第191話 六日間の処遇
「あのその、六日後っていうのがあたしにはすごく急っぽく感じるんだけど、実際どうなのかな」
「急かどうかについては、わからないとしか」
「それはどうして」
「ここ百年以上、アウローニヤにおいて王室直属騎士団の新設など、無かったものですから」
「はあ、そういうことかあ」
身もふたもないアヴェステラさんの言葉に、もはや敬語すら出てこない笹見さんは絨毯にどっかりと座り直した。
ここでもまた出てきたアウローニヤ王国の得意技、前例主義がわけのわからない方向で暴走をしている。
前例があればそれに倣い、調整はできるのだろう。だけど事例が無ければどうなるのか。それの答えを突きつけられたような気がする。やりたい放題。
前例がないからできませんというのは簡単だ。だけど前例がないから好きにやりますというのはどうなんだろう。これって第三王女の匂いがプンプンしてくる案件だぞ。
「地方領主も招集となればひと月はみなくてはなりませんが、両殿下はそれをお望みではありません。事態は動いていますので」
迷宮の魔獣については解決の糸口が見つかっていない。当然戦力は多い方がいいし、王室肝いりで迷宮騎士団を名乗る予定の俺たちはさっさと実戦投入されてしかるべきだ。なのにまだ正式に発足したわけでもなく、現状では勇者を鍛えるという建前で遠まわしに協力をしている状態でしかない。
そんな俺たちが全員七階位を達成し、訓練名目すら怪しくなってしまった。
ならばすぐにでも公式な迷宮騎士団として活動してもらいたい、という話の流れが想像できてしまう。これが正解なのかはわからないが、そう遠くハズれていてもない気がする。
とにかくこの国としては早急に『迷宮騎士団』を発足させてしまいたいのだろう。
「略式となりますが会場は謁見の間で、王都近郊の諸侯を招くことになるでしょう」
「はあ」
ひとつ確実なのは俺たちが高校一年生で、そういう式典への印象は一言、面倒くさいに尽きる。全部を略して書類だけでも大歓迎なくらいだけど。
それにしても六日か。迷宮に入れるとしても二回で手いっぱいかな。
迷宮の異常は王国には申し訳ないが、俺たちにとってはボーナスタイムだ。
この状況を最大限に利用して、強くなるのと立場を上げるのと、両方を成し遂げておきたい。
立場……、あれ? そういえば──。
「あ、あの、アヴェステラさん? ヒルロッドさんでもいいんですけど」
「どうされましたか、ヤヅさん」
アヴェステラさんとヒルロッドさんを交互に見ながら疑問を口にする。
話を遮った形になって、ちょっとバツが悪いな。だけど発言してしまった以上、これは確認しておきたい。たぶんアヴェステラさんたちも気付いているはずだろうし。
「俺たちって今の段階でどういう立場になるんですか?」
昨日までは自由裁量は認められていても、いちおうは第六近衛騎士団『灰羽』の指導下にあった。
六日後の騎士団発足を経れば、公式に独立した騎士団として活動できるだろう。
ならばその間はどうなるのか。
「それなのですが……」
アヴェステラさんが言いよどむ。とうぜん俺たちとしては不吉な予感に晒されるわけだ。
「『灰羽』団長ギッテル男爵は、すでに要件を満たした者の教導は完了したものとみなす、と」
ケスリャーなんとか男爵、つまり『灰羽』の団長は、とっとと俺たちを追い出したいのだろう。一年一組の手助けをして近衛騎士総長の反感を買いたくない、というあたりか。それともハシュテル副長絡みかも。
「ご承知だとは思いますが、みなさんの立場はアウローニヤとしても扱いに苦しんでいるのが実情です」
面白い話ではないが、ここは仕方がない。アヴェステラさんの説明に皆が耳を傾けている。
「前提として『勇者との約定』に基づき、みなさんは『王家の客人』です。王国籍を所持し、貴族ではありませんが、かといって平民としても扱えません」
ややこしいのはこのあたりだ。
『王家の客人』なのだから外国人かといえば、ではどこの国の人間でどんな立場なのか、になってしまう。国交を持つ国からの旅行者でなければ、もちろんどこぞの国の外交官でもない。国籍不明の異邦人を『王家の客人』にするわけにもいかない。いや、それをやってくれよと思ったのだが、法律が邪魔をした。
