第36話 全部魔力が悪い




「──そして同じように魔力を使う『技能』と『魔術』は一緒なんじゃないかという意見もあった」


 俺の説明もやっと後半に入っていた。

 今している話題は本筋とはちょっとズレているけれど、シナリオ無しで発表しているのだ。少々の脱線は許してほしい。


 ──王国では、というか共通語では『技能』と『魔術』は別の単語で基本的に『技能』の一部に『魔術』が含まれているような表現が多い。

 ところがいろいろ読んでいると、両方がごちゃまぜに使われている資料が結構ある。公式文書らしきものにまでだ。気になってさらに調べてみると、どうやら古い文献ほど『魔術』の度合いが大きいことがわかってきた。


「つまり『技能』と『魔術』を同格だと考えたのは、なにも俺たちだけじゃないってことだ」


 専門家のシシルノさんあたりなら、積極的に論じてくれると思う。


「魔術が技能の一部だとされる今でも、どのみち技能を支えているのは『魔力』だ」


 話は自然に、魔術は技能に含まれている以上、同じと見ていいという内容になっていた。


「俺たちの感覚だと、魔術と言われるとどうしても魔力依存を想像する。それは多分正しいんだ。で、技能と魔術が同じものだとしたら『技能の全ては魔力で成り立っている』というコトになる」



 ◇◇◇



『体の力を強くするのだって魔力使ってるわけだよね。それって魔術と変わらないんじゃないかな』


 ──いつだったか藍城あいしろ委員長はなんてことはないという風で言った。

 彼はそういう考え方を好む。違うモノは実は一緒で、別の角度から見ているから異なるように思ってしまうのだと。大統一理論とかいう単語も出てきたが、俺にはよくわからなかった。


 それでも委員長の言葉はすんなり受け止めるに十分な説得力があった。

 冷静になれる【平静】も、魔力が脳に働きかけただけ。水の温度を上げる【熱術】にしても、魔力が水分子を振動させているだけ。


 一部強引な解釈もあったけれど、彼の意見にはたしかに頷ける。人体の構造を知っていたり、火が燃える理屈や、風という物理現象。これはもう十分に高校生知識チートといえるだろう。

 書式チートに続いて、俺たちは成し遂げたのだ。大袈裟に表現したという自覚はあるから大丈夫。


 逆に魔力ではできなさそうなコトは『技能』にもならない。

 例に出した【料理】なんていうのが典型だ。たったひとつの料理を仕上げるために、どれだけの工程と微細な技術が使われているか。魔力という単純な作用でどうこうできるものではない。



 ◇◇◇



「こんなところかな。技能と魔術はほとんどイコールで、魔力依存。魔力はモノを創りだせないけれど、不思議パワーを持っている。簡単に言えばそれだけのルールだよ」


 長々と喋ったわりには結論は簡単だった。途中の計算がちょっと面倒だけど答えはシンプルな、そんな数学の問題みたいな感じかな。



「ワケのわからない必殺技や身体を勝手に動かして剣を振り回す、なんていう技能がないのは嬉しいわね」


 心底安心したように副委員長の中宮なかみやさんが肩をすくめる。機嫌が直ってなにより。


「それでも剣の威力が増えるような技能はあるみたいだけどね。【剛剣】とか」


「それも大体想像ついてるんでしょ?」


「まあね。たぶんだけど、アレは剣に魔力を纏わせる技能だと思う。理屈はわからないけれど、硬くなったり鋭くなったり、見えない刃がちょっとだけ伸びるのは、全部魔力のお陰ってことで」


 中宮さんがこのあたりで妥協してくれると助かるのだけど。


「ほら『魔力の打ち消し合い』ってあったでしょ。剣に魔力がくっ付いていたら、そのぶん斬り合いで有利になると思うんだ」


「その技能を取るかは考えるとして、とにかく全部が魔力頼りっていうのは理解できたと思うわ」


 相手のガードを上回るくらいの魔力を纏った剣をぶつければ、そりゃ大ダメージにもなるだろうというのは簡単に想像できるだろう。

 中宮さんも納得してくれたようで、そろそろシメでいいかもしれない。



「そういうことで、全部魔力が悪いというお話でしたとさ」


「雑なまとめ方するなよ」


 古韮ふるにらが半笑いでツッコんできたけど、そうとしか言えないからな。


「技能でできること、できないこと、まだ俺たちはちょっとだけを覗いた程度だと考えたほうがいい。今回は話題に入れなかったけど、技能の熟練度や色んな要素を数値化する問題も残っているし。もしかしたら今使っている技能の熟練度が上がったら、大化けするかもしれないから」


 これは自分への戒めと励ましだ。【観察者】なんていう未知の職がどんな技能を取れるかなんて、これからガンガン試していくしかないから。



 とくにもうひとつ、魔力の数値化は当面妥協するとして『熟練度』がどういう理屈なのかはまだ不明のままだ。


 理由はわからないけれど内容はわかる。

 技能を使い込むと消費する魔力が減り、効果も上がるというじつにお得な話だけれど、なぜそうなるかはお手上げ状態。俺たちはそんなものかと諦めかけているけれど、委員長は頭を捻っている。そういうのにこだわるタイプだからな。


