第188話 転がる会話で気分も変わる
「アヴィは軍務卿や宰相閣下巡りかな」
「そうなりますね」
地上で俺たちを待ってくれていたアヴェステラさんは俺たちの七階位を喜ぶと同時に、行動予定を変更して鉄を持ち帰ってきたと聞かされてこめかみに手を当てた。
偉い人たちへの報告が大変そうで申し訳ない。
「俺は団長と総長への報告か……」
近衛担当のヒルロッドさんは、同じく近衛のガラリエさんをチラリと見て、ため息を吐いて諦めた様子だ。もちろんガラリエさんは沈黙モードで、報告については管轄外であることを露わにしている。メイドであり騎士団員予定であって近衛騎士ではない、と。
それでもコッソリ報告する先はあるのだろうな。
「わたしは軍団長だね。いやあどんな顔をするか楽しみだよ」
そしてシシルノさんは王都軍団長への報告担当だ。
実務という意味では軍団長がトップになるわけで、短期間でも鉄の部屋が開放されたという事実で王都軍がどう動くかはわからない。さすがに方針変更とはならないだろうけど、せっかくだからみたいな話は出るのかも。
地上に持ち込んだ鉄鉱石はいつもの工房に……、とはいかず、王国に寄贈することになった。
俺たちが勝手をして採ってきたものだし、そのあたりはアウローニヤに任せるのが筋だ。少しでも借りだと思ってくれるといいのだけど。
ちなみに迷宮産の鉄鉱石はやたら純度が高いらしく、地上にある鉱床などは特別な事情でもない限りは放置らしい。つくづく迷宮依存な世界だな。
こうして迷宮に入るたびに、一年一組は持ち帰れるものは持ってくるようにしているのだが、ほとんど全部をアヴェステラさんに渡している。押し付けていると言い換えてもいいかもしれない。俺たちだけで捌ききれるモノでもないし。
ワガママを言ったのはシャケと羊の時くらいだったかな。
俺たちの渡した素材で離宮での待遇がペイできているかどうかまではわからないが、今回の件は結構大きいんじゃないかと、密かに願っていたりもする。
勇者の偉業として扱ってもらえると嬉しいのだが、三層に入っている人たちが本気をだせばできてしまうコトだけに、ちょっと難しいかな。
というか遊んでいる第一と第二近衛騎士団が二層を担当すればいいものを。
◇◇◇
「んじゃあ俺は【身体強化】だな」
談話室にいるのが一年一組だけになってから、日本語会話の時間になる。最初の話題は技能の取得だ。
【聖盾師】の田村は身体系が候補に現れ始めている。硬い【聖術】使いはたしかに有効だし、ここでアイツが【身体強化】を取ることにはなんの不満もない。だがしかし。
ウチのクラスで一対一のタイマンをやったとしよう。
訓練で似たようなことはしているがあくまで模擬戦レベルで、手の内全部を使ってなんてことはまずしない。大抵はテーマを決めているから約束組手みたいなノリになる。
さてこの場合、頂点は誰かといえば、普通に【豪拳士】の
当然【疾弓士】のミアや【嵐剣士】の
闇討ちのようにミアが弓を使えばあるいはだけど、それでは単なるスナイプだ。タイマンとは違うと思う。
というわけでタイマン上位陣は前衛職が独占し……、もしかしたら【鮫術師】の
俺にとっての問題は下位。
実のところ、今の俺が確実に勝てる相手は【聖盾師】の田村か【聖導師】の
俺と同じ柔らか組の【石術師】
俺は『見える』し『反応』もできるのだけど、そこから先がない。体勢を崩されたら終わる。
身体を強化してくれる外魔力は後衛の術師たちとほぼ一緒で、前衛職にはとても届かない。そして術師たちの阻害攻撃を防ぐ術もないのが俺だ。とにかく受けて躱すだけが、出来ることの全て。
一見、どころかリアルでひ弱な【騒術師】の
同じくひ弱系女子で【氷術師】の
ちなみに勝てるとは思っているが、奉谷さんは自己【身体補強】が使える。バフ系は自分に対する効果が高いので、もしかしたら負けるんじゃないか?
前言撤回だな。俺が確実に勝てそうなのは田村と上杉さんの二人だけだった。【観察】と【反応向上】のアドバンテージだけだけど。
そういった感じで、俺はクラス最弱男子の座を田村と争っている。
勝てる相手がヒーラーだけで、バッファーにも負けてしまいそうな俺の心のよりどころだったのだけど、ここで田村が【身体強化】を取るとなれば──。
「ねえ
「なにかな綿原さん」
「なんで泣きそうな顔をしているのかしら」
「男にはいろいろあるんだよ」
「そ」
ちょっとまてよ?
もしも上杉さんが【聖術】を使い続けながら俺とドツきあったら、長期戦の末に疲弊した俺が負けるんじゃないか?