結果として俺たちは暫定的にアウローニヤ王国籍を持っている。
ここまでは大した問題ではない。国籍のあたりですぐに大問題にしたかったが、ここからが本当に問題なのだ。
この国の平民は王族か貴族の所有物という扱いになる。どの貴族が上になるかは領地や立場次第。ちなみに王都パス・アラウドは王家直轄領だ。当たり前か。
そして騎士爵、つまり貴族になると、その人は所有物から王の臣下に変化する。人権なんていう単語は空の彼方だな。このあたりは抜け道やら例外やら、いろいろ黒い部分も含まれているようだが、建前上はそういうことになっているらしい。
それを調べ上げた委員長は頭を抱えていたが、同じく担当していた先生や
で、俺たちだ。
答えは平民でも貴族でもない。迷宮で階位を上げて騎士、つまり騎士爵を持つ貴族になることを目指しているナニカ。いったい俺たちは何者なんだ。
それでもこの点についてだけは『王家の客人』という肩書に感謝するしかないだろう。衣食住が保障された上に、平民相当とはいえ騎士への訓練環境が与えられたのだから。
そう、一年一組は平民相当の騎士訓練生なのに、七階位で放り出されてしまうのだ。
平民上がりから騎士を目指す者は『十階位』を達成してから第四か第五、一部は第三もしくは第六に所属することになる。第一と第二は貴族子息のサロンだから平民はお断り。
王女様の手引きで無理やり騎士団を作るから、貴族じゃないのに七階位で訓練は終わってしまった。さてどうしよう。
ここでやっと話が戻る。建前上『灰羽』での訓練は終わった。六日後には騎士団になれる。では今の俺たちは何者なのか。
実に面倒くさい。俺たちにとって地上より迷宮の方がよっぽど安寧の地なのではないか、とまで思ってしまいそうなくらいに。
「ご安心ください。こうなることは事前に予見できていました」
「近衛騎士総長の一件、ですか」
ビクビクしている俺たちをしり目に、アヴェステラさんはさらりと流してみせた。すかさず委員長が意味を汲み取る。
「はい。総長閣下の心証を鑑みれば、ギッテル卿の決断は明白でした」
おのれケスリャーめ。そこまで総長に睨まれたくないか。
「結論から申し上げますと、みなさんは本日より時限付きで第四近衛騎士団『蒼雷』に編入。タキザワ隊として活動していただきたく思います。もちろん総長閣下には釘を刺してありますのでご安心ください」
一瞬意味がわからず、一年一組の面々は首をひねる。俺たちが『蒼雷』?
……キャルシヤさんか!
「あの、僕たちを受け入れてもらえるのは助かるんですが、『蒼雷』……、というかキャルシヤさんはそれで大丈夫なんですか?」
意味を理解した委員長がキャルシヤさんを心配する。名前は出していないけれど総長に良い顔をされないだろうかと、言外に。
「大丈夫というより、いまさらではあるかな。なにしろキャルは負け組だから」
「シシィ……」
そこで口を挟んできたのはシシルノさんだった。アヴェステラさんが眉を顰める。
『負け組』? どういうことだ。
「先代のイトル子爵、キャルの父親は『白水』の騎士団長だったのさ」
「……そういう、ことですか」
委員長が困った顔で、そして呆れたような声を上げる。
そこで俺にも意味がわかった。
この国の主な役職はほぼ世襲だ。もしも子供がいなかったり、年齢や性格に極端な問題があったとしても、傍系からでも人を出す。
それは近衛騎士団長という役職でも一緒で、……そして騎士団にも『格』がある。
騎士団の番号順だ。第六の『灰羽』は特殊だが、とくに第一と第二は別格のはず。そして第四と第五は平民上がりがメインとなる格下の騎士団だ。
第二の『白水』の跡継ぎが第四の『蒼雷』の騎士団長になるというのは、これはちょっと……。
「先代イトル子爵は総長閣下と折り合いが悪くてね。細かい言い掛かりを積み重ねられて、こういうことさ」
肩をすくめるシシルノさんだが、近衛騎士総長はラスボスかなにかか?