「昔の資料が嘘、大袈裟、紛らわしいのは当然だけど、本当だって混じっていると思うし、もしかしたら地球の知識を持っている俺たちが新しい何かを見つけるかもしれない」


 たとえば綿原さんたち三人が使った合体魔術みたいに、知識チート的な魔術だって生み出すことができるかもしれない。いやアレはこっちでも知恵としてはあるかな。鮫だけは別問題として。


「俺が話した内容はこれまでのまとめでしかない。ここから先もみんなで考えて、相談していけたらいいなって思ってる。熟練度で新しい発見をしたとか」


 なんとかここまで言い切れた。疲れたぞ、ホントに。



「終わります。先生、こんな感じでよかったですか?」


 長くなった魔力研究発表もこれで終わりだ。しゃべり疲れて息をついてしまう。


「少しとりとめのない部分もありましたが、大切な部分はキチンとまとまっていて良かったと思います。まだまだ調べごとは残っていますね」


 今は先生のお言葉がありがたかった。

 始めた時と一緒でクラスメイトたちが拍手をしてくれる。小学生の頃からずっとこうやってきてたのだろうと簡単に想像できてしまう光景だ。


 なんだかその輪に入れたようで、ちょっと嬉しくなってしまった。



 ◇◇◇



「おつかれさま、八津くん。はいこれ」


「あぁ、ありがとう」


 カーペットに座り込んだ俺の横に綿原さんが現われて、陶器のカップを手渡してくれた。

 冷えた果実水を飲みながら辺りを見渡せば、みんながガヤガヤと雑談をしている。どうでもいいことや、さっき話し終えたばかりの魔力についてかな。空気が悪くなった感じはないので、それだけで心が軽くなった。


 ちなみに果実水は大きなポットに用意されていて、【氷術師】の深山みやまさんが冷やしてくれた。まだ氷を作るとこまではムリでも、水の温度を下げるくらいはかなり上達したらしい。藤永ふじながが大絶賛して、深山さんは静かにテレテレだった。



「あとはビシっと宣言するだけね」


「え?」


 綿原さんは何を言ってる? 宣言?


「そんなに驚かなくても。もともと八津くんがこれからどうするかっていう話じゃない」


「あ」


 そういえばそうだった。先生と中宮なかみやさんに綿原さんが加わって、これからのことを俺がどう考えているのかっていう話だったか。それをいまさら?


「八津くんがんばって」


 えええ。



 ◇◇◇



「あ、えーっと」


 再び立ち上がった俺は言いよどむ。

 気まずい俺に先生とか委員長が気を使ってくれたのか、さっきまでと違って前に立っている形ではない。適当に座ったみんながいろいろな方向から俺を見ていた。

 椅子も置かずに好き勝手な格好でふかふかのカーペットに座りこむ面々。そこにあるのは雑多で柔らかめの空気だった。


「そもそもこんな話になったのは、これから俺はどうしたらいいかという話からだった」


 自分でも再確認するように言葉を進める。


「調べていてみんなも気付いているとおもうけど、技能は熟練度をバリバリ上げるか、それか複数被せて初めて魔獣を倒せるような力になるんだと思う」


 たとえば前衛系なら【身体強化】【身体操作】【痛覚軽減】。そこにさらに【剛剣】や【大盾】。もちろん階位は上げるとして、そこから技能で殴るというわけだ。RPGの基本だな。


「俺たちは神授職がバラバラだから近い職同士でよく話し合った方がいいし、わかったことは全員で共有したいと思う。どうかな」


「もちろんデス!」


「いままでどおりってことだろ」


「わかってるっすよ」


 賛同ばかりで助かるよ。



 問題は【観察者】なんていうほかと違う職を引いた俺だ。いまだに方向性がよくわかっていないのが困りものだな。なら開き直って、今ある【観察】に連動しそうな技能を取るのも手だ。


「肝心の俺だけど身体強化系が出ていないから、そっちは筋トレとかの運動を続けようと考えているかな。それでもダメならいっそ【集中力向上】や【視野拡大】【思考強化】で【観察】を強化する方向があるかも」


「【思考強化】なんて出てるのかよ。俺は持ってないぞ」


 田村たむらがちょっと悔しそうな顔で吐き捨てた。医者志望の勉強家からしたら面白くないのかもしれない。


「まあいいか。俺にもそのうち出るだろ。そっちはそっち、こっちはこっちだ。【聖術】で忙しいんでな」


 言い方こそ捨て台詞っぽいけれど、俺を否定するような内容じゃないのが楽しいな。本人にその気があるかは置いておいて、このクラスの連中から本質的にネガい感じがしないから、俺は前向きになれているよ。


「俺も今のところできるのは熟練上げと体力作りくらいだしな。怪我したときは頼むよ」


「ああ……」


 だから素直に言葉にできた。

 いざとなったらここにいる仲間に頼ればいい。



 やっとこの場の意味がわかった気がする。先生や委員長は背中をおもいっきり押してくれていたんだ。

 このクラス、一年一組なら大丈夫だから堂々と宣言しろって。それを言葉にしないで、表舞台に立たせることで。


 ホントに変なクラスだと、つくづく思い知らされる。


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