第200話 叩き斬る人たち




「群れがいる二層に逃げ込む、か。君たちは七階位だろうに」


「二層での戦いには自信がありますから」


 キャルシヤさんが呆れた視線を送ってくるが、負けるわけにはいかない。


 第四近衛騎士団『蒼雷』専用訓練場の片隅、革製の天幕が張られた一角で俺はキャルシヤさんに明日からの行動予定を説明しているところだ。

 午前中に作成した計画なのだが、内容が戦闘方面に偏っているので担当は俺になってしまった。

 綿原さんに頼りたいところなのだけど、彼女は近くで訓練という名目でサメと戯れている。


 補助として来てくれているのが、政治になったら出張ってくれる予定の藍城あいしろ委員長と、心の安らぎとして奉谷ほうたにさんの二名。

 キャルシヤさん直属イトル隊の分隊長も同席しているが、口出しはしないようだ。立場的にはミームス隊のラウックスさんと同格ということになる。



「見張りについては、わたしたちを頼らない、と」


「頼らないわけじゃないですよ」


 どうしてそういう言い方をしてくれるかな。

 イザとなったら叩き起こしてでも戦ってもらう予定なのだから、見張りのローテーションからは外れてください、というだけなのだけど。


「タキザワ隊にはクサマと、ついでにシシィがいるか。もちろん君もだな、ヤヅ」


「そういうことです」


 ウチのクラスの売りは、いろいろな役目をこなせるメンバーが揃っているところだ。

 軍オタの馬那まなが自己完結能力がアレコレとか言っていたが、一年一組には階位以上の威力を持つ攻撃役がいて、遠距離攻撃もできて、盾役が揃っていて、【聖術】使いが三人もいる。【水術】【熱術】使いがいるから食事や風呂の時にも役立ってくれているし、【気配察知】や【観察】で見張りもできるし、【魔力譲渡】で魔力の受け渡しだって可能だ。ついでにサメもいる。


 キャルシヤさんはシシルノさんも見張りの勘定に入れているようだけど、宿泊慣れをしているわけでもないし、あの人には休んでもらう予定だ。



「で、これを装備しろと」


「はい。有ると無いとで大違いだと思います」


 キャルシヤさんが物珍しげに手にしているのは、一年一組特製の迷宮泊用マントだ。携帯布団ともいう。


 今回一緒に行動することになるイトル隊のメンバーは全員が騎士なので、羽織る分と丸めて胸部装甲にする分、二枚を携行してもなんの問題もないだろう。だから、堂々と要求する。

 なにせキャルシヤさんはこっちに全部を任せると確約したのだから。


「まあ、いいが……。暑苦しくないか?」


「……迷宮の中ならそれほどでもないですよ。見た目は我慢してください」


 装備すると全体的にモコモコした感じになるからな。

 チラリと横の奉谷さんを見てしまう。ロリっ娘の彼女がいつも装備しているのだが、微笑ましさが実にいいのだ。大好物。


八津やづくん?」


「いや、なんでもない」


 ジトっとした目で見返されたので、ここは誤魔化そう。こういう時に発揮される女子の鋭さは、俺には想像の埒外だ。



「まあよかろう。ほかにはあるか?」


「……キャルシヤさんの『全力攻撃』を見ておきたいかな、って」


「ほう?」


 これがこの場の本命だ。


 迷宮泊については全権委任といえば大袈裟かもしれないが、それでもキャルシヤさんはそういうつもりでいるだろう。なので迷宮についてなら、こちらからの要望は余程の落とし穴でも指摘されない限りは受け入れてもらえる自信はあった。


 だけどこの要望は突っぱねられても文句が言えない。近衛騎士団長に武力を見せてくれ、だからなあ。


「いいぞ」


 だけどキャルシヤさんは軽く笑って、立ちあがってくれた。笑い方が怖いって。



 ◇◇◇



「まあ、獲物はコレだと思ってくれればいい」


 キャルシヤの視線の先にあるのは三本の丸太だ。見た目からして三層の『樹木種』だろう。


 王都で使われている木材のほとんどは迷宮から得られているらしい。どうりで離宮からの景色が自然豊かだと思ったものだが、山士幌でもあんな感じだったので気にもしていなかった。

 この世界、迷宮が豊かな分だけ地上の開拓が遅れるなんていう傾向があるかもしれない。王都から外に出ればどういう状況なのか自分の目で見ることもできるのだろうが、俺たちは籠の鳥なわけで。


