第201話 剣士と拳士と




「【魔力伝導】を取るわ」


 木刀を手にした【豪剣士】の中宮なかみやさんがキリリと言い放った。


 一年一組最初の八階位は、これまでトップを走り続けてきた滝沢たきざわ先生やミアではなく、中宮さん。

 それが嬉しいのか気恥ずかしいのか、それとも先生に申し訳ないとでも思っているのか、笑ってはいるもののどこか微妙な表情で、それ故ムリにキリっとした顔をすることにしたように見える。


 クラス召喚から五十二日目。俺たちは二度目になる三層の一角で小規模な群れをターゲットにして、戦っていた。



 ◇◇◇



 アラウド迷宮に潜るのも、もうこれで七回目になる。

 朝の三刻半、すなわち午前七時。通常兵士たちの朝夜交代よりも二時間近くも早くに俺たちは迷宮に入った。

 メンバーは一年一組二十二人とシシルノさんたち四名、第四近衛騎士団長のキャルシヤさんを筆頭にした直属分隊イトル隊の七名で、合計三十三名になる。最近の迷宮では二十人くらいの部隊が多いので、その中でも大所帯といえるだろう。

 ただし【聖術】使いが三名で、斥候系が二人、俺を勘定に入れれば三人含まれているという、恵まれた集団でもある。



 まず最初に俺たちがしたことといえば、二層から三層へ降りる階段近くで、いつもどおりに模擬店開催だった。

 今回は二泊三日を予定していて、しかも二泊目は三層での宿泊だ。そのタイミングで出店はさすがにムリがある。ならばせめて初日の朝と夕方だけはという話になり、そういう理由で早い時間帯からの行動になった。


 二層で食材集めという名の狩りからスタートかとも思っていたが、事前に通達が行っていたらしく、模擬店『うえすぎ』が開催される予定の部屋の片隅には、カエルやらウサギやらの山が出来上がっていた。

 鉄の部屋の完全開放を狙って、二層では活発に魔獣狩りが行われているお陰で、地上に持ち帰ることもできない程の素材が残されていたわけだ。べつに俺たちのためだけに特別ななにかがなされたわけではないが、それでも一年一組の模擬店を期待している人たちが多かったということだろう。その点は素直に嬉しい。


 そして大繁盛だった。

 もはや完全に定着してしまった感があり、整然と列が作られ、カップ持参で待ち受けるおじさんとおばさ……、おねえさんたち。そこに混じる部隊長や近衛騎士までいたりして、だからといって割り込みとかをする人は見かけない。

 なぜかと思えば、部隊長クラスの騎士爵持ちが率先して規律を求めたそうな。勇者に迷惑をかけると『顔面を砕かれたり』『紅い目をしたナニカに刺される』のだとか。深刻なダメージが身内の数名に入ってしまった。


 今朝に限れば模擬店の横に仁王立ちしているキャルシヤ・ケイ・イトル子爵なんてお人もいるわけで、この場を乱そうなどという愚か者はひとりもいなかった。そんな子爵様が片手に串焼きを持っていたのがチャームポイントというやつだな。宣伝効果はあったのだろうか。


 そんな朝の一幕を終えてから、俺たちは三層に挑んだのだ。



 ◇◇◇



「いやあ、ヤバいわ。キュウリはヤバい」


 軽口のように聞こえる【霧騎士】の古韮ふるにらのセリフだが、内容はけっこう重たい。

 事実ヤツの表情は普段の朗らかさを無理やり表に出しているのがわかるくらい、こわばっている。


【二脚単眼胡瓜】。全長五十センチくらいで、太さは十センチもあるだろう、丸々と太ったデカイキュウリだ。足が二本だからといって直立歩行をするのではなく、前と後ろに一本ずつで、メイン攻撃はジャンプからの体当たり。ジャンプというか、両端の足で地面を握りしめながら本体をたわませて、反動で飛んでくるイメージだ。

 同じく三層で遭遇するヘビとは違って、とてつもなく速いわけでもないが、なんというか重たいらしい。しかもキュウリだけあって妙に弾力があるせいで防御力も侮れないようだ。硬さではなく、柔らかさで手強いタイプなのだが、こういう魔獣は俺たちにとって初見になる。


「弱点が露骨なのは相変わらずだけど、狙いにくいわね」


 食べ物としてのキュウリが苦手な綿原わたはらさんは心底忌々しそうだ。


 迷宮キュウリの弱点は胴体中央部にある単眼。ワザとらしすぎて泣けてくる。

 だけど、それが狙いにくいのだ。飛んできたキュウリを盾で受けるにしてもメイスで弾くにしても、敵はその場に落ちるわけでもなく、身をよじって明後日の方向に飛んで行ってしまう。結果、そこからリスタートという戦闘パターンを一年一組は余儀なくされた。

