第205話 迷宮泊に対する普通の感覚
「アタッカー組、うしろに遠慮しなくていい。九階位を目指すくらいでやってくれ!」
「あたぼうデス!」
前の方に向けて放った俺の声に、弓の代わりにメイスと短剣を持つミアが江戸前に反応してくれる。ふむ、エセエルフが江戸言葉か。いいな。
「
「わかってるよ!」
「うん!」
頼もしい盾役、【霧騎士】の古韮と【風騎士】の野来が元気に返事をしてくれた。
二人がかりならば十分に抑え込んでくれるだろう。ついさっき古韮が八階位になったので、いけるはずだ。ちなみに古韮が取ったのは【視覚強化】。クラスメイトたちがどんどん強くなっていくのが嬉しい。
「キャルシヤさんたちは左の大丸太を二体です。できれば倒さない程度で」
「任せてくれ!」
ヘビやミカンなどの小物ならいざしらず、大丸太クラスならばキャルシヤさんでも手加減できるだろう。本気を出したら真っ二つなのは知っているが、盾だけならば……、大丈夫だよな?
誕生日会をやった翌日、俺たちはアラウド迷宮三層を練り歩いている。
今は昨日お残しした小さな群れを掃討中で、大体のメドがつけば未探査区画へと進路を向ける予定だ。時間がおしていたので今朝の模擬店は無し。申し訳ないがこれも予定の範疇だったので、勇者の名声はまた別の機会にしておくとしよう。
現状で八階位組が前衛に偏るのは仕方がない。
俺を含めた後衛は防御したり避けたりはなんとかできている。結構被弾はしているが、そこは【痛覚軽減】が仕事をするし、ヒーラーが三人もいる一年一組の防御は硬い。ゆっくりではあっても着実に戦い続けることができるのがウチのウリだからな。
「あぁぁいぃ!」
できる限りの集中力で戦場を観察していたら、大丸太に接近した
一層のネズミ相手にやっているところを見たことはあるけれど、今回の相手は硬い大丸太だぞ。
「タ、タキザワ……」
なにがどういう理屈で実現しているかはわからないが、大丸太の急所部分に肘のあたりまで腕を突きこんだ先生を見て、キャルシヤさんが驚愕している。
「ふっ」
直後、短く息を吐いた先生が腕を引き抜けば、そのまま大丸太は沈黙した。倒したのか、一撃で。
肘から先を赤紫な魔獣の血で汚した先生は、腕をふってソレを地面に散り飛ばした。
なにが怖いって、ネズミの時ですら貫手が食い込みはしていたものの、『突き刺さって』はいなかったはず。これが【鉄拳】の効果だとでもいうのか。
先生の常識離れが社会問題にならないといいのだけれど。
「飛び込む
「さすがは先生ね」
三層最強格の魔獣を条件付きであれ一人で倒せると豪語する先生と、それを普通に賞賛する木刀少女の
クラスメイトたちはもはや諦めているが、イトル隊の人たちはドン引きしている。
それもそうだ、迷宮の三層で活躍する【拳士】なんて見たことがないのだろうから。
◇◇◇
「タキザワには呆れたぞ。いやタキザワだけではないな。まだふた月も経っていないというのが信じがたい」
戦闘がひと段落したところでキャルシヤさんが俺たちを絶賛してくれていた。
「報告を読んでいるから納得もできるが、実戦を知らない者には意味がわからないだろうな」
「そうなのかい?」
続けて出てきたセリフに反応してみせたのは、つい先日まで非戦闘員だったシシルノさんだ。友人同士だけあって、気さくな空気で会話が成立する。
「シシィには理解できないかもしれないが、彼らは初回の迷宮からまだ四十日も経っていない。それなのに七回目の迷宮というのが、まずあり得ない」
「そういうものなのかな」
「普通なら七日は空けるんだぞ。貴族連中など十日以上が普通だ」
「伝統ある子爵家ご当主のキャルはこうしてここにいるじゃないか」
「それはいいんだ。それは」
キャルシヤさんとシシルノさんの軽妙な掛け合いが続いているが、おおむねそういうことだ。
正確には一年一組の初回の迷宮は三十七日前。ひと月ちょいだな。
さっきキャルシヤさんが言ったふた月というのは、俺たちが召喚されてからの期間だ。最初の二週間くらいを、俺たちは調査と訓練につぎ込んでいる。
仮にまるまるふた月だったとしても、七回の迷宮というのはほぼ限界ペースに近い。もちろんアウローニヤ基準、というかアラウド迷宮を使う近衛騎士基準ではあるが。
「まあ、わたしたちもヌルいコトは言えなくなったのだがな」
苦笑するキャルシヤさんだが、王城警護だけでなく迷宮も担当している『蒼雷』と『黄石』も他人事ではなくなっているのが現状だ。事実キャルシヤさんは中二日で迷宮に来ているわけだし。
