的な感覚だと違和感だらけだった」



 ◇◇◇



 ──最初に言いだしたのは、たしか酒季さかき弟だったかな。


『僕は【石術師】だからまだいいけどさ、なんで笹見ささみさんは【熱術師】で【火術師】とか【炎術師】じゃないのかな』


 異世界ラノベを嗜まなくてもファンタジーRPG好きは多い。酒季弟だけじゃなく、この話題には酒季姉、草間くさま藤永ふじながあたりものっかった。


深山みやまっちも手伝ってくれたけど、火魔術とかはなかったすね。熱術で火をつけた、みたいのはあったすけど』


 藤永は深山さんに近づきたかっただけじゃないかとも思ったけれど、ここでは情報の方が重要だった。ゲーム的システムなのに火魔法が無い?



 決定的だったのが風呂の話題でアーケラさんが見せてくれた一連の魔術だった。

【水術】は水を操作する魔術で、水を作りだしたりはしない。俺たちが想うような水魔法は無かったのだ。これまた文献を漁ってみれば、いちおう『賢者が天から水を生み出した』みたいのがあったが、神話かそれとも雨乞いの儀式かっていうノリで、とても技能の記述ではなかった。


『なあ【水弾】とか【石槍】とか出てきたけど、人の肩書だけなんだよ。もしかして水と石を用意して形を変えただけじゃ……』


 人名ばかりを見つけて、そう想像したのは【忍術士】の草間だ。彼からしてみれば忍術系は切実だからな。

 もしかして【水術】とか【土術】っていうのは。



 ◇◇◇



「つまりこの世界には『ウォーターボール』も『ファイヤーランス』もない。しっかり言えば、何もないところにいきなり水や火が現われたりしないってことだ」


「もうゲームじゃないね」


 草間がボソっとツッコムけど、ゲームチックであって完全にゲームじゃない現実なのだから、これはもう世界の仕様としか言いようがないんだよ。


「逆に僕はそれが当然だと思ったんだよ。魔力が物質を創れたとして、どれだけエネルギーが必要かって考えるとね」


 この話題が上がった時、エネルギーを質量にするためには、なんて話をしていたのは委員長だ。

 物理学でそうだったとして、魔力のある世界にそれを持ち込まれても、とは思ったけれど。


「なので委員長の言ったとおり、この世界の魔力はモノを創りだせない。これは多分本当だと思う」


「むしろ僕の印象なら水や土を動かしたりするのは、超能力、それもPKのたぐいだよ」


 PKといってもプレイヤーキルじゃない。サイコキネシスの方だと委員長が指摘した。そっち方面は知識があるんだ。



「なんかどんどんスケールがショボくなってるな」


「あ、田村たむらもゲームとかやるのか?」


「そりゃあ俺だって少しは、やるさ」


 医者志望の田村がブスっとしてそっぽを向いた。家が病院っていうのも大変らしい。


 こっちに来てから学校の授業はムリでも、こっそり先生やミアから英語を教えてもらっているのを見たことがある。

 それを知った委員長や中宮さん、ヤンキー風の佩丘はきおかまでが、いつのまにか勉強会に参加していた。あの四人は大学進学志望らしいから。



「前置きが長くてごめん。ここからが本題だ」


「待ちくたびれたぞ」


「すまん佩丘。じゃあ訊くけど、魔力って結局なにができるんだ?」


「……力だ。もっと言えば、作用するなにか」


 さすがはヤンキー風だけど勉強はしっかりやってる佩丘だ。ちゃんと意識は共有してくれていた。



「そのとおり。モノは創りだせないけれど、魔力はいろいろなコトをしでかす力だ」


 委員長は『力に変換されるエネルギー』とか言ってたか。


「そこで俺たちは考えた。『魔術』を実現しているのは結局、全部が全部『魔力』じゃないかって」


 これこそが大前提。


 それを踏まえてどうするか。それがみんなのやるべきことなのだけど、俺はまだビビっている。

 ここから先の話を口にして、自分自身の無力さを再確認することになりそうだったから。


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