第58話 おてんとさまと拳:【霧騎士】古韮譲
「うん、士気が高い。いいな」
「そうなのか?」
「
「いや、元気でいい感じだな、くらいは」
隣を歩く
ミリオタなのは知っているけど『士気』とか言われてもな。やる気があってよろしい、でいいじゃないか?
俺たち一年一組一班はヒルロッドさんたち『灰羽』ミームス隊を護衛にして、迷宮一層を進んでいる。
メンバーは班長の
ほかの班より一人多いという理由で、ヒーラーの田村とバッファーの奉谷に加えて【霧騎士】の俺と【岩騎士】の馬那がいるという、豪勢なパーティになっている。アタッカーが薄いといえるかもしれないが、なにせ先生がいる。手元にお釣りが余って大変なくらいだ。
「早く三階位になりたいぜ」
「それはすぐだろ。馬那はそんなに戦いたいか?」
確認しなくてもそうなんだろう。ここ数日のクラスからは、ちょっとした危うさを感じなくもない。
なまじ三班が活躍したものだから、俺たちもという気持ちになるのはわかる。それでもこれはリアルなんだ。
『ゲームだと思わない方がいい』
初日の夜に言った言葉は自分への戒めでもある。
フラグ建設をするつもりはないし、そういうメタ的な話じゃなくても、生きる死ぬを舐めてかかれば大変なことになりかねない。ましてや敵は魔獣だけと限らないわけで、ヘタをすればこの国だって。
『これはリアルだけど、ゲームっぽい部分だけは上手く掬い上げたいな』
こっちはクラスに少し馴染んでから
ちょうどその頃はみんなで技能システムを調べていたから、通用するなら別の意味でゲームチックにやっていこうというコトだった。いいとこ取りだな。
「古韮はどうなんだよ」
「俺か? 怪我をしない程度にやりたいな。【痛覚軽減】があっても血は見たくない」
「だけど」
「だけどなんだ。無茶して英雄になりたいのか?」
「……そうだったな。悪い。というか、怒られそうだから言わないでおいてくれ」
馬那はちょっとだけ顎を引いた。納得してくれたならいいんだけれど。
血気に逸るのもいいけど、やり方を自覚しておかないと先生やウチの班長が怖いからな。
「ほら『しっかり丁寧に』だろ?」
「ああ、わかってる」
先生からのお達しだ。
俺たちが魔獣とやり合うにあたって、訓練中に何度も何度も繰り返し言い聞かされた。
漫然とこなしてはいけない。
努力のために努力をしているわけじゃない。
予習復習はしっかりと。
話をよく聞いて、理解しながら行動しよう。
よくもまあ色々言ってくれたものだけど、戦いたいと自発的になったのは俺たちだ。
技とかそういうのより先に、心構えの方を叩き込まれてしまった。納得できて理由もわかる言葉を投げかけられれば、従うしかないじゃないか。
──全てを踏まえて実戦に活かしましょう。
「普段は口を出さないのに、戦いのコトになるとなあ」
「そこらへんにしとけ、古韮──」
「古韮くん、馬那くん。おしゃべりはいいけど、見張りもしっかりね!」
「お、おう」
「……ああ」
うしろの方にいたはずの一班班長、奉谷が小さい手のひらで俺たちの背中をぺちんと叩いた。いつの間に現れたんだか。
奉谷は本当に面白いヤツだ。
こうやってぴょこぴょこどこにでも顔を出しては、誰にでも気さくに声をかけてくる。今だって別に注意しようとして現れたわけじゃないだろう。
楽しい時は笑って、悔しい時は顔をしかめる、悲しい時は大泣きする。
顔立ちや背格好がロリ娘だから庇護欲をわかせるのに、逆に背中を押されてしまうような元気さがあるんだ。アイツはいろいろな呼ばれ方をされているけど、俺としてはいつでも空から見てくれてる『おてんとさま』って誰かが言ったのが、すとんとハマって気に入っている。
だから奉谷がみんなを励ます【奮術師】になった時は、めちゃくちゃ納得したものだ。
八津が不思議がっていたけど、彼女が班長に選ばれたのはほとんど必然なんだよ。スポーツ用語ならモチベーターってやつだな。
ところでそんな奉谷の横には影のように草間が並んでいる。なにしてるんだか。
「直属の護衛ごっこだよ」
「【忍術士】が守ってくれてるんだよ。いいでしょー!」
「これでもいちおう【気配察知】してるからね。仕事はちゃんとやってるよ」
小柄でメガネなニンジャが、ちびっ子女子の護衛とか……、微笑ましくてわりとアリだな。
草間と奉谷のコンビね。陰と陽って感じでカッコいいかもしれない。
などと考えているうちに奉谷と草間はうしろに戻っていった。なにをしに来たんだか。
「なあ馬那」
「どうした?」
「お前って、好きな子いる?」
「古韮さ……、お前その手の話題、好きだよな」
いやなに、今の草間・奉谷ペアはどうかなって思ったらさ。
ウチのクラスの場合、委員長・中宮、
最近だと八津と綿原がアレだし。いいよなあ八津は、
「古韮って、上杉のこと好きすぎだよ」
「いいじゃないか。あの包容力が最高なんだよ」
「おっさんくせえぞ」
ばっか、馬那はわかってない。聖女だろ、上杉。こっちの世界でも間違いなく名前を残すぞ。
「ほら若者たち。色気もいいけど獲物だよ」
ヒルロッドさんには聞こえていたか。
若者の特権だから良しとしてくれるといいな。ヒルロッドさん、奥さんと娘さんいるみたいだし。
「えっと、俺の番です」
