第43話 一年一組二班
「じゃあ班長が決まったら教えてくれ」
班決めがあれば班長決めがあるわけで、
「
我ら二班が合流してから三秒も経っていないうちに、ヤンキー
「ワタシがやってもいいデスよ?」
「ミアがやったら突撃だけになりそうじゃねえか」
「そうかもデス」
ミアの立候補はあっさり流された。
「は、佩丘じゃダメなのか?」
一応訊いてはみるけれど、たぶんこいつは言いだしたら聞かないタイプだ。望み薄かな。
「向いてねえ」
「そっか」
案の定、俺の問いは一言で終わりにされた。
「
「わたしはナンバーツーが好きなの」
「そうだね。そんな気がする」
妙な説明風で女顔の
「だから、海藤くんか八津くん。僕はそれでいいと思うな」
結局二人にまで絞られてしまった。
指名漏れの五人は完全に納得している感じで、こちらとしては反応に困る。
「なら当然八津だろ」
「海藤でいいじゃないか」
「いやいや、【観察】もあるし異世界にだって詳しいだろ?」
「でも俺、……新参だし」
海藤が俺を推す理由は納得できる。けれど、このメンバーで俺が班長というのはちょっと。
「まぁだ新参とかほざいてるのか」
「もう二週間以上も付き合ってきた仲デス」
少し怒気が混じった佩丘の言葉にミアが被せてきた。
二週間って、二週間じゃないか。みんなは十年近い付き合いだろうに。
「わたしは賛成します」
続けざまに上杉さんが。
「わたしも八津くんが班長ならやりやすいかしら」
「綿原さ。俺じゃダメに聞こえるぞ?」
「ダメじゃないわ。ナンバーツーとしての要望よ」
そして綿原さんが海藤を茶化しながら俺を推した。
「もちろん僕も賛成かな。貧弱男子同士よろしくね」
酒季弟までもがだった。俺は貧弱じゃないつもりだけど、技能が辛い。切実に身体強化系がほしい。
「もういいだろ。ほかの班はとっくに決まってるみたいだぞ」
イラつく佩丘が親指であちらを指せば、三班は言わずもがなの委員長。
一班はなんと
そんな奉谷さんがこっちを向いて元気に手を振っていた。
「ほらほら二班はどうせ八津くんでしょ? 早くおいでよ」
なぜわかる。
◇◇◇
『そ、そうか。ホウタニは立候補したのか。立派な心掛けだね』
『はいっ!』
朝の座学の時に班長が奉谷さんになったと知って、ヒルロッドさんがちょっと引きつっていたのが印象的だった。
立候補だったのか。それを認める周りもすごいと思ったが、なにも伊達や酔狂ではないらしい。
「折れないっていう意味なら、あの子が一番かもしれないわ」
「そんなに?」
「先生ももちろん立派だと思うけど、わたしたちもまだ付き合いが短いから」
訓練場を行進しながら綿原さんが奉谷さんをベタ褒めしていた。
たしかにクラスの大半は先生との付き合いが少ないから、主にこちらに来てからの態度で判断するしかない。道場の絡みで
それにしても奉谷さんの評価が高いな。
俺の印象で折れなさそうなのは、上杉さんとか中宮さん、佩丘、あとはそういうのとは別路線のミアあたりだ。頑丈マイペース系の綿原さんにここまで言わせるとはなかなかのものだと思う。
委員長は俺と一緒で、たぶんけっこう簡単に折れそうなタイプ。
「ペースはどう? いちおう俺と綿原さん、酒季に合せてるつもりだけど」
「おう。これくらいでいいんじゃないか」
「いい感じデス」
二班で足の速い二人、海藤とミアが軽快に返事をくれた。
行進は遅い人間に合せるものというのは常識らしいし、俺もよく理解できる。ぶっちゃけると二班は明確に酒季弟が体力不足なのだが、俺や綿原さん、上杉さんも大した変わらないのでこういう言い方になるのだ。
「やっぱり昨日より今日だな。楽になってる」
「佩丘?」
「【体力向上】が効いてるんだろ。しかもたぶん、お前らの予想どおりだ」
「ああ、技能に合った負荷をかけた方が熟練度が伸びやすいっていう」
佩丘は面白くなさそうに口をへの字にしたままだけど、その点については予想というよりお約束と実績が大きい。
みんなはなるべく継続的に【平静】を使うようにしているが、『ネズミを刺す』ようなストレスがあったときに限って、その直後から少し楽になるような気がしていたのだ。
気のせいかもしれないし、技能関係無しで素の耐性が上がっただけかもしれないけれど、予想は予想だ。
ハズれていても、だからどうした程度ですむのがいい。可能性として意識だけしておけば、誰かがどこかで気付けば御の字だ。
「こうなると【身体操作】が一番不利かもな」
