第44話 再び召喚の間で
「みんな、隊形と順番は決めてあるよね?」
「一班できてるよ!」
「二班もオーケー」
ここでいう『順番』とは、迷宮で『魔獣を倒す順番』だ。
俺たちは今日、迷宮に入り魔獣を殺す。
本当の決意なんて、もちろん欠片もできていないけれど。
「準備はできていますか?」
「はい!」
予定時間の三十分くらい前、たぶん迷宮までの移動時間を考えてだろう、王国側の人たちがやってきた。
荒事絡みはヒルロッドさんが担当だが、今日は離宮に来ていない。どうやら迷宮前で待っているようで、責任者のアヴェステラさんが最後の確認をしている。
いまさら戸惑っても単なる時間の無駄だ。すでに『迷宮基本装備』を着込んでいた俺たちは、ためらわずに返事をした。
「ではみなさん、これよりアラウド迷宮へ向かいます」
◇◇◇
「久しぶりね」
「ああ、あれから十六日か。学校にいたのは二日半だったのに」
周囲を見渡しながら
アヴェステラさんたちに案内された場所は、俺たちがあの日召喚された広間だった。
扉をくぐってすぐ目の前、何段か下がったところに一年一組の教室と同じ広さだけの空間がある。そこだけ床が微妙に色違いで、なるほどシシルノさんが言っていた『迷宮の一部』というのが理解出来なくもない。
すでに俺たちと一緒に飛ばされてきた机や椅子は片づけられて残っていなかった。
「正面の扉の向こう側が迷宮一層への階段になっています」
アヴェステラさんの視線の先、入ってきた扉と召喚された床を挟んでちょうど反対側に、巨大な鉄の扉があった。
あれこそがアラウド迷宮への入り口だ。
「待っていたよ、勇者たち。いよいよだね」
扉の脇にはヒルロッドさんを始めとしたたくさんの近衛騎士が灰白色の鎧をつけて待機していた。全部で二十人きっかり。
色こそお揃いで全員が大盾を背中に担いでいるが、よく見れば肩章が二種類あるのがわかる。灰色を基調にした『灰羽』と黄色の『黄石』。第六騎士団と第五騎士団ということだ。
横に並んでいる水色のロングジャケットを着こんだ三人。あれが【聖術師】なのだろう。ひとりは一昨日お世話になった白髪のシャーレアさんだとわかった。
「今日は『灰羽』から一分隊、『黄石』のカリハ隊から二分隊だ。紹介しておこう、カリハ隊隊長の──」
「ジェブリー・カリハだ。ジェブリーで構わないからな。勇者たちと同行できることを嬉しく思っているぞ!」
ヒルロッドさんの紹介を受けたのは、三十半ばくらいの大柄なおじさんだった。
疲れ顔のヒルロッドさんと違い、ジェブリーさんは横幅も厚みも感じる、いかにも騎士と言った感じの人物だ。初見のイメージは豪放磊落、というやつだろうか。
ヒルロッドさんが一班、ジェブリーさんが俺たち二班、そして軽く紹介されたカリハ隊の分隊が三班を担当すると伝えられた。
ついでに【聖術師】がそこにひとりずつ。少しだけなじみのあるシャーレアさんはウチの班につくことになる。これはラッキー。
このあたりは全て事前に取り決めがあったらしい。
「お前が班長だったな」
「はい。
「よろしくだ、ヤヅ。二班は俺と第一分隊の七人で面倒をみてやる。そっちもきっちり頼むぞ」
「お願いします」
印象どおりジェブリーさんは気さくな人物だった。かなり年下の俺たちを勇者だからとへつらうわけでもなく、かといって若造と軽くみてもいない気がする。正直、好印象だ。
一班はヒルロッドさんで気心は知れているし、三班はどうだろう。委員長なら上手くやるか。
◇◇◇
「あれが『運び屋』さんたちね」
最後の持ち物チェックの最中に綿原さんがこっそり話しかけてきた。
視線の先には部屋の端に固まるように立っている集団がいるのだけど、彼らは一切紹介されていない。
「そうなんだろうね。ここから見てわかるくらいボロい格好だ」
「あれってなんなの? ただの革の服じゃない」
「そうとも言うかもね。けど中身は、俺たちより頑丈なんだろうな」
「階位階位で嫌になるわ」
彼らは『運び屋』と呼ばれる、名前そのままの仕事をする人たちだ。
迷宮で戦うわけでなく『素材』を持ち帰ることが任務。事実彼らは鎧ともいえないような革製の服を着て、背中には大きな籠を背負っている。
下級文官と並んで、王城に常駐する数少ない平民らしい。この国的には俺たちに紹介するまでもない集団というわけだ。
ヒルロッドさんとジェブリーさんもそれで当然といった感じだし、『運び屋』の面々も俺たちの方を見ながらも、それでいて硬い表情を変えたりしない。
アウローニヤ王国に召喚されて以来、数少ないけれど印象に残る異世界の闇だ。なんとも受け入れ難くて、慣れたくない常識の違い。
「八津くん、わたしはがんばるわ」
「どうしたのさ、急に」
ちょっとだけ固くなった俺の心を換気するように、綿原さんの声が耳に響いた。
『運び屋』たちを見て思うところでもあったのかな。
