第439話 高圧的な激励
「ざっとこんなモンデス!」
「くっ……」
ミアが誇らしげに笑い、そしてティア様が今すぐ殺せとばかりに苦い顔になっている。
どうしてこうなったのか。
ティア様によるサポートの下、いよいよ明日に迫った初のペルマ迷宮に向けて『迷宮のしおり』を暫定でも完成させるつもりだったのだけど、野生のミアとチャラい
で、せっかくならばと朝イチでミアに出番を任せた結果がコレだ。
『弓だけで戦おうというのですか。舐められたものですわね』
『甘くみてもらっては困りマス。私の弓術は近接戦闘もできるんデス!』
そういう流れで素手のティア様と矢を持たず『弓』だけを装備したミアのバトルが始まった。
──のだけど、勝負はたった一発のパンチで終了したのだ。
「どうして合せられるのか、意味がわかりませんわ!」
「んふふぅ。見切り
腕を開放されたティア様が悔しそうにしているところにミアが追い打ちをかける。あんまり煽ってやるなよ、ミア。
戦闘開始直後に、まずは牽制とばかりに軽く踏み込んで放たれたティア様の左ジャブは、ミアが軌道上に置いた弓に絡めとられてしまったのだ。
真っすぐに張られた
なにしろミアの使っている短弓は四層素材に鉄での補強まで入れた強弓だ。しっかりとしたしなりと強度が保障されている代物で、ああいう形で捻られたら身動きできないだろう。
酷い話もあったものだ。俺どころかアレを回避できるメンバーがクラスの中に何人いるだろう。
ぶっちゃけ
「これが『
「ミアその名前、今適当に思いついたでしょ」
「さすがは
「くっ……」
ミアと中宮さん。いい加減にしておいた方がいい。二人が会話をするたびにティア様にダメージが入っている様子なんだけど。
◇◇◇
「ふぬぁぁぁっす!」
「っつぁあぁっ!」
で、午後に行われた【雷術師】の藤永とティア様の模擬戦なのだけど、これもまた酷い絵面になった。
直接『雷水球』でティア様のドレスを濡らすという攻撃をすることをヒヨった藤永は、なんと地べたに撒いた水に自らごと通電させるという自爆技に出たのだ。
本来ならばティア様だけに食らわせたいところだったのだろうけど、スピードバトルとなればティア様優位で位置調整が難しい。勇者レポートで『雷水球』を知っているだけに、単独で水を踏まないようなステップをしていたティア様も見事だったとは思う。
だからこそ藤永は同じ水たまりにティア様が踏み込んできたところを狙ったのだ。
分かっていながら食らう藤永と、そこまでするのかというティア様の反応が勝負を決定付けたわけだけど、なんというかこう、ほかにやり方があったような気もするのだけど。
水を撒き終わるまでティア様の攻撃をひたすら耐えてみせた藤永は、たしかに立派だったと思うんだ。心から。
普段から前線魔力タンクとして頑張っている藤永の防御力は、ティア様を持ってして手こずらせるレベルだった。いざ千日手かと思わせたタイミングでの電撃は、さぞやティア様も驚かされたことだろう。
結果として地べたに尻もちをついたティア様と、それを見下ろしメイスを突きつける藤永というヤバい構図となってしまった。
当然だけど座り込んだティア様のドレスは泥にまみれているわけで、藤永の気遣いは完全消滅してしまている。
強いて得られたモノといえば藤永のパートナーたる
戦いというのはかくも虚しいのだと、俺は思い知ったのだった。
◇◇◇
「勇者とて様々。思えばコウシの悪辣さを知っていたにも関わらず……、これはわたくしの甘さが招いた結果ですわ」
「ちょっ!」
まるで諸悪の根源であるかのように語られた俺の立場は、弁明すら許されずスルーされる結果となった。これは一体全体、どういうことだろう。
当たり前だけどティア様は着替えを終えている。泥に汚れたドレスは……、まさか聖遺物二号に認定されたりしないだろうな。
「たしかに。筋道を立てて誘導して、ティア様と密着する状況を作り上げた」
「おい
真面目なムードで馬那が語ると、俺がアレを狙ったかのように聞こえるじゃないか。
ああ、一部女子たちの視線が冷たい。
「まあまあ。とりあえずは『しおり』も形になったんだし、ティア様に感謝ってことでいいじゃない」
「だねっ。これなら次回以降で楽できそう」
アネゴな
夕食までまだ時間があるけれど、暫定版としての『迷宮のしおり・ペルマ編』は概ね出来上がっている。