 それよりも今は目の前のキャルシヤさんだ。

 訓練用の革鎧だが、右手に持っているのは実際に迷宮で振るっているらしい実剣。長さは一メートルくらいの分厚い刃を持ったいかにもな両刃の直剣で、これぞファンタジーといった風情だ。装飾を派手にしたら、それこそ勇者の剣になるかもしれない。


 キャルシヤさんは左手に盾を持たず、だからといって両手で剣を持つわけでもない。片手にぶらりとぶっそうで重そうな剣を携えてごく自然につっ立っているだけだ。



 訓練場で動いている人はほとんどいない。一年一組の全員はもちろん、訓練中だったはずの『蒼雷』の騎士たちまでもがキャルシヤさんに視線を集中させていた。


「直接的に使うのは【身体強化】【剛剣】【鋭刃】【大剣】それと【魔力伝導】くらいか」


 なんてこともない風にネタばらしをするキャルシヤさんは、軽く前に一歩を踏み出し──。


「おおう!」


 雄たけびと共に、片手のままで剣を振るった。



 十四階位の【斬騎士】であるキャルシヤさんは三度剣を使い、三本の丸太は全て輪切りにされて転がっている。断面は滑らかで、生年不明の魔獣のクセになぜか存在している年輪が綺麗に見えているのが、彼女の剣の鋭さを雄弁に語っているかのようだ。


 はたしてクラスの何人が見えていただろう。

 一呼吸で、三振り。それはお手本としかいいようのない、アウローニヤの騎士たちが剣を振る時の動きだった。

 ただ、それがアホみたいに速かっただけで。


「ヤヅ、これでいいかな?」


「ええ。ありがとうございます」


 俺に向き直ったキャルシヤさんは、さっきまでの獰猛な笑顔ではなく、いつもどおりの真面目な空気に戻ってこちらに歩いてくる。さっきまでのモードで対峙されていたら、はたして返事ができていたかどうか。


「で、見えたのか?」


「……いちおうは」


 かすれた声になっているのが情けないぞ、俺。

 たしかに見えはした。【観察】と【視覚強化】、【一点集中】を使ってギリギリだ。近衛騎士総長に襲撃された時からしてみれば、俺も随分と成長したようで、少しだけ気分が高揚する。


「七階位の後衛がアレを見えた、か。面白いな」


「見えてもなにもできませんよ」


「そうだろうな。だが、知ることはできたのだろう?」


「まあ、はい」


 バレバレか。


 まさかこの人が敵になるとは思わないが、キャルシヤさんがどれくらいのコトができるのかはわかってきた。ヒルロッドさんと比較しても、たぶん大きく強さが変わることはないだろう。

 攻めのキャルシヤさんと守りのヒルロッドさんといったところかな。


 少なくともウチの空手家、滝沢たきざわ先生や木刀使いの中宮なかみやさんのような、得体のしれない強さではない。

 あくまで階位を上げた近衛騎士の範疇だと思う。バケモノみたいに強いが、バケモノではないといったところか。


 アレを見ても強さの延長線上だと判断できるようになってしまうくらいこの世界に馴染んだことを、喜ぶべきか苦しむべきなのか、悩ましいところだな。



「さて、見物どもは訓練に戻れ。わたしはひとつ、勇者たちと合わせてみようか」


 けっして大きな声ではないものの、訓練場全体に響くような声色でキャルシヤさんがそう言えば、騎士たちは普通の訓練に戻っていった。彼らは今も二日をおかずに迷宮に潜っている実戦部隊だ。切り替えがキッチリしているのが見ていて気持ちいいくらいにキビキビと動いている。訓練生ばかりだった『灰羽』の訓練場とは空気が違うな。



「ぐっ」


「うわっ!」


 それから夕方になるまで、キャルシヤさんは念入りに手を抜いてウチのクラスの、とくに騎士連中を虐め抜いてくれた。やっぱりわかっている人だ。



 ◇◇◇



「わたしの木刀ごと斬られそうね、アレ」


「それでもなんとかするんだよね?」


「当たり前よ。わたしが黙って止まっているわけがないでしょう」


 離宮に戻って明日からの迷宮の支度をしながら中宮さんに見解を求めてみれば、返ってきたのは中々強気な発言だった。最初の頃にあった理不尽な力に対する激憤はどこにも見当たらない。

 受け入れて、自分もそれを利用して、そして上回る努力を怠らない中宮さんは立派だと思う。


「十階位かしら」


「ん?」


「十階位になれば、なんとか食い下がれるかもしれないわね。ガラリエさんとヒルロッドさんに感謝しないと」


 中宮さんは四階位差を覆せるような発言をするが、どこまで本気なのやら。


「一階位の人は四階位に絶対勝てないと思うの。けれど十階位と十四階位の差は、それとは別かしら」


「武術家の考え方、俺にはちょっと難しいかな」


 それでも中宮さんの言いたいことはわからないでもない。

 階位を上げて魔力を実感できるようになったからこそ、相対する相手の強さも見えてくる。見えたならば、先生や中宮さんクラスの人間だったらどうするかまで考えてしまう、ということだろう。


