第192話 団長たちに囲まれて
「ねえ、なんか顔が緩んでないかしら」
「そ、そんなことはない、と思う」
「そ」
横を歩く
理由はまあ、わからなくもないのだ。
午前中にみんなで頑張って鉄の部屋攻略資料を作り上げて、つぎに待ち受けていたのは採寸だった。
正式な騎士服や革鎧、それから俺たちは式典以外で使うことがないだろうフルプレートのサイズ合せという名目だったが、じつはこちらに来てから四回目にもなる。二月も経っていないのにだ。
こちらに来て二日目だか三日目に一度、初回の迷宮前に一度、さらに十日くらい前にももう一度。前回の採寸が、たぶん騎士団設立用のものだったのだろう。今さっきのは本当に最後の確認だ。
採寸をしてくれたのはメイド三人衆だったわけだが、その時に俺を担当してくれたベスティさんが妙に近くて、良い匂いがするなあ、くらいに思ってしまったのだ。
自分でもちょっとデレている自覚はあったのだが、そんな俺を二匹のサメが見つめていた。
そういうことだ。
俺としては綿原さんのそんな態度が逆にちょっと嬉しいわけで、ここでさらに表情が崩れそうになるが、それは誤解に繋がりかねない。キリっとせねば。
ちなみに式典用の装備品に関してはアヴェステラさんたちに一任だ。
出来上がってきたらそれを着込んで、ちょっとした礼儀の練習をすることになる。卒業式の練習みたいで面倒くさいな。
騎士団の名前と紋章については、今日の夜にでもみんなで話し合うことになっている。たぶんバトルになるだろうし、俺も負けてはいられない。この際、勝ち負けの問題なのかどうかは置いておく。
というわけで、現在俺たちはシシルノさんとアヴェステラさんの先導で王城の廊下を歩いている。目的地は王都軍の司令本部とかいうのがある部屋だ。
残念ながらヒルロッドさんはいない。正式に『灰羽』の指導から外れた俺たちとは接点が薄くなるそうだ。午前にやっている離宮での個人指導は継続してくれるみたいだが、午後の訓練は第四騎士団専用の場所に変わるので、ラウックスさんたちとは本当にお別れ状態だ。あれだけお世話になったのに、挨拶すらまともにできていない。
こんなことになるなら事前に、とグチっぽいことを心の中で考えてしまう。
◇◇◇
「よく来てくれた。勇者の諸君」
そんなコトを言うゲイヘン王都軍団長を、どこぞのアニメの悪役と被せてしまうのは俺の悪いクセだ。
王城の中にある王都軍司令本部は大きなぶち抜きの部屋だった。体育館くらいあるんじゃないだろうか。
たくさんの人たちが資料と格闘したり、歩き回って壁に貼ってある迷宮の地図に記載を入れている。うん、作戦司令部って感じがあってちょっとカッコいい。ザワついている空気も、いかにも仕事をしている大人たちな感じだ。自衛官志望の
「こちらこそ。勝手をしてすみませんでした」
「なになに。さすがは勇者と感心したくらいだ」
とりあえずといった風に
ちなみに俺たちの散髪はアーケラさんがやってくれている。実家が美容室で自身も美容師になろうとしている
そんな見た目の委員長だが、物語に出てくる勇者リーダータイプでは、けっしてない。
この国の人たちが困っているそうだから俺たちが無条件で手助けしてあげないと、などとは絶対に言わないだろう。間違いなく善人だし、正義感も持ち合わせている。お人好しではあるが、リスク管理と両立させるような考え方の持ち主。
一年一組は迷宮に入っているが、それは俺たちの帰還のためというのが第一義であり、副次的に成し遂げた功績にしても謙遜はするけれど、投げ捨てるようなコトはしない。それを利用して勇者の名声を確保しようとするくらいだ。名を上げるためではなく、味方を増やすために。