大使館から提供されたペルマ迷宮の地図も、アラウドでの経験を生かしてハザードマップ化してあるし、魔獣一覧にはあらかじめ用意されていた資料に一年一組式の対応を加筆した。
「夜にもう一回物資と装備を確認すれば万全ね。ミア、あんな無茶な使い方をしたんだから、弓を見ておいた方がいいわよ?」
「とっくに確認してマス」
「それでももう一回」
「ハーイ。
自分のしおりを手にした綿原さんが、ミアに一言入れている。
お互いのしおりにはサメと弓のイラストが入っていて、会話の中でも可愛らしさがあるのは女子力ってやつなんだろうか。
当たり前だけどしおりを持っているのはこの場にいる全員だ。すなわちティア様、メーラハラさん、スメスタさんの分もある。
結束を高めるというよりは、当然の情報交換ってところだな。明日は『オース組』にも一冊渡す予定だし、ナルハイト組長やフィスカーさんたちも驚いてくれるかも。
いや、待てよ──。
「どうかしたの、
「なんか
じゃれ合っていた綿原さんとミアが一緒になってこっちを見ている。どこまで勘が鋭いんだろう、この二人は。
「……明日の戦いに思いを馳せていたんだ」
「嘘、ね」
「絶対にウソデス」
どうして決めつけるかなあ。
いやまあ、たしかに俺は今、ティア様のしおりの表紙について考えていたよ。
アニメ調のイラストでバリバリドリルロールの悪役令嬢が扇を持って高笑いをしている絵が、頭の中で完成しかけていたし、どうにかして描いてみたいとも思った。
本人は喜んでくれるかな、って。
だがしかし、ミアはさておき綿原さんにまで勘付かれた以上、ここは撤退か。
残念ではあるが、まだまだこの先も機会はやってくるだろう。夜にでも男子部屋で何枚かラフを描いてみるとして、オタグループの
できれば専門家の滝沢先生にも、だな。
だって悪役令嬢だぞ?
イラストにしたくなるのも当然だろう。
こっちに泳いできた白サメと目が合ったような気もするが、この心中を察せられるわけにはいかないのだ。
「ティア様、さっきはすみませんでしたっす」
「ごめんなさい」
俺が深く葛藤していると、藤永と深山さんのペアがティア様に頭を下げているのが視界に入った。深山さんも一緒というのがアイツららしい。
意識的にティア様の方を見ないようにしていた俺だけど、あんな声が聞こえてくれば、誰もがそちらに注目する。
綿原さんやミアからも自然に見えるようにゆっくりと、俺もそちらに目を向けた。これでもう【視野拡大】は切ってもいいか。
「いいんですのよ。わたくし【雷術】をこの身に受ける経験など、初めてですの」
そんな経験は全く必要ないような気もするのだけど、ティア様にとってはポジティブポイントだったらしい。
藤永の神授職【雷術師】はレア中のレアだ。資料の少なさという点では【石術師】の
資料が絶無の【鮫術師】な綿原さんや【観察者】の俺はさておき、ティア様的には【雷術】の攻撃を食らったという体験は、【聖導師】な上杉さんの【聖導術】による治療を受けたに等しいのかもしれない。
とはいえまだまだスタンレベルなんだよな、藤永の【雷術】って。
マンガとかならバチって音がしたら相手が崩れ落ちて煙が立ち上るとか、そういう描写がされがちだけど、藤永のは筋肉が引きつるって感じだ。
実はクラスメイトたちも体験だけはしている。
引きつる感覚は【痛覚軽減】を抜いてくるので、そういう意味では味方殺しではあるんだけど、藤永はあんな性格だから、いちいち申し訳なさそうにするんだ。
今もこうしてペコペコと謝っているのは、とても藤永っぽい。
焚きつけた深山さんもひとまとめにしてティア様は笑い飛ばしているし、そろそろクラスのみんなにも納得が行き渡っただろう。
ティア様はカッコいい側の悪役令嬢だってな。
そう考えれば中宮さんから始まって、俺、綿原さん、ミア、藤永と連戦をした意味もあったというものだろう。
お互いに得るモノがあると先生は言っていたけれど、それは経験や技術だけでなく、性格や信頼も含まれていたんだな。つまりは相互理解だ。
「胸を張りなさいませ、ヨウスケ、ユキノ。あなたたちは冒険者となるのですわよ!」
「っす」
「ウン」
閉じた扇を前に突き出し、ティア様が二人を叱咤する。
あの二人だけじゃないな。これは一年一組全員への激励だ。事実ティア様はギロリとクラスメイトたちを見渡しながら、黒く笑っている。