それもこれも、元凶は今回起きている迷宮の異常なのだが、いつになれば終息するのかの目途は立っていない。
「そもそも滞在時間がおかしいだろう。七回の迷宮で、のべ十四日だぞ。意味がわからん」
キャルシヤさんの言葉に、イトル隊の人たちも首を横に振る。
「くくっ、たしかにそうかもしれないね」
同じアウローニヤ側のはずなのに、シシルノさんをはじめとしたメイド三人衆は笑うばかりだ。常識がズレてしまっているのだろう。ようこそこちら側へだ。
よくよく考えてみたら、俺たちが迷宮で宿泊をしなかったのは一回目と三回目だけだ。二回目については二層滑落事故でやむにやまれぬ迷宮泊だったが、四回目以降は自発的だし。
キャルシヤさんの理屈では、俺たちはひと月ちょいの間で十四回迷宮に入ったのと同義になるらしい。そういう表現なら俺にも異常さがわからなくもない。二日に一回のペースはさすがにヤバいな。
しかも鮭氾濫の時に立ち入り禁止期間があったのに、コレだ。
一刻も早く帰還のヒントを得るために強くなる必要があるとはいえ、さすがにやりすぎかもしれないな。もちろん手控えるつもりなどは欠片もないのだけど。
「二日目で結構時間も経ってからでいまさらですけど、キャルシヤさんたちは体調、大丈夫ですか?」
思い出したかのように
見た目は問題なさそうだから聞いてもいなかったが、言われてみればこういう確認は大切だった。これは反省点だったな。シシルノさんたちが割りと平気にしているし、ミームス隊も問題なかったせいで頭から抜け落ちていた。
「昨夜はむしろ刺激的な夜だったからな。気分は悪くないが、だからといって迷宮で眠るというのはやはり難しい」
刺激的というのは誕生会のことでいいとして、やっぱり寝ること自体に抵抗があるんだろう。
迷宮はそういうところだという意識が強いのだと思う。常識というのはそうそう変えることができない。とくにそれが心持ちの問題ならば。
「寝れませんでしたか」
「途切れ途切れだな。『吸われる』のではないかと思うと、どうしてもな」
やはりこのあたりが厳しいのだと思う。
迷宮がモノを吸収しているという実態に基づいた伝説。とくに迷宮に入ることが任務であるイトル隊の人たちにとっては、リアルさがあるのだろう。
そういう点ではシシルノさんやメイド三人衆には忌避感が少なかったのかもしれない。シシルノさんは研究員だから当然として、アーケラさんとベスティさんは城中侍女、ガラリエさんは迷宮が管轄外の『紅天』所属だ。階位上げ以上の理由で迷宮に入ることなどほとんどない。
ヒルロッドさんたちミームス隊が割りと対応できていたのは、教導部隊として訓練生が一度は行う迷宮遭難事故体験、避難訓練みたいなやつだな、それに何度も付き合っているからだと思う。
あの人たちはある意味で迷宮泊に慣れている部分があった。実体験として『吸われることなどない』と理解していたことになる。
それでも訓練と実戦は別物であるし、勇者が現れたくらいだ、伝説が明日になって急に降ってくるかもしれない。そういう恐怖と任務の折り合いをつけながら、それでも俺たちに付き合ってくれていたということになる。
ううむ、こんどラウックスさんたちミームス隊の似顔絵でも描いて贈ってみようか。カッコよさ二割り増しくらいにして。
「わたしは慣れてきたが、まだまだかな。八階位になったところで、いっそ【睡眠】を取ろうかと考えているくらいさ」
「シシィ……」
シシルノさんがとんでもないコトを言いだして、キャルシヤさんのため息を誘う。
どうして八階位の非戦闘後衛職の研究員が【睡眠】に手を出すなんていう気になるのやら。
「わたしも考えてるよ、それ」
「ベスティさんまで」
綿原さんをはじめとした一年一組は呆れ顔だ。この人たちはいったい『いつまで』俺たちと一緒にいる気なのだろう。
だけどまあ、それくらい【睡眠】という技能は迷宮泊のキーになっているのも事実だ。
俺たちは先生の勧めもあって地上で眠るためにソレを取得した。だが、今になって考えてみるとだ──。
いくら神授職が地上で得られ、ただ生きているだけで少しは階位が上がる世界であっても、迷宮と神授職システムを切り離して考えることは難しい。むしろ絶対に関係している。迷宮がすべての始まりとかいわれても、俺たちは驚かないだろう。
そこからごく自然にゲーム的に考えてみれば、迷宮で鍛えることで得た技能が『迷宮内で役に立たないはずがない』という考え方をする。たとえそれが地上で使える技能だったとしても、逆に地上でしか使用目的のない技能などないはずだと、ゲームシステムの視点で見るメンバーはそう思ってしまうのだ。