伊達に町長をやっている父親を見てきたわけではないということだな。
「この人数では応接は無理か。会議室だな。ついてきてくれ」
そう言って歩き出す軍団長に俺たちは付き従うわけだが、そこに近くの席から立ちあがった二名が追加されている。
お互いまだ名乗りは上げていないが、第四近衛騎士団長のキャルシヤさんと第五近衛騎士団『黄石』の団長さんだ。『黄石』にはお世話になったこともあるし、この際しっかり挨拶をしておきたいな。
◇◇◇
「改めて、第四近衛騎士団『蒼雷』団長のキャルシヤ・ケイ・イトルだ」
「直接は初めてになるか。第五近衛騎士団『黄石』で団長をやってる、ヴァフター・セユ・バークマットだ」
五十人くらいは座れそうな会議室で最初にやったことは、軍団長を仲介役とした自己紹介合戦だった。
むこうはキャルシヤさんと『黄石』のヴァフターさんだけだが、こちらは二十二人。それだけでも結構かかりそうだけど、それもあちらの要望だったので応えることにした。
ついでにキャルシヤさんをファーストネームで呼んでいる俺たちに対し、ヴァフターさんもそう呼ぶように要求するのはどうかと思う。受け入れるしかないじゃないか。
第五近衛騎士団『黄石』団長のヴァフター・セユ・バークマット男爵は、この国では平均的な茶髪に茶色の瞳を持った四十くらいのおじさんだった。豪放な口調と強面が、いかにも『黄石』のイメージに被る。荒っぽかったジェブリーさんやヴェッツさんたちの親玉を張る風格があるな。山賊の親分みたいだ。
「
こちらからは騎士団長予定で出席番号零番の先生からだ。余計な言葉を繋げないで淡白に終わらせる。
「
委員長が迷宮を案内してくれた二人を引き合いにして感謝を言葉にする。これがわかっていたから先生は簡潔な挨拶ですませたわけだ。相変わらずな先生と委員長の役割分担が清々しい。
ジェブリーさんやヴェッツさんとは、ここのところ二層の炊き出しでしか会えていないが、俺としては滑落の時に救助されたという大きな恩がある人たちだ。俺の番が回ってきたら個別にお礼しないとだな。
「
先に言われた。出席番号がうしろなのが恨めしい。
だけど綿原さんとの並びという特権があるので、いまさら苗字を変える気もないけど。
そんな感じで自己紹介は順調に進んでいった。
「出席番号二十五番のシシルノ・ジェサルだ。よろしく頼むよ」
最後だったはずの綿原さんのあとでシシルノさんが余計なコトさえ言わなければだけど。
どうしてそこでドヤ顔になるかな。
「資料でも見たし、ジェブリーたちにも聞いていたが、やはり実際に話してみないとな」
どっかりと席に座ったヴァフターさんは、厳めしい顔をしていてもどこか楽しそうに俺たちを見渡している。
大きなテーブルに座る俺たちは、長辺に一年一組の男女が向かい合わせで、お誕生日席には軍団長を真ん中にして騎士団長のお二人が両脇、下座にはシシルノさんとアヴェステラさんという席次だ。この場合、上下はあまり関係ないだろう。なにせ下座にいるアヴェステラさんは子爵で、この場では二番目に偉いのだから。
「申し訳ありませんが用意できた資料は三部だけです」
委員長が申し訳なさそうに資料を差し出すが、午前中だけで仕上げたものだ。これに文句を付けられても困る。
「構わんよ。感謝するのはこちらのほうだ」
軍団長がそう言ってくれたのを受けて、クラスメイトたちからホッとため息が出た。
ゲイヘン軍団長、キャルシヤさん、そしてヴァフターさんに資料を回したが、こちらにはいちおう清書前の資料も残っている。となれば説明係は、もちろん迷宮委員の綿原さんだ。演説スイッチは半分くらいでよろしく。
「三層へ降りる第七階段から鉄の部屋まで、魔獣の密度もありましたから少しだけ遠回りになっていますが──」
