第37話 クラスメイトの輪の中で
「なあ、
なにか自分勝手に感動して納得もしながら座った俺に話しかけてきたのは、チャラ子の
「どうした?」
「いや、八津だけじゃないんだけど、アタシってここからどうしたらいいと思うかなって」
「ほれ八津、さっそくご指名だぞ」
「あ、生き方的な話じゃないよ? 技能とかそっち側」
当たり前を言わないでくれ。人生相談されても困る。たしか疋さんは最初、帰りたくない派だったわけだし。
「疋さんは【裂鞭士】だったよね。ときどき鞭を練習していたけど、やっぱり難しい?」
「アタシ端っこにいたのによく見てたね。うん、鞭なんて使ったことあるわけないし」
視界に入ればなんでも見えるのが俺だからな。なにか覗き魔みたいな響きで嫌だ。
彼女がときどき相談してたのは、
「やっぱり【身体操作】じゃないかな」
「だよねえ。やっぱり階位を上げないと話にならないかぁ」
「これ以上技能は取れないし、今持っているやつの熟練を上げるのが精一杯かな。俺も攻撃手段ないしね」
疋さんはたしか【体力向上】【平静】【高揚】だったか。
「だね。優先して精神系を取らせてもらったんだし、そっちを育てあげるかあ」
技能で冷静になれるのは悪いことじゃない。べつに魔獣を倒すのに限っただけじゃなく、いつでも落ち着ける能力は今後に活かせるはずだ。
「やることがたくさんになるかもしれないけれど、鞭士系は武器に魔力を通すタイプの遠距離攻撃ができるみたいだから【魔力伝導】も取れば強キャラになると思う」
「強キャラ、強キャラかあ。せっかくやるなら強くなりたいね」
うん、ちょっとだけでも笑顔になってくれた。強くなれそうというのはウソじゃないし、あとは疋さん次第かな。
「なら先生か
俺も疋さんも身体強化系を取っていないから、今やれる事といったらそれくらいだ。もちろん鞭の練習は続けてもらうとして。
「そうだね。先生、
「ええ、ほかにも練習したい人がいたらどうぞ。中宮さんも手伝ってくださいね」
先生と中宮さんが快諾すれば、何人かが名乗りを上げた。筆頭は【忍術士】の
今日の話と結論なんて昨日までとちっとも変わっていないのに、やることが増えていくような気がする。これ以上技能が取れなくても、しなければいけないことがたくさんだ。
「ねえ八津くん。さっきの話をまとめると、わたしの【鮫術師】ってなんなのかしら」
綿原さんが首をかしげながら声をかけてきた。何って言われても。
「こないだの【霧鮫】もそうだったけど、形状変化みたいな力なのかな」
「【水術】みたいな感じ? でもアレはいろいろな形を作れるようになるのよね」
「だね」
「水も土も、風だってわかるわ。なのにわたしは『鮫』」
そのとおりだ。【水術】は熟達すると水を思ったように形を変えて動かすことができるようになるらしい。『水竜のうんちゃら』なんて人物がいたっていう文献もあった。
綿原さんの懸念もわかる。なんで特定の形をわざわざ、って思うだろうな。
しかも【鮫術】はどんな資料にも無かったし、【鮫術師】も俺の【観察者】と一緒で少なくとも王国初の神授職だ。未知のスキルに未知のジョブ。
だからこそ、ここはポジティブにいこうと思う。
俺は先生や中宮さんの技が見えたし、綿原さんは鮫を創りあげた。まだそれが実戦で活躍できるかどうかは不明の段階なんだから、役立たずと決めるには早すぎる。
せっかく話せるような間柄になれたんだ。前向きに綿原さんを応援してあげたい。
「俺の想像になるけどいい?」
「聞かせて」
「マンガとかだとさ、縛りがある方が強くなるってお約束があるよね。それじゃないかって俺は思ってる。たとえば水以外とか、形が鮫で固定された分だけほかの術師より強力な技能に育つとか」
あながち間違っていないと思う。それに彼女がやったのは水だけで、まだほかを試していないんじゃないかな。
「……鮫だから水のことばかり考えていた。わたしとしたことが」
「あの、綿原さん?」
「鮫の可能性なんて、わたしが一番理解していなきゃダメなのに。なんてこと。風を使えば透明な鮫だってできるはずじゃない」
顔を俯かせてプルプル肩を震わせている綿原さんが、怖い。
「無限よ! 鮫はどこにでも現れるし、なんだってできる」
気が付けば辺りが静まり返っている。誰かなんとかしてくれ!
「そうね、あの忌々しいネズミの血なんてどうかしら。【鮫術乃零・血鮫】。悪くないじゃない。あはっ、あははははは!」
狂気がそこにあった。なんだろう、これ。
◇◇◇
「そろそろ落ち着いた? 綿原さん」
「ええありがとう。お陰でわたしは希望に満ち溢れているところよ」
「そうか、それはよかった」
冷えた果実水をもう一度飲んでもらって、綿原さんはなんとかこっち側へ帰ってきてくれた。
用意してくれた
「おいっ、本当にやるのかよ!?」
「【痛覚軽減】の練習にもなるだろ。俺も【聖術】が上がる。ウィンウィンだ」
「俺は痛いだけ損じゃねぇか!」
「じゃあなにか?
