第202話 手加減は難しいらしい
「迷宮ですからね、ここ。シシルノさんもわかってますよね」
「い、いや、すまない。今後は気を付けるようにするよ」
聖女
「ふう。ごめんなさい、偉そうなこと言いました」
それでも言いたいことを言い終わった綿原さんは、シシルノさんたちに頭を下げてみせた。
緩急をつけたやり方だが、そこに打算は感じない。素直に怒って、そして自省する綿原さんは立派だと思う。
「ああ、わたしも悪かったと思っているよ」
それを感じてしまったのだろう、珍しく普通に笑ったシシルノさんが今度こそ真摯な言葉で場をまとめてくれた。このあたりは年長者の特権だな。
遺恨が残るようなことはないだろうし、丸く収まればそれがなによりだ。
「来たよ。ヘビが十体くらいと、鹿も五体かな」
そんなタイミングで索敵担当【忍術士】の
「ほかの方角は」
「そっちは気配なし。今は大丈夫だと思う」
もう一方の扉を確認するように声をかけたが、草間はとっくに探知済みだったようだ。一拍も置かずに返事がやってくる。本当に見事な斥候っぷりだ。
「ああ、あちらからは大丈夫そうだ」
今さっきまで怒られていた手前、役に立とうとしたのだろう、シシルノさんも【魔力視】で確認をしてくれたようだ。これで二重確認がとれたわけだが。
「ヘビ十、鹿五か、悪くないかな」
「ほう?」
様子を伺っていたキャルシヤさんが、俺の呟きに反応した。
「キャルシヤさん、やり方をちょっと変えてみましょう。鹿はウチの前衛がやります。ヘビを弱らせてうしろに回してもらえますか」
俺の描いた要望をそのまま伝える。
鹿が五体なら前衛連中がタコ殴りにすればなんとかできるだろう。大丸太が五体とかとは違い、ちょうどいい練習になる。
経験値配分はこの際どうでもいい。八階位の先生や
ここまではキャルシヤさんたちイトル隊と一年一組は一緒にいながら別行動を取っていた。敵の数が多い場合に出撃してもらって、削りをメインにしてもらっていたのだ。ほとんど別部隊扱いだったことになる。
だけどそろそろお互いの動きも見えてきたし、連携をやってみるのも悪くない。その点、俺たちが手こずる動きの速いヘビを弱らせるというのは、階位の高い騎士であるキャルシヤさんたちになら任せられる。
「よかろう。弱らせて、うしろに流す。それでいいんだな」
快く引き受けてくれるキャルシヤさんはやっぱり好ましい人だ。
所属が宙に浮かびかけていた俺たちだけど、『蒼雷』に拾ってもらえたのは幸運だったかもしれない。まあ、アヴェステラさんやシシルノさんの手引きなんだろうけど。
「はい。お願いします。草間とシシルノさんは追加がないか気を配ってください! 陣形方向調整。やるぞ!」
「おう!」
俺の掛け声にみんなが大声で返事をすると同時に、魔獣が現れるだろう扉に向けて陣形を整えた。
さて、今回は誰の階位が上がるかな。
◇◇◇
「あ」
「あ」
トドメ刺さんと今まさに短剣を振り下ろそうとしていたメガネ文学少女の
弱らせてうしろに任せたはずのヘビは、すでに息絶えている。気まずいな、これは。
「す、すまない」
「い、いえ。わたしが手間取ったから」
お互いに謝り合っているキャルシヤさんと白石さんだが、手間取ったからなんだという話だ。
死んだヘビを寄越されても、こちらとしてはどうしようもないのだから。
「やりマシた。八階位デス!」
前方で鹿とやり合っている前衛からは威勢のいい声が聞こえてくる。そうか、ミアが八階位か。めでたい。
こっちは気まずい。
やってみてわかったことだが、キャルシヤさんたちイトル隊は致命的に手加減が下手くそだった。
十体いたはずのヘビなのに、一年一組の後衛が倒すことができたのは半分の五体だけ。残り半分は、言うまでもないだろう。
「すまない。わたしたちには『灰羽』……、ミームス卿のようにはやれないようだ」
「いえ、俺も考えが足りてませんでした」
バツが悪そうなキャルシヤさんだが、この人たちが悪いわけではない。
そもそも『灰羽』たるヒルロッドさんたちの方が迷宮戦闘という意味では異質だということを思い知らされた。
第六近衛騎士団『灰羽』は教導騎士団だ。地上では訓練を見張り、手伝い、迷宮では悪い言い方をすれば『接待レベリング』をするのが本職な人たちの集まりになる。俺たちはそんなヒルロッドさんに慣れ過ぎていたのだと思う。
その割に『黄石』のジェブリーさんやヴェッツさんたちも手加減が上手だとは思ったが、アレは一層のネズミ相手だったからだろう。取り押さえるだけの行動に手加減もなにもない。
ヒルロッドさんたちは訓練生をレベリングして、貴族なら七階位、平民ならば十階位に上げるのがお仕事だ。一層から三層までの魔獣を知り尽くし、戦い慣れて、弱らせ方を熟知している。
それに対して第四近衛騎士団『蒼雷』はといえば──。
「まさかここまで難しいとは」
そう言いながら大盾をいじっているキャルシヤさんだが、彼女は十四階位だ。イトル隊の人たちは十三階位。普通に四層でバリバリ戦える集団だし、普段は実際にそうしている。
そんな人たちが三層でこんなことをしているのは、迷宮で異常が起きているからに他ならないわけで、魔獣を見かければ即殲滅が当たり前だ。それ以外はありえない。
なんというかすごかった。
イトル隊の全員が剣を封印して大盾を構えてヘビに対峙したわけだが、迫る魔獣に盾を当てる動き、シールドバッシュとかシールドチャージとかいうのだっけ、ソレをしたらぶつかったヘビが反対側の壁まで吹き飛ばされてそこで沈黙。もちろん即死だ。
キャルシヤさんこそ上から盾を押し付けるようにしてヘビをこちらに回してくれたが、手加減をミスったのだろう、結果として白石さんと顔を見合わせることになってしまった。
この人たちは普段の生活は大丈夫なのだろうかと、不安になるくらいだ。手にしたスプーンをぐにゃりとかしていないだろうな。
まあそんなことは七階位の俺たちでもその気になればできることなので、その辺りの実生活での調節が可能なのは実感としてはわかっている。
今回に関しては単純に戦闘モードで、手加減無用のファイトを繰り返してきた人たちだからこそ起きてしまった事態なのだ。
つまりパワーレベリングに向いていない同行者、ということになってしまった。どうしよう。
「やり方を変えましょう」
「……そうか」
沈黙しながら俺の方をみんなが伺っていたものだから、やり難いといったらたまらない。金髪のキャルシヤさんがしょぼくれていると、ライオンさんが落ち込んでいるように見えてしまう。
せっかく強力な護衛が一緒の状況なのに、経験値を投げ捨てるのももったいないし、だからといってヘタを打って危ない目にもあいたくはない。調整が必要だ。
かといって序盤のように数を減らしてもらう係を任せるのは、あまりに惜しい。ならばだ。
「大丸太、鹿、カボチャ、それとキュウリが出たら抑え込んでもらえますか。それ以外はこっちで。ただし数次第ですけど」
「それが落としどころだな。細かい指示はヤヅが出してくれるのだろう?」
「もちろんです。お願いしてるのはこっちですから」
とりあえずキャルシヤさんたちには大物だけを任せよう。できれば動きがやっかいなキュウリも。
その代わりに小さめの魔獣、とくに数が出てくるヘビは一年一組が全面的に引き受ける。毒が怖いが、そこは盾連中に任せるとして、残念なのは大丸太との対戦経験を減らしてしまうところかな。
「よかろう。指示を頼んだぞ」
「はい」
キャルシヤさんたちは、建前として三層の未探索区画の調査と一部の群れの殲滅を買って出る形でここにいる。勇者のレベリングは裏目標であって、絶対ではない。その辺りはわきまえておかないとだ。
◇◇◇
「おい
「ん?」
魔獣を求めて迷宮を歩く一年一組だが、直接群れの中央へは向かわない。いずれは殲滅を狙うにしても、七階位が多い俺たちはキャルシヤさんにとってはまだまだ足手まといだ。
まずは群れの外縁を沿うように敵を削りつつ、階位を上げてから中心部に殴り込みというのを予定している。
そんな行進の途中でヤンキーな
「遠慮なくギリギリを狙え。前衛連中が痛い目みてもいい。わかってんだろうな」
「……ああ、そのつもりでいるよ」
佩丘だって前衛のひとりだろうに、それでもコイツは求めてくる。一刻も早く帰りたい組の筆頭だからな。
「焦るなよ?」
「言ってろてめぇ。俺たちは、いいか? 全員で帰るんだ。俺が無事でなくちゃ意味ねえだろが」
わかってるならいいのだけど。
心根が影響しているのか、騎士系神授職を授かった連中は誰かを守る意識が強い。弱気に見える
そういう意味ではイケメン系の
そんなヤツらだからこそ、自分を捨ててまでなんていう行動を取られるのが怖い時がある。先生もそうだしな。
「今日はこれからお楽しみが待ってるだろ?」
「ああ、そうだな」
「佩丘、大活躍だったじゃないか。ホント、ああいうのをやらせたら、絶対敵わない」