手元の資料を大した見もせず、席から立ちあがった綿原さんは、堂々と説明をしていく。こういうところは、本当に大したものだと思う。
「倒した魔獣は最低で五百。最大で六百くらいです」
これが俺たち一年一組が二日をかけて暴れ回った結果だ。
実際に数字にしてみると凄いな。鮭の時はどれくらいだったか。
残念なことに経験値的にはかなりの部分を投げ捨てている。とくに数が少ないとはいえ、丸太や竹は後衛連中はほとんど倒していない。というかもっぱらツチノコウサギとカエルばかりだったような。アレは数で攻めてくるタイプの魔獣だから。
ふと昨日の
「あきれた戦果じゃないか。六階位と七階位だけでよくもまあ」
砕けた口調のヴァフターさんが、いちおう褒めてくれた。それとも無茶に呆れているかな。
「だけど、鉄の部屋付近の群れの……、これでも一割から二割です」
綿原さんが答えたように、二層にいる魔獣の群れはもはや千単位が常識になってきている。
それこそが鉄の道がすぐに塞がれるだろうという、なによりの根拠だ。圧倒的な数の暴力だな。
「考え方だよ、ワタハラ。君たちは二日でこれだけを削ってみせたんだ。ひとつの『騎士団』が、二十六人でね」
「ありがとうございます」
キャルシヤさんは笑顔で俺たちを賞賛してくれた。こうもストレートに言われれば、綿原さんも素直に頭を下げるしかない。
ゲイヘン軍団長もしたり顔でうんうんと頷いている。迷宮に入りたい人らしいけど、どんな想いで地上から指揮を執っているのだろう。
「しかしだな。ズルいじゃないか、イトル卿。彼らなら『黄石』でも歓迎したものを」
「そこは人脈だ。諦めろ。そもそもわたしは会議の時点で目を付けていたんだぞ」
突如ヴァフターさんがキャルシヤさんに食ってかかるも、軽く流された。俺たちの取り合いとかそういうのは勘弁してほしい。どうせ六日だけの特例措置なのだから。
「ラルドール卿、ジェサル卿、同期だからって身内贔屓は酷いじゃないか」
「諦めてください、バークマット卿。これは決定事項ですので」
続けてアヴェステラさんとシシルノさんにまで詰め寄るが、これまた簡潔な言葉で捌かれるヴァフターさん。
「そこまでにしておけ」
そこで割り込んでくれたゲイヘン軍団長に、俺は少しだけ感謝をしてしまう。
報告は済んだのだから、次回の迷宮の日程とか、そういう話題に移ってもらいたいのだけど。
「実を言えば王都軍に欲しいくらいなのだ」
それはさっきアヴェステラさんたちから聞いたから。
キャルシヤさんもドヤ顔を止めてほしい。なぜここで煽るのかな。
しかしこの人たちの醸し出す空気は、俺の聞いた貴族たちのムードには合致していない。もっとこう、陰険でネチネチしたやり取りになりそうなものだが、どこかカラっとしているのだ。
それこそ一年一組の仲間内でワイワイやっているかのように。
そういうタイプの人たちなのだろうか。
「ふふっ、ここのお三方が特別だと思ってくれていいよ。ほかではこうはならない」
俺だけでなく、委員長をはじめほかにも微妙な顔になっていたメンバーもいた。それを察してくれたシシルノさんが明け透けに解説してくれたわけだが、その言葉は救いになっているのだろうか。
「俺たちは迷宮組だからなあ」
「わたしは負け組だがな」
シシルノさんの言葉に反応して、ヴァフターさんとキャルシヤさんが冗談めかしながらも苦笑いを浮かべる。ゲイヘン軍団長も頷いているけれど、キャルシヤさんがすごくヤバいことを言ったように聞こえたぞ。
普通に自分から『負け組』とか言っていいのかよ。
「とまあ、今回の調査部隊の指揮官たちはこういう集まりだ。現場を知る者たちとも言えるかな」
