第157話 必殺技の無い世界




「まずは全員を六階位にします」


 会議の翌日、言い換えれば調査隊の名目で迷宮に入る前日の朝、王国側の人たちを相手に綿原さんが演説っぽく一年一組の目標を説明をしていた。


 クラスの中ではすでにある程度の合意はできている。細かいことを話し合うのも今日の午前中までだ。

 昨日の夜のうちに全員で話し合って、前回と同様に『迷宮でやりたいこと』はリストアップしておいた。採用するかどうかでもめたけれど、それはそれで文化祭や体育祭の前みたいで、このクラスなら何度やっても楽しい時間だと思う。


「目標は一日目のどこかまでで」


「曖昧だぞー」


古韮ふるにらくんはいまさらなことを言わないでください」


 古韮のツッコミに対し、なぜか敬語のままの綿原さんは腰に手を当ててやり返す。


「魔獣がどれくらいいるかもわからないんです。たくさんいそうな場所はだいたいわかっているから、そこを通ります」


「わかってるって」


 昨日と同じやり取りではあるが、いつもバラバラでグダグダになる一年一組の話し合いを一晩寝かせて、再確認するのもこの場の目的だ。



「調査と階位上げを同じに考えているのは君たちだけかもしれないね」


 ヒルロッドさんがため息交じりに言うが、今回は近衛騎士総長のお達しで俺たちに同行することができない。どうやらそれが不満というより不安のようで、心配性のお父さんモードに入っている。


「大丈夫です。五階位組はもうちょっとですし、先生やミアもたぶん七階位目の前ですから」


「道中で階位が上がることを前提にしている段階で、あまり常識的ではないということは理解しておいてほしいかな」


「もちろんです」


 昨日よりはマシになったヒルロッドさんの顔色だが、別種のダメージが入っているようにも見える。綿原さんも容赦がないな。自信満々な態度はカッコかわいいから俺的にはありがたいのだけど。



「昨日も確認したけど、ミア」


「わかってマス。七階位になったらトドメは全部譲りマスから」


「ほんとよね?」


なぎはワタシをもっと信用するべきデス!」


 綿原さんがミアに追い込みをかけているが、半分は冗談だろう。半分はマジだけど。


 二層転落事故以来、二人の距離感はこんな風だ。綿原さんのイジり方もどうかと思うが、ミアもミアで悪い気はしていないどころかちょっと嬉しそうにしているくらいなので、周りも放置ということで落ち着いた。

 中宮さん曰く、こちらの世界に来てから凪ちゃんの冗談が増えたとかなんとか。それがストレスからじゃなく、綿原さんの本性ならいいのだけど。



 さておき、ミアの七階位については次回の迷宮でほぼ達成されるだろう。ヘタをすれば俺の六階位より先かもしれない。

 全部彼女の先制弓クリティカルが強力すぎるのが悪い。いや、悪いわけではないのだけれど。

 竹や丸太はさすがにムリだが、いっぺんに数が出てくるウサギなどは格好の的だ。数で攻めてくるから前衛には削りか無力化をお願いするわけだが、ミアの場合は削り切るから恐ろしい。

 単純な近接攻撃力でも先生と中宮さんに次ぐ三位に入るくらいで、遠近両用アタッカーとしてクラスの欠かせない戦力であることは間違いないだろう。



「七階位になったら【視野拡大】で不意打ちに備えマス」


「よろしい」


「んふふ!」


 ミアの提案は実に真っ当で、それを肯定する綿原さんとの笑い合いは見ていてほっこるするものがあるな。


「【必殺の一矢】とか【必中】が無いのが無念デス」


「【風術】か【魔力付与】じゃダメなのかしら」


「なんか違いマス」


 俺たち一年一組でときどき出てくる話題だが、この世界にゲーム的な必殺技系の技能は存在していない。いつもどおりおとぎ話を除けば、だけど。


 もっと正確に表現すれば、人体の動作を制御するような『型』に類する技能が見当たらないのだ。あとは理不尽なチート系も。

 ミアのいう【必中】なんていうのは弓使いの定番スキルにありそうなものだが、そもそも『絶対に当たる』をどうやって実現するかという話になる。この世界の魔力は経過に介入はできても、結果を直接操作することはできない。妙なところで律儀とでもいうか。


 たとえば【剛剣】で剣を硬くしたり【鋭刃】で魔力的な切れ味を良くすることはできる。だけど【ファイナルアルティメットスラッシュ】みたいに、動作を模倣するようなことはしてくれない。

