第158話 雑談のようになるのはいつものことで
『やっぱりもったいないよなあ』
それは誰の言葉だったろう。
三回目の迷宮で鮭氾濫に立ち向かったあと、あの時は運び屋もいてくれたからほとんどのシャケは持ち帰ることができた。今でもたまに食事に出てくることもある。定期的に【冷術師】のベスティさんや【氷術師】の
それでも持ちきれなくて放置してしまったシャケがあった。
つい先日の四回目ではもっと酷いことに、初日に運び屋が持って帰ってくれた分を除けば、いくらハウーズを助けるためとはいえ、ほとんどの素材を放棄してしまった。ランダムで残されていたぶんは捜索隊がある程度持ち帰ってくれたようだが、あれほどの食品ロスはいただけない。
そういえばミハットさんたちにも譲ったぶんがあったか。ネゴシエーター・ワタハラの大活躍だったな。
「素材が余りまくるのは見え見えですし、迷宮の中だけでなら大盤振る舞いしてもいいんじゃないかって思うんです」
綿原さんのセリフにはちょっとした嫌味が混じっていた。
こんな事態なのに素材を持ち帰るための努力は精一杯しているんですか? と。
今回のアラウド迷宮における異変は王都パス・アラウドにとっては死活問題だ。迷宮からの素材が滞れば、食料だけではなく皮革製品なども影響を受けることになる。衣食住のうち、衣と食がだ。
そんな状況で今回の会議中に、調査とは直接は関係しないものの運び屋の運用が話題に挙がった。
会議の場にいた人たちのほとんどが、実際に迷宮で狩りをするのを担当している。そうなると王都の食料事情どうこうではなく、いかに効率よく狩りをして素材を持ち帰れるかという話になるのは当然だろう。
とくに今のアラウド迷宮は魔境と化している。
基本的に戦力外の運び屋たちを連れながらの迷宮行をしたくない、というのが現場の意見だった。だったら運び屋にもっとマシな装備をさせてあげればいいのに、などと俺は考えるわけだが、それはダメらしい。装備がないのではなく、法律と前例、身分の差とかいう壁が邪魔をして、運び屋に与える装備はないのだ。
ふざけるなとも思ったが、この国の人たちはそれが当然という考え方をする。
声を大にしてツッコミたいところだったが、それは我慢しておいた。
この国にはこの国のやり方や事情があり、俺たちが日本から倫理チートを持ち込んでも反発されるだけだと、かなり早い段階で想定していたからだ。
鮭氾濫の時みたいに目の前で運び屋が怪我をしていたり、彼らを治療して戦力になってもらえる状況なら『勇者のワガママ』を発動することにためらいはなかった。だからといってアウローニヤの政治にまでは口を出したくない。境界線が本当にやっかいだ。
物語に出てくる主人公のように圧倒的力があれば、もっとハッキリ言いたいことを言えるのにとすら思ってしまう。
「しばらくは運び屋さんたちも集団行動みたいですし、運びきれない素材がでてくるのは仕方ないと思います」
やれやれとばかりに軽く肩をすくめる綿原さんだが、本心はいかばかりか。コンビニの娘として食品の廃棄処分など見たくもないと思っているのは想像できる。
で、賞味期限スレスレになったブツをどうするか。日本でも大手チェーンが捨てなければいけないだの値引きはダメだので一時期問題になったことがあるが、ここは異世界だから知ったことではない。日本でもプライベートな店なら
ちなみに運び屋の集団行動は安全性を高めるという観点ともうひとつ、『運び屋の警護をしたくない部隊長』がたくさんいたので、そういう落としどころになった。もうちょっとモノを運ぶ人たちに敬意を払ってもいいと思うぞ。日本でそんな発言をしてみろ、大問題になる。
部隊長はともかく一般の軍人たちはお互いに平民なのだから、もうちょっと上手くやれないものかと思ってしまうのだ。
そのあたりは綿原さんにも思うところがあるのだろう、キッチリと発言の中に運び屋の境遇を入れている。もっと言ってやれと言いたいところだが、さすがに境界線は超えないようにしておかないとマズいだろうか。
