第59話 おおっと




 バガン、ドゴンと迷宮に物騒な音が響き渡る。


 今回は佩丘はきおかが盾役で、海藤かいとうがメイスで殴って、トドメは酒季さかき弟の夏樹なつきの番だ。

 うん、今のところは危なげなく回っている。


「階位と【身体強化】のお陰だな。力の乗りが全然違う」


「そんなもの?」


「ああ、今なら百六十だって投げられそうだ」


 いかにも元ピッチャーな例えだな。日本記録はいくつくらいだっけ。


 俺たち一年一組二班は、出発から一刻と半分(三時間)くらいで全員が三階位を達成した。

 佩丘と海藤は【身体強化】を取り、そして【疾弓士】のミアは【一点集中】を取得した。【体力向上】はいいのか?

 ちなみに【一点集中】は【集中力向上】の短時間効果アップバージョンで、これから弓使いになるミアにはまさにといった技能だ。メイスで殴りかかる時にも役にはたつだろうから損もないし。


 そんなミアと【剛擲士】の海藤だが、弓とかボールは持ち込んでいない。やはりまだ味方誤射が怖いので、しっかりと練習した次回以降に期待することになっている。

 なので二人は強力な物理アタッカーとして、メイスでドッカンドッカン頑張ってくれているわけだ。



「どうだ、慣れてきたか?」


「そうですね。しばらくは一度に二体くらいでお願いできますか」


「慎重だな。お前ららしい」


「どんなですか」


 護衛のジェブリーさんは豪快に笑っているけれど、俺たちとしては大真面目だ。

 二班には騎士系が佩丘しかいないので、二体同時となるとどうしても本職以外の誰かが盾役をやらなきゃいけなくなる。



「はい、治りましたよ」


「ありがとう。助かるよ」


「いえいえ」


【聖導師】の上杉うえすぎさんが俺の腕に載せた手をどけた。


 二班の構成は盾役の佩丘、アタッカーの海藤とミア、ヒーラーの上杉さん、術師の夏樹と綿原わたはらさん。最後によくわからない俺だ。

 メイン盾が一枚でバッファーもいないので、キチンとした形でネズミを抑えるのは一体が限界だ。俺を筆頭に技術と根性が足りていない。


 そういうわけで佩丘、海藤、ミア以外が順次、受け流しタンクの練習をやっている。ヒーラーにもしもがあったらヤバいので上杉さんは控えめに、綿原さんと夏樹がサブで、メインは【観察】持ちの俺だ。

 さっきからちょくちょく打撃をもらって、そのたびに上杉さんが治してくれている。

 四階位になったら俺、絶対に【痛覚軽減】を取るんだ。



「一体なら問題なしだけど」


「盾ならワタシがやってもいいですヨ?」


「いや、ミアと海藤は足を狙い続けてほしいかな」


「了解デス」


 謎の腕まくりポーズをしているミアのやる気は助かるが、遠慮なくメイスを振り回して【身体強化】を鍛えておいてほしいところだ。


 今やっている『足折り戦術』はこれからも続けることになっている。

 一層なら全部、二層でもほとんどの魔獣に通用するからだ。そして人間相手でも。



 護衛の騎士たちは、やろうと思えば剣でズバズバできるのだろうけど、俺たちはこの先も剣を持つつもりはない。人斬りには絶対にならないというのがクラスの総意だ。

 手足なら斬っても大丈夫? そんなわけがない。【聖術】が無い状態で動脈が切れたら普通に人は死ぬ、らしい。先生と田村たむらが熱弁していた。

 まあメイスでも当たりどころ次第らしいけど、危険性の差だ。


 だから俺たちは迷宮で鈍器を振り回し続けて、ひたすら慣れる道を選ぶことにした。



 ◇◇◇



「砂で敵を滑らせるの、意外と効果的よね」


「僕、【石術】で『ストーンキャノン』をいつかやるんだ」


「二人とも夢があっていいよな」


【鮫術師】の綿原さんと【石術師】の夏樹は盾のちょっと前方に砂や石を置くことで、魔獣の突撃を弱める戦法が取れる。綿原さんの場合は【砂鮫】だけど。

 もちろん俺にはできない。


 俺たちは今、安全が確保された部屋の壁際に座って休んでいるところだ。綿原さん、俺、夏樹、上杉さんの並びだな。俺の頭越しで術師自慢をされているのがけっこうツラい。


「なに言ってるのさ。八津やづくんは『見切り』があるでしょ」


「そうよ。ずるいわ」


 フレーズはカッコいいけど、見ながら避けているだけだぞ。神経を使うんだよ。

 二人が言うほどカッコいいものじゃない。なまじ見えているから逆に怖いってこともあるんだ。


 そんな俺たちのやり取りを、横に座った上杉さんはニコニコと眺めていた。



「そろそろ出発だって言ってマス!」


「うん、わかった」


 ミアが呼びにきてくれて、十分間の休憩もおしまいだ。

 座り込んでいた四人のうち、まっさきに夏樹が立ちあがって、俺もそれに続く。のこり二人も立ち上がろうとした。

 そのとき──。



 端にいた綿原さんが水路のへりに手をついて立ち上がろうとした瞬間、そこの石が少しだけ沈んだのが見えた。いまさらだけど、そこだけ微妙に色が違っていることにも気付いてしまった。


「っ、ミアっ!」


なぎ!!」


 俺が叫んだ相手はミア。コトに気付いたミアが慌てて手を伸ばした相手が綿原さんだった。


「え?」


「!?」


 綿原さんが口を開けて固まり、上杉さんも動けていない。

 そんな二人の足元にあった床石が斜めに傾いて、脇の水路から勢いよく水が流れ込む。



 訓練中に笹見ささみさんが怪我をした時と一緒だ。見えているのに手が届かない状況。


 ミアに向かって叫んだのは、この状況で一番助けられる可能性が高いと考えたからだ。

 水の勢いに飲まれて斜面を滑っていく綿原さんと上杉さん。走り出して手を伸ばすミア。

 ダメだ、間に合わない。フル稼働させた【観察】【集中力向上】が教えてくれている。ちくしょうめ!


 俺にできたのは脇を駆け抜けるミアと一緒になって手を伸ばそうとして、あげくバランスを崩したことくらいだった。


「みんなっ!?」


「来るなっ、夏樹ぃ!」


 水流に押し流されながら夏樹の顔だけが見えたけれど、それもすぐに暗闇に包まれて消えてしまった。



 ◇◇◇



「ごめんなさい」


 これまで見たことがないくらいに肩を落とした綿原さんが、沈痛な面持ちでみんなに謝る。


「いや、俺は見えていたはずなのに気付いてなかった。俺も悪い」


 そうなんだ。陰になっていたとはいえ、あそこだけ微妙に石の色が違っていたことをいまさら思い出せる。


「はいはい、『悪者探しはカッコ悪い』ですよ」


「すんだことはしかたないデス」


 両手を胸の前で合わせた上杉さんは一年一組標語集を持ち出して、ミアはミアで笑ってくれている。方向性は違うけど、二人ともいいヤツだ。



「『トラップ』で間違いないと思う」


「そうですね」


 落ち込む綿原さんを宥めながら状況を整理する。俺と上杉さんの意見は一致した。


『トラップ』。王国の言い方なら『迷宮罠』。

 迷宮に罠は付き物という日本的イメージはアラウド迷宮でも通用した。とはいっても即死的トラップは確認されていないらしい。ボルトや毒針、爆発などは無いし、テレポーターなんてもってのほかだ。

 今回引っかかったのは多分『シュート』の変形、たしか『滑落罠』とかだったかな。落とし穴的な罠だが、実態は強制的な隠し通路だ。しかも一方通行の。


 一層では滅多に『出現しない』と聞いていたのに、ソレに俺たちはもろに引っかかったわけだ。

 そう、迷宮では『いつの間にか新しい罠ができている』ことが確認されている。


「ちょっとしたウォータースライダーでしたネ」


 ミアが半笑いで例えてくれるがそのとおり、俺たちが落っこちた穴は斜めに長く続いていて、ご丁寧にも水流のオマケ付きだった。



「迷宮の罠は一度稼働したら二度目はないらしい」


 落とし穴や壁罠は石板がひっくり返って、そこで固定されて二度と動かない。言い換えれば罠が消えるということになる。

 今回の滑り台も、たぶん俺たちが落ちた後に穴は塞がれたのだと思う。


「つまり、同じルートで助けは来ない。いつかは来てくれるかもしれないけど、ここがどこだかわからない。俺たちも、一層に残ったみんなも」


 言いたくないけれど、言わなきゃならないことだ。

 綿原さんのどんより度が高まったけど、それはおいおい慰めるしかない。幸いここには上杉さんもいてくれる。頼っていいよな?



「小説とかで見かける展開だと、落ちるのって俺一人なんだよな」


「……八津くんが主人公なの?」


 お、うつむきがちだけど綿原さんがノってきてくれた。続けようか。


「そうそう。で、深い層でギリギリ生き残って強くなってさ」


 うん、ありがちだ。


「クラスとは離れ離れになるけど、なんとか地上に戻って現地で……」


「現地がどうかしたのかしら」


「……いや、なんでもないよ」


 危険が危なくて馬から落馬しそうだ。これ以上はマズい。



「八津くん、お仲間で前に話してたわよね。『現地ハーレム』がどうとか」


「そうだったかなあっ!?」


 俺じゃない。古韮ふるにら野来のきあたりだ。絶対に俺じゃない、はず。ちょっとだけ言ったかも。


「八津くんもノリノリだったわ」


「違うんじゃないかなっ!?」


「凪の目に光が戻ってきてマス。広志こうしもなかなかやり手デス!」


 ミア、そうじゃない。そうじゃないんだ。今は壮大な誤解を解く段階であって。



「……ふぅ、落ち着いたわ。改めてみんな、ごめんなさい」


 妙にスッキリ感を出した綿原さんが、軽く頭を下げた。

 表情はまだちょっと硬いけど、立ち直れたのか? 今のやり取りで?


「仕方ありませんよ。座る位置が逆ならわたしが押していたでしょうから」


「そしてワタシは何度でも飛び込みマス」


 上杉さんとミアは、それぞれいつもどおりの応対だ。性格出るよな。


「そうだな。今は四人でどうするかを決めるのが先だ」


「そうね」


 うん。薄くだけど綿原さんが笑ってくれた。そうこなくちゃ調子が出ない。


「それに広志、今でも十分ハーレムパーティデス!」


 それはもう勘弁してくれよ。ミアは意味をわかって言ってるのか?

 上杉さんと綿原さんも一緒になって笑うのを止めよう。



 この世界の迷宮には宝箱が無い。金貨も、強力な装備もドロップしない。

 なのにトラップだけはしっかりある。話がおかしいだろ。


 罠にかかったのは【鮫術師】の綿原凪わたはらなぎ、【聖導師】の上杉美野里うえすぎみのり、【疾弓士】の加朱奈ミアカッシュナー・ミア、そして【観察者】の八津広志やづこうし


 俺たちはこの四人で生還を目指すことになる。


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