第155話 三手を使って
「四対四の団体戦でどうでしょう」
物騒な雰囲気を漂わせながら
会議場は完全に戦闘ムード、というよりは余興を見守る空気に入れ替わっている。片方の演者は俺たち勇者の四人だ。
一段上になっている発表用のスペースはそれほど広くはないので、決戦場は広間の中央。出席者たちが率先してテーブルを移動させているところを見れば、彼らがそれなりに期待をしているのがわかる。
「いいのかね?」
「わたしたちの強さは集団でこそ、ですから」
軍団長の思惑では戦いの場に立つのは先生と
どうせ勇者の神授職などは初日でバレバレだ。情報統制がほとんど機能していないアウローニヤの王都軍団長などという役職に就いていれば、ほぼスルーで俺たちの階位まで知っているはず。だからこそ、四対四などと言い出した先生の言葉を捉えかねている。
なぜ後衛職の俺と綿原さんまでもが参加するのか。どうして四人を一度になどというバトルロイヤルを望むのか。
まあ俺には先生の考えていることがなんとなくわかる。たぶん綿原さんも。中宮さんは……、どうだろう。背景事情はほかに任せて自分はどうやって勝つか、くらいしか考えていない気もする。
「八津君、綿原さん、怪我をしないように気を付けてください」
「はい!」
「はい」
俺が頭の中で考えを巡らせていたタイミングを狙ったかのように言われた先生の言葉に、俺と綿原さんはほぼ同時に返事をした。
戦うように仕向けておきながら怪我をするなとは、先生の想定はやっぱり俺と同じ方向のようだ。ならば自ずとやるべきことは決まってくる。
あえて先生が声を掛けなかった中宮さんは、少し離れたところで独り目をつむり、自然体で集中をたかめているようだ。その気合がこちらにまで伝わってくる。
俺は俺なりのやり方で調査隊に貢献できることを示してみせた。今度は自分が、という意気込みなんだろう。
綿原さんも中宮さんも気の強いことは同じだけど、方向性が違うからな。
どちらかといえば綿原さんは誰か押し上げるのを好む性格をしていると思う。前にナンバーツーが好き、とか言っていたっけ。
「勝つわよ」
そんな中宮さんがクワっと目を開いたかと思えば、それだけを言い放って不敵に笑った。
主人公ムーブしているなあ。
◇◇◇
「第三大隊麾下ヘピーニム隊、隊長、シャルフォ・ヘピーニム。【強剣士】です。階位は十」
大柄で金髪な三十くらいのおば……、お姉さんが相手側四人の最後に名乗った。嫌味を感じさせないニカっとしたした笑いと体格が、ウチのクラスのアネゴたる
会議室のほぼ中央、周りを観客に囲まれた状況で、俺たちは『模擬戦』の相手と対峙していた。
正面に並ぶ四人はヘピーニム隊長と分隊長が三人。女性と男性が二人ずつで、全員が十階位の前衛職だ。
ただし会議の場の余興ではあるし、そもそも武器を持ち込んではいないので全員が騎士服……、向こうは軍服か、要は素手で紙装甲状態だ。
「
「【豪剣士】六階位、
「
「
こちらも礼儀として名乗りを上げたが、上位職なのはいいとして後半二人が微妙すぎる。向こうもなんだそれって顔をしているし。
十階位の前衛職相手に五階位の術師なんて、勝てるビジョンが浮かんでこない。それでもまあ、やるだけのことをやらないと、横にいる女子三名にあとでなにを言われるかわかったものじゃないからな。
「本当に上位神授職ばかりなんですね」
向こうの隊長、ヘピーニムさんの口調は丁寧だ。普段からなのか、俺たちが勇者だからなのかはわからない。
「【鮫術師】と【観察者】はわかりませんけど」
対する綿原さんの返事も堂々としたものだ。いざという時の度胸はいつもすごいと思う。
「あくまで親睦を深めるための模擬戦だ。勝敗の判断は各人に任せよう」
王都軍団長がジャッジをしてくれているが、親睦とまで言うならやらなくてもよかった気もする。
猫の手も借りたい状況で勇者たる俺たちが調査隊に立候補したんだ。それでいいじゃないかと思うんだけどな。
「手加減は構わない。手抜きはするな」
なんとも無体な団長の言葉だが、言いたいことはわからないでもない。
ヘピーニムさんたちがガチったら、先生や中宮さんはともかく俺がヤバい。具体的には腕の一本や二本が千切れてなくなりそうだ。【痛覚軽減】どころの話じゃないからな。
本気で手加減をお願いしたいところだ。
あちらまでの距離はだいたい五メートル。この世界の常識ならば至近距離だ。なにせ一歩で踏み込めるような超人の集まりだからな。
