第189話 鋭い刃:【氷術師】深山雪乃




深山みやまっち!? なんでそんなの」


 藤永ふじながクンが叫び声を上げた。声が裏返っている。

 それも仕方ないか。【剛剣】って前の方で戦う人たち、前衛職に出る技能らしいから。


 ソレが頭の中にあることに気付いたのはついさっき。

 みんなでお風呂に入って人心地ついて、落ち着きが戻ってきたかなというところでだった。


「……【剛剣】を取る理由、あるのかしら」


「うん、いちおうだけどね」


 みんなが静かになってしまってから少し間をおいて、代表をするように聞いてくれたのはなぎちゃん。わたしとはそれなりに話す方だし迷宮委員ってこともあるのかな。

 青いフレームのメガネの向こうにある鋭い目がキランと光った気もするけれど、見た目は相変わらずクールな美人だと思う。

 横で驚いたまま止まっている八津やづクンと見比べると、ちょっと面白いかも。



「取る理由も聞きたいけど、それより何で出たのかじゃないか?」


 古韮ふるにらクンがそんなことを言えば、周りもたしかにと頷いている。わたしも良く分かっていないのだけど……。でもたぶん、想像はできるかな。


「そりゃ、さっきのアレだろ。けど、俺には出てないぞ」


 頬を膨らませて不貞腐れたような言い方をするのは、ちょっとぽっちゃりしている田村たむらクン。横ではわたしと最後まで一緒になって短剣を振るっていた小柄な夏樹なつきクンが頷いている。

 アレというのは迷宮の鉄の部屋でわたしと【聖盾師】の田村クン、【石術師】の夏樹クン、それと【聖導師】の美野里みのりちゃんでウサギを刺し続けていたことに決まっている。


 そっか、夏樹クンには出ていないんだ。


「そもそもさ、全員が七階位なんだから、同じだけの魔獣を倒したんだろ? なのになんで深山にだけなんだ?」


「……システム的にはどうなんだろう」


 古韮クンが不思議そうに首を傾げれば、やっと我に返ったみたいに八津クンが意味がよくわからないことを言いだした。



「短剣で刺した数……、いや、それでも」


「僕もたくさん刺したんだけど」


「そういや最近の前衛組ってあんまり短剣使ってないな。ミアとひきくらいか──」


 男子たちがワイワイやっているのは、どうしてわたしにだけ【剛剣】が出たのか、その理由が知りたいからみたいだ。

 ウチのクラスではなにか思いがけないことがあるたびに、こうやってみんなが話し合う。言いたいことを言い合って、ときどき喧嘩っぽくなることもあるけれど。


【剛剣】が出なかった夏樹クンが落ち込んでいるみたいで、ちょっと可愛い。

 もちろん藤永クンの方が可愛いのは間違いない。


「あ、あのね。わたしぶきっちょだから、トドメを刺しきれなくって、何回も」


 わたしもわたしで思ったことは言う。それがみんなと一緒に頑張るってことだから。

 なのにみんなはわたしのコトを憐れむみたいな目で見てきた。やめてよ。


「あー、えっと、つまり」


 すごく言いづらそうに言葉をつなぐ古韮クン。自分でもわかってる。短剣の扱い方がヘタくそだってことくらい。


「回数の問題、なのかなあ」


 それでも腑に落ちていないみたい。



 ああもう、バレるかもしれないし、どのみち言わなきゃならないことだから。……言いたくないな。


「それとね、お願いしたかも」


「……なにを?」


 わたしの目を見ながら、ちょっと怯えたような顔になった古韮クンが聞き返してきた。


「うまく刺さるように、できたら一回で終わりにできるように、短剣にね、硬くなれって」


 言ってしまった。


 異世界に来たからって、ここが信じられないような世界だったとしたって、相手が魔獣だからって、殺すために願うなんて。



 わたしにはそうなることがある。怖くて怖くて手を出すのもイヤなのに、どこかでプツンとそれがなくなることが。そういうのをキレる、なんていうのかもしれない。

 山士幌にいた頃にはこんなことはほとんどなかった。小学生の時に顔にへばりついたセミにビックリして、気が付いたら足で踏んづけてたなんてこともあったけど、それとは違うような気もするし。

 だけどこっちに呼ばれて、迷宮に入るようになってからは何回も。


 もしかしたらそっちが本当のわたしじゃないかと思って、怯え混じりでみんなに聞いてみれば、多かれ少なかれ一緒だと言われてホッとした。

 ただそれが技能にまでなって表れてしまうと、やっぱり自分が怖くなる。


 わたしは【氷術師】だから【剛剣】なんて出るわけがないのに。それと──。



「ねえ雪乃ゆきのちゃん」


 そこに口を挟んできたのはキリっとした目がカッコイイ、副委員長のりんちゃんだった。


「……増えた技能って【剛剣】だけなの?」


 やっぱりバレた。肩をビクっと震わせてしまって、そんなことをしたら誰だって気付かれてしまう。

 凛ちゃんはちょっと悲しそうな顔で、わたしの言葉を促した。


「それと【鋭刃】も、出た」



 そもそも【剛剣】という技能は『武器』を硬くするらしい。みんなの話だと武器に魔力を流してるんじゃないかって。そして【鋭刃】は武器の切れ味を上げる。こっちも魔力が関係しているみたい。