こちらとしては第一王子か宰相、ヘタをしたら第三王女の可能性まで考えていたのだが。
「……第四騎士団『蒼雷』団長、キャルシヤ・ケイ・イトル子爵からは快諾の言葉をいただいています」
「先に言ってくださいよ」
あっけらかんと言うアヴェステラさんに、思わずツッコミをしてしまったじゃないか。
さっきのキャルシヤさんから苦情があったという話はどうなったのやら。
「この件については、先日の調査会議の時点で話はついていました。昨日の話とは別モノです」
「アヴェステラさん……」
完全にイタズラが成功した顔になっているアヴェステラさんからは、シシルノさんとの付き合いの深さを感じる。悪影響だろう、それは。
「キャルはあの会議で君たち四人を見て、とても気に入ったそうだよ」
シシルノさんがネタばらしを始めた。
調査会議に出た四人、先生、中宮さん、
「だからこそ先日の羊の群れで、躊躇なく救援を求めたというわけさ。君たちの力を信じたのだろうね」
『機会があれば、また共に戦いたいと思うほどだ』
ああ、そういえばキャルシヤさんは別れ際にそんなコトを言っていたな。伏線だったのか、アレ。
「そして君たちは示してみせた」
いつもどおりに悪そうな顔でそう言うシシルノさんだけど、なぜかそこに誇らしさが混じっているようにも見えてしまう。もしかしたら、俺たちと一緒に戦えたのが嬉しかったのかもしれないな。
「実のところ王都軍からの引きもあったんだよ」
追加攻撃を繰り出すシシルノさんはとても楽しそうだ。
俺たちとしては複雑な表情で黙るしかない。王都軍が人手を欲しがるのは理解できるけど。
「一時的にでも勇者を軍に編入してしまうという事例はさすがに……」
アヴェステラさんがため息を吐きながら説明してくれる。
それはそうだ。せっかく王室直属にして、しかも近衛騎士総長まで追い出したのだ。まさか王都軍に入れるなんていうことになるわけがない。
「あれで軍団長はなかなか本気だったよ。あの人は軍務卿と違って、純粋な戦力を欲しがっているからね」
「ジェサル卿……」
「いや、これは失言だったかな」
そして謎のヒントをくれるシシルノさんと、それを諫めるアヴェステラさんのやり取りだ。
俺には判別できないが、国軍のトップたる軍務卿はどんな腹積もりなのか。地上にいるとこんな話が飛び込んでくるから困ってしまう。本気で迷宮に引きこもりたくなるぞ。
「そういうことで、君たちは六日間だけ『蒼雷』だ。今日の午後にでも挨拶だな」
ここまですっかり聞き役に回っていたヒルロッドさんが、やっと発言してくれた。
「君たちの訓練は終了したが、俺が勇者担当であることに変わりはないよ。騎士団顧問もね」
「これからもよろしくお願いします」
いつもお疲れ顔なヒルロッドさんに中宮さんがキリリとお礼を言う。
そうか、キャルシヤさんだけじゃなくヒルロッドさんも割を食うわけだ。
こんなのはアウローニヤの勝手で俺たちの責任ではないのだけれど、それでも申し訳なく思うようになってしまったな。
やっぱり俺個人としては勇者担当の六人のことを信じたい。そういう気持ちがあるからこそ、ヒルロッドさんの苦笑が心に焼き付いてしまう。
◇◇◇
「みなさんの装備については工房に発注が終わっています」
なにはともあれ報告書が先だと談話室のテーブルに向かっていると、それを手伝ってくれていたアヴェステラさんが思い出したかのようにそう言った。
「近衛騎士の制式全身甲冑ですね。盾と長剣もですが、みなさんの場合はあくまで儀典専用でしょう」
続く言葉にちょっとだけ胸が躍る俺がいる。古韮や
「フルプレートかよ」
古韮がボツリとこぼした。表情は嬉しそうに歪んでいるな。それみたことか。俺もだよ。
「そこでみなさんにご相談があるのです」
「なんです?」
改まったというより、ちょっと悪い顔をしたアヴェステラさんは、聞き返した委員長にイタズラっぽく微笑んだ。
「騎士団の名と紋章を決めていただきたいと」
あえてここまで黙っていたのだろう。そして、こういうのを俺たちが大好きなのをわかった上でだろう。アヴェステラさんの要望は、政治に振り回されている俺たちへのご褒美のようなモノだ。
「……アヴェステラさん」
「アイシロさん」
べつに委員長とアヴェステラさんが見つめ合ったからなんだというワケでもない。
そういえばこういう時に中宮さんって反応しないな。ペアがいる
まあ二人の見つめ合いは、真剣な視線のぶつけ合いでしかない。
しかもアヴェステラさんの方は、なんで委員長がそこまでマジモードなのか少し困った様子だ。
「一日だけ待ってもらえますか。今晩中にカタをつけますので」
「え、ええ」
委員長の言い方に引いているアヴェステラさんだが、これは一年一組の総意でもある。
そうか、名前と紋章ときたか。
今夜は嵐になりそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます