第204話 石とはなんぞや
「やっぱりだった」
「不満かよ」
「全然!」
弟系男子の
海藤が普段使いしている鉄球に紐を巻き付けて牛革で仕上げたというガチ硬球と違って、夏樹が受け取ったのは少し小ぶりで薄茶色の石ボールだ。表面は微妙にザラついているし、もしかしたら歪んでいるかもしれないのは、ソレが海藤お手製だから。
迷宮で塩や鉄鉱石が採れるように、実は石材も産出されている。
三層と四層の一角に、不壊オブジェクトなはずの迷宮の壁が『壊せる』場所があるのだそうな。石切り場として扱われていて、たまに目を離すと復活しているらしい。ゲームだよな。
木材にしてもだが、アウローニヤは全部が全部を迷宮産で賄っているわけではない。それでも迷宮の品の方が品質がいいらしい上に輸送コスト、採取コストがアレなので需要が絶えないというあたり、タチが悪い。迷宮は過保護すぎでないだろうか。
で、俺の描いたイラストは迷宮四層から採れる高級石材にも変換され、プレゼントの原材料になった。繰り返すが、俺は今回の件にしっかりと貢献しているのだ。
「ほら、僕からも」
「ん」
追加とばかりにプラモ造りで手先が器用らしい
「草間くん、馬那くん、ありがとう」
ホント、夏樹は素直でいいヤツだ。
草間が作ったのはいわゆる正八面体の青く輝きそうな形ので、馬那のはサイコロというかキューブというか、カッコよくいえば正六面体だな。両方とも夏樹の手にすっぽり収まるくらいの大きさだ。
どうせ【石術】で空に浮かばせるのだから大きい方がいいだろうというのは、もちろん間違いになる。というか普通に考えればアウトだろう。もし無制限に巨大な岩を扱えるとしたら、それはもはや『メテオフォール』だ。最強なのは間違いない。
いろいろ試してみたのだが、夏樹の【石術】は動かす石が重たくなるほど消費する魔力が多くなり、さらには限界もあった。
『重くてムリだよぉ』
と泣き言を零した夏樹に女子たちが萌えていたらしい。卑怯者めが。
同時に速度についても無視できない部分がある。
夏樹の【石術】は石を生み出す魔術ではなく、そこに転がっている石を動かすスタイルだ。これもまた当たり前だが、スピードがある方が攻撃力が高くなるに決まっている。
さて、ここで攻撃力というのが問題だ。重い石を高速でぶつけるのが一番だが、どちらを重視すべきなのか。答えは速度一択。
ゆっくり石が飛んでいくあいだに相手は別の場所にいるからな。いくらホーミングができるからといって、魔獣に追いつけなければ意味がない。
もうひとつ速度重視には意味がある。『エネルギーは質量掛ける速度の二乗』で決まるからだ。正確にはそこに『割る二』が入るそうだが、俺は詳しく知らない。文系なのだ、俺は文系。
つまり倍の重量の石をぶつけるのより、倍の速度でぶつけるほうが効果が高いという理屈らしい。
ミリオタの馬那が形状やら内部構造がとか何とか言っていたが、それは聞かなかったことにしておこう。キリがなくなる。マリリン・モンローって昔の人だよな。
そしてこの世界のルール、というか魔力は残酷だった。
これまた試してみたところ、重たい石を動かすより、軽い石の速度を上げる方が消費魔力が明らかに大きかったのだ。委員長がしたり顔で頷いていたが、そこは喜ぶところじゃないだろう。
数式の右辺と左辺は入れ換えられます、という理屈だな。魔力は物体に直接干渉するエネルギー、だとすれば当然の結果らしい。
夢が無さ過ぎだろ。
という経緯を経て、現在の夏樹は手に納まるくらいの石を二個同時に操るのが性に合っているらしい。熟練を上げたり、今後取っていく補助技能で状況は変わるかもしれないから今のところは、だが。
今回プレゼントした六個の石についても、それぞれの形状に動かしやすさがあるとか、場合によって使い分けてみればいいんじゃないか、という意味が込められているわけだ。
さてここで【石術】とはなんぞやという話まで出てきてしまう。石を操る術、ではあるのだが、ならば『石』とはなんだ?
たとえば【鮫術師】なのに【砂術】を持っている
実は夏樹も一緒で、砂粒をふたつ浮かべることはできたが、綿原さんのように
砂粒しか動かせなくて涙目になっていた夏樹を焦って慰める綿原さんの姿を見て、ぐぬぬとなってしまった俺の器の小ささよ。
資料では【石術】は【土術】の上位技能とされているのだからと土もいじってみたが、柔らかいのはダメで固めた粘土は動かせた。
ここで異世界モノの定番理論でもって暫定的に結論が下された。『イメージ』というやつだ。
夏樹が動かせるのは本人が石としてイメージできるものだけ。ケイ素の結合がどうこうと委員長がホザいていたが、無視だ無視。
さらに付け加えると、石に色を塗ってみたら途端『重たくなった』そうだ。必要魔力が増大したとか。ヒモを結んで、いわゆるスリングにしてみても同じ。
夏樹の【石術】は彼のイメージする純粋な石のみであることが重要な要素になると結論づけられた。
だからこそ、今回のプレゼントになる。
「ありがとね。いろいろ使って練習してみるよ」
俺の思考が遥か彼方まで飛んでいったあいだにも、夏樹は嬉しそうにサイコロ石と飛行……、ブルー……、正八面体石を一個ずつ浮かせている。
「やっぱり迷宮産は違うね」
今回贈られた品は迷宮四層の石だけに、どうやら魔力の通りがいいらしい。俺はそういう系統の技能がからっきしなので、そういう
「それにしても部屋のすみっこでガリゴリやっていたから、なんだろって思ってたんだよ」
「そりゃあバレるよなあ」
朗らかな夏樹の言葉に海藤は苦笑いだ。
邪気の無い夏樹だからこそ誤魔化されてくれてはいたが、今の一年一組が置かれている状況ではクラス内での隠し事は非常に困難だ。すでに二か月近くも団体行動、合宿状態だからな。
今回贈った
それに対して夏樹の石は……。いちおう本人からは離れた場所で、工房から借りてきたヤスリを使ってゴリゴリやっていたわけだが、夏樹だって薄々は感づいてはいたのだろう。見て見ないふりをしてくれていたのかもしれない。
ちなみにその時に出てきた削りカスは、迷宮産の高級砂ということで綿原さんが使っている。もったいない精神は大事だな。
◇◇◇
「昼間はお疲れ様だったわね」
プレゼントの授与も終わり、食事が再開されたあたりで隣に綿原さんがやってきた。
「ヒルロッドさんたちはすごかったんだなってな。キャルシヤさんたちが悪いわけじゃないし」
「役目の違いなのよね。思いもつかなかった」
軽くため息を吐く綿原さんだが、世の中は見てみたり、やってみないとわからないことがたくさんだと思う。俺たちはまだ高校一年なんだけどなあ。
「明日はどこか変更するの?」
「いや、ルートは予定どおりで、戦い方は……、八階位が増えればイケるかなって」
「えっと、先生、ミア、
「それと
今日八階位になったメンバーを指折り数えていく綿原さんだったが、ひとり漏れていたようだ。悪気はないのはわかりきっているので、俺は気にしない。草間本人がどう思うかまでは知らないが。
「ないしょ、ね」
「わかってる」
こうして二人の秘密が増えるのは悪くないな。草間、すまん。
ちなみにミアは【反応向上】、海藤と佩丘、野来は【視覚強化】、そして草間は念願の【身体操作】を取得した。
予想通りにここ数日で【視覚強化】と【遠視】を候補にできた仲間は多い。間違いなく有効な技能で、しかも後衛にも出現するので、ここはバシバシと取っていきたいところだ。
「後衛が【魔力伝導】を取るのはどうするの?」
「悩みどこだよな、それ」
各人が取得する技能を綿原さんと俺で決めているわけでもないので、意味合いの薄い会話ではあるが、今後に関わる話題でもある。
魔力という単語が引っ付くだけあって【魔力伝導】が出現している後衛職は綿原さんも含めてけっこう多いのだ。俺は出ていないけど。なんなんだろうな【観察者】って。
だからといって後衛の物理攻撃力を上げる、というか相手の物理弱化のために術師が技能を取るというのはどうなんだろう、といったところだ。
【魔力伝導】にはいろいろ応用があるだろうというのは想像できる。とくに【裂鞭士】の疋さんがやっている、ムチを使った永続デバフなんかはかなりの効果を発揮しているのだ。たとえばほら、後衛が投網をして、そこに【魔力伝導】を使ったら……。味方を巻き込んで大混乱に陥る未来が見えるな。
ふと、可愛く縄跳びをするチビっ子
いやいや、そもそも【魔力伝導】の射程距離は疋さんが【裂鞭士】だから確保できている可能性が高い。後衛も得意そうではあるが、はたしてここでギャンブルをする理由になるだろうか。
「たぶん階位を上げれば後衛でも対応できると思うんだよな。柔らかい魔獣ならとくに」
「わたしとしてはキュウリを殲滅したいわね」
綿原さんはどれだけキュウリが嫌いなのだろう。キュウリ農家さんに謝っておいたほうがいいんじゃないだろうか。
それは置いておいて、要は【魔力伝導】を取らなくても、階位さえ上げてしまえば後衛でも勝負になるのではないかという手ごたえはあるのだ。レベルを上げれば物理も上がる理論で。
「ま、それも含めて明日次第だな」
「そうなるわね」
お互いに肩を竦めあう。こういう時間が俺は大好きだ。
会話を続けたいところだが、技能の話ばかりというのもな。そうだ。
「そういや綿原さんって誕生日いつ?」
誕生会をやっている三人についてはつい先日聞かされたばかりで、俺は仲間たちの誕生日を知らない。クラスメイト全員の誕生日を把握とか、すごいフレーズだな。リアルでそんなヤツはいるのだろうか。
言ってしまってからキモい質問だったかと肝が冷えるが、この場のノリなら大丈夫だと信じたい。
「それを聞いちゃうのね。そうよね、八津くんだものね」
「なんか、マズかった?」
微妙に低くなった綿原さんの声に、俺の心臓が跳ねると同時に止まるという器用なマネをしてしまいそうだ。
それにしても、俺だから? アレか? 鈍感系主人公とかそういうのか?
