第199話 彼女と俺の仕事風景




「担当部署に問い合わせてみますが……、間に合うかどうか、わたくしとしてはなんとも」


「もちろんわたしも仲間に入れてくれるのだよね」


 身内だけで行われた戦いの翌朝に俺たちが聞かされたそれぞれのセリフは、苦笑いのアヴェステラさんと迫真のシシルノさんによるものだった。


 後方ではベスティさんがウズウズとした感じで、ガラリエさんまで身を乗り出しかけている。冷静なのはアーケラさんだけじゃないか。

 もちろんヒルロッドさんは無関係とばかりに俺たちとは距離を取っている。ヒルロッドさんは『灰羽』なのだから、ウチの『帰還旗』を押し付けるわけがないでしょうに。押し売りはしない程度で渡すけれど。



 なにせ騎士団の創設式典まで残された時間は五日だ。

 そのうち三日を迷宮で過ごすことにしている俺たちにとっては関係なくても、地上で準備に当たってくれるアヴェステラさんには頭が上がらない。もちろんアウローニヤ側の都合なので、一年一組の責任ではないのだが、気の毒に思えてしまう気持ちは消せないのだ。


「……じゃあ図案にちょっと追加しますね」


「ワタハラくんは話がわかるね」


 シシルノさんの懇願を昨夜の内から予想していた綿原わたはらさんは、三倍サイズの図案に軽く筆を走らせた。

 それを見つめるシシルノさんたちの視線が鋭い。どこかアーケラさんまで熱い目をしているような気がしてしまうくらいだ。


 さらさらと綿原さんが描いていったのは、紋章の一番下にあらかじめ作られていた空白部分に、左から剣、氷、水球、そして瞳。それぞれ【翔騎士】のガラリエさん、【冷術師】のベスティさん、【湯術師】のアーケラさん、【瞳術師】のシシルノさんを表しているのだろう。



「うーん」


 そこまでしておきながら、ここでちょっとだけ綿原さんが迷ったそぶりを見せた。


「大盾でもいいんだけど、ちょっと違うかしら」


 どうやらマークのバックをどうするかで悩んでいたようだ。

 クラスメイトたちは統一されたカイトシールドだが、さてどうするのか。


「よし」


 気軽な空気を醸し出しながら、綿原さんは四人のマークを円で囲っていく。俺たちがカイトシールドだから、バックラーという意味か? だとしたら騎士職のガラリエさんに悪いような気もするが。


「なるほど。わたしたちは勇者の魔力か」


「そう取ってもらえたら」


 ふむふむと嬉しそうに頷くシシルノさんと、笑顔で返す綿原さんのやり取りで気付いた。



 アウローニヤには円を、正確には球を貴ぶ風習がある。


 たぶんほかの国でもそうなのだろうが、球をすなわち魔力の粒という捉え方ができるからだ。この国に召喚された初めての夜に綿原さんが見つけてくれた頭の中の光。それを俺たち全員が魔力であると考え、翌日シシルノさんやヒルロッドさんが答え合わせをしてくれた。

 光る球体の粒。そう表現するしかないし、シシルノさんの【魔力視】でも確認できない、もしかしたら心の中だけで意識できる魔力の輝きは、球状として表現されている。この世界にもある月や太陽、星みたいなもので、本当に球状なのかは目ではわからない。それでもなんとなく、球なのだ。


 そんな理由もあってか、この国の装飾品には真球が多い。指輪の宝石にしてもネックレスやペンダントのトップにしても。もちろん魔石なんてものはないので、魔力を貯めるという機能は持っていないが、それでもだ。

 じつは宰相が贈り物をしようとした時にもそういう品物が目録にあったのだが、当然全部断っている。クラスのファッションリーダーということになっているひきさんなどは興味深々だったが、ダメ。タダより高い物はなんとやらだ。俺などはそっち方面にトンと興味がないので、ネット小説で読んだことがある真珠のネックレスを持ちこんだら金貨に化けるパターンがあるな、程度の感想だった。

 曲がりなりにもピッチャー海藤かいとうのお眼鏡にかなうくらいの硬式球が作れた背景でもあったりするが、こちらは完全に裏話だな。



『灰羽』の騎士団紋章にも、小さくはあるもののたくさんの光の粒を模した装飾が入っていたりする。その点をあまり考慮していなかった一年一組の『帰還章』には使われていなかったが、綿原さんはここで思い出したようだ。


