第190話 動きが早い




「昨日はごめんなさい。わたし【視野拡大】を取ることにした」


 朝のミーティングで深山みやまさんはペコンと頭を下げてそう言った。


「【剛剣】じゃなくっすか?」


「うん。三層で【剛剣】はちょっとって」


 間の抜けた感じでチャラい藤永藤永が聞けば、深山さんは薄く微笑みながら返事をする。


【剛剣】はあくまで『武器を硬くする』技能だ。【鋭刃】で『武器を鋭くする』のと違い、上質な短剣を装備している一年一組からすれば、三層での効果はそれほど大きくないだろう。昨日の深山さんはたぶん【鋭刃】と言い出せなくて【剛剣】を持ち出してしまったんだろうな。

 俺などは技能取得の可能性で盛り上がる方向に行ったが、深山さん自身はあのあとで誰かに諭されたのかもしれない。


 技能については一度取ると宣言した内容を撤回するのは珍しい。人によってはプライドが邪魔をすることもあるだろう。なのに深山さんはみんなと話し合って変更を受け入れている。表情にも陰りがないし、むしろスッキリして見えるくらいだ。そういうところを立派だなと思ってしまう。俺もこうあらねば。



 そんな紆余曲折があったとしても、深山さんのもたらした情報は大きい。

 後衛職が武器強化に相当する技能を発現させたのだ。これを大発見と言わずしてなんとしよう。たとえ対人での封印を決意したとしてもイザということはあるし、魔獣相手に遠慮は要らない。トドメに限定されはするものの【剛剣】と、とくに【鋭刃】を後衛職が手に入れることができれば、階位上げが格段に進むのは間違いないのだ。


 こうやって大仰に考えてしまうのは、俺にも【鋭刃】が生える可能性が出てきたからだ。

 三層の魔獣は硬い。【身体強化】を持たない後衛が階位を上げる最大の壁がそこにある。なるほど王国の術師たちが七階位どまりな理由もわかるというものだ。

 三層の魔獣を適度に弱らせ、その上で後衛がトドメを刺せる態勢づくりがどれだけ大変か。


 後衛職の種類にもよるが、七階位あたりでアウローニヤとして『いっぱし』の術師は完成してしまう。

 すなわち【水術】や【熱術】のようなメイン技能がひとつかふたつ、そこに【魔術強化】、あとは術師の種類に合わせて【魔術拡大】【多術化】。このあたりが揃えばいい。

 そこからは魔術を使い込んで熟練を上げる。そうすれば威力も上がるし、魔力の消費コストも下がるだろう。時間さえかければ職人芸的な術師の誕生だ。

 それこそがアーケラさんやベスティさんだな。


 三層で後衛職をレベリングする難しさと術師としての完成形が合わさって、七階位というひとつの境界ができてしまっているのがこの国の現状というわけだ。



 一年一組は『勇者チート』という魔力量のお陰で余計な技能が取れているので、魔術そのもので勝てなくても、それ以外の部分で対応することはできるだろう。ここからの後衛は王国的には強者と呼ばれる領域への挑戦になる。


 もちろん俺たちは七階位で終わるつもりなど、欠片もない。


「できればそう、奉谷ほうたに上杉うえすぎあたりに出れば、確定的って言えるんだろうけど」


 そう古韮ふるにらが言うように、武器と全く関係なさそうな【奮術師】の奉谷さんや【聖導師】の上杉さんあたりに【剛剣】や【鋭刃】が出れば、一定の出現条件として想定できるかもしれない。


「そこは俺も入れてくれよ」


八津やづはなあ。なんか【観察者】って特殊くさくないか?」


 もし最初に頃にこんなことを言われていれば、ものすごく落ち込んでいただろう。けれど今なら冗談めかして話題にすることもできている。古韮め。


 なぜこんな会話になっているのかといえば、【氷術師】の深山さんに出たのだから確定でいいじゃないか、とはならなかったからだ。


『【氷術師】に【鋭刃】って似合うよね』


 昨夜の男子部屋でそんなことを言ったのはゲーム好きの夏樹なつきだった。


 どうしてそういうことに気付いてしまうかな。たしかに深山さんは【氷術師】。つまり『アイスブレード』って常道だろうと。ならば【鋭刃】もさもありなん、と。

 とても嬉しくない話ではるが、彼女に【剛剣】と【鋭刃】が生えたのは、俺たちの妄想する【氷術師】としてはある意味必然ではないかという意見だ。もしかして神授職的に出るべきものが出たのでは。


 色素の薄い深山さんが両手に氷の刀を持ち、赤い目を光らせて敵を屠る姿。当然赤い目の輝きは不規則な残像の軌跡を残すわけで、この絵面はアリ寄りのアリすぎる。むしろ見たい。俺もやりたい。

