第45話 にぎやかな連中




「んじゃ、いっちょ気合入れるよ」


 女子最長身で男子の半分以上より背が高い笹見ささみさんが、出陣前の音頭を取るべく元気に声を張り上げた。

 藍城あいしろ委員長でも中宮なかみや副委員長でもなくなぜ彼女かといえば、適材適所という言葉が返ってきた。すごいな一年一組。


 なんでも笹見さん、中学の時代はバスケ部とバレー部を兼任していたそうで、高校でもバレーバスケ部という謎の部活に参加する予定だったらしい。全校生徒が七十人に届かない山士幌高校だ。運動系で団体競技となると陸上のリレーかバレー、バスケくらいになるらしい。野球とサッカー部は無い。


「僕たちもやるのかあ」


 バリバリの大人し系、野来のきが嘆くが諦めよう。

 俺を含む文化系グループは恥ずかしがったけれど、ここは勢いだと押し切られた。同調ならぬ同町圧力ってやつだろう。


「ちゃっちゃとやるぞ、オラ」


 実は帰宅部のヤンキー佩丘はきおかの顔には、面倒ごとはさっさと済ませようと書いてあった。一理ある。


「じゃあみんな手を乗せて!」


 でかい扉の前で円陣を組んだクラスメイトたち。真っ先にロリっ子元気印の奉谷ほうたにさんが手を差し出す。

 楽しそうに、もしくは面倒くさそうに級友たちが手を重ねていった。


 女子と手を被せるのはちょっと恥ずかしいけど、ここで遠慮するのはもっとマズい。


「ほら、八津やづくんも」


「あ、ああ」


 結局俺も綿原わたはらさんの手首を掴まれ、コールに参加することになった。



「山士幌高一年一組ぃ~。ファイオー!」


『ファイオー!』


「ファイオー!!」


『ファイオー!!』


 笹見さんの叫びに合せて、俺たちはいっせいに手を空にかざした。正確にはそこに天井があったわけだが。



「面白い文化もあるもんだ。ウチの隊でもやってみっかあ」


 ジェブリーさんは感銘を受けたようだが、問題はそれ以外だ。

 近くの騎士たちといえば、唖然、呆然、しかめ面、愉快、侮蔑といろいろな表情をしているけれど、こっちは大真面目だ。好きな感想を持ってくれていい。



「門開けい! 近衛騎士団二十三名と勇者たち二十二名は、これよりアラウド迷宮一層の探索を開始する!」


 これまで訓練でも聞いたことのない大声と口調でヒルロッドさんが宣言した直後、扉の脇に控えていた騎士が力を込めて門を開いた。

 この期に及んでもまだ『運び屋』は員数外扱いなんだな。


 人のことを考えている場合ではない。いよいよ迷宮だ。

 班分けのとおり、俺たちは三つの塊になって扉をくぐった。



 ◇◇◇



「もたもたするなよ。一班からだ。しばらくは階段だから、踏み外すさないように」


 門をくぐって最初に入った部屋は殺風景どころではなかった。

 窓も飾りもない十メートル四方の部屋のど真ん中に、五メートルくらいでぽっりり穴を空けるように階段があるだけだ。ここはまだ地上で、さっきの召喚の間から階段までの通路が、いちおう迷宮の一部扱いらしい。


 立ち止まることなく、ヒルロッドさんの分隊が先陣を切って階段を降り始めた。

 続く一班の先頭が班長の奉谷さんではなく滝沢たきざわ先生なのは、やっぱり意地もあるのだろうけど、最初の一歩を踏み込む勇気を俺たちに見せたかったんじゃないかと思う。

 事実先生は少しもためらわずに階段を降り始めた。



「では二班も行くぞ」


「はい!」


 俺たち二班は先頭が佩丘とミア、そこから俺、綿原さん、上杉うえすぎさん、一番うしろを酒季さかき弟と海藤かいとうといった並びだ。能力的に最初のふたりが先頭で当然。ヒーラーの上杉さんと【観察】のある俺が中団、あとは適当。

