第56話 下段を狙え



「口約束もいいところだよ。確約されたわけじゃないし、時間がどれくらいかかるのかもわからない」


「夢がないぞ委員長」


「いやだから、そういうことじゃ──」


 あからさまな王女のエサに釣りあげられようとしている現状をどう考えるか。あれから俺たちは全員で現実を再認識した。なんとか藍城あいしろ委員長がそうさせようとしたのだが。



「あくまで仮の目標で途中経過よ。わたしたちは帰るためにがんばってるの」


 副委員長の中宮なかみやさんまで参戦だ。


「そう。そのための足場固めだということだよ」


 ついでに俺も。


八津やづまでそんなシケたこと言うのかよ」


「いやいや、俺もさっきまで舞い上がってたから、自戒を込めた」


 容赦ない古韮ふるにらのツッコミにタジタジだ。一年一組騎士団って聞かされればアガるだろ?



「でもさあ、帰るヒントっていまのトコ迷宮だけだよ。とにかくなんでも、アタシはやるしかないと思うけどね」


「それだよひきさん。って、あの場にいたから言ってるでしょ」


「へへ、まあね」


 さもわかっているよという顔で発言した疋さんに、委員長がツッコむ。


 変なテンションから一気にシリアスじゃなく、こうやってお気楽に切り替えていけるのがウチのクラスのいいところだ。


「騎士団は置いといても、せめてネズミくらいは自分たちで対応できるようになりたいかなあ」


「そうだね……」


 さっきまで騎士団の話題で調子を上げていた野来のきも、昨日の一件を持ち出して気を取り直す。それに白石しらいしさんも続いた。

 実際にパーティバトルになって怪我人まで出した三班は、その辺りが切実なんだろう。


「うん、僕も自分から戦いたくはないけど、巻き込まれることだってある。強くなっておくのは必要だと思ってるよ」


 そんな三班班長の委員長が、落としどころを提示してくれた。



 結果として俺たちは積極的に騎士団、そして七階位を目指しているわけではないということを再認識するわけだが、だからといってやることは変わらない。

 とにかく強くなろう。今できることを手際よくやりぬこう、と。


 結果はあとからやってくる。

 騎士団設立についてはまあ、一等賞の賞状程度に考えておけばいいんじゃないかな。



 ◇◇◇



 そう決意した俺たちは今、ひたすら『下段』を繰り返している。



「いい? 体勢を低くして。たいが崩れている時は、ムリでもいいから斜めに振り下ろすの」


 戦技教官、中宮副委員長の指導は厳しかった。


「二層以降で魔獣が大きくなっても無駄にはならないわ。相手の動きを止めるのに下段は基本よ」


「とにかく足を狙えでしょ。わかってるって」


 中宮さんが【豪剣士】なら、その横で同じようにメイスを振るう酒季さかき姉ことはるさんは【嵐剣士】だ。


 騎士系を除くとウチの純近距離アタッカーはこの二人だけになる。

 いちおう【忍術士】の草間くさまもそうかもしれないけれど、向かうべき戦闘スタイルは違うだろう。

 先生は【豪拳士】なので『超近接アタッカー』という別枠にして番外だ。アンタッチャブルな存在ともいえる。誰が口出しできるものか。



『この世界のルールを聞いた時、いつかはこうなることはわかっていました。やるならば、しっかりと指導しましょう』


 積極的に魔獣を倒して強くなりたいと言いだした昨日の俺たちに対し、沈痛な面持ちでそれでも先生は申し出を受け入れてくれた。


 次の日からさっそく、先生と中宮さんはこれまでより実戦的な訓練指導を開始したわけだ。


 具体的には昼間は今までの行軍に足して、昨日から始めた職種別訓練はもちろん継続。それに加えてアタッカーの春さん、海藤かいとう、ミア、草間、疋さん、ついでになぜか俺もバックラーとメイスの練習だ。



 さっきから中宮さんと春さんはマンツーマンでメイスを剣と見立てて試行錯誤をしている。玄人の中宮さんにしても、バックラーありきの剣捌きには研究が必要らしい。

 ひたすら低い位置の横薙ぎと、斜めから下段への攻撃を繰り返している。


「なるほどデス」


 攻撃志向が強いのか、二人の近くでミアも一緒になって素振りをしているのだけど……。


「ミアちゃん、やるなら教えるから、こっちに来ればいいのに」


「技は盗むモノ、デス」


「あなたねえ」


 ツッコム中宮さんと受け流すミアを春さんは生暖かく、それでも素振りを続けながら見守っていた。



 ちなみに遠距離アタッカーに属する【疾弓士】のミア、【剛擲士】の海藤、【裂鞭士】の疋さんはそれぞれの遠距離武器を実戦では封印中だ。


 なにしろフレンドリファイヤ、つまり味方誤射が怖い。ミアや海藤なら隙間を通しそうだが、疋さんは絶対にムリだと自重している。

 同じ理由で【石術師】の酒季弟こと夏樹なつきも【石術】は無し。取ったばかりでこちらの実戦使用はまだまだだ。水や風、サメならともかく、後頭部に石をぶつけられたらたまらない。

 サメはありなのか?



