第203話 迷宮でお誕生日をおめでとう




「よっしゃあ!」


 気勢を上げたのはヤンキー【重騎士】の佩丘はきおかだ。


 羊を倒したことを喜んでいるのか、それとも八階位になったのか。もしかしたら両方かもしれない。

 どちらか片方にしたところで羊肉が手に入ったのは確定だ。これで心置きなく今夜に備えることができるだろう。


 そう、今日は山士幌高校一年一組、出席番号六番と七番、酒季夏樹さかきなつき酒季春風さかきはるかの誕生日だったりする。



 ◇◇◇



「んじゃあ、夏樹なつきはる、ついでに朝顔あさがおの誕生日を祝ってぇ!」


「おめでとー!」


 宴会っぽいノリの夕食の場にクラスのアネゴこと笹見ささみさんの声がこだまする。

 全員がそれに唱和して、迷宮の中で誕生日の祝いが始まった。


 このために俺たちは自分たちだけで羊を狩った。一年一組が自身で肉を用意することに意味があると、仲間たちで決めていたからだ。

 もちろんメニューはジンギスカンで、今回は大量のおにぎりも用意されている。料理担当の上杉うえすぎさんと佩丘はきおかほか数名による力作だ。



 ウチのクラスには二十二人の生徒がいるわけで、当たり前だがそれぞれに誕生日がある。

 一年は十二か月で、俺たちが高校に入ってから二か月近くになったことを考えれば、二人や三人が誕生日を過ぎていてもおかしくない。


 山士幌高校の入学式があったのが四月八日で、こちらに飛ばされたのは四月十日。それから五十二日が経っているので、今日はいちおう日本換算で五月の三十一日ということになる。四月十日とこちらの一日目がカブっていると仮定してだが。


 そう、今日こそが酒季姉弟の誕生日だ。


 ちなみに笹見さんから疋朝顔ひきあさがおさんの名前が出てきたのは、彼女の誕生日が四月三十日で、こちらにおいてその日になにがあったかといえば、それこそ俺たち四人が二層に転落していた日だ。

 本人が自分の誕生日を意識していたかは置いておいて、大変申し訳ないことをしてしまった。たとえ滑落事故がなかったとしても、疋さんが言い出せたかどうかはかなり微妙だっただろう。それくらい当時の俺たちは異世界を受け入れるのに必死だったから。


 あとになって疋さんが言い出す前に女子数名がそれに気付き、軽いお誕生会をやったわけだが、せっかくなので今回に統合してお祝いをすることになったというのが本日の経緯だ。



「ナツキとハルはそっくりだよね」


 焼けた肉をフォークでザクっと刺しながら、ベスティさんが朗らかに語る。


「ソレって複雑なんですよね」


「いいじゃん。なつは照れ屋さんだね」


「やめてよ春姉はるねえ


 弟系男子の夏樹をイケメン系女子の姉がイジる光景は毎度のコトだ。ベスティさんはそれをイジるのが楽しそうだが、俺たちからしてみればいまさら感がありすぎて自然とスルーしてしまう。


「ほらほら、どんどん食うぞ」


 野球少年海藤かいとうは、そう言いながらもすでに自分勝手に勢いよく肉を頬張っていた。


 日本人組は木から削りだして作った箸を使ってひょいひょいと羊肉を食べている。いまさら箸文化ごときは知識チートには当たるまい。シシルノさんが興味深々だったので一組贈ってあるが、使っているところを見たことはないな、そういえば。

 事前に準備しておいた地上産のモヤシと一層のタマネギも、今日はこの場で使い切る予定だ。



 迷宮内での誕生日会という謎の行いは、迷宮二層にあるいつもの宿泊部屋が会場になっている。ここなら魔獣も滅多に現れないし、警備もしっかりしているから安心だ。

 強いていえばジンギスカンの匂いが警備の人たちに漂ってしまって、申し訳ないくらいだろうか。


 上杉さんと佩丘が頑張って醤油なしで作った、甘ピリ辛風ジンギスカンのタレは中々イケる。

 肉に絡めたタレが焦げるのもいいし、半ば蒸されたような野菜に沁みるのもいい。それと合わせてほうばるおにぎりのほのかな甘さもたまらない。

 滝沢たきざわ先生がしきりにビールが、ビールが、と呟いているのは見て見なかったことにするしかないだろう。



 一年一組は夕方の炊き出しもしっかりと開催した。

 普段ならそのあとの夕食からもうひと狩りやって、風呂に入ってから交代で就寝というパターンなのだが、今日は特別だ。笹見さんやアーケラさんの準備した風呂を浴びてからすぐにこうして宴会モードに入っている。


 レベリング最優先も大切かもしれないが、こういうさりげないイベントも大事にしていこうと、一年一組のみんなで決めている。体を鍛えると同時に、日本人としての心も忘れないようにと。



