第156話 武闘派な女子たち




「いやはや見事なものだが、なんとも言い難いな」


「魔獣には通用しないやり方ですからね」


 苦笑いのゲイヘン軍団長は俺たちが何をしたか、十分にわかっているのだろう。だからこそ俺も正直に対人用の戦いだったことをバラしておいた。


 会場からは温かい拍手が送られたが、俺としては複雑なところだ。

 手の内を見せてしまったというのはべつにいい。いつかどこかで、くらいの話だ。ほかにもこの手の駆け引きは戦闘班がいくつも考えてあるから大丈夫。練習しているのでエグいのは【裂鞭士】のひきさん絡みが多いかな。一年一組、二十二人のコンビネーションはたくさんあるぞ。



 会議も終わり、この場にいるのは軍団長と俺たち六人、すなわちヒルロッドさん、シシルノさん、一年一組のメンバーだけになっている。

 近衛騎士総長をはじめとした偉いさん達はとっくに退室しているし、部隊長たちもぞろぞろと引き上げている途中だ。最後に戦いの相手をしてくれたヘピーニムさん……、改め名前呼びにするように言い張ったシャルフォさんや『黄石』のジェブリーさん、迷宮泊で会ったミハットさんなんかが声を掛けてくれた。

 こうしてみると、王国側でも名前のわかる知り合いが増えてきたな。


 テーブルをガタガタと移動している係の人を遠目にしながら、広い会議室のすみっこで俺たちは雑談なのか、政治的意味合いがあるのかよくわからない会話をしている。

 引率のヒルロッドさんがここにいるのはわかるけど、シシルノさんは事後の打ち合わせとかはいいのだろうか。



「最後の一幕は軍団長の判断ですか?」


「すまんな。とはいえタキザワとナカミヤだけにお願いするつもりだったのだが」


 滝沢たきざわ先生が探るように軍団長の意思を確認する。そもそも意味があったのかと。


 先生と中宮さんが会議へ同行することが決まったのは昨日だ。二人が名乗り出ていなければ、会議に出席していたのは俺と綿原わたはらさんだけだっただろう。とすれば、そもそもバトル展開にはならなかったはずだ。


「二対二で相手が本気なら、すぐに負けていたでしょう」


「はたしてそうかな。バスマンの件は聞いているが」


 バスマン……、ハウーズの乱入事件か。一瞬誰のコトかわからなかった。先生はわかっているみたいだけど。


「階位も違いますし、なにより戦いへの姿勢が違いました。シャルフォさんたちは相手が格下だからこそ、しっかりと見ていましたから」


「そう言ってもらえると光栄だな」


 細かい技術の話をしてもしかたないのだろう、先生は心についてだけを語るつもりのようだ。


「ナカミヤもすまなかったな。諸君らの中ではタキザワとナカミヤ、それと……、カッシュナーだったか。その三名が抜けて強いと聞いたのだよ」


「いえ。学ばせてもらいました」


 軍団長の詫びに中宮さんはキリリとした真面目顔で、これまた模範解答を返す。本心からなのがわかってしまうのがなんとも中宮さんらしい。


 それにしても軍団長はそんなところまで俺たちの情報を確認していたのか。近衛騎士総長にブチのめされた一件が報告されたからと想像はできるが、勇者の強さランキングまで知っているとは。


 それでも先生や中宮さんの『本当の強さ』までは理解できていないだろう。この国の人には見えていないものがある。



 ◇◇◇



 先生や中宮さんにいわせると、この世界の武術は未成熟らしい。というより、対魔獣に特化しすぎている傾向が強いのだとか。もちろん戦争を含めた対人戦闘がある以上、そちらの技術も存在はしている。だが階位というものがあるだけに、魔力に強さを求めすぎなのだとか。


 だからこそ今回のようなフェイントが有効だった。引き出しはフェイントだけでは終わらないが。


 技を磨く暇があったら、魔獣を倒して階位を上げる。技術はその過程でついてくるもの。これは決して間違いではない。なにせ十六階位の近衛騎士総長がそれを証明してくれたのだから。

 レベルを上げて物理で殴る理論だな。


 以前中宮さんは言っていた。


『わたしは悔しかった。けどね、技は手段。魔力だって手段のひとつだから』


 その時の彼女は何処か吹っ切ったようで晴れ晴れとしながらも、ギラギラした目つきをしていたのを憶えている。

 中宮さんは自身が大切にしている武術を、一年一組が山士幌に帰るまでは『手段』にすることに決めたらしい。好きになれないこの世界のルールすら、帰るためなら受け入れ活用すると、しっかり心を固めている。



