第261話 それは予想の範疇だ




「ふふっ、こんな茶会もあるのですね」


「いえ、さすがにコレは。僕たちが子供なだけです」


「そうでしょうか。わたくしには素敵に思えるのですが」


「物珍しいからですよ」


「それはそれで嬉しいのです。他国の文化に触れるのもまた、学びですから」


「まあ、わかりますけど」


 リーサリット王女に応対する藍城あいしろ委員長のなんともいえないやり取りだが、お互いどこまで本気で言っているのか判別がつきにくい。


 委員長、接待頑張ってるな。大丈夫、俺もずっと【観察】で警戒しておくから。ちょっと遠くからだけど。



 勇者担当者たちの事情、とくに重たかったアーケラさんとヒルロッドさん件を話し終えた時点で、俺たちは精神的に疲れ切っていた。付け加えると、それ以上にヒルロッドさんがヤバかったから。


『お茶にしませんか』


 そんな空気を感じ取った聖女な上杉うえすぎさんの提案で俺たちは夜の茶会を開くことにしたわけだが、そこは高校一年生の集団だ。俺たちの茶会はアバウトである。そもそもアウローニヤ的な礼儀とかそういうのは少ししか知らないし。

 食堂に移動するわけでもなく、談話室の真ん中にテーブルを置くこともしない。各人が専用コップで適当な飲み物を用意するだけの、そんないつもの光景だった。それぞれのコップにはちゃんと名前も書いてあるぞ。


 紅茶あり、緑茶っぽいのもあり、各種果実水もあり、ホットもアイスも術師たちのお陰で自由自在という、人力ドリンクバーみたいなノリである。ただしアルコールは無し。先生にはごめんなさいだな。

 一年一組の中では先生の禁酒解禁のためにも、一刻も早く山士幌に帰還するべきだという意見も多いのだ。


 思い思いに絨毯の上に座っていたり、壁際に置かれたテーブルと椅子を使ってみたりと好き勝手にやるのが俺たちの流儀であるし、物語に出てくるような優雅なお茶会など、とてもでないが真似をする気にはなれない。


「君たちの行動に感謝しているよ」


「ん、いや」


「恩人の危機……、ではなかったみたいですけど、それでも──」


 なるべく王女様から離れた位置を陣取ったヒルロッドさんが、ヤンキーな佩丘はきおかや木刀少女の中宮なかみやさんと話をしている。さっきのアイツら、カッコ良かったもんなあ。



 俺たちが勝手にしている謎のお茶会スタイルについては報告書のどこかにあったらしく、王女様は一年一組のやり方に付き合うと言い張り、結果としてこんなことになってしまっているわけだ。


 王女様は用意されたティーカップとソーサーを使ってアイスティーをチビチビやっているような状態だ。絨毯の上に座っているのに、しっかりと優雅だな。


「勇者の皆様方は、この国を、アウローニヤをどう思われますか? 帝国という脅威を見ないものとして」


「どう……、って」


 そんな息抜きの合間に放たれた王女様の言葉は、お茶の話題にしてはどうかと思うモノだった。

 問いかけられた委員長が王女様の表情を伺ってから、少し苦い顔になる。


 王城と迷宮しか知らない俺たちにそういうことを聞くということは、美しい国とか観光的なモノではないだろう。文化や風習とかも違う。

 窓から見えるアラウド湖は綺麗だとは思うけれど。ああ、小麦畑や放牧地が懐かしい。ではなく。



 俺たちなりにこの国の制度を調べ上げているだけに、返答をするのが苦しい。


 だけど王女殿下の表情や言い方からは、確信じみた自国への自虐が感じられた。この世界基準ですら、アウローニヤは終わっていると、彼女がそう判断しているのが理解できてしまうくらいに。


 取り繕わなく言えば、日本人的感性でこの国は腐っている。


 だがしかしだ、ここで現代日本常識マウントを取ったところで意味は無いし、こんな世界で民主主義を叫んだところで、むしろそれは害悪になると想像できるくらいの理性は持ち合わせている。