 この世界はなんでも魔力だ。


 そして【鋭刃】は出ていても、取るのを止めておこうとみんなで決めてある技能だ。危ないからって。

 わたしたちは人を傷つけたり……、あり得ないけど殺したくなんかないから。できるわけがないし、想像もしたくない。


 なのに古韮クンや八津クンたちはこういう世界だからこそ危ない、人間にこそ気を付けないといけないって言う。人を傷つけなければいけない時に備えなければ、だからこそ殺してしまわないように気を配らないとダメなんだって。

 わたしにはそれが今もよくわからない。現実感がなさすぎて。



 だからかもしれないな。わたしが短剣に硬くなれと願ったのは嘘じゃない。だけどそれ以上に『鋭く』なれって、お願いした。ヘタクソなわたしでも一回で相手が動かなくなるくらいに。

 考えもなしで、単純にお願いしていたような気がする。


「願う……、ね。わたしと一緒」


「凪ちゃん?」


 みんなに引かれたくないから言いたくなかったのに、なぜか凪ちゃんは微笑んでいた。


「わたしもいっつもね、サメをどうしたら強くできるかって、そればっかり願ってるのよ」


 それは、ちょっと落ち込んでいたわたしがバカみたいに思えるような言葉だった。

 凪ちゃん、あなたはどこまで。


「今日もね【鉄術】出ないかな、【岩術】出ないかな、いっそのこと【肉術】でもいいかなって思ってたの」


「ちょっと綿原さん、【肉術】は聞いてないんだけど」


 物騒な単語を並べる凪ちゃんに、大慌てで八津クンがツッコミを入れる。


「前に言ったコトあったと思うけど?」


「そうだっけ?」


「そうよ。忘れられていたら悲しいわね」


「ええ、そういうコト言うの!?」


 毒気が抜けちゃうな。



「そ、それよりさ、深山さん」


「え? なにかな」


 みんなに見られながらワタワタしていた八津クンが、無理やり気を取り直すみたいにして話を振ってきた。


「【鋭刃】【剛剣】。いいじゃないか」


「八津くん?」


 取らないはずの【鋭刃】を持ち出した八津クンに、こんどは綿原さんが訝しげにする。


「取る取らないじゃない。出現条件だよ。……そうか、ヒルロッドさんが言ってたな。俺たちの使ってる短剣、魔力を通しやすい素材だって」


「なるほど!」


 よくわからない八津クンの話に古韮クンが合いの手を入れた。出現条件?