 俺たちは階位を上げる。クラスのほとんどの連中が武術素人で、手っ取り早く強くなるためにはそうするしかないからだ。

 だが、それだけでは終わらせない。


 階位を上げるだけでは足りないから。

 俺たちには技や心構えを教えてくれる先生や中宮さんがいて、体の動かし方を知っているはるさんや海藤かいとうがいる。筋トレのやり方に詳しい馬那まながいて、そのための食事を作ってくれる上杉うえすぎさんや佩丘はきおかもいる。

 どれもこれもこの世界では未発達の領域だ。


 魔力というものを受け入れて、そこに知識チートを全部乗せして強くなってやる。

 手段でしかないということを忘れないように気を付けながら。


 全ては帰還のためにだ。



 ◇◇◇



「俺に聞かせなかった理由はわかるが、心臓に悪いな」


「仕方ないだろう。近衛のミームス卿がいろいろと知っていたら、総長を頭越しにしたことになるんだ。体裁というものがある。時間がなかったし、無いとはわかっていても余計な詮索をされたくなかったんだよ」


「それはわかるんだけどね」


「わたしだって、アヴィを通しているんだ。立場というのは面倒なものだよ」


 会議からの帰り道、ヒルロッドさんがシシルノさんにそこはかとない苦情を告げていた。苦情というよりグチに近いか。残念なことにシシルノさんの言っていることが正しいと、ヒルロッドさんも納得しているようだし。


 推測ではあるが、どこまで勇者の情報を晒してしまうかは、アヴェステラさん経由で第三王女が判断していたのだと思う。シシルノさんはあくまで現場を仕切っただけ。

 一年一組を一刻も早く強くするためには調査隊に入れるのが手っ取り早い。それが俺たちの希望を叶える形にもなるのだから、王女様としては望ましい展開なんだろう。


 前回のハウーズ遭難事件と合わせて、近衛騎士団と王都軍には勇者にはそれなりの力があると知れ渡ったはずだ。それこそが『新しい騎士団』への布石になる。

 全部俺の想像だけど、そうは外していないと思う。


 気になるのは【観察者】をどう評価されているかだが、それは考えてもわからない。



「勝てなかったわね。全然動けなかったのが悔しい」


なぎちゃんは後衛でしょうに」


「だけどりん、わたしだって同じ六階位なのに」


「はいはい」


 綿原さんはサメこそ役に立てたが、自身が動けずに降参することになったのがちょっと悔しかったようだ。中宮さんにグチをたれている。



「やっぱり次は【反応向上】かしら。八津やづくんは六階位で取るんでしょ?」


「どうして【鮫術師】が体を動かす方向に行くかな。綿原さんならいろいろあるだろ。【多術化】でも【遠隔化】でも、なんなら【水術】や【血術】だって」


 俺に会話を振ってくる綿原さんだが、彼女はどこを目指しているのやら。


「歌って踊れる、みたいな?」


「それは白石しらいしさんだろ」


 意外とオタクなフレーズを知っている綿原さんが妙なことを言うが、【騒術師】たる白石さんの出番を取らないであげてほしい。白石さんが踊れるのかは知らないけど。


「八津くんはメガネがいいのね。わたしだってメガネ女子よ?」


「どうしてメガネになるんだよ。……いや、嫌いじゃないけど、メガネ」


 俺が最後に付け足した小さな呟きを拾ったのか、綿原さんのメガネが輝いたような気がした。



「八津君」


「はいっ」


 前を歩く先生に名指しをされて、ちょっとだけ背筋が伸びる。おちゃらけは離宮に戻ってから、帰り道の廊下とはいえ、ここはまだ戦場も同然だと、先生はそう言いたいのだろう。

 たしかに気を抜くにはまだ早い。


「わたしのメガネは伊達で、これはファッションです。対象外ですからね?」


「……先生。いえ、なんでもないです。わかりました。心します」


 俺の予想などこの程度だ。先生までおふざけに乗ってくるとは。

 いやいや、このタイミングで先生が冗談をカマすなんて想像できるわけがない。俺は悪くないぞ。


 ちなみにウチのクラスのメガネ装着者は五人。男子は藍城あいしろ委員長と忍者の草間くさま。女子はアニソン使いの白石さんと、先生、綿原さんだ。

 曲者メンバーばかりとは言わない。そんなことを言いだしたらクラスの全員が一癖あるような、それでいてどこにでもいるような高一ばかりだ。ただし、いいヤツばっかりという注意書きが付く。