「今回は様子見ということで軍団長も許可を出したことだし、俺からはなんとも言えないね。君たちのやることは、なんというかこう」
「いいじゃないか。面白い試みだと思うよ」
半分呆れた風のヒルロッドさんと、新しいことが大好きなシシルノさんの対比は、もはやいまさらだ。
「ぶっちゃけるとですね、食材がもったいないというのも本当ですけど、もうひとつ理由があります」
そう言いながら綿原さんがニヤリと笑う。似合うな。
「王都軍のみなさんと仲良くなれるかな、っていう下心ですね」
前回の迷宮でミハットさんと交渉して素材を押し付けた綿原さんは、そういう考え方もできてしまうタイプだ。ついでにサメの布教もしていたけれど。
捨てる肉や野菜があるならば、一年一組のためにも有効活用してやろうという心がけだな。
異世界で炊き出しをやって人気者になってましたムーブを、俺たちは狙ってやろうとしているわけだ。黒くて結構。
これには王国側のみなさんも苦笑いだが、だからといってダメ出しをしてくることもない。勇者が勇者っぽいことをして人気が出るのは悪いことではないからな。
「綿原が黒っぽいのはいいけどよ」
「
「いやいや、睨むのは止めろ。そうじゃなくってさ」
あえて火に飛び込むようなセリフを使う古韮は、そうやってクラスのピースになっている。おちゃらけながら話を進めてしまうというか、そういう感じのマネができるヤツだ。
「炊き出しって単語だと味気ないかなって思うんだよ」
だからといってまともな方向に話を転がすとは決まっていない。どう評価したものだか。
古韮のおかしな提案を聞いた綿原さんは黙って先を促した。
「ほら、昨日の夜に話し合った時さ、文化祭の出し物みたいだなって……、アレ言ったのって
「……古韮さ、ホントにこの話、必要なのか?」
なぜ俺に話を振るのだろう。巻き込むのはやめてもらいたいのだが。
「意気込みだよ、意気込み。肉がもったいないのは本当だし、人気がほしいのも嘘じゃない」
「まあな」
「あとは俺たちの心だ。異世界で炊き出しとかいうと、教会とかで義務的にやってる感じになるだろ?」
「言いたいことはすごくわかるけど、今回は孤児相手じゃないぞ。それと宗教ネタは止めとけ」
どうして古韮と俺の会話は異世界あるあるネタに走ってしまうのか。
「だからこそ炊き出しって言葉を使わないでだな、俺たちもやりたくてやってる感じを出したいんだよ」
「わからんが、わかる気もするな、それ」
「だろ?」
なんかどうでもいいんじゃないかと思いつつ、文化祭というワードで楽しさも出てきた気がする。
視界に映るクラスメイトたちも、表情がいい感じになっているし。
「八津ならなんて表現する?」
「……『模擬店』」
「それだよ、それ! アニメならメイドカフェまで到達するパターンだ」
「あーっと、古韮?」
「なんだよ」
「俺はそこまで言ってないからな? みんなも聞いてたよな?」
保身は大切だ。こんなくだらないことで変な目を向けられる趣味、俺にはないぞ。
綿原さんの表情が微妙なものになってるし。
「なるほど、
「ミア……、なにを言ってる?」
まとわりつく空気をどうしてくれようかと苦悩していたら、ミアが追加の火種をぶっこんできた。
外さない?
「異世界あるあるとオタネタは大事だって、女子のみんなで教わりマシた」
なにしてくれてるんだ!?
「アタシは話半分だけどねえ。ほら、ずっと一緒にいるもんだからおしゃべりする時間が長くてさ、話すネタがねえ」
アネゴ口調の
そういえばミアはハーレムネタとかを使っていたな。あまり考えずに自然に受け入れていたが、まさかこういう伏線回収なのか?
白石さんは頬を赤くして視線を逸らしているし、疋さんはニヤニヤとこちらを眺めているだけだ。ダメだ、あっちに振ったら反撃が来る可能性がある。
「八津、古韮」
ここでついに
「僕たちも知っておいた方がいいかな。ゲームの話はたくさんしたけど」
そう言ってのけた委員長は、薄く笑っていた。
そうだった、ウチの委員長はこういう場の冗談にノレてしまうヤツだった。真面目一辺倒の堅物ではない。
こういう時に方向を立て直せるのは、誰だ?
