第57話 気迫みなぎらせて




「じゃあ今日の目標。二階位の人を全員三階位にすること」


 いつもの談話室で藍城あいしろ委員長がクラスメイトを前に最終確認をしていた。


 アヴェステラさんとの密会、そして決意から三日後、一年一組は二回目のダンジョンアタックに挑もうとしている。


「三階位になったのが確認できた班から、引率の騎士さんたちに許可をもらって実戦。絶対に無理はしないでね」


「おう」


「ムリなんてするわけないじゃん」


「打ち合わせ通りにね」


 あちこちから声が上がるが、前回とはまた違った緊張感がある。

 なにしろ今日からは積極的に実戦を経験する予定だからだ。



「じゃあみんな、今日もよろしく」


「おう」


 ガラの悪い佩丘はきおかがぶっきらぼうに返事をする。

 今日も前回と一緒の班編成で、つまり俺たちは二班ということになった。班長も前回どおり俺。そこは変えてくれてもよかったのに。


 メンバーは俺、佩丘、ミア、海藤かいとう上杉うえすぎさん、酒季さかき弟、そして綿原わたはらさんの七名になる。


 盾役の騎士が【重騎士】の佩丘だけなのと、ほかの班にいるバッファー、つまり奉谷ほうたにさんや白石しらいしさんがいない代わりに、超ヒーラーの上杉さん、海藤とミアという、なかなか強力なアタッカー、かく乱魔術師の夏樹なつきと綿原さんがいるのがウチの班の特徴だ。

 俺は索敵と後衛の盾役だな。



「今日で二十日、まだ二十日なのか、それとも」


「どっちなんだかな。八津やづと知り合ってからだと、こっちのほうがずっと長くなっちまった」


「戻ってからもよろしくな」


 装備の最終確認をしながら海藤とグチっぽい雑談の流れになっている。

 もう二十日だ。日本ではどうなっているのか。時間の流れが違っていて、あっちはまだ二十秒とかもしかしたら二十年とか……。考えるだけムダなのはわかっているつもりだけど、それでもな。


「わたしもよろしくね。はい、食料、火起こしセット、地図、メモ帳、薬もオッケーよ」


「大事な『砂』は」


「もちろんあるわよ」


 会話に参加してきた綿原さんが食料とかの入った背嚢を確認してから、両側の腰にぶら下げた水筒をポンポンと叩いた。中身は彼女が厳選した『軽い砂』だ。

 綿原さんの【砂鮫】は攻撃力が皆無なので、使い方は目くらましがメインになる。ならば極力軽くて扱いやすい砂に限るというわけだ。


 ちなみに迷宮内には水が大量にあっても、土、石、砂なんかは転がっていない。ごく一部に白々しく石切り場などというのも存在しているのだが、武器と同様に術師も、それぞれ使う素材を持ち込む必要がある。【石術師】の夏樹などは【石術】を取った今回から、石ころをたくさん詰め込んだポーチを持って歩くことになっている。


 そういう意味で場所や荷物を選ばない【水術】は強い。

【氷術師】の深山みやまさんは薄っすらとした氷を、【雷術師】の藤永ふじながはピリッと感電する水をばら撒くことができるところまではきているようだ。

 藤永に関しては、攻撃魔術よりスマホの充電魔術を編み出せとせっつかれているわけだが。



「タオルよし、着火剤よし、包帯やらもよし」


 背嚢とは別にヒップバッグを確認しているのは酒季弟の夏樹。

 ヒップバッグは迷宮で休むときにクッション替わりになるように、潰れても問題がなくて柔らかいモノが詰め込まれている。着火剤と聞けば大袈裟になるが、小袋に入れたおがくずだ。爆発はしないから安全安心。