 俺のお気に入りの仲間たちだ。



「わたしは戦いというものがよくわからないのだけどね、引き分けという落とし方はなかなか良かったと思うよ」


 ふと思い出したかのようにシシルノさんが言ったのは、さっきの模擬戦のことだ。話題がすっかりメガネに逸れていたな。


「あれが精一杯です。一対一なら負けていたでしょう。まだまだですね」


 シシルノさんの言い方が微妙に意味深だったものだから、先生がそれっぽい返答をしてくれた。


 政治的というほどでもないが、階位の差を覆すも引き分け、くらいの結果がちょうどいいと思うのだ。相手をしてくれたシャルフォさんたちにだってメンツはあるわけだし。

 一対一と仮定した場合、俺や綿原さんが瞬殺されるのは当然として、それでも先生と中宮さんならもしかしてという想いはある。この二人、絶対『裏技』を隠しているはずだから。



「技を超える力、というより速さかしら。四階位の差は大きいわね」


 戦闘話になった途端、急に中宮さんにスイッチが入った気がする。メガネの話題の時は黙ってニヤついていたくせに。


「中宮さんさ、パンチを受けたトコ、大丈夫なのか?」


「戻ったら美野里みのりに見てもらうわ。【痛覚軽減】が無かったら……、ちょっと危なかったかも」


 気になっていたダメージについて聞いてみれば、中宮さんは重たい内容をけろりとした顔で言ってのけた。こういうところが中宮さんだ。武闘派女子の覚悟がすごすぎる。



「大丈夫なの? 凛」


「本当に大丈夫よ、凪ちゃん。間合いくらいわきまえてるから」


「あの一歩前に出て受けたってやつでしょ?」


「相手が速すぎて一歩が半歩になっちゃったのよ。それでこのザマ」


「それでも勝てたじゃない」


「もうちょっとスマートにできたはずだったのよ」


「わたしにもできるかしら」


「凪ちゃんは後衛職だし、サメと組み合わせて立ち回らないと」


「でもカッコいいじゃない。あえて前に出るなんて」


「そ、そうかしら」


「そうよ。わたしも早く七階位になりたい。凛はもうすぐでしょう?」


「まあね。わたしこそ次は【反応向上】を取るつもり」


 綿原さんと中宮さんの会話が物騒すぎる。

 いや女子トークとしてそれはどうなんだ? もうちょっと方向性とかがあるだろう。


 先生はそんな二人の会話を黙って聞いているし、シシルノさんは悪い顔をして笑っている。

 ヒルロッドさんと俺はお互い苦笑いで目だけで言葉を交わし合った。



 ◇◇◇



「そうか。認めてもらえたんだね」


「やったじゃないか」


「うんうん」


「よかったね!」


 談話室に戻った俺たちを、みんなは心待ちにしてくれていたようだった。正確には持ち帰った成果を待っていた、か。結果は合格。こういう表現をすると高校の合格発表みたいになるな。


 そういうわけで俺たち四人、会議参加組はクラスメイトたちに絶賛されているところだ。

 当然悪い気はしない。中宮さんは上杉さんに小言を言われながら治療中だが、そちらは見なかったことにしよう。



「明後日から一泊二日よ!」


 ゲイヘン軍団長から引っ張り出した条件を、胸を張った綿原さんが発表した。

 食堂に拍手が鳴り響く。


 会議自体は予定通りの段取りで進行していたはずなのに、そこから四対四バトルやら軍団長との会話やらで、離宮に戻ってきた時にはすっかり夕食の時間だった。会議に参加しなかった訓練組は風呂まで終えていたくらいだ。

 俺たちが遅くなったのを心配してくれていたのだろう、食事をしながらの報告会はもう、あっちこっちから会議の詳細を聞かれて大騒ぎになった。


 俺が地図を修正してみせて、それを評価されたことを褒められて、模擬戦の話をすれば自分も参加したかったと悔しがられる。結果が良かっただけに、そんな時間が滅茶苦茶楽しい。


 今日ばかりはアヴェステラさん、ヒルロッドさん、シシルノさんとメイドさんたちも一緒の夕食だ。

 俺たちの調査隊参加について、いろいろと裏で動いてくれていたはずのアヴェステラさんには感謝しかないな。もちろん口には出せないので、心の中だけになるが。



「本当にやるのかい?」


「やれそうだったらです。条件はキッチリと決めておきますし、三層は階段の近くだけにしますから」


 次回の迷宮に同行できないヒルロッドさんが微妙な表情で俺に何度も確認をしてくる。ヒルロッドさんからしてみれば、本来なら訓練中の俺たちが自分の手を離れた場所で動くのを心配するのも当然だ。あからさまに口にはできないが、一年一組としてそれを喜んでいるのがちょっと申し訳ない気もするな。

 べつにヒルロッドさんと一緒が嫌だというわけではない。だけど今後を考えれば、俺たちが自身の力だけで迷宮に入ったという実績を作っておきたいというのがある。


 そう、条件付きではあるが、俺たちは次回の迷宮で三層に挑む予定だ。


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