第154話 王都の軍団長
「突発的な魔獣の大群に遭遇することが考えられるため、調査が進むまでは分隊単位での行動は控えることとする──」
なぜか俺が応対することになった戦術談義だが、いつまでもそのままというわけにはいかない。
会議の進行としてはそれほど外れていなかったのか、ハザードマップを参考にした戦いについてしばらく時間を使ってから、議題は調査隊の具体的な編成や行動などに移っていた。
この場の主役たる王都軍団長からの基本的な指示が出されて即質疑応答という形で、まるでグループディスカッションの様相だ。
俺たち一年一組の四名は壇上にいつの間にか用意されていた席に座っている。ヒルロッドさんとシシルノさんも一緒だ。
ヒルロッドさんはじつに居心地が悪そうだが、それでもたまに質問をされれば、それでも律儀に答えを返す。このあたりは『灰羽』の隊長は伊達ではないといった風格だ。十三という階位だけではなく、こういうところでもヒルロッドさんの教官としての強さが垣間見えるな。
シシルノさんはなにが面白いのか、もはや出番は終わったという空気でニヤニヤと状況を見守っている。逆に
俺はといえば──。
「行動単位は基本三分隊で。【聖術】使いは最低でも一人だ。できれば二人だな」
「斥候についてはどうするのですか?」
「ふむ。ヤヅ、どう思うかね」
なぜかこうしてたまに質問を回される側に立っていた。
「今回の調査内容だと、偵察はとても重要だと思います。班ごとに最低でも二人、偵察ができる人がいた方が。ウチの場合は二人ですね」
さすがに斥候としての
「魔獣の群れの向こう側を見る、だったな。勇者のところは二十二人と騎士分隊がひとつだったか。我々としても【探索士】と【捜術師】を総動員するしかないか」
今回の調査では魔獣の探知があらゆる意味で重要になるだろう。
普通ならば倒すか逃げるかの二択だろうけれど、今回はそれに加えて削りやその先の偵察までが必要になるからだ。力業で押し通ることもできる体制は作るようだが、もちろんそんなことをしないで終わる方がいいに決まっている。
王都軍の団長、カルフォン・テウ・ゲイヘンさんは実戦的いうか実務的な人だった。
近衛騎士総長と同じくらいの年齢で、爵位も同じ伯爵。会話の流れからして本人が迷宮に入ることはないようだが、だからといって魔獣を舐めてかかるような態度を見せない。
「あの人は以前、大隊長の頃までは潜っていたそうだよ」
「なるほどそれで」
あまりに細かい取り決めに俺が驚いているのを見て取ったのか、ヒルロッドさんがそっと軍団長のことを教えてくれた。
「元々の家柄がある人だからね、軍団長の座は決まっていたんだよ。ただ、そうなると迷宮に入れなくなると、本人が嫌がったそうでね」
「そんな人もいるんですね」
てっきりこちらの偉い人たちは迷宮に入るのを嫌っているものだとばかり思っていた。
王国軍には『軍』もしくは『軍団』と呼ばれるものが七つだか八つだかあるらしい。
それぞれに軍団長がいて、目の前で会議を仕切っているゲイヘンさんもそのひとりだ。ちなみに王国第一軍、通称『王都軍』は王国軍の中でも一番の格上になっている。この国はなんにでも格付けをするのが好きだなという感想だ。
軍はいくつかの大隊が集まってできあがっている。どの軍にいくつ大隊があるとかいうのは決まっていないらしい上に、軍事機密の壁もあって詳しいことはわからない。
このあたりは軍オタの
大隊にぶら下がるのが中隊、と想像してしまうのが俺の発想なのだが、この国では単純に『隊』と呼ばれている。これまた隊がいくつ集まれば大隊になるのかは決まっていないようだ。
このあたりを馬那はグチっていた。喜んだり憤慨したりで忙しそうだったけれど、野球少年
そんな隊を構成するのが分隊で、いちおうこれが軍隊としての最小単位とかいうのになるらしい。六人から七人が基本になる。ちなみに隊によって分隊の数はまちまちだ。馬那については……、もういいか。
数が少ない【聖術】使いなどは作戦によって隊や分隊に貸し出される形になっている。術師や偵察系の人たちもそうらしいが、これもまた軍事のことなのではっきりした資料は見当たらなかった。
秘密部隊とがありそうだし、そもそもメイド三人衆の内、アーケラさんとベスティさんはかなり怪しい。というか隠密だな、あの二人は。
シシルノさんは軍の人だが、どこの軍団でもない軍務卿直轄の『王国軍総合魔力研究所』に所属している。
まとめると王国軍は一番上に軍務卿がいて、まあこの人は壇上で静かに座っているだけのおじいちゃんだが、事務仕事しかしていない。そこから軍団があって、大隊、隊、分隊とわかれていく感じだ。