 できるかどうかはわからないが、氷に【鋭刃】をかけてそれを飛ばしてみたり。吹雪に見せかけて、実は鋭い刃の渦だったり。夢が止まらない。ロマンの塊だな【氷術師】。



 さておき。

 具体的な技能名でなく、想い。そういう路線で新技能出現というパターンはこれまでもあった。なまじ今回の場合は事前に具体的な技能の名前を知っていたというのが裏目っていたのかもしれない。

 深山さんの純粋な……、どちらかというと切迫した心が呼びだしたとすれば、これは美談なのかそれとも。あの時の死んだ目をした彼女を思い出すと、どうにも微妙なところだな。


 こんな感じで深山さんにまつわる騒動は、円満な方向で終わった。



 ◇◇◇



「王都軍団長ゲイヘン閣下からは賞賛の言葉が届いています」


 いつもどおりの落ち着いた表情で、アヴェステラさんが報告してくれている。表情からするに、そう悪い話ということではなさそうだ。


 アウローニヤ側の人たちも合せた朝のミーティングに出てきた最初の話題は、昨日一昨日に一年一組がやらかした行動について、各方面からの反応だ。


「ただし予定外の行動はできれば最小限にしてもらいたい、とも」


 王都軍団長からはお褒めの言葉と少しのお小言が届けられた。

 さすがに結果が良ければすべてが許されるというわけでもない。そのあたりは俺たちにも自覚はあるし、褒めてもらえた部分が大きいので、それだけでも一安心だ。



「さらには第一王子殿下からも労いのお言葉をいただいております。『よくぞ成してくれた。今後の活躍に期待する』」


「以後も励みたい、とお伝えください」


 すごく高い場所から言われている気がするが、もはやどうでもいい。

 これまた律儀に返す藍城あいしろ委員長も大したものだと思う。どこまでも尊大な王子様のお言葉に顔をしかめている連中が何人かいるけれど、俺などはもう慣れてしまったよ。むしろ逆転して面白さすら感じているくらいに。


「王子殿下のお墨付きだけでも十分ですから」


「アイシロさんなら言ってくださると思っていました」


 そして通じ合う委員長とアヴェステラさん。悪い人たちだなあ。



「近衛騎士総長からは、良くやった、だそうだよ」


 なにかこう、とても微妙な表情でそう言ってくれたのはヒルロッドさんだった。

 ものすごく『翻訳』したんだろう。元々がどんな文面だったのかが気になるくらいだ。もちろん俺たちはいまさら近衛騎士総長に何の期待もしていないわけで、なにを言われたところで、ではある。


「それとだね。キャルから苦情だ」


 そしてシシルノさんだ。どうしてシシルノさんがキャルシヤ第四近衛騎士団長の苦情を持ってくるのだろう。指揮系統がおかしくないだろうか。友人なのはわかっているのだけど。


「せっかく三層で待っていたのに、どうして来なかったのか、だそうだよ」


「そんなの聞いてませんでした」


「だねえ」


 友達の待ち合わせみたいなコトを伝達するシシルノさんに綿原わたはらさんが噛みつく。それもそうだとシシルノさんは肩をすくめるが、俺たちはそんな予定を聞いていない。


「彼女としては、君たちとの再会を演出したかったようだね」


「つまりキャルシヤさんはわたしたちの予定を知っていて、ワザと待ち伏せしていたんですか」


「そういう人物なんだよ」


 呆れた声になってしまう綿原さんだが、俺も同感だ。そんな人が近衛の団長のひとりでいいのだろうか。ましてや数少ない実働部隊の片方なのに。

 それでもアヴェステラさんとシシルノさんの友人であると聞いただけでポジティブに捉えてしまうし、実際に会って話したこともあるわけで、悪い人ではないと思っている。

 イタズラ好きの偉い人か。そういう人に出会ったことがないので、どういう対応をすればよいのかよくわからないのが正直なところかな。



「総じてみなさんの行動は問題視されたわけではないということです」


「ありがとうございます」


 まとめてくれたアヴェステラさんに、委員長をはじめ、全員でお礼をする。

 独断行動の件はこれで決着かな。


「これを機会に軍団長は少しでも多くの鉄を確保する腹積もりのようですね。人員を投入する計画を練るとのことです」


「そんなことして大丈夫なんですか?」


 王都軍が予定を変更するようなことをほのめかすアヴェステラさんに、綿原さんが眉をひそめる。

 それで失敗したら勇者のせい、ということにならないといいのだけれど。フラグ感がバリバリだな。


「そこをなんとかするのが軍のお仕事だよ。勇者の諸君にも期待している、だそうだ」


 結局最後はシシルノさんがまとめてしまった。軍団長と直接話をしたのはシシルノさんだろうからわからないでもないけれど、せっかくアヴェステラさんがまとめてくれているのに。