 剣は硬くしたし魔力的に大きくも鋭くもした、あとは自分でやってくれ、ということだ。


 こういう展開でありそうな【縮地】などは【豪剣士】の中宮さんや【忍術士】の草間くさまあたりが憶えそうな気もしたが、それも無い。言い切れないけど、ほぼ間違いなく無い。

 ショートテレポート的な意味でも、歩法的でも、どちらも魔術では実現できないからだ。いや、もしかしたらテレポートの方が実現可能かもしれないな。俺たちという存在がここにいるのだから。



 話が逸れたが今はミアだ。

 そういったわけで、クラスの中で七階位に一番近いのはミアで確定している。次点で先生、中宮さん、はるさんあたりだろう。できれば今回の迷宮で『彼女たち』の七階位を実現したいものだ。女子ばっかりじゃないか。

 ちょっと男子ーじゃないけれど海藤かいとうが一番マシのはずなので、がんばって男の子を見せてくれ。俺はまだ五階位で論外だからな。



「本当にわたしもいいのかい?」


「もちろんです。一緒に潜れば仲間ですから」


「いいねえ。その言葉も記録しておこう」


 嬉しそうに笑うシシルノさんは、ヒルロッドさんのムードと大違いだ。一年一組語録を集めるのはいいけれど、ちゃんと誰が言ったかも付け加えておいてほしい。今回の場合は綿原さんだからな。

 綿原さんを贔屓するわけじゃなく、恥ずかしいのが残された場合、誰がそんなコトを言ったかを明確にしておきたい。後のイジりにも使えそうだから。



 今回の迷宮では一年一組二十二人のほかに、メイド三人衆たるアーケラさん、ベスティさん、ガラリエさん、そしてシシルノさんが同行することになっている。

 シシルノさんなどはもっと有力な班と組めばいいのにと思ったわけだが、実はあの人は『六階位』だ。つまり長々と三層を歩かせるわけにはいかない。だけど二層調査隊は七階位までの、王都軍的には二軍戦力ということになり、そこにシシルノさんを入れるのはいかがなものか、となった。


『わたしは勇者に同行するよ。最初からそのつもりだったからね』


 そんな風にあっけらかんとシシルノさんは言い放ち、なし崩し的に俺たちと一緒になることが決定した。

 たしかに一緒に行くとは言っていたが、微妙な理屈までくっ付けるあたりが実にシシルノさんだ。



「本当は盾の練習とかもしてもらいたかったんですけど、仕方ないです」


「それはまた別の機会にお願いできるかな」


 一緒に行動する上にレベリングまで引き受けたわけだから、綿原さんのお言葉は俺たち的に正しい。アウローニヤでは後衛が盾を使うとか、ちょっと考えられないようだが、そんな常識は一年一組には通用しないぞ。最近はアーケラさんとベスティさんが練習しているようだし。

 ウチの後衛組は全員が一生懸命盾の練習をしているからな。大人し系の白石しらいしさんやちびっ子な奉谷ほうたにさんの練習風景を見たら、健気すぎて甘えたことなど言えなくなること請け合いだ。


 一年一組以外のメンバーとなると、アーケラさんとベスティさんが七階位、ガラリエさんが十階位だ。二層の限界階位が七だから、この三人にレベリングの余地はない。とくにガラリエさんは三層でも普通に戦力になるだろう。


 五階位と六階位の混成部隊な俺たちが偉そうなことをいえたわけでもないが、それでも最近はお手盛りでレベリングをしてきたわけではない。

 経験値分配システムならパワーレベリングもできただろうし、この国でも手を付けていないはずがない。ラストアタックルール、トドメを刺した人間だけにほぼ全ての経験値が入るというのが、いろいろな制約を作っているわけだ。この世界の神様は、結構意地が悪いと思う。


 お陰でこの国の後衛系神授職の人たちは、たいていが七階位で打ち止めになっている。理由は簡単。後衛の攻撃力では三層の魔獣にトドメを刺すのが手間だからだ。

 逆にその壁を乗り越えるような気合や事情のある人は、限界を超えて歴史に名を残してしまう。階位が上がれば【魔術強化】【多術化】【魔術拡大】などの技能が取れて、魔術の殺傷性を上げることができるから。

 魔獣を倒しきれる魔術を得た術師は、階層の壁を突き破る。要はそこまで到達できるかどうかだな。


 それでも【鮫術師】の綿原さんなどは、巨大なサメが魔獣を食い尽くす光景を夢見てがんばっている。どちらかというと悪夢だろ、などとセルフツッコミを入れかけたが、そういうことだ。