「二月十四日よ」
「二月……、十四……」
聖なる日ってか。
一瞬だけ眉をひそめてから、綿原さんは苦笑いをしてみせた。
「地獄よ」
「え?」
「あれは小学の五年くらいからだったかしら。みんながバレンタインデーの意味に気付き始めた頃」
淡々と語り始めた綿原さんを止める術は、俺にはない。
「わたし以外の女子全員で大きなケーキを作ってくれるの。佩丘くんには手伝わせないで」
「佩丘抜きって……、まさか」
「そ、チョコレートケーキ」
なんとなく綿原さんの言う地獄の意味がわかり始めて、俺の膝が震えているような気がする。
「放課後に調理実習室に集まったみんなで、そのケーキをわけてね。お誕生会をしてくれたのよ」
「が、学校の許可とかは?」
「担任の先生も一緒だったわ。委員長が根回ししてたみたい」
どうしてウチの委員長はそういうところでソツがないんだろう。
だがしかし、綿原さんの言う誕生日の実態とは。
「わたしの誕生日のついでに義理チョコを配ったのと同じことね。どっちがメインだったのかしら、ふふっ」
イカん方向に綿原さんが進んでおられる。横にいるサメもこころなし顔を下に向けているような。
「なんてね」
「綿原、さん」
「あれはあれで楽しいイベントよ。個別で
綿原さんの交友関係は、ワリと大人し目な女子がメインだと本人は自称している。白石さん、深山さん、上杉さん、それに帯広の高校に行ったっていう
ウチのクラスは仲がいい連中が多い上に、関係の糸があちこちで混線しているからややこしい。
「あの頃に本命の意味でチョコを用意してたのなんて、雪乃くらいじゃないかしら」
相手は当然
「あれ? 白石さんは?」
「碧はほら、恥ずかしがり屋だから。指摘したら、顔真っ赤よ」
白石さんがおどおどしているのは、当然昔からだろう。新参の俺でもそんな姿を想像できる。
「今なら違うかもしれないわよ。野来くんも意識してるみたいだし」
「だな。俺は野来があんなのだって思ってなかった」
「こっちに来てから変わったわよね、野来くん」
なんだかとりとめのない会話だが、やっぱり心地がいいな。
「それより八津くんよ」
「え?」
俺になにか落ち度があったか? それともここまでの準恋バナみたいな会話のどこかにトラップでも。
「誕生日。わたし、八津くんの誕生日、聞いてないわよ」
「ああ」
そういうことか。ドキドキさせてくれたじゃないか。
「実は、綿原さんと似てるかもしれない」
「……どういうことかしら」
「三月十四日なんだ。俺の誕生日」
「……」
ちょっと楽しくなってしまった俺は笑って言った。本当の話だからな、コレ。
綿原さんが目を丸くしているのが面白い。してやったりの気分だ。
「妹と母さんから誕生日プレゼントをもらってさ、交換するみたいにホワイトデーのお返しをするんだ」
「それはそれで、なんともいえないわね」
「だろ? だけど結構面白いなって思ってたのかもしれない」
こっちに来てから二か月弱だ。まだまだ俺も綿原さんの誕生日は先の話だし、それまでに山士幌に帰れれば……。バレンタインデーに綿原さんと誕生会って、俺も参加するのか!?
「ねえ、八津くん」
「お、おう」
マズいな、読まれたか?
「その三月十四日だけど……、学校ではどうだったのかしら」
そっちか。それなら自信をもって答えることができる。
「なんも無し」
「そ」
そっと顔を背けた綿原さんは口元をモチャっとさせて笑っていた。
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