「さすがに迷宮でケーキは……。残念です」


「気にしないでよ、美野里みのり


 残念そうに語る上杉さんを慰めるはるさんだが、さすがにケーキを持ち込むのはムリがあった。当初綿原わたはらさんたちはガチで検討したそうだけど、いくらなんでもだ。


「ほら、このクッキー美味しいよ」


 夏樹がパリポリやっているのは、非常食という名目で持ち込まれた上杉さん手作りのクッキーだった。用意周到というかなんというか。


 アウローニヤでは普通に砂糖が流通している。城下町ではどうかなどは知らない。異世界で砂糖が普通にあるのは違和感だったが、むしろ問題なのは牛乳や鶏卵が比較的高価であることだ。迷宮ににわとりや牛がいるのに、ソイツらから卵も牛乳も得ることができないあたり、ゲームのドロップとはワケが違う現実だ。ホントに微妙なところがリアルで困る。


「これはいいな。非常食として扱えるというのが実にいい」


 ご相伴に預かっているキャルシヤさんもクッキーがお気に入りのようだ。

 これはべつに上杉さんが料理チートをブチかましたわけでなく、普通に王国のオヤツとして出てくるものだ。日本人向きに味をシフトさせただけらしい。

 キャルシヤさんは非常食扱いという名目を気を入ったのか、それとも好みに合っただけなのか。


 そんな感じでにぎやかな迷宮内お誕生日会は続いている。



 ◇◇◇



「じゃあプレゼントの時間だね!」


 食事もひと段落したあたりを見計らって、元気ロリの奉谷ほうたにさんが立ち上がった。

 向かう先は……。


「え、アタシなの?」


「だよー。遅くなっちゃったけど、はいこれ」


 ゴソゴソと背嚢から取り出したブツを奉谷さんが渡した相手は疋さんだ。

 とうに誕生日を過ぎている疋さんは、自分にもプレゼントがあるとは思っていなかったのだろう、驚きとも喜びともつかない、実に彼女らしくない表情をしている。


「……これってストラップ?」


「うん! ほら、朝顔ちゃんの持ってるムチ。一番下に穴空いてるでしょ」


「ああ、そういうこと」


 ストラップなどどうするのかと怪訝そうだった疋さんは、自分の手持ち武器にソレを付けろと言われて納得したようだ。

 本来は腰に固定するためにあるムチのグリップの穴に、受け取ったストラップを潜らせ、装着した。あとでもう一個、穴を追加しないとだな。


「どうよ!」


 そして、それをみんなに見えるように掲げてみせる。


 革ひもを芯にしてその周りは若草色に染められた羊毛で編み込まれ、先端にはピンク色の小さな丸い石がくっつけられた代物だ。見ようによっては花のつぼみと茎にも思えるかもしれない。

 ちなみに製作者は家事のできるヤンキーこと佩丘はきおかだったりする。こういうのが一番得意なのは疋さんなのだが、まさか本人にやらせるわけにもいくまい。


「みんな、ありがとね!」


 チャラっぽい疋さんのイタズラな笑顔はいつも以上に輝いていた。

 うん、ちゃんとしたプレゼントを用意しておいてよかった。じつはこの件、俺も関わっている。



 ストラップの先端に付けられた石や染め糸はアヴェステラさんから譲り受けたものだ。もちろん付け届けなどではない。普段の生活は自動的に保障されているが、今回ばかりはしっかりと対価を渡してある。

 もちろん物品チートになるような地球産のブツを引き換えになどしていない。ここで活躍したのが俺。戦闘指揮以外で役に立つという、非常に稀有な事例だ。


 アヴェステラさんに渡したのは、俺の描いた彼女の似顔絵だ。しかもジャパニメーションデフォルメを加えた力作を。

 俺による文化侵略チートが発動したのだ。綿原さんのもたらしたブサカワデフォルメサメを超えるレベルでやってしまった。


 自信と執念を込めた渾身の一作を見たアヴェステラさんは最初は驚き、そして戸惑い、最後には笑ってくれた。しかも目の端に涙が溜まるくらいの笑い方だ。

 もちろんそんな光景をシシルノさんたちが黙って見ているわけがないのも想像できていたので、全員分を描きあげてあった。ヒルロッドさんなんかは二十代半ばにしかみえないバリバリイケメンな自分の絵を見て、誰だコイツみたいな顔をしていたが、自分だ自分。奥さんや娘さんに見せたら大ウケだったらしい。