ちなみに近衛騎士団の指揮系統は総長がトップで、各騎士団は王国軍の大隊に相当する。つまり王国軍の方がはるかに規模が大きいわけだ。王城守護と国全体の比較を考えれば当たり前だな。
そこから隊、分隊に分かれるのは近衛も王国軍も一緒だ。
ヒルロッドさんが隊長をやっている『ミームス隊』は三つの分隊でできているらしい。その内ひとつの分隊長が俺たちがお世話になっているラウックスさんだ。
ミームス隊のような隊がいくつか集まって大隊ならぬ第六近衛騎士団『灰羽』はできている。騎士団副長兼『ハシュテル隊』隊長のハシュテルのおっさんは、役職上ではヒルロッドさんと同格なのだ。
まあ近衛の場合でも『隊の格』とやらがあるし、あちらは『筆頭副長』で男爵だから、結局はヒルロッドさんは格下扱いになってしまうわけだな。
これ以外にもアウローニヤには領主軍とかもあるらしいが、この国の軍制度はこんな感じだ。
熱弁を振るっている王都軍団長はとても偉いわりに現場主義という、俺たちの知っているこの国の人たちとしては会ったことのないタイプの人だ。ここまでの感じでは悪印象を持ちようがないな。近衛騎士総長? 知らん。
◇◇◇
「──編成と行程については以上だ。ただし今回の調査については不確定要素が多く、随時修正がなされるものと認識しておいてもらいたい」
俺としてはこの会議にかなり感心している。感心などといっては失礼かもしれないが、本心からだ。
総じて真面目というか、迷宮で戦うことに対しての真摯さが伝わってくるから。第四と第五近衛騎士団もそうだが、とくに王都軍の人たちにそれは顕著だと感じられた。彼らには必要であれば俺のような若造の言葉を聞き、それを受け入れる度量がある。それが迷宮で生き残るためのコツだといわんばかりに。
こういうプロフェッショナルな感じ、俺は大好きだ。
「さて、今回の調査についてだが、総責任が私にあることは皆も承知しているだろう」
なんだかんだで一刻、二時間以上に及ぶ会議もいよいよ締めの空気になり、すっかり司会になっていたゲイヘン軍団長が改めて責任の所在を確認した。冒頭のあいさつで言っていたことの繰り返しだが、最後にもう一度というのも大切なのだろう。
「最初の班は明日から作戦行動に入る。せわしないことではあるが、これも王都の安寧のためだ。励んでもらいたい」
本当に、心の底から真面目だな。これが口だけでなければ最高なのだが。
「今回の作戦は大規模なものになる。二層と三層の全捜索、可能であれば四層もだ。当然ながら主力には三層を受け持ってもらうわけだが──」
最後のまとめといった感じで軍団長の言葉は続く。
アラウド迷宮の二層と三層は王国の食糧庫にして発電所のようなものだ。異常が起きているからといって長々と調査だけに時間をかけるわけにもいかないだろう。
当然ながら十階位クラスの主戦力は三層探索がメインになり、自動的に二層担当は七階位までの人員が投入されることになる。
いちおうは十階位以上だったはずのハシュテル副長たちが逃げ出し、十三階位のヒルロッドさんを含めた俺たちが三十人がかりで死闘を繰り広げるようなそんな状況で、七階位クラスの部隊を戦わせるのならば、それはもう数に頼るしかない。
「そこで急遽であるが、これに参加を希望する有力な部隊の推薦を受けている」
軍団長のいう『有力な部隊』とやらに心当たりがありすぎる。
会議に隙が無くてどこで立候補しようか迷っていたのに、その前に推薦ときたか。これこそ仕込みだろ。
「先ほど説明を担当してくれたジェサル卿からの紹介だ。どうやら自薦でもあるらしい。勇者の一行だよ」
シシルノさんめ、やってくれる。
ここはもう勢いよく立ち上がるところかな。
「勇者にはある程度の自由裁量が与えられていると聞くが、書類上は近衛騎士団の預かりだ」
だが、そこからも軍団長のセリフは続いた。微妙な言い方だな。
「近衛騎士総長殿、勇者たちの出陣の許可はいただけるかな?」
これまで俺たちは迷宮入りについて総長の許可など得たことはないが、いちおうはそういうことになるらしい。
嫌な雲行きだが、総長はどう出る。
同年代で白髪交じりの軍団長と金髪おじさん総長が一瞬だけにらみ合ったような気がした。
「好きにしろ。やるというならば勇者一行だけでやればよい。だがこれは教導ではない。近衛騎士を付けるなど、できるわけがないな」
軍団長に対する返事はいかにも近衛騎士総長らしい放り投げたような言葉だった。嫌がらせでもしたいのか、俺たちにミームス隊を付ける気はないらしい。それで俺たちに損害が出ようとも、勇者が言いだしたことなのだから総長に非は無し、と。
いいな。実にいい。
出会ってから初めて近衛騎士総長と意見が一致したぞ。
全員が七階位になって騎士団を作るまで、一年一組はどうあってもヒルロッドさんたちにお守りをしてもらわなくてはいけない。実力というよりは、体裁の問題でだ。