「やれよ、ちくしょう」
こんどはすぐ近くで別の狂気が執行されていた。【聖盾士】の田村が針を持って、【重騎士】の佩丘に迫っている。まさか背中を叩くだけじゃなく、そこまでやるつもりか。いったい何のノリだ。
それにほら、血とか聞こえたら綿原さんがまた……。
「消毒は大丈夫なの?」
「綿原かよ。ああ、ちゃんとランプで炙った」
ついに綿原さんが田村の横に移動してしまった。たぶん誰かのソーイングセットから取り出したのだろう針と……、ハサミ!? そうか、ハサミまであるのか。
この離宮、刃物は置いていないからしかたないな。
それを困惑した顔で見ている騎士系の四人。すなわち
嫌すぎる光景だった。
「なんなら刺すの、綿原がやるか?」
「血が出たらそれをもらえるだけでいいわ。触りたくないし」
「ひでぇ」
提案する田村も田村で綿原さんにしても断る理由が酷い。佩丘はもう不貞腐れて黙っているだけだ。しかも綿原の手には、どこから出したのか小皿がある。
「んじゃやるぞ。刺し傷、切り傷、将来医者になる俺がキッチリ治してやる」
「お前ん家は内科だろうが」
「地域密着型のかかりつけ医は、なんでもできて当然なんだ」
佩丘渾身のツッコミは流された。いがみ合ってるようで仲いいよな、あのふたり。
◇◇◇
「どうだった?」
「これしか零れなかったわね」
「いやあの血の採取も大事なのかもだけど、ちゃんと治ってた? 佩丘たちの傷」
「小さい傷だったから治せたみたい。だけどあれ以上派手にするのは、ちょっとまだ怖いみたいで……」
騎士系五人とヒーラー二人を巻き込んだ狂乱はまだ続いているけれど、少しだけ血を手に入れた綿原さんはなぜか俺の傍に戻ってきていた。
「じゃあやってみる」
「がんばれ。できるって信じてやってみよう」
「うん。鮫のためだから」
技能を使う時、そうなって当然という心構えで効果が変わるのを、俺たちも経験上で知っている。
信じればなんとやら。綿原さんは皿の血をじっと見つめている。
「むんっ」
ちょっとかわいい声で綿原さんは気合をいれた。たぶん【鮫術】を使ったのだろう。
俺の【観察】は技能が発動した瞬間をほぼ見破る。魔力を察知しているわけではなく、大体の人がちょっとだけ表情を変えるからだと最近気づいた。つくづく見るだけの技能だと思う。
「動いた、かな」
「ええ、動いただけ」
俺には小皿の血が一瞬だけ盛り上がりかけたように見えた。
それを綿原さんは【鮫術】の手ごたえとして感じたようだ。
「形を作るのはムリね」
「血が足りないとか?」
「重たいの。水もそうだけれど、血はもっとね」
霧は軽い、水は重くて、血はもっと重たい。理屈としてはわかる気もする。霧も水だから科学的にどうなんだとも思うけれど、密度とかもあるだろうし、そのあたりは感覚の問題なのかもしれない。こういうのは委員長の分野かな。
「……だけど」
「ん?」
「ただの水より相性がいい気がするの」
これだ。『相性』。このワードが技能取得に重要なんじゃないかと俺は妄想している。
クラス召喚をされて全員がバラバラの神授職を受け取った。その中でもかなりの割合で、各人が経験してきたことが職に繋がっている。たとえば野球をやっていた
例外的なのは酒季姉弟と疋さん、
そういう理由で俺だけじゃなく、それなりのメンバーが可能性を探っている。関係性の薄い神授職でも、もともとあった潜在的な何かが絡んでいるんじゃないか、とか。
じゃあ俺の【観察者】は何なんだと、何度も考えた。
新入りだからこその傍観者、それとも物語の狂言回しってところかと自虐したこともある。
だけど今はそうでもない。
もう十日以上も合宿みたいに一緒に過ごしたクラスメイトたちは、なんだかんだでいい奴らだと思う。少しは仲良くなれたとも。
なにより目の前で赤い液体が入った皿を見ながらうんうんと唸っている、紺色フレームのメガネが印象的な女の子がいるから、かな。
「──八津くん」
「ん、ああ」
「その、あははっ」
彼女はなんでそんなに嬉しそうなのか。
「えっと。【血術】ていうのが生えたみたい」
目を細めて笑うその子は、とても綺麗で不思議で、けっこう怖い考え方をする人で、ちょっとズルいのかもしれない。
最強っぽいスキルをあっさり引かないでほしいかな。
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