第38話 ネズミとタヌキとタマネギ
「やべえな。最強じゃないか」
「俺もそう思う」
翌朝のミーティングで
「そういうのが出るなら
「ああそういう。鞭だけに」
「そうそう。やっぱり血ときたら鞭でしょ」
わかる。
「で、取ったの?」
「様子見。コストも高そうだしね。綿原さんってノリノリなんだか冷静なのか、よくわからないところがある」
「ただの気まぐれじゃないか? 前世は猫かもな」
言われてみればソレっぽいかな。
だけど、それを知っている風の古韮がちょっとだけ羨ましくもなった。俺以外は付き合いが長い連中ばかりだからとわかっていても、なんかモヤっとする。
◇◇◇
「迷宮入りの日取りが決まったよ。三日後の朝からだ」
午前の座学、その冒頭でヒルロッドさんが言ったセリフで【血術】のことなどどこかに吹っ飛んだ。ちなみに【血術】の出現について、しばらく王国側には伝えるつもりはない。
『昔の資料にあるにはあったけど、伝説みたいな技能扱い』
というのが技能担当書記たる
結果、朝のミーティグで満場一致の秘匿が決まる。
そういうわけで技能は置いておいて、今は迷宮の話だ。全員がヒルロッドさんの説明に集中した。
「予定より遅くなった。同行は俺たち第六近衛騎士団『灰羽』ミームス隊と、第五近衛騎士団『黄石』からカリハ隊。それに加えて近衛騎士団所属の【聖術】使いが三名だ」
訓練部隊の『灰羽』だけじゃないのか。ちょっと大袈裟すぎるような。
ちなみに第四の『蒼雷』と第五の『黄石』は、軍上がりの実戦慣れしている人たちが集まっていると聞いている。
「『黄石』は簡単だったが【聖術】使いがね。三名一度は日程調整に手間取ったよ」
常におつかれ顔のヒルロッドさんが、ことさら酷くなっているような気がしてきた。
俺の【観察】は瞬間は捉えても保存が効かないから、昨日と今日だと区別はつかない。自身の記憶力頼りという実に情けない技能だ。熟練のお陰か慣れなのか、数秒ならなんとかなる。そんな程度にはなった。
「二十二名の引率とはいえ、通常探索に匹敵する陣容だ。【聖術】使いの派遣要請は俺の権限ではどうしようもなかった」
ならアヴェステラさんの伝手だったのかな。シシルノさんはさすがにムリだろうし。
「口添えを下さった王子殿下と王女殿下に感謝するといい。君たちにもよろしくとのお言葉だ」
なるほど、だからヒルロッドさんはわざわざ自分の分限を持ち出したわけだ。
殿下に感謝か。あの王女殿下が何を考えているのか想像できないのが怖い。最初の内に恩を売っておけ、なのかな。
「一層での階位上げとしては異例の措置だ。君たちも安心だろう?」
「ご厚意に感謝します」
代表して口を開きかけた
「せっかく三人も【聖術】使いが同行することになったので、三班に分けて行動しようと考えている。当日までに君たちで決めておいてほしい」
班分けをこちらに任せるというのは信頼の証だけじゃない。普通ならこっちの訓練度合いを見て、向こうで割り振るのが当然のはずだ。
つまり王国側は俺たちに『危険が及ぶ』ことはないと言っている。それだけ過保護な陣容ということだ。
三班となると七、七、八。【身体強化】組と【聖術】組は分けるとして……。
「では今日の座学は前に軽く話した迷宮についてかな。全体についてのおさらいと、一層について詳しくだ──」
みんなはヒルロッドさんの言葉のひとつも聞き漏らさないように気合を入れる。
こっちに来てから勉強でも訓練でも、こんなに真面目になるのって日本にいた頃にあっただろうか。命がけの非日常になれば人間はここまで集中できるのだと、自分に驚いてしまう。
◇◇◇
「最後にコレが君たちもお馴染みの【八脚茶鼠獣】だよ」
座学の会場たる談話室の壁にメイドさんたちが紙を貼り付けた。
見たくもないけれど何度も資料に登場してきたから、初見というわけではない。
ちなみに植物紙は普通にある。なんでも迷宮二層にその手の材料になる【多脚樹木種】がいるらしい。なんだよ多脚って。戦車ならロマンになるかもしれないけれど、トレントでそれをやられてもという感想しか出てこない。腕もあるみたいだし。
「何度見ても信じられないわね」
「俺もそう思う」
最近定位置になりつつあるテーブルの向かい側から綿原さんが話題を振ってきた。鮫と血液は平気らしいけど、壁に貼ってあるネズミの絵はなあ。彼女が渋い顔になるのもわかる。
「委員長も言ってたけど、アレって本当に生き物なのかしら」
「ゲームだったらモンスターだね、ですむんだけど」
「ゲームみたいな世界でゲームみたいな怪獣が出てきて、それをリアルにするとこうなるのね……。頭が痛くなるわ」
「俺も同感」