「黙って止まっているわけがない、か」


「そういうこと」


 装備品を確認しながら、脇に置いた木刀をそっと撫でた中宮さんが鋭く笑う。

 最近はこういう笑い方をする女の人にも慣れてきてしまった。俺はまだ高一なのにな。



「あら、わたしのサポートは要らないのかしら」


 そんなシーンに割り込んできた綿原さんがサメを目の前で泳がせながら、中宮さんに語り掛ける。

 煽り気味なセリフだけど、目は優しげで中宮さんを気遣っているのがわかる。


「要るわよ。もちろんでしょう」


 返す中宮さんも手慣れたものだ。内容が少し血生臭い気もするが、きゃいきゃいとした女子トークが始まった。

 この二人はずっとこうしてきていたんだろうと、そういうのが伝わってきて、ちょっとだけ羨ましくなるな。



「八階位になったらなにを取ろうかな」


 軽く首を傾げる中宮さんだが、彼女の八階位達成は明日にでも訪れる現実だ。そして選択肢は多い。

 彼女の【豪剣士】はキャルシヤさんの【斬騎士】とカブる部分が多い神授職だ。片や剣士系、もう一方は騎士系ではあるものの、とにかく『斬る』ことに特化した技能が生えやすい。


「【反応向上】【剛剣】【大剣】。中宮さんならそのあたりか。それか【魔力伝導】」


 窺うように俺を見てくるものだから、いちおう答えておいた。もちろん綿原さんの様子も伺いながらだ。


「普通なら【反応向上】だけど、敵が硬いから【魔力伝導】も悪くないのよね」


 中宮さんの場合、単純に強くなるなら【反応向上】一択になるだろう。すでに【一点集中】と【視覚強化】を持っている彼女だ。そこに【反応向上】を上乗せすれば、全方面に対応できるような、先生が俺たちに推奨するような基本を大切にした強さが手に入る。


 同時に【魔力伝導】もアリだと思う。

 一年一組では【裂鞭士】のひきさんだけが持つ【魔力伝導】は、手持ちの武器に魔力を流すことで、敵の外魔力を削る効果を発揮する。魔力装甲の役目もはたしている魔獣の外魔力を薄くできれば、それだけ『魔力的に柔らかく』なるのだ。


 疋さんの得物がムチなため、相手に巻き付けて継続的に弱らせるというデバフ的な使い方をしているが、これを中宮さんの木刀に置き換えれば、魔力ごと叩き斬る、いや魔力を切り裂きながら殴るといった方が正確か。そんな感じの攻撃になるだろう。


 アタッカー系にはすでに結構候補にしている連中もいて、【忍術士】の草間くさま、【嵐剣士】のはるさんも、いつかはといったところだ。



「わたしは【反応向上】かしら」


なぎちゃん、あなた何者になりたいの?」


 呆れ声を出す中宮さんだけど、綿原さんが【反応向上】を取るのは悪くない。なんなら【視野拡大】でもだ。


 綿原さんの場合、俺としては悔しいが、物理魔術両方で戦うスタイルが板についてきている以上、どちらにも効果が期待できる技能がマッチする。【反応向上】【視野拡大】【視覚強化】は全てに効果アリだろう。

 やれることが多い人は、それだけ必要になる技能が多くて大変だ。


「わたしは当然、圧倒的なサメ使いよ。そのためには動けるようにもならないと」


 まったく意味不明なコトを言う綿原さんだが、その目に陰りはない。


 ふと中宮さんと視線が合って、お互いに笑ってしまった。

 途端、綿原さんの頬が膨れてサメがあらぶり始める。そういうところまで可愛いのが彼女のズルいところだよな。



「二人とも、そろそろ就寝時間よ。準備はできてるのかしら。チェックも」


 立ちあがって腰に手を当てた綿原さんが、上段から見下ろすように言葉を投げつけてきた。


「もちろんよ」


「ああ、二回確認した」


「そ」


 中宮さんと俺とでやり返せば、綿原さんはソッポを向いて、短く返事をする。


 明日からキャルシヤさんたちと一緒に二泊三日の迷宮行だ。

 舞台はアラウド迷宮の三層。目標は群れの掃討と未探索区画の調査。


 そしてなにより階位を上げて、どこにあるかもわかっていない答えを探すための力を身につけるために。


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