 政治や、ひいては国の在り方というものには、段階と文明の進化が必要だから。それでも、それでもなのだ。アウローニヤはそういう部分を考慮しても、やはりおかしくなっていると思う。


「皆様、そんな風にお顔で返事をしなくても、言葉にしてくださって構わないのですよ?」


「あ、いえ、すみません」


 王女様の意地悪い言葉に、委員長は難しそうに返事をする。困るよな、そんなことを訊ねられても。



「先ほどの仮定に反してしまいますが、帝国への対峙を理由にした昨今の強制動員制度。それらの財源とされている婚姻税、死亡税、出産税、施設利用税、諸々。そもそも徴兵さえ最小限に抑えていれば、無くすことも可能なものばかりです。アイシロ様、率直にお聞きしたいのです、どう思われますか?」


「……」


「ジリ貧、でしょうか」


 追い打ちをかけてきた王女様の言葉を受けて、黙り込んでしまった委員長に代わってそう言い放ったのは上杉さんだった。

 当人は湯呑を模したカップを両手で持ち、温かい緑茶っぽいナニカをすすって微笑んでいるのだが、言っていることは尖りまくりだ。


 そういえば上杉さんと王女様は似ているな。変な表現をすればキャラが被っている。アーケラさんもこんな感じだから、この場には微笑みながら黒い考え方をできる女性が三人もいるということになるのか。怖すぎる。

 いやいや、上杉さんは聖女だから黒くはないはずだ。なぜ俺はこんなことを考えた? 信仰が足りていないことを反省しなければ。


「わたしは若輩者ですが、アウローニヤの法や税を見てしまうと、どうしても」


「そうでしょうね」


 上杉さんと王女様が共に微笑み合っているが、話題は暗い。


 音声さえカットできれば麗しい女子同士の交流に見えるかもしれないが、すぐ横にいる委員長の表情がそれを台無しにしている状況だ。



「わたくしとしても過酷な税制であり、法だと思っています。対帝国という前提があったとしても、これでは戦争が起きる以前に国自体が衰退していくでしょう」


 王女様は上杉さんの言葉をあっさり肯定してみせた。当事者側なのに、それでいいのか?


「さらに問題が存在しています。試算になりますが、これら税の内、三割までもが王侯貴族に吸い上げれらていると、わたくしは見ています。王室が恩恵を受けていることも事実ですが、そこに貴族官僚の狡猾さが見えるとは思いませんか」


「三割も……、税が還流していない。王室にも金を流して、口出しをさせにくくしている」


 驚きの表情で委員長が聞き返す。


「その通りです。とはいえ立法を承認するのは王陛下自身ですから、立派に加担しているといえますね」


 委員長ほどそういう方面に詳しくない俺でも、少し考えれば理解が及んだ。

 吸い上げた税金、アウローニヤの場合は小麦などの収穫物もこれに当たるが、本来ならば徴兵した兵士の食料や装備に回されるべきモノだ。もちろん迷宮から持ち帰られた素材にしても。


 そういった諸々の三割が貴族に流れているとか、迷宮で出会った平民兵士たちや、最近はお世話になっていない運び屋たちを思い出してしまう。普通の公務員なら給料分を貰ったら還元しなきゃダメだろうに。ええっとあれだ、公共事業とかなんとか。



「気付いた時には遅すぎたのでしょう。この五年、すでにアウローニヤの人口は減少傾向にあります」


 このあたりで王女様もさすがに笑顔を消した。聞きに回った上杉さんもだ。


 まともな人口統計をやれていないはずのこの国で、第三王女は減少していると言い切ったのだ、よほどの露骨さなのだろう。


「魔力があって、迷宮がある。そんな恵まれた条件で、人が減る……」


 魔獣との闘争がある世界を恵まれていると表現した委員長だが、それは事実だと思う。


 階位や技能は地上でも引き継がれるから、地球の人類以上に開拓だってできるはずだし、迷宮からは高品質な素材が持ち出せるのだ。

 紙や鉄、衣服、ガラスが発展しているのも迷宮のお陰だし、中世ヨーロッパ風のこの世界とはいえ、ちょっとした切っ掛けであっという間の産業革命が起きてもおかしくないはず。それこそシシルノさんのような人が五人くらいいたら……。それでも人が減っている?


「国境付近の農村部が離散し始めています。徴兵された者たちの脱走、出国も。出生数が低下していますし、幼少時における傷病死も……」


 王女様の説明に心の中で唸ってしまう。


 これが大規模な疫病とか不作とかパース大河の氾濫とか、わかりやすい災害的な要因ならばまだ理解できた。だが、王女様の説明を聞くに、これはすでにアウローニヤという国の構造的な問題に思える。異世界まできて少子化問題とか、冗談だろ。



「幼かった自分を恨めしく思ったものです」


 小さくなってしまった王女様の声だが、いつの間にか皆が黙ってしまったせいで、談話室の全員に聞こえているだろう。


 アウローニヤは俺たちが思っていた以上にヤバかったようだ。帝国と戦争とかそういうレベルではなく、これはもう亡国じゃないか。



 ◇◇◇



「本当はこんな雰囲気の中で言い出すつもりはなかったのですが、言っておくべきですね……。わたくしは王位を簒奪し、女王を目指しています」


 やおら立ち上がり、手にしたカップを近くのテーブルに置いた第三王女は俺たちに向き直り、おもむろにそう言い切った。


 バラバラに座ったりしていた俺たちだが、さすがに全員が立ち上がる。

 もしもこの場の誰かがチクれば、それは王女様の破滅につながるだろう。普段俺たちのことを蛮族だのなんだのバカにしている連中こそが喜んでそれをするはずだ。その時ばかりは我らが勇者の証言だとか抜かしながら。


 今の俺には、山士幌にいたままであれば絶対に得ることのなかった感性がある。

 たったのふた月の経験だけど、世界がこういう事情で回ってしまうケースがあるということを、そこに巻き込まれてしまうということも知っているのだ。ホント、要らない経験だよな。



「わたくしがいうのもなんですが、驚くほど驚かないのですね」


 王位簒奪と聞いた一年一組だが、誰一人として表立っては驚いていない。そんな光景を見た王女様は小首を傾げ、シシルノさんなどは悪い笑顔を見せている。


 いちおう【平静】をブン回してはいるけど、王女様の宣言は事前に考えられていた『想定内』だ。だからこうして表面上だけは取り繕えられている。


 俺たちはすでに政争的には第三王女派に取り込まれているといってもいい。昨日起きたという第一王子誘拐未遂からの展開でそれは一層深まり、もはや抜け出すことにはデメリットしか存在しないのではないかというレベルだ。


 いまさら宰相派に流れたとしてどうする。あちらが俺たちをどう扱うのかなど、知れたものではない。というより、俺たちを帝国に渡して歓心を買う連中がいたのは宰相派閥の一角だ。カモがネギをしょって迷宮に入るとでもいう行いを、一年一組がするはずもない。



 俺たちはとにかくいつでも話し合う。

 一年一組が第三王女派となりその先に待っているの終末がどこにあるのかなんて、何度も議題にしたこともある。


 第三王女が勇者という後ろ盾を得たとして、宰相派たちを相手にしてそこから目指すコトなど、想像するに容易い。


 クーデター。あるある展開だよなあ。


「とても頼もしく思います。思っていいのですよね?」


「不必要にこのお話を広めるつもりはありません。ですが受ける受けないを含め、そこは条件次第です」


 ニッコリと笑う第三王女に、困った顔の委員長が交渉人のようなセリフを返した。


「それでこそ、わたくしが想い描いた勇者様です」


 うん、やっぱりこの人はすごい。

 だけどこっちは二十二人だぞ、簡単に思い通りになるとは思わないでほしいな。



 ◇◇◇



「ではまた明日の夜。できれば勇者様方の故郷のお話なども聞いてみたいですね」


 最後にそんな軽口を叩いた第三王女は、アヴェステラさんを伴って秘密通路から帰っていった。


 今夜ばかりはと、残る五人の勇者担当たちにもお帰りを願い、談話室には日本人だけが残されている。


 なんとか顔色を取り戻したヒルロッドさんだけど、ラウックスさんや家族にいろいろと説明をするハメになるのだろう。

 第一王子に面会をする予定のアーケラさんもそうだけど、忙しいだろうヒルロッドさんも明日の昼間はオフということにしてあげた。ケスリャー団長に感づかれないように気を付けてもらいたい。



「さて、こういうパターンできたか」


 皮肉っぽく口元をゆがめた古韮ふるにらが口火を切って、一年一組の話し合いが始まった。


 みんな心の中では嵐が吹き荒れているだろうに、それでもこういう軽口を叩ける古韮は大したものだと思う。さっきの中宮さんや佩丘のカッコよさや委員長の交渉、上杉さんの冷静さとはまた違う、みんなを気楽にさせてしまうようなスタイルでくるヤツだ。


「本当にあるんだねえ。あたしはネタだと思っていたよ」


「迷宮に籠った方がマシなんじゃねぇか?」


 呆れたようにアネゴな笹見ささみさんが肩を竦めれば、さっき男気を見せたヤンキー佩丘はきおかが、微妙に腰が引けたことを言い出す。

 いや、佩丘の場合は革命なんかに付き合いたくないというのが本音だろう。もちろん俺だってそうだ。


「条件次第としか言いようがないね」


「そりゃまあ委員長の言うとおりっしょ。アタシはお金とかはどうでもいいけど、血生臭いのだけはイヤかなぁ」


 苦笑を浮かべる委員長に、チャラ子なひきさんが言葉を被せた。


 こういう場面では古韮と並んで疋さんの軽さも頼もしい。人材が豊富なクラスだとつくづく思わされるな。



 王女様から聞きたいことは山ほど残されている。


 クーデターを起こす時期、手筈、戦力、その時に求められる俺たちの役割。ついでに疋さんの言ったとおりで報酬。


 だけど時間も遅くなっていたし、どうやら王女様は影武者を自室に置いていたらしく、時間制限付きの訪問だったようだ。

 こちらもこちらで日本人だけの話し合いをしておきたかったので、こちらからお開きを申し出たという流れだった。


「とりあえず基本方針は、まずひとつめ、王女様から計画をしっかりと聞くこと。そして俺たちでも精査すること」


 車座になったクラスメイトたちの輪の中で委員長が指を一本上げた。


「ふたつめ、僕たちの要求を押し通すこと」


 そして二本目。こっちの方が重要だよな。


「たぶん王女様が一番に求めているのは、『勇者の看板』だ」


「帝国と変わんねぇじゃないか」


「そうね」


 委員長の予想に、坊ちゃんな田村たむらと中宮さんが感想を返す。まったくそのとおりだな。


 だがこれこそが王女様の狙いだろうというのは易々と想像ができる。

 どれくらいの戦力を持っているのか予想ができない第三王女側だが、勝ち負け以前に大義名分だけは絶対に必要になるはずで、それこそが俺たちの存在だ。


 勇者を対聖法国の旗頭にしようとした帝国の拉致未遂から一気にコトが動き始めたというのに、今度は王国でも神輿ときた。タチの悪いネタだよな。



「そこまではいい。だけど疋さんの言うとおりで、戦闘には加担しない。できれば王都を離れていたいくらいだけど……、ムリだろうね」


 そこまで言って委員長の眉がちょっと下がる。


「大義名分を外に置くというのは考えられない。だからといって僕たちが先陣を切るなんていうのはもってのほかだ。そこは絶対に拒否だね」


「妥協できる条件なら、戦いには参加せず迷宮に入っている、離宮に籠る……、あとはイヤだけど王女様の傍で護衛。どこかに隠れていられる部屋とかないかしら。このお城ならありそうなものだけど」


 委員長が絶対条件を出せば、綿原わたはらさんが折衷案を捻り出し始めた。


 王女様が襲撃してきてから、綿原さんとはほとんど話ができていない。せっかく白いサメを手に入れたから、それを話題にしたかったのにな。


 記念すべきでもなんでもない一年一組の六十日目は、急展開を受ける形で深夜を迎えようとしていた。


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