だがここで『勇者だけで行動した』という実績ができれば、またひとつタガを外すことができる。素晴らしい展開だ。
「総長殿の英断に感謝しよう」
懸念は消えた。これにて俺たちの調査隊入りは確定したことになる。
明日すぐにとはならないだろうが、これは忙しくなりそうだ。
「だが問題がないわけではない」
今までは観衆たる部隊長たちと壇上の俺たちを交互に見ていた軍団長は、今度こそ完全に俺たちに向き直っていた。ここまでは比較的穏やかでおじいちゃんっぽかった目が、急に鋭くなったような気がする。やはり長年迷宮で戦ってきた人は違うというのを実感させられた。
参加を認めてもらえたお礼をしようと浮かしかけた腰が、そのまま椅子に固定されてしまった気分だ。
「君たちには実績がある。滑落罠にかかり二層に転落しながらも、四人だけで生還を果たした。そのうちの二人はヤヅとワタハラだったかな。その時の君たちの階位は?」
ポジティブなのかネガティブなのか、ちょっと理解に苦しむ質問が飛んできたが、答えるのは簡単だ。
「三階位でした」
俺より早く綿原さんが返事をする。出番を取られたとまでは思わないが、こういう時の綿原さんは素早い。スイッチの入りが小気味いいな。
「報告書は読ませてもらった。弓士がひとりに【聖術】使いがひとり、術師と後衛だと思われる【観察者】。そんな三階位が四人だ。しかも丸一日の迷宮行だったとか」
順番にミア、
「生還の鍵になったのは君だということは、先ほどまでの説明で確信できた。ヤヅ」
「……四人が力を合わせたのと、偶然もありました。捜索隊も来てくれましたし」
「だがそこにヤヅの経路選択があったのは間違いないだろう」
なるほど、だからこそ俺なんかの意見をちょくちょく聞いてくれていたのか。そもそも冒頭のハザードマップを指摘したあたりでも文句が出てこなかったのは、そういう下地があったからだろう。
綿原さん、微妙にドヤるのはやめてくれ。先生にとってはトラウマモノの事件だぞ。
「さらには先日の遭難事件だ。訓練中の見習いが魔獣の群れを乗り越えて、同じ訓練生を救い出すとは恐れ入ったぞ。あの地図はその時の産物だな」
「それはまあ、そうです」
むしろそっちが本命の判断材料か。
こちらとしては『迷宮のしおり』が軍にバレるのは承知の上だったから、動揺することはない。
「地図もそうだが、私が君たちを評価しているのはむしろ心がけの方だ」
軍団長の声が少しだけ大きくなった。まるで周りに言い聞かせているかのように。
「迷宮に入るための下準備から、実際の行動も立派なものだ。そしてなにより、訓練生の身でありながら遭難者の捜索に尽力し、これを成し遂げた。これこそ迷宮を行く者として相応しい姿だろうと私は思っている」
若干の褒め殺しになってきているが、どうにも目つきが気になるぞ。
「それでもわたしたちでは不足ですか?」
そんな空気を汲み取ってしまったのだろう、綿原さんが言い返した。
決して先走りとは思わない。彼女が言わなければ俺が出張っていただろう。もしくは中宮さんが。
「個人的に不足とは思っていない。だがな、勇者の損耗が王都軍の体面に関わるのも事実だ」
軍団長は心外といわんばかりの表情で、体裁についてを口にした。
俺たちになにかが起きること自体、政治的な意味でマズいということか。
これまで俺たちが立ち会うことになった危機は、あえて俺たちから飛び込んだものではない。『勇者のワガママ』を何度か発動したが、やむにやまれぬ場合ばかりだ。
だが今回のケースはちょっと違う。俺たちは今、地上にいるのだから。
「私を含めたこの場にいる者たちが懸念しているのは、勇者の遭難だ」
「それは、はい」
綿原さんが悔しそうに返事をする。彼女にも理屈はわかるのだ。
王国軍や近衛が仕事中に事故るのは織り込み済みだろう。それが仕事なのだから。
だけどそれが、いまだ訓練中の勇者だとしたらどうだ。
「これは両殿下のお墨付きだ」
そんな軍団長の言葉は俺たちだけに聞こえるような小声だった。
両殿下? 違う。絶対第三王女に決まっている。
「我々は勇者の知と目を知った。つぎは力を、ここで見せてはもらえないだろうか」
「やります」
今度こそ立ち上がろうとした俺の肩に手を置いて、先生はすでに立ち上がっていた。
ちなみにやると言ったのは、先生と同じように綿原さんの肩に手を乗せた中宮さんだったりする。
すぐ横ではシシルノさんがものすごく楽しそうに腹に手をやり、ヒルロッドさんは胃に手を当てていた。ポーズはほとんど同じなのに、温度差が酷すぎる。
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