 これがだいたい七日前くらいのやり取りだ。

 以来、ミームス家には綿原さんのサメイラストとヒルロッドさん萌え似顔絵が並んで飾られているそうな。



 そうしてブツを提供した俺たちが要求したものが、今回のプレゼントの材料だった。

 文化の切り売りをした気もするが、所詮は萌え絵だ。いや所詮ではないな、俺の心の中に燃え滾る大切なナニカを対価にしたということになる。


「それと朝顔ちゃん、これも」


「糸?」


 やたらと上手く扱うようになったムチをヒュンヒュン捌いていた疋さんに、奉谷さんが追撃をかける。

 後ろ手に隠していたブツを見せびらかすように前に出してみせたのだ。


「うん。刺繍用の糸だよ。知ってるクセにー」


 奉谷さんが言うように、それは色とりどりの刺繍糸だった。羊毛を細くねじって染色された糸はアウローニヤでは一般的に使われているものらしい。

 それこそ俺たちの『帰還章』にも使われているはずだ。いまごろ地上での作業はどうなっているのだろう。


 どうして迷宮で受け渡しをするのかは謎ではあるが、そこはそれだ。大した荷物にもならないし、いいじゃないかという判断が綿原さんから下されている。


「これって、あー、そういうことだったんだ」


 そして疋さんがふと気付く。

 彼女は刺繍糸の存在を知っていたからなあ。なんならこないだ使ったわけだし。



「そうきたなら、こんどはアタシの番だね」


 そう言いながら今度は疋さんが自分の背嚢をゴソゴソし始めた。


「ほい春。これがアタシらからの誕プレ」


 プレゼントコンボの発生だ。

 疋さんが春さんに手渡したのは一見、ただの白い布。見ようによってはほとんど包帯だな。


「えっと、これはなに?」


 これにはさすがに春さんも首を傾げた。


「決まってるっしょ。ハチマキだよ。あれ、違ったっけ?」


 自分で言っておいてソレの正体を勘違いして憶えていた疋さんはキャラがブレない。半分はそういう意味でも合っているのだけど。


「ハチガネだ、ハチガネ」


 見かねて口を出したのはこれまた製作に携わった、というかメインで作業をした佩丘だ。今日のプレゼント作成については主役みたいな存在だな。


「ほれ、真ん中あたりが厚くなってるだろ。そこに薄い鉄板が入ってる」


「ああ。時代劇とかで観たことある」


 そこまで説明されて、春さんも合点がいったようだ。


 白いフェルト布の真ん中あたりに厚みがあるのを確かめて、そこを額に当てて素早くうしろで結んでみせた。

 さすがは短距離走者。ハチマキ捌きは万端だ。


「鉄板を薄手の蛇革で挟んでからフェルトで覆ってる。まあ普段はメットしてるから、意味不明だけどな」


 吐き捨てるような物言いだが、キッチリと説明してあげるところが佩丘らしい。



「うん。ありがと! 最高だよ!」


 夕食中ということもあって、普段装備している革製のヘルメットは誰も被っていない。

 ベリーショートの春さんが装着したハチマキ、もといハチガネは、彼女が軽く首を振るだけで端がフワリと浮かび上がって、それが良く似合う。運動系女子だものな。


「あれ? じゃあ朝顔がしたのって」


「気付いてよ。端っこ、端っこの方」


 疋さんがなにをしたのか、答えがそこにある。


「桜……」


「だよっ!」


 ハチガネの両端には茶と緑と、そして桃色の刺繍で桜の花が描かれていた。

 疋さん渾身の一作だ。もちろん刺繍糸も似顔絵に対する報酬の一部なので、俺にも自慢する権利があるのが嬉しい。


 山士幌では入学式のタイミングでは桜は咲いていない。

 時期的には四月の下旬、ゴールデンウィークの前あたりが旬になる。こちらとあちらの時間経過が一緒なら、俺たちは高校一年生として桜を見そこねたことになってしまうのが、こうなるとちょっと悔しいな。


「やっぱりはるには桜だし、ハチマキだよねぇ」


 ニヒっと笑う疋さんを見て、春さんは感極まった涙顔で笑い返す。


 酒季春風さかきはるかの名の通り、彼女は春風のように駆け抜けるのが良く似合う。

 桜が描かれた白いハチマキ。運動会じゃないけれど、それを付けて走るのが彼女以上に似合う人はいないだろう。


 長距離とかマラソン大会ならば綿原さんなので念のため。



「えっと……」


 楽しそうな姉を見て、自分のことのように嬉しいけれど、それでも羨ましそうにしている子犬が一匹呟いた。

 弟の方、夏樹だ。


「あるって。夏樹のもちゃんとさ」


「だよねっ!」


 やれやれとばかりにピッチャー海藤が返事をすれば、滅茶苦茶嬉しそうに夏樹の表情が輝いた。なるほど、みんなに可愛がられている理由もわかる。


「んじゃ、出すか」


 そんな海藤の声に応えて、数人の野郎どもが背嚢を漁りだした。


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