【八脚茶鼠獣】。茶色くて頭がとても大きなネズミで眼が四つ、そして脚は八本だ。問題はその『脚』の付き方で、胴体に対して左右に二本ずつ。ここまではいい。
残り四本はといえば、胴体中央で縦に並んでいる。意味がわからない。見方を変えれば胴体の前後でひし形状に脚が四本ずつとも捉えられるか。それでも意味がわからない。
『進化論に喧嘩を売っているのかな。この世界はまだカンブリア紀だったりしてね。ははっ』
あまりに常軌を逸した魔獣の存在に対して委員長が言ったセリフだ。これまた意味はよくわからない。
なんでもあんなのと人間が同時期に生存しているのが信じがたい、とか。
でも木とかの植物型魔獣もいるわけだから、その時点で地上の常識は忘れた方がいい。少なくとも迷宮以外は俺たちの常識に入る生き物がほとんどらしいから。
「君たちが挑む迷宮一層の初心者向け区画、通称『始まりの修練場』に出るのは【鼠】【
最後のはホント、なんなのだろう。
目玉がたくさんついて三本足のタマネギがジャンプアタックしてくるから冷静に避けるように、だそうだ。
絵で見せてもらったけど、それはたしかにタマネギだった。こういう固有名詞が共通語と日本語の両方にあれば、普通に一対一で翻訳できてしまうから恐ろしい。
話を戻すと三脚タマネギはけっこうレアな上に王城で需要が高いらしいから、訓練で刺したことはない。
一番素早いネズミをヤれればそれで十分らしいのだ。ネズミとタヌキの肉は平民街に卸すそうで、つまりそういう扱いの素材ということになる。
「はいっ、質問です。どれくらいで階位が上がるんですか?」
「一人換算で説明しようか。二階位になるのには大体四体から五体。二から三は七から八体くらいだね」
「わかりました。ありがとうございます!」
迷宮一層の初心者区画で俺たちはまず三階位を目指す予定らしい。全部向こうの指示だ。
さて一人当たり十五体の魔獣を倒すわけか。
それを二十二人分って、虐殺だよな。聞いた上で迷宮の広さに実感が持てないけれど、リポップとかはどうなっているんだろう。一定時間その部屋に入らなければ復活するらしいけれど。
「では午前はここまでかな。午後からはいつもどおり──」
「あの、ヒルロッドさん。いいですか?」
「アイシロか。どうした?」
「トドメを刺す練習はもちろん続けます。それと並行して盾の訓練をさせてもらえませんか」
訓練で全員が同時にネズミをドスっているわけでもない。だいぶ慣れてきてしまった俺たちは、待ち時間の間はそれぞれ体力向上に努めてきた。もちろん先生と
委員長はその時間を盾の練習に使いたいとお願いしたわけだ。しっかり話し合った、クラスの総意でもある。
「ふむ……」
顎に手を当てて考え込むヒルロッドさんは、そういうポーズが良く似合う。苦労人って感じでだけど。
俺たちに怪我をさせるつもりもない王国側としては、ある意味失礼な要求に聞こえたかもしれない。それでも委員長は引くつもりはないという真顔だ。
同席しながらずっと黙っているアヴェステラさんとシシルノさんの表情も変わっていない。いつもの微笑み能面と意地悪笑顔のまま。こういう話はヒルロッドさんに丸投げの姿勢だな。このおじさんは本当に苦労人なのかもしれない。
『どうせいつかやらなきゃならないことなら、今こそ自発的に』
こっちに来てから増え続けている道立山士幌高校一年一組の標語だ。
みんなが思いついた時にバラバラに提案して、採択されたのが現在二十個くらいになってしまった。
異世界に来たからはっちゃけるどころか、どんどん良い子になってしまっているのは納得し難いぞ。
最初こそスマホが使えないとか、こちらのボードゲームとか言っていたのに、三日目あたりからは筋トレとレポート作成ばっかりの気がする。
下積み努力期間が長い系異世界転移モノを地でいっているな。
「それは全員かな?」
「はい。騎士系は大盾で、それ以外は丸盾でお願いしたいと考えています」
この国の標準的な大盾は逆三角形で、屈めばほぼ全身を隠すことができる。いわゆるカイトシールドみたいなタイプだ。丸盾は腕半分が隠れる程度で、こっちはバックラーだな。
両方ともが訓練場でよく使われているので、どんな大きさかはよく知っている。問題は重さと取り扱いだ。
「意気や良しだ。ならば今日から君たちは『迷宮探索基本装備』で訓練してもらうことにしよう。泣き言はちょっとしか通用しないからね」
「ありがとうございます」
クラスの全員で頭を下げた。
泣き言第一号にはなりたくないな。
それにしても『迷宮基本装備』か。カッコいいフレーズだけど【身体強化】を持っていないメンバーは俺も含めて大丈夫なのか、これ。
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