「革鎧にもポケットとかがほしいデス。可愛いのがいいデスね」


「それはいいですね。今度提案してみましょうか」


 あっちではミアと上杉さんが革鎧改造案を出している。


 出撃前の高揚や不安もあるのだろうけれど、みんながそれなりに前向きで語ってくれているのは助かるよ。



「先生、ほんとうにいいんですか?」


「ええ。お借りしますね」


「それは全然かまわないんですけど……」


 ちょっと離れたところから聞こえてくるのは笹見ささみさんと先生のよくわからない会話だ。何を借りたかといえば。


 実戦を前提にした今回、先生は本気モードになるらしい。

 トドメ用の短剣こそ腰にあるが、重いメイスとバックラーは装備していない。ブーツの代わりに高校指定の上靴を履いている。サイズ的に笹見さんのを借りたというわけだ。

 その代わりというのか、どこからか調達してきた鉄と革で作られた手甲と脚甲を装着している。有体に言ってめちゃくちゃカッコいい。



「あの、タキザワ先生」


「なんでしょう」


 俺たちの準備を眺めていたアヴェステラさんが、極めて珍しく動揺を隠せていない。


「なぜ装備をそこまで削って──」


「わたしは【豪拳士】です。五体こそが武装なんですよ」


「いえ、あの、盾くらいは」


「本当なら革鎧を軽いモノにしたいのですが、さすがに体裁があるかと思いまして」


「……そうですね」


 すごいぞ先生。あのアヴェステラさんを押し切ってしまった。

 とはいえ先生は、なにも冗談を言っているわけではない。


『可動範囲が大事なんです』


 滝沢たきざわ先生にかかれば装甲厚よりも動かせる範囲が大切らしい。使わない重量物はあっても邪魔なだけ。本当は革鎧すら最低限にしたいそうだ。


『今の身体能力で騎士を相手にするのなら、ちょっと変わってくるでしょうけどね』


 騎士を仮想敵認定までしているあたり、肝が据わっている。まだまだ階位と技能の差はなんともしがたいらしくて、それなりに『準備』する必要があるそうだ。


 今日ばかりは以前の宣言通り教師ではない、ひとりのメンバーになりきるらしい。



「一班準備完了だよ!」


 元気ロリ未遂の奉谷ほうたに班長が手を挙げて宣言する。

 これは俺もやらなきゃならない展開かな。


「二班、準備できてる!」


 だから仕方ないんだ。確かにテンションが高いけど、これは必要な行いだと手を挙げた。

 いいよな、スタンバイ宣言。


「三班もいいよ。……先生からは、なにかありますか?」


 最後に委員長が手を挙げてから先生に振った。



「いえ、わたしから言うことはありません」


 繰り返す、先生は本気だ。


 一年一組が安全レベルを一段階外して自発的に戦うと決めた時、先生は王国に隠していた自分の『武』が露見しても構わないと決断した。

 どうせ見られたところで術理はわからないだろうと中宮なかみやさんが言っていたけれど、それも本当なんだろう。


 そしてたぶん、この国の人たちは先生の技をマネしようともしない。化け物、あるいは勇者認定はするかもしれないが。

 当たり前だが武器を持たずに戦う人なんていうのは、拳士系に『なってしまった』極一部だけだ。先生の体捌きは剣でも十分参考になるのだけれど、有用であると見抜ける人がはたしてどれくらいいるか。


 よって先生は、無茶苦茶強いけど意味不明なことをする人、参考にならない特殊な存在、程度の扱いになるだろう。そういう意味では剣術家の中宮さんの方がよほど目を付けられやすい。



「ごめんなさい、ひとつありました。一班のみなさんはわたしの戦うところを、よく見ておいてください」


 先生は今日、技と気構えの両方を見せつける気だ。今の先生にできる授業。

 引きつる一班の面々を前に、先生は今まで見たことのない顔で獰猛に笑ってみせた。



「アヴェステラさん、『山士幌高校一年一組』準備完了です」


「……わかりました。ご案内します」


 委員長がキメ顔で報告し、アヴェステラさんが心持ち背筋を伸ばして返事をする。


「くくくっ、いいね。わたしまで見てみたくなってきたよ」


 口元に拳を寄せたシシルノさんが楽しそうにしている。

 いたのは知っていたけど、こと戦闘関連になると出張らない人だ。わきまえているというか役割分担をはっきりしたいタイプなんだろうな。


 アヴェステラさんとシシルノさんに先導され、最後尾にメイドさん三人衆を連れた二十二人は始まりの場所にしてアラウド迷宮への入り口、『召喚の間』を目指す。



 ◇◇◇



「来たか」


「待ってたぞ」


「勇者様たちのご機嫌はいかがかな」


『召喚の間』では『灰羽』のヒルロッドさん、『黄石』のジェブリーさんとヴェッツさんたちが待っていてくれた。ヴェッツさんの物言いは以前と一緒だけど、そこに嫌味を感じないのは先の一件があったからだろう。三班の連中も笑顔だし。

 ほかの騎士たちもほとんどが前に見た顔だ。固定メンバーになっていたりするのかな。


 入れ替わりもある。問題を起こした【聖術師】のパード男爵は消え、代わりに若いお姉さんになっていた。男子全員の心は一致しただろう。最初からこうしておけ、と。

 訓練場で笹見さんを治療してくれた白髪のシャーレアさんは今回も一緒だ。素直にこれは嬉しいな。


 そしてごめん、『運び屋』さんたちはちょっと顔まで覚えていない。



「それでは最終確認をするよ。まずは全員を三階位にする。これを優先する」


「はい」


「皆が三階位になったら同行する騎士の判断で、一部の戦闘を君たちにも任せる。それでいいね?」


「はい!」


 ヒルロッドさんが最終確認をして、いよいよ出発だ。

 開け放たれた鉄扉をくぐって、俺たちは迷宮への階段を降りる。



 ◇◇◇



「今日中に四階位というのはさすがに無謀だ。最低でもあと二回、状況次第では三回の挑戦になるだろう。俺たちも協力するので、君たちの奮闘に期待する」


 実質的な迷宮の入り口、階段を降りきったところにある『最初の広間』にヒルロッドさんの訓示が響いた。


 アラウド迷宮で行う階位上げの定番として『一層で四階位まで上げる』というのがある。四から五階位に上げるのを一層でやるのは現実的でないのと同時に、二層に出てくる魔獣の強さが影響しているからだ。

 三階位で二層に挑むのは、絶望とまではいかなくても、なかなかキツいらしい。

 もちろん騎士のサポートがあればやれないことはないのだが、二層だと騎士側にもリスクが出てきて、こちらも気軽に実戦経験を頼むとはいかない。


 第一と第二騎士団に所属している貴族騎士は、そういうことをやってしまうらしい。案内役に無理をやらせて階位を上げるのが当然だというのが、なんともはや。



「各班はもう一度経路を確認しておいてくれ。もちろん道中でもね」


 前回やらかした三班の護衛騎士への嫌味なのかな。なかなか辛辣なヒルロッドさんに『黄石』のみなさんが苦笑いをしている。だけどうん、雰囲気は悪くない。


「では出発しよう。一班から行動開始だ」



 こうして二度目の迷宮探索が始まった。


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