第39話 『迷宮探索基本装備』




「どうよ?」


 ちょっと嬉しそうなのは、自衛官志望で農家の息子をやっている【岩騎士】こと馬那昌一郎まなしょういちろうだ。実に嬉しそうな表情をしている。

 姿だけはいっぱしに見えるから、いちおうみんなで褒めているけれど全員同じ恰好だ。念のため。


「鎧に盾とか異世界感でてきたよね」


「冒険者っぽいな」


「『あれはAランクの八津やづだぜ』って?」


「この格好じゃ、せいぜいDランクだよ。野来のきは騎士なんだから革鎧よりプレートメイルじゃないか?」


「重たそうだよね、アレ」


 こういうのが好きな俺と野来のきも、なんだかんだでアがっている。一緒に盛り上がれそうな古韮ふるにらは別のところ行っている。あとで語り合えばいいか。


 クラスメイトたちは近衛騎士団章と備品マークが入った揃いの革鎧を着ていた。

 薄茶色の鎧は関節以外の各部位が厚めになっていてそれなりに重いけれど、特段動きが阻害されることはない。ここらへんはさすがに考えられているんだろう。



「これはちょっと」


「髪が潰れる」


「ワタシのシッポが出せないデス」


 頭には兜というかヘルメット。これも革製で音が聞こえるように耳が出ている代わりに、首の後ろまでが守られるようになっている。あご紐で留める感じだ。

 髪型が気になる女性陣はご不満のようだ。とくにミアのポニーテール、あれは自称シッポらしい。


「もうちょい下で纏めて前に出す?」


あおいちゃん、おさげが似合うね」


「そうかな?」


 おさげ女子の白石しらいしさんがもてはやされているけれど、この状態で似合うとかいわれて嬉しいものなのか?

 女子の感覚はわからない。



「異世界モノで揃いの兜って、案外珍しいよね」


「そういえば」


 野来の言うとおりかもしれない。


 メタいことを考えればキャラの見分けなんだろう。まあ俺たちの兜はヘルメットみたいな感じで顔は完全に区別できるし、いっそ将来は専用で額に三日月でも付けようか。

 やっぱり俺もテンション高いな。軽く【平静】を使っているから自己分析ができている。



 そう、俺たちはほんの少しではあるけれど【平静】を調節できるようになってきている。

『魔術』がモノの形や温度を任意で操れるように、『技能』全般で効果の度合いをイジることは可能だ。

【平静】を取ってから大体七日。毎日使い込んで効果が上がって、調整できるようになって、消費魔力が軽くなってきている。

 熟練度システムは神だった。


 こういう風に『微妙に成長がわかる』っていうのが始末に悪い。ムキになって育ててしまいたくなるのはゲーム好き日本人なら誰しもだろう。

 命がけなのだから鍛えるのは当然として、実際クラスメイト全員がハマっているし。


「上達に個人差がありすぎるし、数値化が面倒にならないかな?」


「だな。やっぱり神様は意地悪だ」


「あははっ。バチが当たるよ、八津くん」


 野来も俺も笑ってしまった。

 つらいことも多いけど、仲間がいてくれて本当に助かっている。いつかお互いさまと言ってもらえるようになりたいと、そう思う。ちょっと考えすぎかもしれないけれど、やれることをやって認めてもらえるようになりたい。



「サイズが……、微妙だね。もうちょっとフィットしてないと」


「ちょっとおっきいかな」


 これまた全員お揃いのブーツに文句をたれているのは、陸上女子の酒季さかき姉とちびっ子な奉谷ほうたにさんだ。

 脛の下半分までのごっついブーツは内張りが毛皮らしくてそれほど不快感は無いのだけど、借り物の規格品だけに陸上の専門家からしたら不満なんだろう。奉谷さんはロリ……、まあ何というか、もっと根本的な問題かな。


 ここにごつい革手袋を合せて鎧装備は完成だ。

 あっちで先生と剣士たる中宮なかみやさんが、手をグーパーさせながらボソボソとやっている。あのふたりなら武術家的にこういうのが気になるところなんだろう。



 ◇◇◇



「よぅし、順番に受け取ってくれ」


「……これは」


「『鎚矛つちほこ』だよ。タキザワ先生が【豪拳士】なのは重々承知した上だが、これも標準装備だからね」


 先生がヒルロッドさん手渡されたブツを見て怪訝な顔をしている。

 革鎧を着終わって次は盾かなと思っていた俺たちを待っていたのは武器だった。鎚矛、つまりはメイスだ。


 グリップも合わせて五十センチくらいの長さの鉄の棒。先端が大きく太っていて、手元には革が巻かれている。ザ無骨というイメージだ。でもなぜ。


「魔獣用の短剣では」


「アレはトドメ用だよ。こっちが本来だ。『迷宮探索基本装備』と言ったろう?」


「わかりました」


 先生の問いに返事をしたヒルロッドさんの思惑は明白だ。『お前らから言いだしたんだろう』と。


 なぜ剣や槍じゃないのかと訊けばこれまた答えは単純明快で、俺たちに刃物を持たせたくないだけの理由だった。一年一組が危険人物だからという意味ではなく、素人に刃物を渡して味方同士で怪我をされても困ると。