 ダメージこそほぼないものの、戦闘時間が伸びるのは好ましくない。


 お手本を見せてくれたキャルシヤさんは通り過ぎザマに剣で真っ二つにしていたが、そんなことが俺たちにできるはずもない。ミアも一瞬弓を構えたが、誤射が怖くて諦めたくらいだ。


 部屋中を縦横無尽に跳ねまくる十体ほどのキュウリに大苦戦する俺たちだが、そこで活躍したのが【裂鞭士】のひきさん、【嵐剣士】のはるさん、そして【豪剣士】中宮さんだった。

 先生は素手戦闘が基本なのでリーチが足りないのもあるが、どうやら対応できている三人に華を譲ったようだ。先生が本気なら、踏み込みで勝負するはずだからな。


 ほかの連中が盾で受けるか避けるかでワタついている中、疋さんはキュウリをムチで絡めとり、春さんは足で追いつき、そしてネイティブ木刀使いの中宮さんは真っ向から敵を叩き落としてみせた。


 その結果として、中宮さんが八階位を達成したのだ。



朝顔あさがおちゃんのマネをするわ。魔力を削って弱らせるの」


 キリっとした顔で不穏な発言をする中宮さんだが、彼女は昨日の会話にも出てきた【魔力伝導】を取得した。手持ちの木刀を経由して魔獣と自分の魔力を干渉させることで、相手を弱める作戦だ。名付けてデバフソード、もしくは弱体化ブレードといったところか。


 中宮さんが木刀でぬるりと敵をなぞれば、相手は弱る。カッコいいな。

 ただし相手の魔力も迷宮から吸収して復活するので時間制限付きなのが難点だ。

 その点、疋さんのムチは絡みついている間は継続デバフが入るので、そのあたりはジョブ特性による役割分担か。



「ふふっ、『肌剃りのナカミヤ』か」


「やめてください!」


 易々とキュウリへ対応を披露してくれて、それでいてキッチリと俺たちに危険が及ばないか見守ってくれていたキャルシヤさんだが、口は悪かった。そのうちうしろから刺されるぞ。


「いやしかし、見事なモノだった。よくも合せられたな」


 一転して中宮さんを褒め称えるキャルシヤさんは素だ。本当に真面目な表情に切り替わっているな。これが演技だとしたら大したタマだが、まあストレートな人なのだろう。


「アレは跳んでからの軌道がブレるのだ。直前まで引き付ける度胸と目が重要だな」


「はい。ギリギリですけど、なんとか」


 真面目モードのキャルシヤさんがキュウリ対策を解説してくれる。随分とレベルの高い対策だけど、中宮さんもよく普通に返せるものだ。


 キャルシヤさんの言うように、キュウリは跳躍してから体を曲げることで軌道を変えてくる。途中で変形するブーメランみたいなものだ。これが実に厄介で、これまで跳躍タイプの魔獣をそれほど苦にしていなかった俺たちが始めて対応に苦慮するタイプでもある。繰り返しになるが、変に弾力があるのもやりにくい。


 解決方法というか対処方法はもう、反射神経でなんとかするしかない。階位と技能でなんとかしろということだ。

 中宮さんの場合は【反応向上】こそ持っていないが、クラスで最初に【視覚強化】を取っている。熟練を重ねたせいで、そのあたりがハマったのだろう。だからこそ彼女はここで【反応向上】ではなく【魔力伝導】を取った。

 技量で見切れるのだから攻撃力とサポートを選んだというかたちだ。



「ハルとヒキも中々だった。他の者が防御に徹したのも悪くない」


 褒め殺しの様相になってきたが、キャルシヤさんは俺たちの特性をわかってくれている。

 近衛騎士団と一年一組の戦闘スタイルの違いだ。


 近衛では盾で受けて剣で斬るが基本だが、受けるまでもない敵もいれば、念入りに弱らせてからトドメなどというやり方が必要なこともある。それを全員が陣形を組んで均一にやれるのが近衛騎士の強さだろう。硬くて強いのが騎士職だから。


 では一年一組はとなると、これはもう近衛騎士とは完全に別方向だ。

 各人の特徴がバラバラで、得意と不得意がハッキリしている。だから俺たちの戦いは複数人でひとりの近衛騎士を演じるようなやり方になる。こういう表現だと二人で一人分の仕事みたいに聞こえてしまうが、そうではない。二人で二人分の活躍ができるような強くてデカい騎士を作り出すようなモノだ。

 合体ロボットみたいな表現で、俺としてはとても気に入っている。二十二体合体とか、中々のモノじゃないだろうか。合体シーンのバンクだけでどれだけ枚数を使うのやらだ。


 RPG的に表現すれば、物理が効く敵には物理を、魔法が弱点ならば魔法をくれてやればいい。ロボットアニメなら、レーザーやビームがダメなら実弾だ。我ながら燃える展開だな。


 つまり今回の敵、キュウリに対しては一年一組の騎士組は盾で受けて、速度に対応できそうなアタッカーがヤレばいいというだけの話だ。追加すれば【騒術師】の白石しらいしさんの【音術】や【熱導師】の笹見ささみさんが使う『熱球』は効果があったようだ。野菜だけに熱には弱いのかもしれない。