「よし、マナ。気合を入れて戦うといい」
「うっす!」
ヒルロッドさんの視線を受け取った騎士が、一体だけで登場したネズミを取り押さえに動き出した。
俺もしっかり守りの体勢に入る。うしろは……、とっくに準備完了か。先生と草間が中衛で、奉谷、藤永、深山、田村が後衛。キチンとした行動になっている。
「馬那くん【鼓舞】要る?」
「いや、大丈夫」
「がんばってね!」
「おう」
今回は馬那の出番。奉谷のバフを遠慮するくらいの余裕はあるみたいだ。
そろそろアイツも三階位だろうし、実戦本番も目の前だな。
◇◇◇
「では二体流すので、お願いできるかな」
「はい。やります!」
「健闘を祈っているよ」
ヒルロッドさんと奉谷が短いやり取りを交わした。
相手はネズミが五体だが、三体は騎士が取り押さえて弱らせたあとで、経験値のために俺たちが始末する。残り二体は俺たちだけでヤることになった。
これが実戦二回目。敵は二体。
迷宮に入って一刻(二時間)くらいで二階位だった三人を三階位にすることができた。
そのまま先生と俺が【身体強化】を、すでに持っている馬那は【体力向上】を取得して、これで予定していた実戦体制ができあがったことになる。
さっきの実戦一回目は簡単に終わった。
一体だけ回してもらったネズミを俺と馬那が盾で抑え込んで、田村がブスリ。普段騎士にやってもらっていることを俺たち二人でこなしただけだ。
三階位で【身体強化】持ちなら余裕でできる。熟練を上げている馬那なら一人でもやれそうなくらいだった。
そして今回の二戦目。二体とはいえやることは大して変わらない。
俺と馬那で一体を抑えて、トドメは深山。もう一体は……、先生が一人で戦うことになった。先生の熱い希望が通ってしまったわけだな。
どれくらいやれるのかを確認したいのだとか。
「大丈夫です。問題ありませんから」
こっちに追い立てられようとしている二体のネズミに鋭い視線を送りながら、先生は言い切った。
「そちらこそ、やるべきことをしっかりやってください」
「はい!」
落ち着いた先生の言葉に、残り七人が声を合せて返事をする。こりゃあ無様は見せられないよな。
「先生は【鼓舞】要りますか?」
「そうですね。せっかくだからお願いしましょうか」
「はい!」
直前になって思いだしたように奉谷がバフを申し出て、先生は受け取るようだ。
ちびっ子奉谷が、相対的にかなり高い位置にある先生の肩にポンと手を乗せて、念じる。それだけで技能は発動するが、効果音もエフェクトもあるわけじゃない。わかりにくいことこの上ないな。
「ありがとうございます。これは、アガりますね」
「でしょー!」
鼻にしわを寄せた獣のような笑い方の先生と、にぱーっと笑う奉谷の対比がひどい。
「先生より先に終わらせるぞ」
対抗心というより先生の戦いをキチンと見届けたいんだろう、馬那が【身体強化】をフルに使ってネズミに飛びかかった。あわてて俺も抑えにまわる。
「じゃ、じゃあ、やるねっ」
「がんばれ深山っち!」
「うんっ」
俺と馬那、二人で取り押さえたネズミに向かって、深山が走ってくる。うしろに控える藤永が声援を送っていた。やっぱり甘ったるいなあ。
そのときだ──。
ズドンという轟音が響いて、俺は思わず視線をそっちに送ってしまった。馬那どころか、深山も立ち止まり、一班の全員が音の聞こえた方を見ている。騎士たちも。
ネズミを締めつけていた力を抜かなかっただけでも褒めてほしい。
「ああぁぁぁいっ!」
横から腰くらいまで振り上げられた先生の右脚が鞭のようにしなって、ネズミの前脚に打ち下ろされたんだろう。実はあまり見えていなかったけど、証拠とばかりにバキバキと音を立てて二本か三本、骨の折れた音がハッキリと聞こえた。
さっきの音は踏み込みか? そしてあの声というか奇声は先生が出したのか!?
「るあぁぁぁいぃぃっ!」
打ち下ろしのローキックをかまし終えた先生はそのまま体を沈み込ませて、ネズミのアゴに左アッパーを叩き込む。ゴキンと嫌な音が響き渡ってネズミの頭が空に浮き、その首元から腹までが丸見えになった。
先生が大きく左脚を踏み込む。右腰に肘を曲げた右腕がピタリと添えられて、それがまるで発射寸前のミサイルを想像させる。
「あぁぁぁいっ!」
重たいモノが落ちるような衝撃音が聞こえた時にはもう、先生の右拳はネズミの喉元にめり込んでいた。あそこは急所だ。
写真や動画でしか見たことがない、絵に描いたような右正拳突き。勢いよく拳が引き戻されたと同時に地べたに落ちたネズミはもう、ピクリとも動かなかった。
「……ふむ」
それを見つめる先生の瞳は、氷の炎が宿ったように冷たくて熱い。
「深山さん」
「は、はいっ!?」
「こっちは終わりました。そちらもそろそろ」
「あ……、はいっ!」
瞳の色とは違う、落ち着いて柔らかい先生の声で深山が再起動した。
先生がすごいのか、それとも魔力やシステムがすごいのか。たぶん両方なのだろうけど、俺にはどっちのウエイトが大きいのか判別できない。
「みなさん朗報です。魔獣は打撃でも倒せるようですよ。刃物を使えなくても、メイスでなんとかなりそうですね」
あれが空手家、
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