「そこで申し訳ないのだが、今日の午前中は報告書に専念してもらえるかな。もちろんわたしたちも手伝わせてもらうよ」


「それは構いませんけど」


 シシルノさん自身から手伝いたいとまできたか。

 迷宮の報告書となれば綿原さんの出番でもある。仕上げはもっぱらクラスの書記たる白石しらいしさんがメインになるが、取り纏めや進行は綿原さんが出張るケースが多いのだ。


「今回の場合、倒した魔獣の種類と総数、踏破した部屋、それぞれの魔力量に注力してほしいんだよ」


「戦闘の内容より結果、ですね」


「さすがはワタハラくんだ、話が早い」


 綿原さんが褒められると、俺の心の中の鼻が高くなる。

 軍団長は今回の報告書を使って鉄の部屋にあてがう人員を決めるつもりなのだろう。シシルノさんの要求はそういうことだ。戦闘詳細とかは後回しで構わないので、とにかくどこでどれだけの魔獣を倒したかを知りたがっているのだ。


 今回の状況はすぐに覆される。結果が薄まるといった方が正確かもしれないが、空白になった部屋も時間が経てば魔獣が溜まってしまうはずだ。俺たちがいくら魔獣を削ったところで迷宮の魔力増加が続いている限り、数が補充されてしまうのは間違いないのだから。


 そもそも今の体制のままで、この国はアラウド迷宮に対応できるのか?

 俺たちが口出しすることでもないかもしれないが、どうにもそれが不安に感じられる。


「魔力量についてはシシルノさんが一番詳しいでしょうから任せます。倒した数と種類は鳴子めいこが、魔獣の出現した方角は八津くんでいいかしら」


 ポンポンと綿原さんが指示を出していく。もちろん奉谷ほうたにさんと俺の二人に丸投げという意味ではない。


「いいよ! 野来のきくん、あおいちゃん、手伝ってね」


「わかった」


「うん」


 さっそく奉谷さんが助手を指名する。委員長方式とでもいうか、誰かがなにかの担当者になった途端、助手の取り合いみたいなことが始まるのが一年一組だ。たぶん以前からそういう空気が当たり前になっていて、俺としてはそういうノリについていくのに四苦八苦している。


 奉谷さんが指名した白石さんと野来は事務に強い。魔獣のカウントは奉谷さんと白石さんでしていただろうし、野来がまとめ係かな。


 俺も負けてはいられない。


「じゃあ俺の方は草間くさまとミアで」


「いいよ」


「らじゃデス」


 俺は俺で索敵力の高い二人を任命だ。それでも足りなければ補充すればいい。書記として夏樹あたりにでも声をかけようか。


 こういう時にフットワークが軽いのが一年一組のウリだ。誰かが誰かを頼りにして、必要に応じて連鎖していくのが見ていて心地いい。そこには謎の爽快感がある。



「あの、申し訳ありません。お伝えしたいことがもう少し」


「あ、ごめんなさい」


 突っ走りかけた一年一組をアヴェステラさんが押しとどめた。どうやらまだ話が残っていたらしい。これには綿原さんもバツが悪そうに謝った。シシルノさんも俺たちサイドで苦笑いだな。


「いえ、いいんです。この国のために即行動してくださるみなさんには感謝しかありません」


 柔らかく微笑むアヴェステラさんだが、そこから一転、身に纏う空気を硬くした。

 これは真面目モードだ。いったいどんな話が出てくるのか。



「ではお伝えしますね。新騎士団の発足式典の日取りが決まりました」


「昨日の今日で!?」


 とんでもないセリフに委員長の叫び声が裏返った。クラスメイトたちもざわめいている。

 俺も綿原さんと顔を見合わせてしまった。大きく口を開けている綿原さんが可愛いが、俺も似たような顔をしているだろう。俺の方は可愛くはないだろうけれど。


 なにしろ俺たちが騎士団設立の条件になる『全員が七階位』を達成したのは昨日だ。報告されたのは夕方遅く。

 こんな大事おおごとは直轄になる両殿下……、第三王女の許可が無ければ通るわけがない。それなのに、なぜアヴェステラさんは朝も早くからこんなことを言えてしまうのか。王女様が徹夜をして決めた? まさかな。


「……事前に決め打ちしていた」


「ふた通りの日程を想定しただけですよ」


 委員長の勘繰りに、アヴェステラさんが解説を入れる。


 なるほどつまり、昨日の内に俺たち全員が七階位になったパターンと、次回で達成のパターンということか。それなら丸三日は日程を決めるだけの時間があったということになる。それでも拙速な気がするけれど。


 これまで俺たちがやってきたことなら報告として上がっているだろうし、最悪でも次回で全員七階位はやってのけただろう。ウチのクラスなら意地でもやる。王女様はそういう俺たちの気概まで見据えていたんだろうな。


「それはわかりました。じゃあ具体的には」


 気を取り直した委員長が式典とやらの日程を訊ねた。



「六日後の午前を予定しています」


「早すぎじゃね!?」


 ツッコミ競争に勝利したのは古韮のようだ。俺に至っては声も出ない。


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