 たしかにリアル剣術家の中宮さん以外はド素人の集団だけに、納得せざるを得なかった。同じ理由でミアの弓、ひきさんの鞭も却下で、海藤かいとうに至っては今の段階で何を投げるのかと。一年一組の遠距離攻撃はここに封印された。



 腰のベルトから地面と平行になるようにメイスと刺殺用短剣をぶら下げる形で武器を装備する。メイスのグリップが左腰、ナイフは右腰から引き抜く形だ。


「けっこう重たいな」


「でも八津くんたちからしたら、こういうのがカッコいいんじゃないの?」


「う、うん、まあ」


 自分とほかのメンバーの格好を見てちょっと楽しくなっていたら、綿原わたはらさんから鋭いツッコミが入った。

 これはアレだ。ネットでたまに見かける『男子ってこういうのが好きなんでしょ』というのだな。

 白状すれば大好きとしか答えようがない。好きなんだから仕方ないのだ。



「これに盾まで持つのよね。大丈夫かしら」


「教官の言葉の意味がわかってきたよ」


「失敗したかもね」


 向き合ってお互いに苦笑いする俺たちだけど、不安がつのる。【身体強化】を持っていないとキツいことになりそうだ。



 ◇◇◇



「こ、これは……」


 左手にカイトシールドを持った藍城あいしろ委員長が呻いた。

 騎士系五人の内で【身体強化】を持っているのは馬那だけだ。ほかの四人が辛そうにしている。


「いや……他人事じゃないな」


 俺たちだって左腕の肘から先にバックラーを固定している。これだって地味に重たいぞ。


 さらにさらに背中には背嚢、尻にヒップバッグ、太ももにナイフまで装備させられた。

 ご丁寧に背嚢には重石まで入れてあるらしい。



「背嚢には三日分の食料、医薬品が入っている。遭難時の非常用だ」


 ヒルロッドさんが残酷に宣言してくれた。

 そんなことを言われてしまえば断る選択肢が消える。幸い迷宮はいたるところに水があるらしいから、それがちょっとした救いではあった。ここに水筒を追加とかされたら泣ける。


 ちなみに太もものナイフはサブウェポンというより、素材の解体だったり装備が絡まったときにぶった切るためにある。

 こういうところに経験の蓄積を感じるな。異世界とはいえ、そこに見合ったノウハウが存在しているということだ。



「実に……、良いな」


 フルアーマーに喜ぶ馬那はうっとりしているところを悪いが、少し黙った方がいいと思うぞ。周りの目が厳しくなっているから。

 あいつと同じく【身体強化】を持っている中宮さんと酒季姉が、ちょっと申し訳なさそうにしているじゃないか。


「知識チートで思いつくのは猫車かキャリーカートくらいか」


 古韮の現実逃避が、それはそれでアリだとしても少し虚しい。



「……行軍からやり直しですね。よろしいですか、ヒルロッドさん」


「本当に君たちは真面目で助かるよ。重さに慣れるまで刺突訓練は無しだ。全体行軍、始めてくれ」


「みなさん、行きましょう」


 率先して歩き始めた先生は【身体強化】も【体力向上】も取っていない。なのに先頭を行かれたら、ついていくしかないじゃないか。


 先生を辞めるなどと言ったわりには、ずっと『先生』をし続けてくれている滝沢昇子たきざわしょうこという人を、俺は本気で尊敬している。間違いなくクラスのみんなもそうだろう。



 ◇◇◇



深山みやまっち!」


「少し休んでからまた歩くから、藤永ふじながクンは先に」


「……わかったっす」


 深山さんと藤永がロマンチックな会話をしている。まるで雪山遭難みたいな光景だ。



「しっかりしなさい、夏」


「春姉は【身体強化】持ってるじゃないか」


「いいからほら」


 酒季姉弟がお互いに肩を貸しながら歩いている。



「め、鳴子めいこ。背中押さなくても。ミアまで」


「いいからほら、がんばろうあおいちゃん!」


「根性デス!」


 膝をガクガクさせている白石しらいしさんの背中を、奉谷さんとミアが押している。


 ほかは……、野来と草間くさま田村たむらひきさんあたりがヤバそうだな。ゾンビみたいな歩き方になっている。



「……ねえ、八津くん。わたしに優しくしてみない?」


「悪いけど綿原さん。俺もいっぱいいっぱいなんだよ」


「……男子のくせに」


「男女平等ってことで」


 助け合うクラスメイトたちにチラチラ視線を送りながら話しかけてきた綿原さんだけど、俺も自分で手いっぱいだ。余裕そうな中宮さんあたりを頼ってほしい。


「あの子に縋るのって、なんか癪なのよ」


 それだけ言えれば上等じゃないかな。



 その日の午後、俺たちは何度も一時停止をしながらも、最後まで歩き続けた。

 迷宮入りまであと三日。せめて行って帰ってくるくらいはできるようにしておかないと。


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