「言ってろ」
あえて使った俺の軽口を佩丘は吐き捨てるように流すが、これは本気だ。
迷宮だからみんなが触れないように気を付けているが、一年一組にとって今日はちょっとだけ特別な日だったりする。
今日のためにいろいろと準備を重ねて、その中でも貢献度が一番だと太鼓判を押せるのが佩丘だ。母親想いで勉強家で、家事も万能。口こそ悪いが頼りになりすぎるのがすごい。
「頼りにしてるぞ」
「任せとけ」
軽く肩を小突いてみたら、倍の力で背中を叩かれた。
まさかオタクムーブな俺が、見た目だけとはいえこんな強面のヤツとやり合うようになるとはな。
「楽しそうじゃない」
「やめろ綿原。サメを近づけるな」
俺と佩丘がコソコソやっているのを察知したのか、綿原さんがサメをけしかけてきた。
ウザったそうに払いのけようとする佩丘だが、その手をヒョイヒョイとサメは避けてしまう。自由自在だな。こういうのも綿原さんなりの訓練なんだろうか。
「佩丘くん。わたしだって置いてかれないわよ?」
「わぁってるって。頑固者め」
まるで俺をガードするようにグルグルとサメが遊弋する。
佩丘にしても綿原さんにしても、大したものだ。頼りにしているからな。
「あれで佩丘くんなりに励ましていたのよ。気付いてたかしら」
「まあ、それなりに」
サメから逃げるように離れていく佩丘の背中を見ながら綿原さんが言った。
「最善と思っても上手くいかないこともあるし、それなら次善にすればいい。どんなやり方にもリスクはあるんだから気にするな、ってところかしら」
なるほど、だから『自分は痛い目をみてもいい』か。うん、やっぱり佩丘はそういうヤツだ。
「通訳力高いな」
「長い付き合いだからね。最近は八津くんの通訳も練習しているの」
「どんなだよ」
「さあ?」
自然と頬が緩んでしまうが、そのあたりも綿原さんの狙い通りなんだろうな。
硬軟というか、飴と鞭がしっかりしている一年一組だ。
◇◇◇
「ぐぼぁっ!」
「
乱戦の中、チャラ男の藤永が顔面にキュウリの直撃を食らった。身を挺して庇われる形になってしまった
見えていたのに声掛けが間に合わなかったのが悔しい。キュウリ、手強すぎだろう。
「は、鼻血、鼻血出てる」
「だ、大丈夫っす。大丈夫っすから」
たしかに鼻血は流しているが、藤永も伊達に【身体強化】を持っているわけではない。あたふたしているが、普通に口を利ける程度には無事なのだろう。
むしろ深山さんの目が濁っていく方が心配だ。また謎な技能に目覚めたりしなければいいのだけど。
「ほれ。黙って受け入れろ」
駆け寄ってきた【聖盾師】の
「【造血】要るか?」
「大丈夫っす。ヤレるっすよ」
「そうか。じゃあヤレ」
「っす」
治療を施す時だけ笑顔を見せるという器用なマネをする田村だが、それだけに効果は絶大だ。
俺も経験があるが、田村が笑うということは大丈夫なのだと、勝手に思わされてしまう。ズルいヤツめ。
キャルシヤさんたちとの連携を切り替えてから二度目の戦闘だが、やはり被弾が増えた。その度にイトル隊の人たちが心配そうな顔をこっちに向けるが、俺たちは音を上げない。今のところはだけど。
今さっき騎士組の先陣を切って
「来た!」
キュウリが残り三体というところで、草間が魔獣の追加を警告する。だけどそこに落胆の色はない。
むしろ喜びがあった。
「やっと来たのか! どれくらい」
草間の表情で状況を確信した俺は敵の数を問いただす。
「五体!」
バッチリじゃないか!
「キャルシヤさんは手出し無用です!」
コレだけは一年一組のみでやり遂げたい。でないと、今夜が心から楽しめないかもしれないからだ。自分勝手なのはわかっているけれど、こればかりは。
扉の向こうに魔獣の影が見えた。キュウリの始末は……、今ついた。いける。
「念願の『羊』が、しかも五体だ。やるぞみんな!」
「おう!」
俺たちは羊を待っていた。
前回の三層で相性のいい相手と知っているのだけが理由ではない。その肉に用事があるからだ。
「
「あいよぉ!」
ここはひとつ気合を入れるシーンだろう。ならばアネゴな笹見さんにお願いするのが一番だ。
「一年一組ぃー。ふぁいおー!」
「ふぁいおー!」
襲い掛かってくる二つ頭の羊だが、残念だったな。
今夜のイベントのために、俺たちは信念でもってお前らを倒す。
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