こちらの並びは左から先生、綿原さん、俺、中宮さんだ。
なぜ後衛職の二人が内側なのかといえば、それがいつものコンビネーションだからとしかいいようがない。ここでポジションを切り替えるほど俺と綿原さんは器用ではないし、両脇の二人はそれをわかった上で動いてくれると信じることができる仲間だ。
いよいよ戦いが始まる前段階として【観察】と【集中力向上】【視野拡大】を全開にしていく。ついでに【平静】と【痛覚軽減】も。技能のオンオフが上手くなったと自分で自分を褒めたくなるくらいには心が落ち着き、ピントが合ったまま視界が広がっていく。もちろん全部が見えているぞ。
「始めろ」
「あぁぁぁいっ!」
マンガの武闘会のように威勢がいいわけでもなく、淡々と発せられた団長の開始の合図に被せて部屋中に響き渡ったのは、もちろん我らが滝沢先生の一声だった。
この世界には化け物がうようよと普通にそこらに転がっている。人間という名前の、なのに地球にいればオリンピックを総なめにした上で出入り禁止になるような、そんな存在がどこにでも。
階位を積み上げて得られた技能と外魔力。これさえあれば、彼我の距離など瞬きひとつだ。
それでもさすがに音速を超えることはない。
だから相手の行動が一瞬だけ遅れることになる。先生たったひとりの行為が、四人の敵を同時にだ。
これが一手目。
◇◇◇
一年一組は早い段階から、それこそチンピラ貴族のハウーズたちに絡まれる前から『対人戦闘』を視野に入れていた。
物語の主人公のように圧倒的な力でザコをなぎ倒したいわけではない。圧倒的強者に立ち向かって、奇跡のジャイアントキリングを成し遂げたいわけでもない。そんなロマン溢れるバトルを求めていたわけではないのだ。
代わりといってはアレだが、法律やらの制度を調べれば調べる程にアウローニヤのうさん臭さが見えてきた。
その当時はまだ陰口を叩く訓練生がうざったかったくらいだが、そもそも『王家の客人』に対してそれができてしまうような社会構造になっていることが問題だ。そこから【聖術師】パードのサボタージュ事件が起きて、しかもそれが第三王女の仕込みだと発覚した段階で、俺たちの危機感は水準を超えた。それこそ先生が真っ先にといっていいくらいに。
『個人的な恨み、ちょっとした行き違いだけではありません。それこそ政治や軍事のレベルで人と争わざるを得ない、そんな時がくるかも……』
そんなことを俺たちに言わなければいけなかった先生の気持ちはどんなものだったろう。
敵か味方かもわからないような仮想敵は、階位を上げた超人ばかりだ。
こちらに来て、初めて訓練場を見学した時の中宮さんを思い出す。武術女子の心中を想うと……、いまだにそのあたりはわからない俺がいる。女子の心が読めないとかそういうのではなく、単純に武張った連中のプライドがよくわからないだけだ。
そこからはハウーズや近衛騎士総長の襲来など、やはり対人戦闘の可能性を俺たちに思い知らさせるような事件も起きた。
悪意の有無こそあれ、今の事態もそのひとつなんだろう。
力こそ正義とも筋肉はすべてを解決するとは思えない。
それでも俺たちは完璧とはいえずとも、心の準備が完了していなくても、備えてきた。
◇◇◇
先生の猿声で出足が遅れた相手に対し、こちら側からの一歩目は俺の役割だ。
ちょっとだけ顎を引くことで、決して相手に視線を合わせない。それが敵に疑心を呼び込む。
さっきまで俺が披露していた地図を読み解くという行為の記憶がそちらの頭には残っているだろう。そんな俺が、しかも後衛のはずの存在が前に出れば、それはもう警戒して当たり前だ。
「一番怖かったのは、問答無用の先制攻撃だったんですよ」
心の底からの本音だった。それがさらに相手の判断を迷わせてくれれば、もっといい。
言葉は立派な武器になる。魔獣には通用しない、人を相手にするときだけに使える手段だ。
これが二手目。
「受けるなっ!」
だけど俺にできる牽制はそこまでだった。口調の変わったヘピーニムさんが警戒の声を上げると同時に体重を前に移動させるのが見える。遅ればせながらでも、明確に突撃の姿勢だ。
十階位であれば、そこからでもまだまだ間に合ってしまうという理不尽さよ。
「ここっ!」
決意を固めたヘピーニムさんが踏み込もうとした瞬間、綿原さんの鋭い声と共に俺の眼前にサメが出現した。
まるで俺がサメを作り出したように見えただろ?
