第60話 丸太がやってきた




「ところでココはどこなんデス?」


 ごく自然に最初に考えるべきことをミアが指摘した。


 たしかにそのとおり。俺たち四人はここから自力で地上に戻るか、騎士やクラスメイトたちと落ち合うかを判定しなきゃならない状況だ。そのために最初に確認すべきことは。


「ここは二層、だと思います」


「わかるの? 上杉さん」


「一層と石の色が違っていて、柱や梁の様式も微妙に」


「へえ、すごいな」


 上杉うえすぎさんが思わぬところを指摘してきて、なるほどと唸ってしまった。そういう視点で考えているのか。見えているだけの俺とは大違いだ。


 アラウド迷宮は部屋と部屋が繋がる構造でできている。誰が造ったか、どうやってできたかは不明だが、そういう造りになっているのだから仕方がない。

 各所に小さな段差や数段の階段もあったりして、ひとつの層がべったりした平面というわけではなくてややこしいのが迷宮だ。


 ならば一層と二層を隔てるものはなにかといえば、ひとつは長い階段。長さについては曖昧だが、明らかに違うからわかる、らしい。俺たちは一層の初心者区画しか歩いていないので、まだ二層への階段を見たことがないからな。


 もうひとつは上杉さんが言ったように、層によって迷宮を形作る材質と部屋の様式が微妙に違っているという判断方法だ。大前提として迷宮は破壊不能オブジェクトなので、材質というより表面のザラ付き具合とか色が違っているという意味になる。

 上杉さんはそれを見て、ここは一層ではないと判断したわけだ。


 なるほど言われてみれば、一層とは壁の色が少し違う。茶色がかっているような。柱や梁の間隔もたしかに。これに【観察】無しで気付くのか。いや、二層の可能性を考慮したから気付けたわけだ。



「二層じゃなくて三層とかだったら……」


 綿原さんは不安そうで、そして気まずそうに可能性を提示した。


「資料では『滑落罠』のほとんどは一層単位でしたし、そもそも一層に『滑落罠』が現われるのは極めて稀だとされています」


 上杉さんはそちら方面、つまり迷宮そのものを担当していたな。その知識は今の俺たちにとって、とても貴重なものだ。地獄で光明みたいな価値がある。


「自信を持って言えることではありませんが、絵で観た二層に似ているとは思います」


「そう。ありがとう」


「いえいえ」


 ほんの少しだけ安堵したように綿原さんが笑えば、上杉さんも微笑み返す。

 責任を感じているのはわかるけれど、今はそういう状況ではないし、個人的にも綿原さんには元気になってもらいたいところだ。上杉さんの存在がありがたすぎる。



「で、班長、どうしマス?」


「俺が班長続けるのか?」


「当たり前デス」


「えっと、上杉さんと綿原さんは?」


 ミアに指名されて困った俺は残った二人に話を振った。そして無言で頷かれた。

 そうか、俺か。責任が重たすぎる。



「じゃ、じゃあまずは位置確認というか、どこにいるのかを確かめるところから、かな?」


「いいと思うわ」


 綿原さんが同意してくれて助かる。ミアと上杉さんも異論はなし、と。


 幸いというかなんというか、この部屋は三十メートル四方くらいで、俺たちのいる反対側の壁にひとつだけ扉がある構造だ。扉はただのアーチ状の空洞で、誰でも出入り自由な状態になっている。

 つまり魔獣が現われるとしたらあそこからだけ。逃げ場がないともいえるが、話し合うなら今の内か。


 ヒップバッグから二層の地図を取り出して、似たような部屋がどれくらいあるか、確認してみた。


「これくらいの大きさで扉がひとつ……。百以上はあるな」


「早いわね。【観察】と【集中力向上】?」


「ああ」


 横から覗き込んできた綿原さんが感心しているけれど、これは完全に俺の役割だ。役に立てそうでちょっと嬉しい。

 ちなみに迷宮に入る前、一層から五層までのマップは全員が預かっている。四層と五層はスカスカだけど、一層から三層はほぼ網羅されているらしい。



「迷宮が成長していなければ、か」


「罠はいきなり生まれるし、魔獣がどうやって現れるのかもわかっていない。その上、部屋が増える。迷宮ってなんなのかしらね」


 お、綿原さんの調子が戻ってきたかな。いつもの口調になってきている気がする。


「とりあえず何部屋か確認したら絞り込めると思う。それから最寄りの階段を目指すかどうかを考えるってことでいいかな?」


「異議なしデス!」


「そうね。まずは居場所の確認から」


「賛成します」


 全員の意見が一致したところで移動開始と思ったときだ。

 ひとつしかない扉の向こうから、がさがさという地下には不似合いな音が聞こえてきた。



 ◇◇◇



「これは、想像より酷いわね」


「かなりキモいデス」


「ああ。『樹木種』って聞いてトレントみたいな気でいたけど、これは酷すぎる」


 扉から姿を見せたソイツを見て、綿原さんとミアが感想を述べた。上杉さんは顔をしかめて黙っている。


 初見での印象は『丸太』もしくは『倒木』だ。

 横倒しになった木が歩いている、というより枝が足のように蠢いて、移動している。下側に無数の枝があって、それがわさわさと。なぜか背中側の枝は均等な一列になっていて、そちらには葉っぱが付いていた。

 こっちに向いている正面はきれいに切断された形状で尖っていないのが幸いだが、なんと年輪らしきものまで見えてしまう。意味不明だ。


「資料では知っていたけど、これはまたすごいわね」


「実物だと迫力が違うな。馬那まなだったかが『自走破城槌』とか言ってたっけ」


「すごくどうでもいいわ」


 綿原さんとの会話がノッてきた。

 非常事態に落ち込む暇もなくなったかな。それはそれでいい傾向だ。こんな状況で沈まれていたらたまらない。



「あ、こっちを見まシタ」


「目が合いました。イヤですね」


 丸太の先端部分を囲むようにくっ付いていた三つの目が、明らかにこちらを向いた。つぶらな瞳が嫌悪感を増幅させてくれる。


【多脚樹木種】と呼ばれるソイツは建築材として良し、植物紙にも向いているという王国の大事な資源でもある。が、そんなことはどうでもいい。何種類かいるらしいが、今回のは『一節』タイプ。

 ソイツが扉を潜り抜けたことでハッキリした。


 長さが五メートルくらいの丸太の真ん中あたりが、そこだけ『肉でできた関節』になっていた。上から見れば鎖の短いヌンチャクだろうか。そして、そここそが樹木種の弱点だ。

 繰り返そう、こんなのはトレントではない。



「上杉さん、自分を守りながら退避。綿原さんは目を狙って【砂鮫】」


「わかりました」


「……了解よ」


 綿原さんの返事に微妙な間があったな。まだ気落ちしているのか。


「俺が逸らす。そこに──」


「アタシの出番デス!」


「そうだミア。攻撃は全部任せる」


「任されまシタ!!」


 ぴょんぴょんとその場でステップしながらミアはもう、メイスを構え終えていた。

 さすがは野生のエルフ。攻めっけばかりで精神的揺らぎを感じさせないあたりが最高に素敵だぞ。



 ウチは今四人パーティで、各人の役割り分担もはっきりしている。


 ミアが不動の物理アタッカー。あの丸太に対してまともにダメージを入れられそうなのは彼女だけだ。

 そしてヒーラーは上杉さん。この世界の【聖術】は触らないとまともに効かないから、もしかしたら走ってもらうことになるかもしれない。そうでなくても避け続けなければいけないのは確実だ。

 綿原さんはデバッファーならぬ阻害担当だな。敵の目は前後に三つずつ。こっちを向いている三つのどれかに砂をかければ、かなりキクんじゃないかな。


 俺は……、俺はやりたくないけど、うしろの方で指示を出していたいところだけど……。


 このパーティで決定的に欠けている要素、それは盾役だ。

 佩丘はきおかめ、なんで一緒に落ちてこなかった。アイツがいたらハーレムじゃなくなるとかそういうのはどうでもいい。切実に今、お前が必要とされているのに。


 だから俺がやるしかない。


「俺が『捌き盾』をやる。綿原さんは悪いけど避けまくってくれ! 【一点集中】!【痛覚軽減】! 取ったぞ!」


 返事も聞かずに心を込めて【一点集中】と【痛覚軽減】を取得した。『内魔力』の残量が心配になるやり方だけど、あとのことはあとで考えるしかない。


 取った技能を叫んだのは、みんなに俺が何を考えているか伝えるためだ。

 これもクラスの約束ごと。イレギュラーなタイミングでの技能取得はその場で情報共有すべし。ホント、隠し事ができないクラスだ。俺の弱きがバレバレになるじゃないか。



【一点集中】はまだいい。【集中力向上】と被せて、一瞬を見切るために使えるはず。さっきミアが取ったばかりで大体のコストは見えているし、効果もほぼわかっている。

 残念だけど【思考強化】はたぶんコストが重い上に、慌ただしい状況で役に立つか不明だから、ここでは取れない。


 問題なのは【痛覚軽減】の方だ。情けない話だけど、痛いものは痛い。


『訓練なしで痛みをこらえて動ける人は、そうそういません』


 マンガみたいにカッコよく、痛みに耐えながら立ち上がるなんてことができるのは、創作だからだと先生は言った。人体の稼働とは無関係でも、たとえば頬っぺたに穴が空けば、大抵の人間は動けなくなるらしい。そんな経験したくもないけど。

 格闘家がすごいのは、トレーニングで痛みに慣れているところだ。そして俺はバリ文系の学生。

 そういうことで、恥も外聞も必要ない。遠慮なく憂いは除かせてもらうとしよう、そうしよう。



「わたしは【魔術強化】を」


「了解!」


 綿原さんも技能を取りにいった。お互い出し惜しみなしだな。


【魔術強化】は魔術系に関する技能をダイレクトにパワーアップする技能だ。

 この間やった魔術とはなんぞや論争になりかねないから深くは追及しないけれど、なぜか『魔術』と認知されている技能にだけ効果を発揮する。

 消費魔力は上がるけど、効果範囲や術そのものが強化される。【身体強化】の魔術バージョンだな。魔術師系の神授職を持つ人は、コレを取ってないと話にならないといわれるくらい、定番中の定番だ。


「【砂鮫】をレベルアップさせるわ」


「ははっ、やっぱり物理最強だ」


 ちょっとだけもにょっとしたいつもの笑い方をした綿原さんに、冗談めかして笑い返す。【空気鮫】を強化してもな。

 だけど良いぞ。調子が出てきた。彼女がノれば、なぜか俺も楽しくなれる。



「わたしは様子見ですね。状況次第で【魔術強化】あたりにしましょう」


 対する上杉さんは落ち着いたものだ。

 二層目からは毒持ちの魔獣が出ることもあるらしい。目の前に迫る【多脚樹】は違うはずだけど、今後のコトまで考えているわけだ。たぶん怪我の具合で【解毒】や【造血】まで想定しているだろう。



「じゃあアタシもいきマス!」


「ミアも取るの?」


 思わずといった感じで綿原さんがツッコんだ。

 ミアはさっき【一点集中】取ったばかりだろ。


「出し惜しみ無しで、ギリギリを攻めマス! 見ててください、ワタシのパワーアップを!」


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