横から海藤が口を挟んできた。
ここにいる一年一組二班は七人全員が【体力向上】【身体強化】【身体操作】のどれかを持っている。まあクラスで持っていないのは先生と
「海藤はどうやって体を動かすかをずっと意識してるんだろ?」
「それだけで歩くのが楽になるけどな。だけどお手本もないし限界だってあるから。八津って疲れないような上手な歩き方なんて知ってるか? 俺は知らん」
「なるほど」
三つの強化系のうち、こうして歩き続けるのに一番向かないのが【身体操作】というわけか。スタミナアップの【体力向上】、力上昇の【身体強化】は負荷のかけ方が簡単だし、効果も明確だ。【身体操作】か。俺にはちょっと想像できない感覚だな。
「その点ミア様はお気楽だなあ」
「
「けっ、俺は騎士だぜ」
「盾ごとぶち抜きマス!」
佩丘とミアがワイワイやっているが、現状クラス最強フィジカルはミアで間違いない。武力的には先生か中宮さんになるだろうけど、ミアは二十二人の中で唯一【身体操作】と【身体強化】の両方を持っているからだ。
もともとの体力があったので【体力向上】をスルー、精神があっち側なので【平静】もパス、さらには術師系ではないのでそれも要らない。できあがったのは肉体系エセエルフであった。
「つぎは【一点集中】か【集中力向上】を狙いマス」
「ミアは強くなりそうね」
「
「そうね。がんばって育てるわ」
綿原さんも会話に絡んできてくれた。ちなみに【一点集中】と【集中力向上】は別モノ。
上杉さんは微笑みながら遅れず歩いてくれているし、わりといい雰囲気の中で俺たちは行進を続けた。
ところで鮫を育てるとはどういう風にだろう。
◇◇◇
「みなさん、技能を使いながら注目してください」
夜、クラスの皆だけになったところで先生が立ちあがった。そして日本語で語りかける。
誰かに振るためだったり、ひとりの提案として誰かに声をかけることはあっても、こうして先生が先生っぽく全員の目を向けさせるのは久しぶりかもしれない。
「わたしたちは明日、迷宮に入ります」
ああ、だから委員長ではなく先生なのか。この先の話題が想像できてしまう。
「そこでわたしたちは『魔獣』と呼ばれる、地球には存在しない謎の生物を倒すことになるでしょう」
あえて『魔獣』と言い、地球外生物だと言い張る先生は、少しでも俺たちの罪悪感を薄めようとしてくれている。そのことがどうしてもわかってしまうから、胸が痛くなる。
「わたしは、わたしは一教師として、ひとりの大人として、心から情けなく思っています」
そんなことはないと叫びたくなる衝動にかられるけれど、それはやっちゃダメなことだ。先生の想いは俺たちが軽々しく窺えるようなものじゃない。
「できることなら……、いえ」
ひとりで、と言いたかったのだろう。けれどこの国と世界の仕組みがそれを許してくれない。
非分配型経験値システムなんてクソくらえだ。
「一緒に成し遂げましょう。ここに来てから十五日。教師を投げ捨てたわたしですが、それでもみなさんの努力を見てきました。力を身につけようと努力しているところ、知恵を振り絞るところ、助け合うところを、全部です」
グスりとどこからか鼻をすするような音が聞こえてくる。俺だってスレスレだよ。
生まれてこの方、ここまで真摯で信じることができて、誇りに思える誉め言葉を聞いたことってあっただろうか。
先生は小さな微笑みを使って、表情全体で俺たちにソレを伝えようとしてくれていた。
先生辞めたんじゃなかったのかよ。
「わたしは山士幌高校一年一組、
優しい笑顔から一転、これでもかと目つきを鋭くした先生から何かが飛んできた。
風なのか熱なのか魔力なのかはわからない。先生がそんな技能を持っているはずもない。それでも何かが俺の胸の内に納まった。
「ところでわたしの記憶では、勝手に武器を所持して獣を狩るのは鳥獣保護法や銃刀法、軽犯罪法に違反するのですが、ここは海外ですので気にしなくていいと思いますよ」
「英語の先生なのになんでそんなこと知ってるんですか?」
「それはもう、山士幌高校で教師をやっていましたから。近々職務に復帰する予定です」
ツッコミを入れた奉谷さんと一緒にクラスメイトたちが笑った。
泣き笑いの子もいれば、微妙な顔をしているのもいたけれど、それでも笑っていた。
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