やめよう。クラス同士で争うコトを想像するなんて、それは不幸な考えだ。順位付け? そんなものは要らない。俺たちは、これから先もずっと仲間で友達なのだから。
「八津くん」
「なんだい綿原さん」
「ずっと田村くんの方を見ているから、だいたいなにを考えているのかバレてるんだけど」
「……そうか。ごめん」
おかしいな、途中まではネタ程度に妄想していたのに、だんだんとリアリティが出てきて、悲しみが押し寄せて──。
「えい」
綿原さんの横に浮いていたサメが一匹俺にぶつかって、そのまま砂に還った。
床に散った砂は再びサメの形を取り戻し、彼女の下に舞い戻る。
「頑張っているからいいじゃない、なんて言わないわ」
周りには聞こえない程度の小さな声で綿原さんが言葉を紡ぐ。
「命懸けで帰還を願っているんだもの、がんばってもダメでしたは通じないのよ。結果にしなくちゃ」
「……」
俺に語り掛けているようで自分に言い聞かせるような言い方をしている。
「前にも言ったけど、二層に落ちた時、八津くんがいたからわたしたちは生きて戻れたの」
「それは……」
マッパーとしての俺がいたから帰路を選べたという話か。
「それぞれができることを精一杯やって、必ず結果を出すの。それが一年一組だと思うのだけど、八津くんはどうかしら」
「そうだな。そう思う」
「八津くんはクラスの目で頭脳。わたしは右腕。足りないかしら?」
「ははっ、十分すぎて頭が追い付かないよ」
そうか、右腕って言ってくれるのか。
まったくもって、綿原さんは俺をアゲるのが上手すぎる。まさに右腕だよ。
ペチンと音を立てて綿原さんの手のひらが俺の肩を叩いた。元気を出せ、気合を入れろといわんばかりに。最近はサメを介したコミュニケーションばかりだったから、ちょっと新鮮かもしれない。事実、俺の心は踊っているからな。
「ところでね」
「なに?」
改まってこちらを見る綿原さんの目はマジだ。
「迷っているのよ。八階位になったら【反応向上】と【血術】、どっちがいいかしら」
技能相談ときたか。ワザと話題を逸らしたな。
「そのころなら【視覚強化】や【遠視】もあるかもね。それに綿原さんなら【遠隔化】や【魔術拡大】だって有効だろ」
「そうなのよね」
もちろん乗ってあげなければ失礼になるので、俺も真面目に返す。
ワザとらしく腕を組んでみせた綿原さんが首をひねる。面白い人だよな。
「そもそもおかしいなって思うのは、血って鉄分なのよね?」
「ああ、それね」
またいきなり話題が変わったな。綿原さんと話しているとこういうことが多い。それが楽しい俺もいるのだが。
「【血術】が出たなら【鉄術】が出てもいいんじゃないかしら」
「その理屈、ちょっと強引かなって思うけど」
俺たちのように科学を知っている人間からしてみれば、この世界の術の区分はすごく微妙に感じられる。よくある水、風、土のような四大元素論? みたいな術の名がつけられ、それが機能しているからだ。それなのになぜか、肝心かなめの【火術】は存在していない。代わりにあるのは【熱術】だ。
そのあたりを科学的に考えてしまう
だからモノは創りだせないが、モノを操作することができるという理屈らしい。火を起こしたければ可燃物に【熱術】を使えばいいし、氷の
委員長や田村曰く、魔力というものがなんらかのエネルギーなら、究極的に物質を生み出すことは可能らしい。それには膨大な量の魔力が必要になるとか、反物質が生まれたらどうするとか、そんな話もあったかな。俺にはよくわからなかった。
そんな魔術の中でも綿原さんの【鮫術】はかなり特殊な部類と言えるだろう。いやまあ、名前の段階で特殊なのだが、その実態がすごいというかぶっ壊れというか。
綿原さんは【霧鮫】【空気鮫】を作ることができる。血液さえ用意されていれば【血鮫】の頭程度ですら。なのに彼女は【水術】も【風術】も、もちろん【血術】も持っていない。
これはこの世界の魔術ルールからすれば、かなりの異常現象だ。シシルノさんが興味津々になるレベルで。
つまり綿原さんの【鮫術】は『サメを形作る』だけならば物質を選ばないのだ。チートスキルだろ。
当人がいろいろ試した結果、まず重量のあるモノ、硬いモノでは無理だった。【石鮫】は遠い。
綿原さんが得意にしている【砂鮫】は前提として【砂術】があるから、ああも自在に操れている。そんな彼女が【鉄術】なんてモノを取ってみろ。
「【鉄鮫】ってやってみたいのよね」
「そこは【メカ鮫】とか【ロボ鮫】じゃないか?」
「これだから男子は」
サメが好きな女子もレアだと思うぞ。
◇◇◇
「わたしは【造血】ですね」
俺と綿原さんがアホな会話をしている間にも、技能の取得は進んでいた。
【聖導師】の上杉さんは【造血】を取った。じつに無難な正規ルートだな。
彼女の場合【聖導術】が目標なのだが、最初から候補にこそあるものの取れる気がしないらしい。これもまたイレギュラーなケースだ。【熱導師】の
階位制限なのか、それとも前提技能っぽい【聖術】や【熱術】の熟練カンストなのか、どちらにしろ鍛え続けるしかないということだろう。
「僕は【視野拡大】かな。【視覚強化】が欲しいんだけどね」
【石術師】の
石使いの夏樹は【多術化】と【魔術拡大】を持っている。つまり複数の石を広い範囲で扱えるようになってきているということだ。今のところは二個だけどこれが三つ四つとなれば、どれだけ強くなるのやら。それだからこそ広い視野が必要になる。もちろん動体視力や遠くを見通す目もだ。
視覚系技能が現実的になってきたからこそ、ここからはソレを取るのが夏樹の優先ルートになるかもしれないな。
「わ、わたしは」
そしてトリは【氷術師】の
さっきまで潜っていた迷宮ではヤバい目をしていたが、離宮に戻って風呂と食事を終えたら、いちおう光は戻ったようだ。血まみれだった深山さんは見ていて辛いものがあったからな。
元通りになった綺麗な栗色の髪と赤褐色の瞳という、アルビノに近い彼女は薄幸そうな表情と相まって、まさに氷使いのイメージにピッタリな存在だと思う。名前もそうだしな。
ただ、なんとなくだけど普段よりオドオド度合いというか、キョドってないか?
白い肌も普段より青ざめているような。
「え、えっと、【剛剣】を取ってみたいかな、って」
今……、深山さんはなんと言った?
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