第40話 お疲れ様な面々




「俺、階位を上げたら【疲労回復】を取ろうかと思うんだ」


「しらじらしい死亡フラグはいいから」


「ツッコミありがとう。やっぱり古韮ふるにらはわかってるわ」


 訓練を終えた俺たちは這いずるように離宮に戻ってきた。風呂も夕食もまだだけど、今は動ける気がしない。

 クラスメイトたちもてんでバラバラに椅子や絨毯に座り込んで休んでいる。元気なのは一部の【身体強化】組くらいか。あの先生ですら表情には出していないけれど、椅子の背もたれに身体を預けているように見える。


 俺も疲労困憊だ。古韮と並んでムダ口を叩くのが精いっぱい。



「それでもみんな根性見せたな。正直すごいと思う」


「みんな怖いんだよ。八津やづもだろ?」


「魔獣と戦うのは誰でもキツいし怖いさ。システムだけゲームでもリアルなのはなあ」


「そうじゃなくって。お前、最初がどん底だったと思ってるから麻痺してるんじゃないか?」


「ん?」


 意味がわからないぞ。俺がどん底『だった』?


「最初の頃の八津と一緒さ。置いていかれたらどうしようって」


「……このクラスでそれはないだろ」


 一年一組に仲間を見捨てるようなヤツはいない。そのことは俺がこの身をもって知っている。



「ちゃんと精一杯がんばってるならな」


「結構意外だ」


「いやいや、もし脱落するのがいても誰も責めないだろうし、置いてけぼりにはしないと思うぞ。たとえ手抜きをしていてもだ」


「なら──」


「だからって心の中まではわからない。俺たちは小学生からの付き合いだから気心だって知れてるけどさ、それでもな」


「敵だけを見てがんばってるワケじゃない、か」


 努力する理由が現状に打ち勝つためだけなら前向きかもしれないけれど、仲間に見捨てられたくないからとなると、それは本当に最初の俺みたいだ。

 いや、俺は新参だったからむしろ楽な方だろう。ずっと一緒だった仲間の足を引っ張りたくない怖さは、俺以上かもしれない。


 さっきまでの訓練でヘバってた連中の顔を思い出す。

 草間くさま酒季さかき弟、野来のき白石しらいしさん、深山みやまさん、ひきさん、奉谷ほうたにさん、ついでに藍城あいしろ委員長もか。

 そういえば奉谷さんはあのちっちゃい体でバテバテだったのに、最後まで声だけは元気に白石さんの応援をしていた。さすがは【奮術師】。


 どんな形でも元気、か。



「カラ元気でも元気、だよ」


「へえ」


 思い付きの俺の言葉に、古韮がちょっとだけ面白そうに返してくれる。


「がんばる理由なんて今は選んでる場合じゃないし、キツそうだったメンバーもみんなで助け合っていたじゃないか」


「さすがは【観察者】。ちゃんと見てるな」


「野来と草間あたりが微妙だったけど、そこらは俺らが気にかけよう」


「草間は委員長とか田村と仲良いぞ。ついでに野来はだいじょうぶ」


「へえ、そうなんだ」


「まあウチの場合はその委員長と副委員長がしっかりしてくれてるからな。先生もいるし」


 あの三人が脱落者を見過ごすとは思えない。

 委員長が脱落組に入りかけてるのが、むしろ面白いくらいだ。がんばれ【聖騎士】。ゲームなら主人公ポジじゃないか。



「さっさと風呂だってさ。どしたの二人して笑っちゃって」


 俺たちを誘いにきたのが話題になりかけてた野来だったからだよ。


「なんでもないよ。草間は? 結構ヘバってたけど」


「八津くんって草間くんと仲良かったっけ?」


「【忍術士】と【観察者】だろ。ほら偵察仲間って感じしないか?」


「なるほどね~」


 さて、風呂と食事のあとは熟練度稼ぎをしないと。

 人の心配も大事かもしれないけれど、ただでさえハズレ職の俺だ。こんなところで負けていられない。



「疲れていたけど意外と食えるどころか……」


「体が栄養を欲しがっているみたい」


「ピタリの表現だ。同感」


「でしょう」


 綿原わたはらさんがほんのちょっとドヤった顔をしている。それでも食事の手は止まらない。


 風呂で何人か溺れかけたけれど、それでもなんとかクラス全員で食事にありつくことができた。夕飯が用意されているっていうのは素晴らしいことだ。

 肉を食べることに対する忌避感も最近は小さくなってきた。どころか今日はそれ以上に体が栄養を求めている気がする。【平静】を持っていない人たちまでがガツガツを食事をかっ込んでいるくらいだ。


「思ってたんだけどさ」


「何かしら?」


「綿原さんって結構体力あるなって。中学で何かやってた?」


 今日のハードな行進でも綿原さんは脱落寸前組にいなかった。並んで歩いていたけど、むしろ俺より余裕がありそうなくらいに見えたのだ。荷重は同じだったはずなのに。


「陸上よ。千五百がメインだったわ」


「だからか。じゃあ高校でも」


「部活は中学で終わり。俗にいう帰宅部ね」


「え?」


 地雷を踏んだか?