「昔話でもあったよな。胡散臭い【熱剣士】の話」


 熱が入った時の八津クンは早口になる。ついでにそれを見る凪ちゃんの目が優しくなるのも知っているんだよね。【熱剣士】の話ってなんだったっけ。


「アウローニヤの後衛職なんて、そこまで気合入れて短剣を刺したりなんてしないだろ。これはもしかするぞ」


「後衛職に【剛剣】と【鋭刃】を生やせるかもってか」


「そうだ古韮。そうなればもっと楽に──」


「深山っち」


 勝手に盛り上がる八津クンと古韮クンの会話を遮るようにわたしの名前を呼んだのは、藤永クンだった。



「……深山っちは、ほんとは、【鋭刃】を取りたいっすか?」


「え?」


 いつになく真面目な顔でそう言った藤永クンに、思わず声を上げたのは八津クンだった。

 藤永クンの顔つきを見た瞬間にわかってしまっていたわたしは、黙ったまま。


 そうなんだ。わたしが本当に取りたいのは【鋭刃】なのかもしれない。


「でも……、今はダメだと思う」


「深山っち……」


 大丈夫だよ、藤永クン。わたしはわたしをわきまえているから。


 いつの間にか静かな空気に戻ってしまったみんなを見渡して、最後に滝沢たきざわ先生と視線を合わせた。ホントにずっと何も言わないで見守ってくれていた先生。



「深山さん」


「はい」


「これはみなさんにもです。しっかりとした覚悟ができた時に【鋭刃】を取ることを、わたしは止めたりしません」


 優しい声色で先生はわたしたちの自主性を認めてくれた。


「ただしこの場合の覚悟とは、人を傷つける覚悟ではありません」


 そしてすぐに鋭い目つきに切り替わる。こういう雰囲気の変え方、先生のクセだなってなんとなく思うけれど、今は大事なお話の途中だ。ちゃんと聞かないと。


「自分の心を律する覚悟です。わたしも含めてそれを自覚できた時、それからもう一度考えてみましょう」


「はい!」


 みんなの揃った声が談話室に鳴り響いた。



 ◇◇◇



 最近の女子部屋では『八津ネタ』という話題で盛り上がることが多い。

 べつに八津クンをイジって遊ぶということではなくて、凪ちゃんが八津クンのことを話しているのを見守る会、みたいな感じのネタ。


 ちょっと前までは『野来のきネタ』が流行っていたのだけど、非公式婚約者のあおいちゃんが開き直っちゃったから、あまりホットな感じはなくなった。

 じゃあ『藤永ネタ』はといえば、そんなのはもう二年近くも前にわたしが白状したから、今はイジられることもない。


 わたしから藤永クンに告白したのは中二の夏で、その時はクラス中の女子が大盛り上がりだった。

 だけど男子には秘密になっていて、藤永クンからはそれを白状する度胸もないと思う。なので男子の間では付き合っているを受け入れていても、うやむやのまま。



「それでね、八津くんはどうしてもわかってないみたいなのよ。今日だって誰が強いとか弱いとか──」


 どうやら凪ちゃんは八津クンが遠慮がちなのが気に食わないらしい。


 気持ちはわからなくもない。わたしだって藤永クンがそんなコトを言ったら、ちょっと機嫌が悪くなるかも……。藤永クンはいっつも弱気な人だった。でもそこが可愛いからいいのだけれど。


「ああ、八津にはそういうトコあるよねえ」


「あるある。なんなんだろ、アレ」


 こういう話に乗っかるのが大好きな玲子れいこちゃんと朝顔あさがおちゃんが相槌を打つ。そうして凪ちゃんの口を滑らせるのが目的だ。


 八津クンも八津クンだ。もっと自信を持たないとダメなのに。今回、鉄の部屋に行けたのだって、全員で七階位になれたのも、八津クンが頑張ってくれたからできたことだし。


 それと凪ちゃんへの態度はバレバレ。


「やっぱりそうよね。八津くんは頼りになるのよ」


 そう言ってから自分のセリフに気が付いて、ベッドに寝っ転がって足をバタバタさせている。

 凪ちゃんがこんな子だったとは知らなかった。


 こんな風に毎晩毎晩、女子全員で話をするなんて、山士幌にいた頃なんて考えられなかったからなあ。



「ワタシも広志こうしはカッコいいと思いマス」


「わたしはそうですね……、悩んでいるところがちょっと可愛いかなって」


「ミア? 美野里まで!?」


 ミアと美野里ちゃんまで悪ふざけに走りだしたみたいだ。

 凪ちゃんと八津クンとこの二人は、二層に落ちた時から距離が縮まったと思う。それもそう、命懸けで一緒に戦った仲だし、それこそ八津クンの凄さがハッキリした事件だったみたいだし。


「ツリガネ効果デス」


「ミア……」


「ネタデス。吊り橋効果くらい知ってマス」


「そっちじゃなくて、ミア」


 ミアと凪ちゃんのじゃれ合いなんて、山士幌ではあんまり見なかったような。


 今ではこうして騒げているけれど、アウローニヤに来た頃は酷かった。もちろんわたしも落ち込んでいたし、誰とは言わないけれど夜になると泣きだす子もいたかな。

 そうしたらあおいちゃんが歌って、みんなでおしゃべりをして励まし合って、気付いたら女子部屋は毎晩こんな雰囲気だ。



「ふふっ」


 小さい笑い声が聞こえてそっちを見たら、先生が窓から外を見ながら物憂げな微笑みを浮かべていた。

 それがすごく大人な女性って感じがあって、魅せられたみたいにみんなはそちらを見てしまう。


「先生、まさか、本当にまさかと思いますけど、八津くんのコトを──」


 凛ちゃんはなにを言っているんだろう。今の展開でどうしてそういう考えに辿り着いたのか、意味がわからない。


「ありえません」


 マジ顔とかいう男子が使う単語があるけど、まさにそうなんだと思う。

 先生は頬を赤らめるでもなく、正々堂々ハッキリと言い放った。


「わたしに職を失えというんですか?」


「……卒業を待ってから、なんて」


中宮なかみやさん、いえ、凛ちゃん、みなさんにもハッキリ言っておくべきでしたね。現実を考えてみてください」


「ですよね。良かった」


 なにが良かったのか、凛ちゃんの言っている意味がわからない。八津クンのコトじゃないのはわかる。その証拠に凪ちゃんが呆れた顔をしているから。

 凛ちゃんはまさか先生に一生結婚するなって言うつもりなのかな。


「そもそもわたしは年上に甘えるのが目標ですから」


 女子部屋にきゃあきゃあと声が響く。

 わたしも小さいけれど声を上げて笑っていた。


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