「なんで俺まで攻撃役兼任になってるんだろう」


八津やづくんは【観察】で見切れるからでしょ。僕なんて【身体強化】を持ってるからって【身体操作】無しでやらされてるんだからさ」


「お互いがんばろう、草間」


「……うん」


 そういう理由で草間とグチりながら、俺も一緒に見よう見まねで攻撃練習に参加している。

 二人で対戦したら絶対に草間の勝ちなんだけどな。俺の脛にメイスを当てて、メガネをキランって光らせるのは止めてほしい。



「いいですか、バックラーを前腕だと思ってください」


「はい!」


 術師系のみなさんは先生の指導で、ひたすら防御の練習だ。


「受けてはいけません。流しましょう」


「はい!」


 ずいぶんとハキハキした返事が聞こえてくる。先生の醸し出す何かを感じているのだろう。



「例を見せましょう。藤永ふじなが君、メイスで殴りかかってきてください」


「い、いいんすか?」


「かまいません。遠慮なくどうぞ」


 物騒な会話に攻撃練習組もいったん動きを止めて、そちらを見守る。


「じゃ、じゃあいくっす。へああぁ」


 チャラ系のクセに非常に情けない声を出した藤永が、ヘロっとした動作でメイスを振り下ろした。

 それが先生が上に構えたバックラーにぶつかったと思った直後──。


「はえ?」


 メイスは地面を叩いていた。

 先生は腕を上げたままで、藤永はべつにワザと外したわけじゃない。



「見えたかしら、八津くん」


「まあ、いちおう」


「……そっ」


 誇らしいのか悔しいのか中宮さん、表情は統一してほしいかな。


 先生がやったことは単純だった。ただ肘から先を軽く外側に捻って、メイスを弾いて軌道を変えだけ。

 遠目から見ればバックラーに角度を与えて、攻撃を逸らしたようにしか思えないだろう。そこが先生の怖いところだ。ここにきてもまだ本来の実力をアウローニヤに見せていない。それを言いだせば中宮さんもそうなのだけど。



「本来なら。あそこからそのまま正拳突きが飛んでくるわ。この場合ならバックラーのかどね」


「うわあ」


「先生が本気ならあんなものじゃないわ。木刀を振り下ろすということは上体が突っ込んでいるの。そこに攻防一体のカウンターが来る」


 想像したくもない。


「両手で握り締めていたはずの木刀が明後日の方向に飛んでいってね、目の前まで近づいた拳が視界をいっぱいを覆っているワケ。怖いわよ?」


「……」


「八津くんなら一連が全部見えるんでしょ? ふふふっ」


「やめてくれ。本気で怖いから」


 物騒な会話のはずなのに、中宮さんはどうして満面の笑顔でこっちを見るかな。

 視界の端に映る綿原わたはらさんの口元がもにゅっとしたのも見えているから、ダブルで怖いんだよ。



「いいですか? 繰り返しになりますが、受け止めようとしてはいけません。受け流してください」


「はい!」


 みんなは授業で思わぬ問題を当てられたみたいに、ビビりながらも元気な返事だ。


「最初は角度を意識するだけで構いません。まっすぐの上下方向はダメです。理想は左右の斜め下」


「はい!」


 キリリとした『英語』教師による肉々しい授業風景だった。



『鼠狩りの鍛錬とはな』


『剣技も取らず、足元をすくうような真似ばかりか。はははっ』


『【聖術】使いも混じっているのだろう。うしろに控えていればいいものを』


 そんな俺たちの努力を見て、嘲る連中も毎度のノリだった。


 クラスメイトたちは相手をしない。悪態を吐きはしないし、視線すら送らない。

 そんなことをしている暇があれば体と頭を動かして、技能をぶん回す。



 ◇◇◇



 夜になれば日本人だけの談話室で秘密特訓だ。

【睡眠】を鍛えるためにも、今の睡眠時間は五時間まで減らしてある。もう日付は変わったころなのに、みんなの練習は終わっていない。



「予想する相手の進行方向に脚を踏み込んでください。反対側に出したら体が開きます」


「こうですか?」


「もっと低くです。体を丸めるくらいの感覚でかまいません」


 先生が夏樹の肩に手をかけて姿勢を修正していく。

 触られた夏樹はちょっとだけ頬が赤い。それを見る姉の視線は限りなく青い。冷凍光線が発射されそうだった。


「バックラーで流しながら、最悪の場合は背中でさらに逸らしてください」


「うえぇ!?」


 夏樹の顔が青色に切り替わった。

 やると決めた先生の戦闘理論は、すでに【聖術】の存在を前提にしている。



「夏樹さ。それやるときに背中側に石を何個か浮かべといたらどうだ?」


「あ、いいね、それ」


 なるほどたしかに、石を飛ばすのは危ないかもしれないけれど、相手が勝手に突っ込んでくるなら話は別だ。

 海藤をはじめ、思いついたら勝手なことを好きに言う。ダメなら誰かがダメと言えばいい。



「いい? 踏み込んだ脚に、残った方を引き付けるの」


「なんかちょっと内股っぽいけど」


「いいの。それくらいの方が次の挙動に繋ぎやすいから」


 あっちでは『北方中宮流』の基本歩法が伝授されている。

 今は師匠が中宮さんで、新弟子は奉谷ほうたにさんか。ちょろちょろしてて、勇ましいよりなんか可愛いが先に来るな。



「いてっ! 痛いよ佩丘はきおか


「委員長は自分で治して熟練上げだろ? 【聖術】と【痛覚軽減】の両方いっぺんだ。お得じゃねえか」


 みんなもそれぞれ技能の熟練上げを、もちろん欠かしていない。俺だってずっと【観察】と【集中力向上】を使っている。



「佩丘くんね、スーパーの特売を狙うのが得意らしいわよ。上杉うえすぎさんがたまに見かけるって」


「それって関係あるの?」


「お得って言ってたじゃない」


「ああ、それね」


 家にこもるならまだしも、ちょっと繁華街に出たら誰の目があるかわかったもんじゃないな。

 そんな綿原さんの手のひらには、五センチくらいのサメが浮かんでいた。昨日は頭だけだったのに、一日でここまできている。



 こんな感じで緩くて熱血な一年一組は、次の迷宮探索に向けての努力を続けた。


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