 陸上を中学で辞めた理由なんて訊くのはちょっと憚られる。



「気にしなくていいわ。家庭の事情だから」


「……」


 どんどんマズい方向に行っている気がしてきた。どうしたものか。

 だけど綿原さんの表情に陰りは無い。むしろいたずらっぽい顔になっている? どういうことだ。


「悪い意味じゃないから安心して。前に三回くらい会ったことあるって言ったでしょう?」


「そういえば」


「ウチの店に来ていたのよ、八津くんと妹さんで」


「ウチの店?」


 俺が山士幌に越してきてから外食なんてした記憶は無いけれど。



「『サイコーマート山士幌西』。いつもお買い上げありがとうございます」


 そういうことだったかあ。

『サイコーマート』。通称『サコマ』。北海道では有名なコンビニだ。それが綿原さんの実家だと。

 たしかに何度か行ったことがあるし、店員さんが若い女の子だったのも覚えている。だけどそれがまさか綿原さんだったとは。


「じゃあ、家の手伝いで」


「そういうことね。この四月からバイトで出ているの。ワザとメガネと髪型を変えているから」


「ごめん、気付かなかった」


「小学生の時といい、残念だわ。【観察者】なんでしょう?」


「それはこっちに来てからだよ」


 こんなに美人の綿原さんに気付いていなかったとは、苦笑いしか出てこない。

 以前に会ったことがあるという話に何か思わせぶりがあるかと構えてみれば、こんなオチとは。



「べつにわたしは小学生から高校生を何回もループしているワケじゃないわ。ご期待に沿えなくてごめんなさいね」


「へえ、綿原さんもそういうの読むんだ」


「ラノベくらいは読んだことあるわよ」


「じゃあさっきのループネタって──」


 そのあと俺は、いつもよりちょっと早口になっていたことだろう。寝る前に思い出してちょっと身悶えした。



 ◇◇◇



「できる者だけでいい。左腕を動かせ。適当で構わないから振り回す時の重さに慣れろ。盾を体にぶつけないように意識するんだ。当然周囲にも気を配れ」


 次の日も訓練場にてヒルロッド教官の声が飛ぶ。


 なんと今日は午前中の座学を減らして、こんな時間から訓練だ。

 俺たちからそれを望んでアヴェステラさんが受け入れてくれた。ヒルロッドさんがなぜか感激していたけど、そのぶん小刻みに休憩を入れてもらうことにしている。【疲労回復】を取っていればさぞ熟練度を稼げただろう。


「これって意味あるのかしら」


「歩きながら盾を扱う練習、なのかな。左右のバランスもあるかも」


 今日も俺と綿原さんと並んで歩いているけれど、距離は昨日より遠い。心のじゃない。物理的にだ。

 なにせお互い左手を振り回しながらなので、近いと本当に危ないのだ。


 鉄と毛皮で造られているバックラーはそれなりに重量がある。

 シールドチャージなんて単語をどこかで見たことがあるけれど、たしかにこれならやりようによっては鈍器になりそうだ。



「昨日よりは、ちょっとだけ楽になった気もするけど。うーん」


「どうかしら。慣れたのか、それとも【体力向上】が効いているのか。よくわからないわね」


「熟練度、上がっているのかな」


「どうかしら。それより八津くん」


 お互いに前を向いて行進しながら話をしていた最中、ふと綿原さんがこちらに目線を送ってきた。


「うしろを確認できるかしら。【観察】ならできるでしょ」


 じつは俺もちょっとは気にかけていた。昨晩古韮と話したこともあるし、草間たち後続組がどうしているのか見ておいたほうがいいか。どうやら綿原さんも似たようなことを考えていたようだし。



「どれっ、と」


 少しの間だけ腕を振るのを止めて、チラっと後ろを見る。常時使っている【観察】に、その瞬間だけ魔力を込める量を増やすイメージだ。

 できているかは微妙だけど、最近はこうやって【観察】に強弱があるかどうかを試している。



 最初に昨日は先頭でペース配分をしてくれていた先生が、今日は最後尾からみんなを見守ってくれているのが認識できた。先生は身体系を持っていないのに、それでもみんなに気を使い続けてくれている。頭が上がらないな。


 うん、しっかり見えている。視界の範囲内なら一瞬視線を送れば全部がわかる。

 後続組は予想どおりの面子だった。


「あっ」


「大丈夫!?」


 ちょうど俺が視たのと同じタイミングで、白石さんがよろめいた。それを体格のいい笹見ささみさんが抱き留める。なぜそこに運動部系の笹見さんがいたのかは、この際どうでもいい。


「ちょっ!? あっ!」


 白石さんを支えた笹見さんが一歩だけ後退したところに、バックラーを持った側の腕を振っていた疋さんがいた。

 笹見さんがよろめいた方向、疋さんの持つ盾の動き。このままじゃ。


 俺には全部が見えた。

 けれど体は動いてくれない。そんなことができる技能を、俺は持ち合わせていないから。



 ゴツっと嫌な音を立てて、丸盾が笹見さんの頭に直撃するところが、視えてしまった。


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