「わたしたちの魔力になってもらえますか?」


「ああ。尽くそうじゃないか」


 イタズラに成功した表情で綿原さんが言えば、シシルノさんは得たりと返す。

 アーケラさんは穏やかに、ベスティさんはニッコリと、ガラリエさんは無表情を繕った感じでおのおのが頷いてくれた。


「どうせなら勇者の世界まで連れていってほしいのだけどね」


 事前に『帰還旗』の意味合いを伝えられていたシシルノさんは、案の定山士幌への同道を願ったが、それについてはなんともいえない。

 迷宮の先に地球への扉があったとして、双方向なのか、こちらの世界の人が潜れるのかもわからないのだ。そもそも扉の有無からして怪しいわけだし。



「ついでだからもうひと筆」


 シシルノさんたちが喜んでいるのを見た綿原さんは、さらにひと手間を加えるようだ。


「縁取りのココとココ。茶と金でこんな感じに」


「俺と……、ラルドール卿か」


 話題から一歩離れて見ていたヒルロッドさんも、さすがに気付いたようだ。


 色が足りなかったせいで注文メモみたいな感じになっているが、綿原さんが指定したのは紋章の下側、両脇の縁取りの一部を茶色と金色にするというものだった。

 焦げ茶の髪をショートにしているアヴェステラさんと金髪を短く整えたヒルロッドさん。シシルノさんたちが自発的に名乗り出たのだ、迷宮に同行はしなくても、残り二人を仲間外れにするなどというのは一年一組の流儀に反する。


 だから諦めて仲間に入ってくれればいい。


「お二人には両側からわたしたちを見守ってもらいたいんです。シシルノさんたちがうしろから援護してくれてますから」


「ワタハラ……、君は」


 ヒルロッドさんが感嘆とも諦めともつかない声を綿原さんに返す。

 綿原さんの言い方がズルすぎるよな。俺もそうやって焚きつけられることがあったので、ヒルロッドさんの気持ちも少しは理解できるつもりだ。


「お針子たちが音を上げそうですから、そこまでにしてあげてください。ですが、わたくしとしては……、とても光栄に思います」


 お手上げ降参状態のアヴェステラさんが事態に収拾をつけた。


 最低で二枚必要になる『帰還旗』は総羊毛製で着色した糸を使って刺繍を施す。『帰還章』の方は革の下地に羊毛を被せて、こちらはかなり細かい刺繍になるだろう。こちらは最低でも二十六個、まったく同じものを、手作業でだ。


「原案程度に思ってくれていいですから、あとはお任せします」


 描きあげた図案をアヴェステラさんに差し出して、綿原さんは達成感に満ちた顔で笑っていた。


 さて、ブツは当日までに間に合うのだろうか。旗とか紋章を作っている部署や工房がどれくらいの規模なのかは知らないが、勇者のせいでブラックになったという悪評が出回らないといいのだけど。



 ◇◇◇



「夜の見張り、キャルシヤさんたちにお願いしたら?」


「少しは出してもらってもいいんだけどな。迷宮泊には慣れてないだろうし、あの人たちには昼間に頑張ってもらおう」


「それもそっか」


 迷宮泊のルート選定をしている俺の相談に乗ってくれているのは、大人し系男子改めやるときはやる騎士こと【風騎士】の野来のきだ。横には【忍術士】の草間くさまや副官たる【奮術師】の奉谷ほうたにさんも参加してくれている。

 綿原さんは料理班の上杉うえすぎさんや佩丘はきおかたちと、模擬店について打ち合わせをしていて、ここにはいない。


 紋章の件にカタをつけた俺たちは、談話室で明日からの迷宮についての準備だ。一部武張った連中はヒルロッドさんやガラリエさんと模擬戦の真っ最中で、アヴェステラさんはお針子さんたちのところに走っていった。



「一日目に小さい群れにぶつかって階位を上げて、いったん二層に戻って宿泊まではわかるよ」


 草間が俺の描いた初日の行動予定図を見ながら、まとめてくれた。


 全部を俺たちに任せると言ってくれたキャルシヤさんからの要望はふたつ。

 小規模な群れをひとつくらいは叩いておきたいのと、未探索区画を少しでも減らしたいというものだ。


 叩くべき群れについてはすぐに決めることができた。

 前々回の迷宮で三層に降りた時、シシルノさんが見つけた魔力の多い部屋の奥に、案の定群れが発見されたのだ。規模はそれほど大きくなかった。とはいっても推定で三百体くらいが見込まれるらしい。一昔前ならこれだけで魔獣の異常集中とかで特別な討伐隊が組まれるレベルだが、今はそれどころではない。

 二層で俺たちが鉄の部屋への道を開拓したように、三層でも大規模な群れを削る作業が開始されているようで、小さな群れは見過ごされがちなのだ。


 階段前には強力な部隊が置かれているため、比較的近くにいても放置されている小さな群れ。まさに俺たちにピタリとハマるわけだな。初日のメインターゲットはこれで決まりでいいだろう。

 均等割りして全滅させれば全員が八階位になれる数だが、そうは上手くいかないだろうし、ウチの主力たちを九階位にしてしまうほうがコトは早いかもしれない。


「三人の階位も優先したいところなんだけどな」


 俺に付き合ってくれている目の前の三人だが、それぞれの特性で階位上げを優先してあげたいメンツでもある。


【風騎士】の野来には騎士系技能以外に【風術】を、【忍術士】の草間は斥候系技能を優先してもらったぶん【身体操作】や【視野拡大】を、【奮術師】の奉谷さんは言わずもがなの【聖術】で第四のヒーラーになってもらいたい。

 この中でさらに優先順位をつけるとすれば……、草間を強化したい、かな。【視野拡大】なら斥候でもアタッカーとしてもイケるはずだし。


 だからといって俺たちはみんな人間だ。ゲームのユニットなどではないのだから、本人の意思を無視した理屈だけのレベリングなどは論外。きちんとみんなでの合意をしておく必要がある。

 さらにいうなら全員にレベルを上げる理由が存在するわけで、優先順位は僅差といったところだ。いまさら微調整にこだわってリスクを増やす必要はない。


 ひとつハッキリしているのは、最初の頃のように後衛のレベリングを最優先、みたいな考え方は必要なくなったということだろう。後衛でも七階位ともなれば、まだまだ三層では攻撃力不足ではあるものの、術師としては十分な活躍ができている。ウチのクラスの場合、動けて守れる後衛がウリなので、その点でも不安は少ない。むしろ同じく七階位のベスティさんやアーケラさんが心配なくらいだ。そしてなによりシシルノさんが。



「ボクたちの階位はみんなに任せていいけどさ。それより二日目はどうするの?」


 ちょっと考えが別方向に飛んでいた俺を、ロリっ子奉谷さんが現実路線に戻してくれた。さすがは我が副官、頼りになるぜ。


「二日目っていうか、二泊目なんだよ」


「いつもどおりで階段の近くじゃ、あ、調査範囲か」


 セリフの途中で野来は気付いたのだろう。

 そう、未調査範囲と階段から遠いのとは、ほぼ同義だ。


「調査を諦めるか、危なくても三層のどこかで宿泊するか、かあ」


 頭のうしろで手を組んだ草間がメガネを光らせながらボヤく。


「もしかしてキャルシヤさんって、ボクたちのこと試してる?」


「俺もそれを疑ってる」


 そして奉谷さんが核心を突いてきた。


 あの時は迷宮の異常に立ち向かう団長たちに囲まれていたから当然に思えた条件だけど、考えてみれば七階位の集団にやらせるようなコトではない。いや、二層の掃討という提案を蹴ったのはこちらだったか。どうせ誘導だったのだろうが、それでも俺たちは三層を選んでしまった。

 はたしてキャルシヤさんは俺たちのなにを試そうとしているのか。この場合はもしかすると、『どうして』試そうとしているのかの方が重要かもしれないな。



「なら話は簡単だね」


「奉谷さん?」


八津やづくんが三層でも危なくなさそうな場所を見つけてくれるんでしょ? そいで草間くんは見張りだーってね」


 そのとおりなんだが、まいったな。綿原さんのクールな詰めも悪くないが、奉谷さんのナチュラルな信頼も心を狙ってくる。じつに反論が難しいやり方だ。ウチのクラスにはズルい連中が多すぎる。


 草間と目を合せて、ふたりで苦笑いだ。これは俺たちのバッファーに応えるべきシーンなんだろうな。


「絶対野来にも役目を見つけてやる」


「なんで僕を巻き込もうとするかなあ」


 この席にいるからだよ。



「……ならさ、調査をこのあたりにして、このえっと、十六番階段を使うのってどうかな」


 俺の野望に呆れた顔をした野来が、とんでもないことを言いだした。


 迷宮の階段はそれぞれに番号が割り振られている。ネーミングのルールは『一層一番』階段とかではなく、階層に関係なく発見順らしい。つまり三層から四層に降りる十二番階段があるのに、三層から二層に登る十六番階段なんていうモノもあるわけだ。

 さすがに最初の番号はほとんどが一層にあるが、二層・三層間と三層・四層間の階段では、そういう逆転現象みたいなナンバリングが登場してくる。そして番号が大きいということは、それだけ僻地であることを意味するのは当然だろう。


「そうか。イザとなったときの避難場所に『二層そのもの』を使う」


「そうだよ八津くん。今の僕たちならさ、二層ならドコでもイケるかなってね」


 二層で戦うこと自体を想定から外していた俺の落ち度だ。

 野来は三層でヤバくなったら、どこでもいいから二層に逃げ込めばいいと言っている。


「十六番階段付近……、二層で確認されてる群れのすみっこだけど」


 マップを確認する草間が難しい顔をしているが、それくらいの場所なら一年一組にとっては難所とはいえない。

 コレはイケるか。


「ほら、ここからこそ八津くんの得意分野でしょ?」


 ふざけたことを言ってくれる野来だが、まさにそのとおり。これこそ俺の持ちジャンルだ。


 三層に残っている調査区画と、群れの位置、二層への階段と上がってからの状況、そこから派生する経路を【観察】で洗っていく。


 そんな俺たちのやり取りを、奉谷さんがニコニコと見守っていた。


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