 残念ながら綿原さんのサメは相手を追い切れていなかった。ぐぬぬしている彼女も悪くない。



 ◇◇◇



「ぐぼあぁぁ」


「あらまあ」


 激しい嘔吐感に襲われているシシルノさんに【聖導師】の上杉うえすぎさんが歩み寄り、そっと手を触れた。もちろん【解毒】を使ったのだが。


「不用意なのはいただけませんよ」


「すまないね。どうしても興味があったものだから。いや、もうやらないよ」


 穏便に叱る上杉さんに対し、シシルノさんは珍しくも神妙に謝罪をした。上杉さんの圧って、すごいからな。シシルノさんにまで通用するとは思わなかった。


 なにせシシルノさんは戦闘中にもかかわらず、ヘビに触って毒ったのだ。なにを考えているのやら。

 いや、俺たちもカエルでやったことがあったな、そういえば。だけどあれは安全性を確保してからだ。やっぱりシシルノさんは十分危険人物だろう。さすがはマッド。俺はそういうのが大好きだ。



 時間は昼過ぎ、数度あった戦闘を経て、今ついに【嵐剣士】のはるさんと滝沢たきざわ先生が八階位を達成した。


 ミアが出遅れた格好になるが、本来は遠距離アタッカーの彼女は現在弓を封印しているので、当然といえば当然の結果だろう。ついでに言えば前回の迷宮あたりから武術素人の春さんが覚醒したのも大きい。

 そんなミアは悔しがってはいたものの、むしろ構ってほしい感を放出していたので、皆が適当に慰めて置いたらすぐに気を取り直した。いい意味でも悪い意味でも素直なミアである。


「ハルは【視覚強化】にする。なんか目が追い付いてない感じあったし」


 八階位になったということで春さんが取った技能は【視覚強化】。ごく当たり前の選択だろう。もしかしたらつぎあたりで【風術】に手を出すかもしれない。

 それにしても足が速すぎて目が追い付かないとか、すごいフレーズだな。



「わたしは【鉄拳】にしました」


 そして先生なのだが、取得したのは【鉄拳】だった。

 てっきり春さんと同じで【視覚強化】かと思っていたが、どうやら考えがあったらしい。


【鉄拳】は読んで字のごとく、拳を『鉄のよう』に硬くする技能だ。剣士の【剛剣】に相当する技能ともいえるだろう。

 ただしもうちょっと応用が利いて、拳だけでなく肉体の『どこか』を任意で硬くすることができるらしい。もちろんリアルで硬くなるわけでなく、魔力的な装甲が硬くなるようなものなので、関節が動かなくなるようなことはない。なにより体の動きを重視する先生向きな技能だろう。

 状況によって拳だったり肘だったり、膝であったりつま先なり。先生が【鉄拳】を熟練させた姿が今から恐ろしい。


 なにが怖いって、なにげに先生は『体を壊しながら戦ってしまえる』人なのだ。

 先日のヒルロッドさんとのタイマンでもそうだったが、もともとフルコンタクト空手をやっていた先生は、試合中やトーナメントの途中で怪我をしても戦うことに慣れすぎている。

 俺たちには口酸っぱく怪我をしたら動きが悪くなるから気を付けろというクセに、自分が率先してそれを破っていくのは、数少なくもない先生の欠点のひとつだと思う。


 ただ、俺としてはそんな先生のやり様に文句をつけにくい弱みがある。

 この世界で先生が一番最初に怪我を度外視して戦ったのは、俺を含む四名が二層に滑落した事件の時だった。俺は直接見ることはなかったが、近くにいた連中をして『人と魔獣の間のナニカ』と言わしめる戦いっぷりだったという。


 指を折りながら魔獣を殴り、進軍路を確保しながら合間を縫って【聖盾師】の田村たむらに治療させ、すぐに前線に戻る、みたいなコトをやってのけたのだ。あの当時、単純な強さなら同行していたヒルロッドさんやジェブリーさんの方が圧倒的に上なのは決まっている。だが、その行動を以ってして王国騎士たちに二つ名を呼ばせてしまった先生とは、何者なのか。



「これは……、殴ってみないと効果がわかりにくいですね」


 手首をこねくりながら首を傾げた先生が、物騒なことを言う。


 先生の神授職、【豪拳士】は術師たちのような魔術はもちろん、武器や防具を強化するような技能も出現していない。ただひたすら自分の身体を高めるような技能ばかりが候補に出ている。

 マルチなロールを可能にする多彩な技能を持つメンバーが多いウチのクラスの中で、【聖導師】の上杉さんと並んで融通が利かない神授職とも言えるだろう。そういえば【観察者】の俺もそうだったか。


 それと同時に、ウチの英語の先生は、滝沢昇子たきざわしょうこ先生は、誰よりも頼れる絶対の拳を持っている。


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