左右に座る第四と第五の騎士団長を両手を広げて抱え込むようなジェスチャをした軍団長は、カラリと笑った。
こういうやり取りをワザと俺たちに見せつけてくれていた、ということか。一年一組を安心させるために。
シシルノさんは悪く笑い、アヴェステラさんは普段の表情のままだ。そんなだからこそ、二人の思いやりが伝わってくる気がする。
「お話はわかりました。わたしたちも、これくらい砕けてもらえる方が助かります」
誰か行けよという一年一組の空気の中、切り込んだのは我らが綿原さんだ。じつに頼もしい。迷宮委員としての矜持だとしたら、これは俺も負けていられないな。
「俺たちは『蒼雷』の預かりだと聞いてます。キャルシヤさんはこの六日間をどう使うつもりですか?」
綿原さんが前に出た以上、続かなくてどうするか。俺は目下最大の興味を遠慮なくぶつけてみた。
「せっかちだな、まあいい。もちろん迷宮に入ってもらうぞ。二層で掃討と三層の調査。どっちがいい?」
話が早い。表情を真面目な方向に切り替えたキャルシヤさんの言葉は、まさに俺たちが欲しかったモノだ。
「三層でお願いします」
「君たちなら、そうだろうね」
全員が七階位を達成した以上、悪いが二層に用事はない。経験値的にも先生や
頷いてくれているキャルシヤさんはどうくるか。
「三層の調査状況は七割といったところだ。発見されているのは大きな群れが三つで、小さいのが七つ。先日君たちが報告してくれた区画の先にも小さな群れが見つかったよ」
なんてこともないようにキャルシヤさんが状況を説明してくれる。話題は三層。しっかり俺たちの望みをわかってくれている展開だ。
「ここまでくればすべての調査は必要ないだろう。残り三割の内、半分でも十分だ。併せて小さい群れをいくつか叩いておきたい。協力してくれるかな?」
「はい」
キャルシヤさんのセリフに対する俺と綿原さんの真剣な返事が被る。いい感じの一体感に心がアガるな。
「ところで君たちは迷宮に泊まっているそうだが、シシルノ? 君はどれくらいいける?」
「【体力向上】は取ったが、経験したのは一泊までさ。疲労を考えれば──」
「二泊でどうだ?」
話が急に迷宮泊に切り替わった。二泊? キャルシヤさんはどういうつもりだ。
いつの間にか彼女の表情は一変していた。言ってみれば獰猛な笑み、だろうか。アネゴ肌のキャルシヤさんに実に良く似合う、そんな笑顔だ。
「足を引っ張るかもしれないよ?」
肩をすくめて弱気なことを言うシシルノさんだが、そこに陰りはない。
「せいぜい守ってやるとしよう」
「ならばわたしに問題はないよ。キャル、君こそ宿泊なんて大丈夫なのかな?」
なぜか勝手に問題がなくなったようだが、キャルシヤさんがシシルノさんを守る? 宿泊する? まさか。
「すべてが経験だ。言っているがいいさ。さて勇者たちにわたしからの提案だ」
おっかない笑い方をしたキャルシヤさんが俺たちを見回す。
「明後日から二泊三日の迷宮泊。任務は三層の調査と魔獣の漸減だ。わたしを含めた分隊を一個随伴させよう」
悪くない。それどころか最高といってもいい内容だ。
どうせ今日明日の迷宮は無理。式典前日もたぶん無理。となれば残りは三日。それをフル活用できるということになる。準備期間の短さも考えれば、こんなの普通のアウローニヤの人たちには、ちょっと思いつかない強行軍だ。
キャルシヤさんはとことん俺たちの都合を理解してくれている。
「さて、どうする?」
さっきまでの恐ろしさから一転、キャルシヤさんの笑顔は優しい色になっていた。こっちも似合うな。
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