 どうせ王国の騎士が前後を固めてくれているので、学生側の陣形にあまり意味はない。


 二班を担当するジェブリーさんの号令で、俺たちも階段に踏み込んだ。



 ◇◇◇



 階段の幅は五メートルくらいで、二人ないし三人ずつ横並びに列を作れるくらいには広い。


「天井が明るいのは助かるけど、先が見えないわね」


「一層まではかなり長いらしいから」


 綿原さんがチラチラと目を動かしながら興味深そうにしていた。

 階段の途中では魔獣が出ないと聞かされていたお陰で、俺たちはまだ余裕を持って辺りを見渡すくらいはできている。


「委員長が言うには蛍光物質に魔力が反応してるんじゃないかって。俺たち側としては魔力を養分にした光ゴケ説も捨てがたいんだけど」


「それぞれこだわるのね」


「綿原さんだって鮫で盛り上がるじゃないか。同じだよ」


「鮫は良いわよ。八津くんも参加しましょう」


 迷宮探索の手順については、もちろん事前にレクチャーされている。

 ほぼどこでも天井が光っているので松明的なモノが必要ないと聞かされれば、どうして光る、なんてことを考えてしまうのは日本人なら当然だ。それが楽しいのもまたしかり。



「勇者たちは面白いことを言うんだな」


「あ、すみません。迷宮で騒ぐのはまずかったですか」


 すぐ前を歩いていたジェブリーさんの声に、少しだけ背筋が伸びた。マズったか。

 佩丘はこっちを振り向くな。睨むな。悪かったと思っているからさ。


「いや、まだ一層でもないし構わんよ」


「はい。ありがとうございます」


「この階段は長くてな、俺たちもくっちゃべりながらなんだ。今日は勇者の護衛だから行儀よくしてるだけさ」


「そんなものなんですか」


「『黄石』はそうだな。ほかは知らん」


 本当に気さくだ。第五近衛騎士団『黄石』は軍上がり、つまり平民から騎士爵になった人がほとんどだというし、こういうノリが当たり前なのかもしれないな。


「勇者たちの世界には魔力が無いっていう話だろ?」


「ええ、まあ」


「どんな生活をしてるのか、俺には想像もできないな。雑談ついでに教えてもらえると楽しいかな」


 これは探りを入れてきているということだろうか。こっちに来てからこういう考え方ばかりになって、どうにもやりずらい。



「ワタシは日本で弓をやっていまシタ。キュードーっていいマス」


 仕方なく当たり障りのないことを言おうとしたら、ミアが引き継いでくれた。

 弓はいいけど先生の空手とか中宮なかみやさんの木刀術はまだ秘密だからな。わかってるよな?


 そこから先は俺とミアに任せるとばかりに、ほかの連中はだんまりを決め込んだ。佩丘は当然として、上杉さんも微笑みを固定。綿原さんは存在感を薄くしている。猫みたいだな。


 結局ミアがほとんどの時間をしゃべり続けて、せいぜい俺がちょろっと口を挟むくらいで階段のゴールが見えてきた。ミアもセンシティブなことは言わなかったし、なんだかんだでわかってるタイプなんだろう。たぶん本能レベルで。



 ◇◇◇



「よーし、各員周辺警戒態勢だ」


 長い長い階段を降りきったここは、いよいよ迷宮一層だ。本当に長かった。三十分近くも階段が続いていたと思う。


 広い広間と表現したら言葉が被るが、そうとしか言いようがない。学校の体育館くらいの大きさがあると思うし、天井もそれくらいに高かった。

 こちらに来てから一部屋でこれだけの規模の空間は初めて見たな。


「……本当に『迷宮』って感じね」


 久しぶりに口を開いた綿原さんはそう評するけれど、なるほど字面だとそうなるのか。

 俺なんかは洞窟や別次元オープンワールド的な『ダンジョン』を想像していたのに、これは『ラビリンス』なタイプだ。事前説明を受けていたのにこれだから、どうやら俺の頭には小説やらアニメやらの謎な常識が刷り込まれていたらしい。

 こんな風に一見お城の一室と変わらない部屋は考えていなかったな。



「地上の王城や離宮とは材質も様式も違いますね」


 上杉さんの視点は、またちょっと違っていたようだ。

 言われてみればなるほど、石造りなのは一緒だけど全体的な色や質感が違うし、装飾品こそ皆無だけれど壁の柱や天井の微妙なアーチもそうだ。それにこれは──。


「まるで迷宮が先でお城が後、みたいです。言い伝えのとおりだと実感できますね」


 そうなんだ。俺でもわかるくらいに、迷宮の方が『材質も技術も上』に見える。


「迷宮の上に城と街ができあがる、か」


 薄ぼんやりと、それでも過不足ないくらいに足元までを照らしてくれる天井を見上げて、やっとここが地上とは違うという実感がわいてきた。


 つまりここからは魔獣が出てくるということになる。やっとというかついにというか、ここまで来てしまった。

 怖いのか、それとも高ぶっているのか。【平静】を今も使っているけれど、仕事をしてくれているかどうかはよくわからない。



「三班、到着しました!」


 三班の近衛分隊長の声で、俺は意識を現実に引き戻した。

 妙な感慨に浸っているうちに後続も到着していたようで、委員長たちも広間に入ってそれぞれ驚いたような顔をしている。見ると聞くとでは大違いだよな。


「さて、全員整列などという段取りは地上でお終いだ。簡単にすませよう」


 今回の迷宮アタックでいちおうトップということになっているヒルロッドさんが、軽い訓示を始めた。


「各自火時計を着火。最大三刻でここ『最初の広間』に帰還すること。行動経路は事前に通達したとおりだ」


 ここで俺たちにも渡されている火時計に、騎士たちが火をつけていく。ケースに入った細い紐が焼けていくことで時間を計る、蚊取り線香方式の代物だ。

 迷宮は空調がしっかりしているらしく、とんでもない火災でもない限りは火気厳禁ではないらしい。焚火すら問題ないとか。



「目標は勇者全員が三階位を達成することだが、あくまで時間と安全を優先にだ。班ごとで功を焦るような真似は厳禁と思え」


 その言葉にちょっとピクっとしたのが何人か、騎士にも俺たち学生側にもいた。どうしても競争したくなるのは班分けの功罪だな。


「では出立するとしよう。各員の健闘を祈る」


 俺たち一年一組の迷宮探索が始まった。


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