例外的にRPGとかでたまにある強制イベントでしか役に立たない技能、なんていうものがあるかもしれないが、それはそれだ。
そこにひとつ例外がある。ひとつというか今後もいろいろ出てくるかもしれないが、【暗視】の存在だ。伝説やレアというわけでなく、普通に資料に載っている技能である【暗視】だが、今のところ『常に明るい』迷宮内では効果的な使い道がない。
強いていえば、迷宮の柱の陰など構造的に暗くなってしまう箇所を見通すのに役に立つくらいだろう。もしかしたらこれが答えなのかもしれない。迷宮でちょっとだけ役に立つ技能という意味で。
だが、ゲームを知る俺たちはとある考えに到達した。ダークゾーンが存在するんじゃないか、と。
宝箱がないくせに普通にトラップがあるのが迷宮だ。もし、トラップを潜らなければ到達できないような区画があるとすれば、そこが『真っ暗』だったとしたら。
思考が明後日に飛んでいるが、候補に出てもいない技能のことを考えても仕方がない。その時がきてからにしておこう。
「シシルノさん、そろそろ大丈夫ですか?」
「ああ、もちろんだよ」
この場で一番体力のないシシルノさんに確認をしてみれば、返ってきたのは頼もしいお言葉だ。
「君たちと一緒にいると、迷宮が話しかけてくれている気になるんだよ。じっとしているのは惜しいからね」
俺たちが迷宮と共謀しているような言い方はよしてほしいかな。
否定しきれないのがツラいところだけど。
◇◇◇
「やったわ。上がったわよ!」
テンション高く綿原さんが階位上昇を宣言した。
二日目の昼過ぎになっても、一年一組は階段近くの群れの掃討に勤しんでいる。
さっき上がった【岩騎士】の馬那、【裂鞭士】の
ちなみに馬那と疋さんは揃って【視覚強化】を取っている。
さて綿原さんはどうでるのか。なにせ彼女は【視覚強化】と【遠視】を候補に持っていない。メガネは関係ないはずなのだけど。
「【反応向上】にするわ」
だけど【反応向上】は出しているわけで、動ける術師としての性能は上がる一方だ。
惚れた弱みとか言うつもりはないが、彼女を好ましく思っている俺としては、もはや羨ましいという感情は薄い。むしろ置いていかれたくない、せめて別分野でも構わないから並び立ちたいという心持ちだ。
綿原さんだけでなく、クラスの連中は揃って階位や技能が全てではないと言う。これは俺だけに向けた言葉ではなく、たとえばロリっ子
『役目を果たすための手段でしかないんだよね、技能なんていうのは』
そんなことを真顔で言ったのは
「綿原さんが最初だったけど、そろそろ後衛も八階位だな」
「つぎはやっぱり
「意外と
ポンポンと綿原さんとの言葉を交わす。
後衛の先陣を切る形になった綿原さんだが、
「前衛はヘビにも対応できるようになってきてるし、動かしどころかな」
「どうかしら。せめて委員長の八階位か、先生たちの九階位を待つのも手かも」
「悩ましいけど……、なら一手だけ」
「どうするの?」
前衛職で七階位のままなのは、委員長ただひとり。ヒーラー兼任ということで、どうしても階位上げでは後れを取ってしまう。最前線を歩けるヒーラーとして【聖騎士】の委員長は頼りになりすぎるのがな。
戦線は安定しているし、ここはちょっとだけ挑戦してみるか。一挙両得にもなるし、もちろん本人の意思次第だが。
「
「どしたぁ」
「【身体強化】、調子はどうだ?」
「……つぎで【頑強】のつもりだったのによ。まあいい、前に出ればいいんだろ?」
「助かる」
「ぬかせ」
前線のすぐうしろにいる【聖盾師】の田村は【身体強化】を持っていて、八階位になれば【頑強】を取る予定になっている。純ヒーラーたる【聖導師】の
「田村には俺がつく。安心しろ」
そこに飛んできたのは【岩騎士】馬那の頼もしい言葉だ。さすがは自衛官志望、守ることに対する意識が高い。
「指示出し頼むぞ。『指揮官』サマよ」
余計な捨て台詞を残して、田村が数メートルだが前に出た。見た目は小太りのお坊ちゃんのクセをして、そういうところで根性を見せてくる、憎たらしいヤツだ。
「残りはヘビ三、鹿二、キュウリが四だ。ヘビは全部うしろに流せ。鹿とキュウリは前衛に任せる。キュウリは打ち漏らしてもいいから、鹿だけは確実にだ」
「おう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます