第42話 信じあう心
「つまりはだ、患者側の『治りたい、治してほしい』って意思が【聖術】の効果に直接影響するってことだろ」
面白くないという気分を前面に押し出しながら
この世界の治癒魔法、すなわち【聖術】は医者と患者の両方の魔力を必要とする。
医者側が魔力を使い【聖術】を発動させることで、患者側の魔力が消費されて実際の治癒が成立する流れだ。これは【聖術】使いの
ただそこに『患者がソレを受け入れる意思』が必要ということを、知識として覚えていても、俺たちはそんなことをとりたてて意識していなかった。
『たのむよ上杉さん』
『はいはい』
この程度のぬるいやり取りで、俺たちの治癒は成り立っていたのだ。
それが今回、
「まとめよう。まずはひとつめ、上杉さんや田村の【聖術】が最初からすごい力を持っていた可能性」
人差し指を上げた
「これならめでたしで終わりかな。二人はすごい。
「ないわー、上杉ならまだしも田村はなぁ」
「同感ね」
田村は顔をしかめてだんまりで、上杉さんはいつもの微笑みのまま。
「じゃあ次、いつの間にかふたりの熟練度が上がっていた。それこそシャーレアさん並みにだよ。だけどこれはないだろう?」
言った委員長自身がまったく無為な発言だとわかっているだろう。これはない。
「ふたりだけ、しかも【聖術】だけが短時間で伸びるなんて、ちょっと考えにくい。
「ないね。個人差はあるけれど、ここにいる全員、熟練度の伸び方が極端に偏っているヤツはいないと思う」
「【観察者】のお墨付きだね。ボツだ」
委員長が俺に振ったのはそういうことだ。俺の【観察】に期待してくれているのがちょっと嬉しい。そういうところが上手いよな。
「これで僕が【聖術】を取ったらどうなるか。ははは、ちょっと怖いよ」
階位を上げてクラスで三人目の【聖術】使いになる、それが委員長の役割だ。
それが下位互換になるってことはないと思いたい。
「最後だ。僕たち一年一組には、笹見さんとシャーレアさんには無い、何かしらの繋がりがある。言い換えれば信頼関係みたいなものかな。個人的にはこれが一番嬉しいかもね」
「補足させてくれ。ちなみに俺も賛成。理由は
せっかくなので委員長の説に乗ることにした。
「わたし!?」
「わたしが?」
元気なちびっ子とおさげメガネ文学少女が二人並んで驚いているけれど、何人かはもう気付いているみたいだ。なるほどといった顔をしている。
他人のコトなら白石さんだってすぐに理解したんじゃないかな。
「ふたりの【鼓舞】と【奮戦歌唱】だよ。傷と精神じゃ違うかもしれない。だけど俺は間違いなく高揚できた。大した意識もせずに、奉谷さんに肩を叩いてもらって、白石さんの歌を聴いただけなのに」
おべっかや気遣いなんかではない。
ふたりのバフを貰った時、明らかに俺の精神はアがっていた。
「ワタシのハートにビンビンきまシタ!」
「ああ、俺もだ」
精神系技能を持っていないミアと田村が真っ先に同意する。
「そうですね。わたしの心にも、しっかり届きました」
同じく先生もだ。その明確な笑顔が、これは真実だと語ってくれている。
白石さんがちょっと涙目になって、奉谷さんは最高のドヤ顔だ。
魔獣の死体を最初に刺した日、ふたりは自分の精神技能ではなく皆へのバフを選んでくれた。それが間違いではなかったと、間接的ではあるがクラスメイトたちが認めてくれたのだ。
「検証は簡単だ。【聖術】でも【鼓舞】でも【奮戦歌唱】でも、俺たち以外に使えばわかる。だけど──」
「黙っていたほうがいいかな」
俺の言葉を委員長が引き継いでくれた。
たしかにここは選択肢になりえる。
「【聖術】は問題外。【鼓舞】が一番ハッキリしそうだけど精神的なものだし、僕たちに特殊性があるとして王国側がどう見るか」
「もし【聖術】やバフの効果が高いのがクラスの中だけだとしたら、それは今後も俺たちを一団として扱ってもらえる補強にはなる」
せっかくなので会話を委員長からインターセプトして、言いたいことは言っておこう。
そう考えて言葉を続ける。
「だけど教授あたりが目の色を変えそうだし、なんなら奉谷さんを含む適当な何人かだけを別にすることもできる。自分から言っておいてなんだけど、俺は検証せずに黙っていた方がいいかな。委員長はどう思う?」
「なるほど……。いまさら秘密が増えたところで、だね。八津の言うとおりだ」
「こればっかりはあとでバレても、気付いていませんでしたで済む話だし、俺たちは拉致された側だ。自分たちの優位を進んで広める必要もない」
委員長と目線を合せてお互いに笑う。普段は大人しめの善人なのに、そんな顔ができるんだな。
たぶん今、俺も悪い顔をしているのだろう。
「決を採ろう。どうせまだ仮説だし、アヴェステラさんたちには言わない方がいいと思う人、挙手」
「クラスだけの秘密の共有とか、いいね」
「王国にないしょで強くなるか」
「悪くないし、面白い」
ビシバシと音を立てるようにみんなが手を挙げていく。いたずらを企んでいますと自白する様な笑顔ばかりなのが楽しい。まったく仕方のない連中だ。
「満場一致だね」
自身の手を挙げたまま委員長が宣言する。
もちろん俺はとっくに挙げ終わっていた。
実は気が付いていた。
たぶん俺だけじゃなく古韮や委員長、白石さんあたりもだ。
なぜ一年一組同士でだけ技能が通るのか。『信じあう心』はあってもいいと思うけれど、たぶんそれだけではない。
『人と人なら『色』が似ているんだ』
魔力の打ち消し合いが話題になった時に、シシルノさんが言ったセリフだ。
俺の魔力が持つ『色』。クラスのみんながそれぞれ持つ『色』。それが近いとしたらどうだろう。
俺たちは『クラス召喚』された。一度に全員を一括で、たぶん『なんらかの魔術』で。
だとしたら、俺たち二十二人の魔力はどんな色をしているのだろう。考えを極端に振り切れば、ほぼ同じ色どころか『同色』まであり得るのでは。この想像が本当だったとしたら──。
「『転生チート』でも『勇者チート』でもない。『クラスチート』か」
妙なノリで盛り上がっているクラスメイトたちを見ながら、ちょっと恥ずかしいことを呟いてしまっていた。
魔力の色が一緒で、しかもお互い信じあえる連中が集まれば、それはもう無敵じゃないか。
◇◇◇
「恨みっこなしだからね」
「へーい」
真面目顔な委員長の宣言に、お気楽な声が返される。
笹見さんの治療から『クラスチート』騒動まで発展した翌朝、俺たちは班分けのくじ引きをすることになった。
王国が指定してきた初めての迷宮入りは明日。
なにもない限り、今日は午前中の座学を短くしてもらって、長めの時間を訓練という名の行進に当てる予定になった。
ではなぜ今なのかといえば、今日一日を八、七、七に分けた三つの班ごとで行動することにしたからだ。そうすれば足の速い遅い、スタミナ、レベリングの順番などを事前に見極められる。
「じゃあまず回復役からだね。上杉さん、田村」
「はい」
「おう」
もちろん二十二名を完全ランダムに分けることにはならない。
みんなで案を出し合って、一年一組を五つのロール、つまり役に分けることにした。もちろん今のところはという前提で。
ヒーラーが二、バッファーも二、ナイトが五、仮アタッカーが五、そして何もなしが八。合計二十二名。
仮アタッカーは名前だけで本当に攻撃するわけではないが、いざという時に動けるメンバーになっている。選抜基準は【身体強化】か【身体操作】を持っているかどうかだ。
先生は身体強化系を持っていないわけだが、そこは特別枠扱い。
「じゃあ次、バッファー。白石さん、奉谷さん」
「はい」
「はい!」
何もなし枠の八人は、それ以外としか言いようがない。せいぜい俺と【忍術士】の
「はい、次は騎士組だね。僕もだからよろしく」
誰かが嫌がるでも駄々をこねるわけでもなく、すんなりと班分けが進んでいく。このあたりが一年一組のすごいところだと思う。
本人たちはまったく気にしていないように見えるけれど、普通なら文句のひとつやふたつは必ずでるはずだ。中学のときのクラス内グループを憶えている俺としては、それが当然なのに。
このクラスにも一応グループらしきものはある。ただそのグループ同士でもしっかり交流ができているのが恐ろしい。これが付き合いの長さなのか、各人の性格なのかはわからないが。
「一緒ね。よろしく八津くん」
「ああ、こちらこそ」
俺は二班。そして同じくその他要員の
話せる相手だけにけっこう嬉しい。
「よろしくおねがいします」
そして回復役として【聖導師】の上杉さん。
「おう」
騎士役のヤンキー風【重騎士】、
「よろしくな」
「よろしくデス」
仮アタッカーとしてピッチャー
二人はそれぞれ【剛擲士】と【疾弓士】なのだが、今回は専用武器を持ち込まないので、本当に『仮』だ。将来は遠距離物理アタッカーだな。
「よろしくたのむね」
最後に俺や綿原さんと同じその他枠で【石術師】の
以上七名が『一年一組二班』として行動を共にすることになった。
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