 ◇◇◇



「シシルノさんの七階位はオマケにしても──」


「オマケとは酷いじゃないか」


「事実ですから。それよりちゃんと聞いててください」


「わかったよ」


 文句を言いながらも薄ら笑いのシシルノさんに対し、綿原さんは大真面目な顔で話を続ける。


「全員が六階位を達成、七階位が最低三人、時間に余裕があって三層への階段の近くだったら、という条件が揃っていたら、一年一組は三層に挑戦してみたいと思っています」


 綿原さんのキメ台詞はヒルロッドさんとアヴェステラさんの方を向いていた。

 俺たちはとっくに決めていたし、メイドさんたちは黙ってついてくるだけ。シシルノさんに至ってはむしろ好都合くらいに考えていそうだ。反対まではいかないにしても憂慮するのは二人だけ。


「わたくしはみなさんの判断を支持します」


 それでもアヴェステラさんは透き通った笑顔で言いきった。


「いいんですか?」


「みなさんが言いだしたのでは?」


「……そうですけど」


 肩透かしを食らってしまった綿原さんが思わず聞き返したが、アヴェステラさんはどこ吹く風だ。


「わたくしはわたくしのできる限りで、みなさんの覚悟と活躍をお手伝いしたいと思っています」


 決意を込めたアヴェステラさんの言葉は、かなりギリギリだと思う。


 表沙汰にはしていないものの、本来アヴェステラさんは王女様の手足だ。頭脳を持ってはいけないはずで、俺たちの意思が王女様の考えに添っていたとしてもここまで言うとは、こちらが心配になるほどだ。

 アヴェステラさん以外の五人がどういう立場でここにいるのかは微妙だが、気付く人は気付くんじゃないだろうか。


「ありがとうございます。必要な時には声を掛けさせてください」


「ええ」


 綿原さんもアヴェステラさんの意思に感づいたのだろう、いつになく真摯にお礼と、ついでに甘えることを宣言してみせた。二人とも大したタマだと思う。



「ええっと、そういうわけだから三層を見るにしても、日程は二日目になります」


 気を取り直した綿原さんが説明を再開した。


「もちろん二層にいるあいだは、ちゃんと調査をします。予定の経路は今日中にわたしと八津やづくんで決めておくので、夜になったらみんなで写してください。シシルノさんたちもです」


「はーい!」


 みんなの返事は威勢がいい。前回の迷宮で事件が起きて……、毎回起きてるけど、しばらく迷宮はお預けかと思っていたところでの朗報だ、気合も入るだろう。

 いちおう王国側から出動する調査隊の予定はもらっているので、俺と綿原さんは昼間を使って一年一組の行動予定を組み立てなければならない。俺たち二人については、昨日に引き続き訓練はお休みになりそうだ。



「アーケラさんたちがいるっていっても、二人だけで離宮はマズいだろ。俺も残るよ」


「僕もかな」


「あ、わたしも」


 手伝いに名乗りを上げてくれたのは古韮と野来のき、白石さんだ。書類作り担当という役割どころをわかってくれていて助かる。

 綿原さんと二人きりも悪くないが、どのみちメイドさんたちがいるわけだから大した意味はない。むしろセキュリティという意味ではもうひとりくらい残ってくれてもいいくらいだ。古韮と野来は騎士なので守るという意味ではそれなりの戦力だけど。


「わたしも残りましょう」


 そのもうひとりは、どうやら先生になりそうだ。


「わたしもいいですか?」


美野里みのりも? いいのかしら」


「献立もありますし」


「ああ、そういうこと」


 先生に続いて上杉うえすぎさんまでもが居残りに志願した。先生と上杉さんの連発に、綿原さんがちょっとだけ気圧されている。静かな圧が強いタイプのふたりだからな。受け止めるハメになった綿原さんにはご愁傷さまだ。


「俺、上杉を手伝うわ」


「古韮くん、ありがとうございます」


 そしてちゃっかりと乗り換える古韮も古韮だ。地図作成の手伝いはどこにいった?


 まあこれでアタッカーがひとり、術師が三人、騎士が二人にヒーラーも加わって、いもしない敵に対応するだけの戦力としては十分といえる体制になった。迷宮にも入れそうなくらいだな。

 メイドさんたちも含めたら、もうこれは過剰だろ。


 ところで上杉さんの言った『献立』だが、居残る言い訳ではなくしっかりとした意味がある。そもそも上杉さんが理由なく動くはずもないし。



「炊き出しは美野里に任せるから、そっちはよろしくお願いするわね」


「ええ。任されました」


 綿原さんと上杉さんが頷きあう。いつにも増して、上杉さんが頼もしいオーラが吹き上げている。妙に嬉しそうだし、ご当人もノっているのかもしれない。


 これもまた昨日の夜、大雑把に決めておいたことだが、今回の迷宮調査で俺たちは炊き出しをやってみようと考えているのだ。


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