「ペルメッダに名を轟かせてくださいまし。勇者である必要などありませんわ。あなた方全員の名がそれぞれに語られる程に!」
叫ぶというよりは、ティア様の表情と仕草から伝わるのは恫喝に近い。
だけど彼女の脅しつけは、笹見さんのコールや綿原さんの演説、委員長のたしなめや先生の諭し、リーサリット女王の願いとも、また違う形で俺たちの心を震わせる。
ここはアウローニヤの大使館で、彼女はペルメッダの侯息女。そして俺たちは無国籍の平民だ。ティア様にはなんの命令権も無いし、正当性だってありはしない。
そう、デタラメだ。理不尽で傍若無人なティア様だからこそ、言葉が胸に入り込んでくる気がするんだ。
昨日の夜、委員長が勇者と冒険者を語ったものだが、ティア様にかかればお構いなしか。
「勇躍なさいませ。わたくし、リンパッティア・シーン・ペルメッダは特等席であなた方の活躍を拝見させてもらいますわ!」
「おう!」
「よろしい気合でしてよ! おーほっほっほっほっ!」
談話室に悪役令嬢の高笑いが響き、そこに俺たちの歓声が続いた。
◇◇◇
「すっかり持っていかれましたね」
夕食の席で、スメスタさんが苦笑を浮かべている。
話を聞かされた職員さん二人も似たようなものだ。
「アレってアレだろ」
「どれっすか?」
「悪のカリスマ的なアレ」
「わからないっすよ。ティア様はいい人っすし」
席が隣同士の古韮が藤永と謎の掛け合いをしているけれど、俺にはなんとなく言いたいことはわかる。だけど表現の仕方。
「ティア様、悪じゃないよ?」
「ウン」
二人のやり取りを聞いていたらしいロリっ娘な奉谷さんとぼんやり系の深山さんがティア様の味方に回る。
どうやら深山さんはすっかりティア様の側になったようだし、奉谷さんは、うん、純粋なままでいてほしい。
「嵐みたいな人よね」
「荒らしじゃなくて良かったよ」
対面に座る綿原さんが、俺の返しを聞いて薄く笑う。
スメスタさんたちがいる場なので基本はフィルド語での会話だけど、音が違うからこそできる遊びだ。
「ところで気になったのよね」
「……なにが?」
首を傾けた綿原さんの横をゆったりとした動きで白いサメが通過する。
気になること? まさか俺の野望を見抜かれたか。
今夜にでも悪役令嬢イラストに着手しようかと思っていたのだけど。
「ティア様、最後に言ってたわよね。『特等席』って」
「ああ、あれか」
綿原さんの指摘は俺の心の中を読んだものではなかった。それはいいとして、あの手の演説ならアリな表現だとも思うけど、特等席って。
「城の一番上から見下ろすとかじゃないかな。あの人なら似合いそうなアングルだし」
「どうしてすぐそういう考えが出てくるのかしらね」
即答にため息を吐く綿原さんには悪いけど、俺の期待する悪役令嬢ムーブなので、そこはあくまでイメージですってヤツだ。
先生とかなら同意してくれるんじゃないかな。
「八津くんだってわかっているんじゃないかしら?」
「まあ……、ね」
表情を改めた綿原さんがネタの終了を告げてきた。
彼女が言っているのは、あのティア様が城の一室から迷宮に入っていく俺たちを眺めて高笑いとか、悪役令嬢イラスト計画とかではない。
もっと現実的にありそうな展開。ティア様の言うところの『特等席』とは、ってヤツだな。
「ティア様は七階位の【強拳士】だ。俺たち的に表現すれば二層は卒業って感じだよな」
「そうね。アウローニヤの王太子妃としてなら十分過ぎる。むしろこれ以上はあの第一王子と比較すれば過剰だった」
事実上、ティア様とアウローニヤの第一王子との婚約は破棄されている。
今のティア様はただのペルメッダ侯爵家ご令嬢だ。普通に考えれば国内の有力貴族と結婚して、ええっとこの国の制度だと、一代限りの女伯爵扱いになるんだったか。
だけどそう、あのティア様に普通が通用するのだろうか。
「ティア様は強くなろうとするんじゃないかしら」
「だな。俺もそう思う。なにしろウチには十一階位の【豪拳士】がいる。【拳士】が迷宮に向かないなんてことはない、生きた証拠が」
「
上手いコトを言ったという風に、綿原さんがモチャっと笑う。フィルド語で会話しながらの日本語ダジャレは楽しいな。
「まさかティア様、国籍抜いたりしないよな」
「まさかっしょ」
イケメンオタな古韮とチャラ子な
食事をしていた全員が、いつの間にか俺と綿原さんのやり取りに耳を傾けていたようだ。
古韮の言う『国籍を抜く』とは、すなわち冒険者になるということだけど……。