副委員長の
「う、上杉さんが担当なんだし、上杉さんが、決めてくれればいいんじゃないかな」
二回ほど名前を呼んだ気もするが、それはこの際どうでもいい。なにを決めているのかも有耶無耶だけど、そっちもまあ、どうでもいいことだ。真面目路線というか、俺をイジりの対象から除外してくれ。
「迷宮でお酒は出せませんね」
「そっちかあ」
思わずツッコンでしまった。これでまた会話から逃れられなくなった気がする。
「炊き出しじゃなくて模擬店、ですか。これはがんばらないといけませんね。八津くん、綿原さん、迷宮委員に頼らせてもらいます」
「もちろんよ」
「あ、ああ」
どうやら上杉さんは別方向でスイッチが入っていたらしい。
食事処の娘として譲れないなにかがあるのだろう。店という単語にセンシティブすぎないか? さも当然とばかりに爽やかな回答をする綿原さんも綿原さんだ。俺だけが動揺しているみたいになってきているぞ。
「もちろん
「ああ、まかせとけ」
たしかに料理となれば佩丘の出番だろう。だからといってあっさり受け入れすぎじゃないか。
「迷宮で模擬店ですか。ふふっ、楽しみになってきました」
いつになく楽しそうな上杉さんに呑まれかけている自覚はある。ついでになんで俺がおたつく必要があったのか、そっちもだ。全部古韮とミアが悪い。
どうせやるなら楽しく、だろうが。
「なあなあ八津っち。俺もなんかやることあるっすかね」
「あ、わたしもお手伝いするから」
少し落ち着いた俺が別の高揚に包まれていると、そこに
「もちろん二人には出番があるわよ」
「綿原っち」
「
なにかあるだろうかと一瞬考え込んだところで、綿原さんが会話を拾った。
いつも思うのだけど、藤永と深山さんの息の合い方っていつもピッタリだな。
「【水術】で皿洗い」
「それっすかあ」
「うん、やる」
綿原さんの指示は納得の的確さだった。なるほど、模擬店と皿洗い、基本だな。しかも二人ほどの適任者はいない。これには同じく【水術】を憶えたばかりの笹見さんも参加かな。
「ねえねえ、模擬店やるならさ、お店の名前決めないと、名前!」
今度は
なるほど、名前か。って、もうダメだな。俺もこの状況が楽しくて仕方がなくなってきている。
視界のすみっこでは王国側の人たちが呆れたような、それでいて微笑ましいものを見るような目をしている。大人な人たちだな。
「名前、名前かあ」
「要るの? 名前。それよりコンセプトを」
委員長と中宮さんが中途半端に真面目なことを言っている。
「いやいや、大事だよ。名前」
「『うえすぎ迷宮支店』でいいんじゃない?」
「ああ、それいいな。うん、それがいい」
「本人の許可取れよ」
「いいよな? 上杉」
「あらあら、責任重大ですね」
「そうかあ?」
「仮にも『うえすぎ』の名を謳うんですから。それはもう──」
うん。ウチのクラスはこういうのが大好きな連中ばかりということだ。
「ねえ八津くん」
「ん?」
現場が混沌として、勝手に浮いていた俺の存在が落ち着き始めた頃になって
「迷宮で料理屋みたいのを出すのってさ」
「ははっ、異世界あるあるだ。やっぱり野来はわかってる」
「八津くんこそだよ」
お互いに笑い合う野来と俺だが、傍から見たらどんな感じなのだろう。俺としてはとても満足できる会話ではあるのだが。
「迷宮に美味しいお店があって、たくさん人が来ちゃうの」
「あ、碧まで。わたしも少しはわかるようになってきたんだからね」
白石さんはごく自然に、綿原さんはちょっと慌てたようにして会話に混じってくる。
「で、八津くん、こういうお話もあるのね?」
「ああ、そうだよ。結構定番。アニメ化されたのもあるし──」
一年一組のバカ話は、そこからもうしばらく続いた。
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