もちろん綿原さんの仕業なのはいうまでもない。
彼女だけでなく、一年一組の連中はいつもなにかの技能を動かし続けている。大抵は【体力向上】を基本に【身体操作】【視野拡大】【集中力向上】あたりが定番だ。
ただし術師は少し違う。
綿原さんならサメだ。
今回は会議中だったのでサメこそ出してはいなかったが、その代わりに彼女は服の裾のあたりで『砂』を回していた。武器不携帯が原則なので普段よりも少ないが、小さなサメを作るくらいはできるだけの量を。
俺が踏み込んだ一歩は真っすぐ前ではなかった。
半分だけ左側に、綿原さんの前に出るように動いて、背中にサメを隠しておく。
これが最後の三手目だ。
ここから先は出たとこ勝負になる。
なにをどうしたところで、俺と綿原さんでは十階位の前衛になど太刀打ちできない。もとい、盾に集中した綿原さんならガードくらいはできるかもしれないが、所詮はその程度だ。
だけど先生と中宮さんなら──。
「シュェッ!」
俺の両脇に風が吹いたと感じた時にはもう、中宮さんが鋭い掛け声と共に敵とぶつかり合っていた。
左では同じように先生が。
◇◇◇
階位というシステムは本当にズルいと思う。
相手を躊躇させるために俺は前に出たが、向こうが引っかかってくれていなかったらどうなっていたか。
まず真っ先に俺がブチのめされていただろう。
現に完全に先手で踏み込んだ先生と中宮さんに対し、意識が削がれていたはずの敵は完全に反応してみせた。
階位上昇に伴う外魔力がもたらす身体強化は、なにも力だけを増幅させるわけではない。反応速度すら強化されてしまう。だからこそ回りくどい俺のフェイントがわかってもらえた部分はあるが、そこからの対応が速過ぎる。これが十階位か。
十六階位の近衛騎士総長の時は一方的すぎて認識できなかったが、四階位や五階位程度の差なら何が起きたくらいはわかってしまう。ましてや俺は【観察者】だ。
カウンターが来ることを前提にした先生は、相手の拳を左肩で受け止め、滑らせ、逸らしてみせた。【反応向上】がなかったらそこでアウトだったかもしれないな。
そのまま相手の左脇に腕を突っ込んで、肩をロックする。
「ぐああっ」
変形アームロックとでもいえばいいのだろうか、相手の肩をキメたまま先生は立ち止まっていた。
苦悶の声を出した敵、二十歳ちょっとくらいのお兄さんは、そこからもう動くことができないでいる。
『完全にキマりきったサブミッションは力では外せません』
いつだか聞いた先生の言葉を思い出す。
先生は六階位で相手は十階位。並大抵のやり方では力で引きはがされて終わりだろう。
だからこそ先生はそれと別の形で、敵の無力化に成功していた。
左の先生がそれなら、右の中宮さんはもっとえげつない。
こちらも二十歳くらいの女性が繰り出したパンチに対し、中宮さんはさらに前に出ることで距離を殺しながら、それをわざと腹筋で受け止めていた。
この段階でクソ度胸としかいいようがない。ほんの少しでも遅れていれば吹き飛ばされていたのは間違いないだろう。
「本当なら柄をこめかみに入れるんだけど」
中宮さんは腹で受け止めた相手の拳を片手で引っ掴み、もう片方の手を相手の頬に添えていた。
これがビンタとかなら相手もそれなりに反応していたのかもしれない。
だが中宮さんの左手は当たり前のような動作で、まるで頬を撫でるかのようにごく自然に伸ばされて、その親指を相手の眼窩に触れさせていた。
いつでも目を抉れるんだぞ、少しでも動いてみろ、わかってるんだろうな、という意思表示だ。目がマジなのが怖すぎる。
先生の関節技とはまた別の形で、中宮さんは相手を黙らせた。
「まいりました。よくもまあ」
そんな両脇の二組をよそに、俺の肩にはヘピーニムさんの手が乗せられている。こんな状況でも彼女の声は案外明るかった。
さらにはうしろの綿原さんの目の前にも敵が立っている。殴られたりこそしなかったが、俺と同じくあちらも詰みのようだ。
苦笑いで両手を上げて降参ポーズをとる綿原さんだが、その顔にはしてやったりと書かれている。俺も同感だ。
先生と中宮さんが相手を拘束、俺と綿原さんは降伏。
四対四の戦いは引き分けという結果に終わった。
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