いやいや、侯息女がソレはマズいだろ。
「だけどさ、婚約破棄された貴族令嬢が冒険者って、ワリと有りがちだよね」
「うん、わたしもそういうの知ってる」
続いたのはオタな二人、野来と
無言で深く頷いているのは、我らが
「それはどうかしら。ティアは『特等席』って言ったのだし、もしも冒険者になるならもっとストレートに『傍で』とか『隣で』って表現になりそうだけど」
「中宮さん、ティア様に詳しいね」
「……別にいいじゃない」
中宮さんによるティア様分析を聞いて、委員長が苦笑を浮かべる。たしかに中宮さんの言うとおりかもしれないな。
だったら答えが見えてくる。
「レベリング依頼」
「『れべりんぐ』?」
俺の言葉にスメスタさんと大使館職員さんが首を傾げた。
「すみません。階位上げを依頼してくるんじゃないかなって」
「なるほど……。たしかにあのお方なら、あり得ますね」
こちらの表現に言い換えてみれば、スメスタさんは納得の表情になる。ここ数日ティア様に振り回されたスメスタさんだけど、そのぶん理解も深まったんだろう。
本来、貴族の階位上げを担当するのは軍になるはずだ。
ましてやティア様は侯息女という立場なのだから、側近を引き連れてということになるだろう。たとえば十階位の【堅騎士】であるメーラハラさんとかだ。
だけど軍にはティア様の手本になる【拳士】がいるんだろうか。
動きだけを見れば、絶対その手の技術を教えた人がいるはずなんだけど、彼女はそれを明かしていない。今はそれを想像してもしかたないか。
「ウチには高階位の【拳士】がいるんだよな」
軽口っぽく古韮が言葉にすれば、全員の視線が向かう先は当然【豪拳士】の先生だ。
「しかもティアの知らない技術を持っている」
言っている中宮さんだって該当者みたいなものだけど、そのとおりだ。アウローニヤでヒルロッドさんやガラリエさんに技を見せた経緯を思い出すなあ。
「俺たちが冒険者として認められれば、依頼を出しても問題ない、か。貴族様が平民な冒険者にそういう依頼ってあるんですか?」
「ワリとありますよ。軍に依頼できる人物はそれなりの地位にいる方に限られますから。たとえば男爵家の次男三男なんて……」
古韮の質問にスラスラとスメスタさんが答えていく。
前言撤回だな。貴族関係者が全員揃って軍で面倒を見てもらえるわけでもないのか。
資料の読み込みが甘かった。
「加えて、気性と相性。つまり冒険者の気質を好み、お気に入りを抱える、なんていう話もありますね」
苦笑いをしながらスメスタさんが付け加える。そのものズバリだよ。
「ティアがわたしたちを手駒にしようとするとは思えません」
「言い切るねぇ、
「なら
ズバっと切り込んだ中宮さんを疋さんが茶化す。
中宮さんはすっかりティア様のことを信用しているみたいだな。
タイマンを張って、それぞれの戦いを見て、話してみて……、まあ中宮さんの気持ちもわかる。
「先生次第っしょ。それとだけどさぁ、アタシたちってまだ冒険者になれてないんだけど、そこんとこ、どうなの?」
「あ」
チャラ子のド正論に中宮さんが絶句した。
雑談から始まった話題だけに、仮に仮を重ねた話だったからなあ。昨日の委員長といい、会話の脱線は一年一組の常だ。
「疋さんの言うとおりでしょう。わたしたちはまだ冒険者ではありません」
こういうことに普段は口を挟まない先生だけど、さすがに名指しされた以上は出張るしかない。
「ティア様については、彼女の出方次第です。今は自分たちのことを考えましょう」
「はい!」
俺と綿原さんが起点となって起きた脱線事故は、先生が解決してくれたようだ。
「明日の朝、もう一度言うことになるでしょうが、久しぶりで、そして初めての迷宮です」
先生の紡ぐ言葉が俺たちの心を引き締めていく。
「二層までだからといって、油断をしている人はいませんね?」
「はい!」
アウローニヤで最後の迷宮に入ってから十日以上が経過している。
俺たちが迷宮に入るようになってから、こんなに間隔が空いたのは初めてだ。先生の言うように、油断はしていないつもりだけど、勘が鈍っていることだってあるかもしれない。
久しぶりの迷宮だ。ティア様の件は俺たちの勝手な妄想でしかないし、今はこちらに集中しよう。
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