「……とっとと用事をすませて戻らないと。わたしが家のことしていないと、ウチの店って立ちいかないかもしれないから」
迷宮に入ったからといって俺たちに帰る目途が立つわけでもない。今している行動は、流されて、それでもしかたなくしていることなのに。
なのに彼女は欠片も帰還する意思を崩さない。
俺なんてなんだかんだみんなと仲良くなれた今の合宿みたいな生活に慣れ始めて、ゲームみたいな世界のシステムを解き明かすのに躍起になっている。ネズミの肉を刺したり行進はキツいけど、それでもみんなと一緒だったから。
──ちょっと楽しいかもしれないって、思い始めてしまっているのに。
いやダメだ。この感情はこっちに召喚されて最初の頃に、
あそこの『運び屋』たちを見て俺はどう思ったか、綿原さんの決意を聞いてどう感じるか。
「……あとを継ぐってこと?」
ちょっとだけムリをして、あえて俺は普通に返した。
帰らなきゃいけないんだと、彼女が再確認させてくれたから。
「それもあるけど、目先は店員としてのアルバイトね。四月から高校生になって、大手を振ってお給料もらえるのよ」
「まさか無給で──」
「家事のお手伝いよ。コンビニで中学生が働いてたなんてバレたら大変」
「バイトくらい雇えばいいのに」
「最近は人件費が、ね」
「こっちと日本、どっちが世知辛いのかなあ。ははっ」
うん大丈夫だ。俺はちゃんと帰りたいと思っている。帰りたいと考えることができているから、こんな軽口だって叩ける。
「綿原さん、ありがとう」
「……意味がわからないけど、どういたしまして」
今ここに綿原さんがいてくれて本当に良かったと思う。
戻れば次の席替えまでは窓側の列で前と後ろの席のままだろうから、こちらでもあっちでもしばらくはよろしく頼むよ。
「余計なことは考えない方がいいわ。今はあそこにある大きな扉の向こうよ」
「だな。目の前に集中しないと」
ふたりで決意を固め合ったわけだが──。
「お前ら仲良いよな」
「お似合いデス!」
そこに
ちょっとだけ綿原さんが距離を広げたような気がする。
いや、俺からか?
勘弁してくれ。
「みなさん静粛に」
そんなときだった。
広間の上段、つまり上座側にある偉い人用の豪奢な扉を開き、いつの間にか席を外していたアヴェステラさんが戻ってきた。
「迷宮に挑みし勇者様方を激励せんと、王子殿下ならびに王女殿下がおいでになりました」
アヴェステラさんが脇に逸れると同時に登場したのは、久しぶりの第一王子とちょっとぶりの第三王女だった。
◇◇◇
「久方ぶりだな。勇者の諸君」
上座の椅子に座るかと思ったが、第一王子は立ったまま俺たちを見下ろして、そうのたまった。『勇者の諸君』か、なんとも勇ましい。
何を考えているか不明な第三王女は、微笑んだまま王子の横だ。うしろにはアヴェステラさんが控えている。
誰も跪いたりしていないけど、そこは大丈夫なのかと異世界あるあるを考えてしまった。
周りの騎士たちは直立不動で、俺たちにもなにか言われたわけでもない。それならばスルーしよう。
「なに、時間は取らせないよ。私はただ、勇気ある者たちを激励しにきただけだ」
遠まわしに私は偉いのだぞ、これは特別なんだぞ、名誉なことなんだぞと聞こえてきた気がするぞ。
「このアウローニヤに五百年ぶりに降り立った勇者たちの出立だ──」
時間を取らせないと言いながら王子の話はそこから三分ほど続き、そして意味はなかった。ついでに含みも感じなかった。ある意味実にわかりやすい人なのかもしれない。
「ではな。カリハ卿、ミームス卿、上手くやれ」
「ははっ!」
「はっ!」
王子は最後にジェブリーさんとヒルロッドさんに念を押して、そのまま広間を出て行った。
結局誰ともまともに目を合せなかったな。感動してしまうくらい尊大な態度だ。
「ではわたくしもこれで。勇者様方のご健闘をお祈りしております」
第三王女もこれまた毒にも薬にもならない挨拶をして、そのまま立ち去っていく。
彼女もまた誰にも目を合せずに退出していく。だけど最後の最後で【観察】が捉えた。
帰り際、王女はたしかにアヴェステラさんと目を合せた。一秒にも満たない時間だが、あれは意味のある視線だ。
ふたりの間には何かがあるのか? アヴェステラさんはたしか筆頭事務官だったか。ならば別に王女と関係があっても不思議ではない。
単なる言い含めかもしれない。だが『あの』第三王女だ。
俺はどうしても、そこが気になる。
「……」
「どうかしたの?」
綿原さんが俺を覗き込むようにしているけれど、これは迷宮から戻ったあとで相談かな。
勘が鋭いよ。たぶん俺が【観察】で何か拾ったのに気付いている。
「あとで話すよ。今は迷宮に集中なんだろ?」
「そうね」
偉いさんが登場して気が削がれたけれど、俺たちがやるべきことは大扉の向こう側にある。
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