第222話 隊長になってくれ
「副団長、マコト・アイシロです」
「同じく副団長、リン・ナカミヤです」
観客に向かって先頭に立った先生の左右背後で、
観衆のみなさんは陣形を組み換えた俺たちを見て訝しげにしている。うん、気持ちはわかるぞ。
先頭を騎士団長たる先生、両脇うしろを副団長の二人まではいい。ここまではいいんだ。
「『タキザワ隊隊長』コウシ・ヤヅです」
なんとつぎに名乗りを上げるハメになったのが俺だ。
『タキザワ隊』とはなにか。なんで俺が隊長なのか。
もちろんワケはある。大した深くもない迷宮騎士団の事情とクラスの悪ノリが、俺を謎の役職に就けることになってしまった。
ああ、やっぱり観客たちがざわめいている。それでもまあ、わかる人にはわかるのだろうけど。
視界に入っているキャルシヤさんなどは表情が硬いが、ゲイヘン軍団長や『黄石』のヴァフターさんは、どうやら気付いたようだな。面白げに口を歪ませている。
俺が立っているのは副団長から一歩下がった中央だ。つまり先生を頂点にした横長のひし形みたいな形になっている。そして俺のうしろには六人ずつの列が縦に三つ並んでいた。
列の先頭が、それぞれ『分隊長』だ。
「第一分隊長、メイコ・ホウタニです!」
「第二分隊長、ナツキ・サカキです」
「第三分隊長、ナギ・ワタハラです」
「第一分隊、ショウイチロウ・マナ」
「第一分隊、ソウタ・クサマです──」
そこから先は分隊ごとに全員が名乗っていく。
◇◇◇
「建前だけでいいですので」
昨日の午前中のことだ。キャルシヤさんの話題から膨らんだ話がひと段落した頃だったかな。
アヴェステラさんから頼まれたのは『緑山』の部隊編成だった。
アウローニヤでは六人から七人を一分隊として、それが複数集まって隊ができる。さらにそれがいくつか合体して騎士団だ。
ところが一年一組は二十二人。従士の三人は員数外にするように規定されていて、もちろんシシルノさんなどは問題外だ。
さらには騎士団長と副団長は分隊に組み込まれない。たとえばヒルロッドさんは『灰羽』の副長をやっているが、兼務しているのはミームス隊の隊長であって、配下の分隊とはべつの扱いだ。
そうするとウチのクラスは十九人しか分隊のための人数しか残らない。当然三分隊構成を取るしかなくなるわけで、そもそも『隊』という単位が意味を持たないことになる。騎士団イコールひとつの隊という捉え方でもいい。
そもそも迷宮の魔獣が増えている現在、騎士団や軍は最低でも三個分隊編成を取ってるのに、なんで俺たちがいまさらだ。だがしかし──。
「繰り返しますが建前ですので」
先生のミドルネーム決めの時に上杉さんによって毒を垂らされたアヴェステラさんはそう強調した。影響受けてるなあ。
これは迷宮騎士団の正式な書類に載ってしまう部隊編成だ。
王国の慣例上、騎士団長と副団長、もしくは隊長以外の騎士は何かしらの分隊に所属する。当たり前といえばそうかもしれないな。
一年一組は迷宮騎士団で特別だから俺の所属分隊は不明ですとか、こっちの好きにやらしてくれ、なんていうのが通ったとしても、べつに面白いことが起きるわけでもない。むしろなんだアイツらになりそうだ。
アヴェステラさんのいう建前とはそういうことだろう。
「いいんじゃないかな。建前は大事だよ」
結局、委員長の取り成しで一年一組は分隊を編成することになった。騎士団発足の前日にやることだろうか。
ところで、こういう事態で変なこだわりを見せるのがウチのクラスである。やるならキチンと、というよりは面白い、やってやろうじゃないかというノリになりがちなのだ。先生のミドルネームはご自身が嫌がっていたし、理由も生徒を想ってのことだったから方便で逃げた。
今回のケースはそれとは違うし、書類上の建前であってもどうせやるなら実際に運用できるレベルにしてやろう、と。
以前の三班構成やさらに細分化した班分けは、アレは一層でのレベリング効率のためだった。
だけど今の迷宮事情を考えれば、ぶっちゃけ分隊にわけた戦闘などありえない。俺たちは二十二人でひとつの単位だ。なんならそこにメイドさんたちやシシルノさんを加えてもいい。
そこに王国が建前でもなんでも分隊編成なんてものを要求してきたのだ。だったらマジで返してみせようという気概を見せたくなるのも人情だろう。
その時は俺もそう思ったのだ。実はちょっと楽しくもなっていたし。
今回の話は以前ネタで開催された騎士団ができたらやってみたい役割りごっこ、とかではない。
あくまで戦闘を前提にした分隊編成だ。つまり美化委員も保健委員も、給食当番とかのくくりではなかった。
ちなみに記録係とか出納とか、そっち系の文官職は保留になっている。
そもそもほかの騎士団ならそういう文官は行政府からの出向で賄っているらしいし、専属がいるのは総長くらいだとか。どうにも近衛騎士総長の権力が強すぎじゃないだろうか、この国は。
だが今のところこれ以上部外者を増やすつもりのない一年一組は、団長と副団長ふたりをはじめに、
そうしてガチで遊びで、しかも書類に残せる挑戦が始まった。
「先生に隊長をしてもらって、その下に三分隊しかないだろ」
軍オタな
一年一組はそれくらいの人数しかいないのだから、開き直って一隊、三分隊だけの騎士団とするしかない。もはやこれは確定事項だ。
とすれば隊長は体裁もあるし、先生が隊長兼任でいいんじゃないかな。『蒼雷』のキャルシヤさんが率いるイトル隊と同じような扱いだ。
そうなると先生を頭にして、副団長も名目上は省くから七・六・六で三分隊か。
「僕としては、隊長に
「え?」
「だってウチの戦いは八津ありきだろ?」
思わず聞き返した俺に対し、委員長は真摯な顔で言い返す。
まさかそんな話を委員長が持ち出してくるとは。
実態としては委員長の言うとおりだが、建前でいいのだから、そこにこだわらなくても。
近衛騎士や王都軍の隊には不文律が存在している。
その隊で最も『偉い人』が隊長。なんだそれという感じだが、平民だけで構成されている軍ならまだしも、近衛騎士ではそうなるのだ。とはいえそれが目立つのは第一から第三近衛騎士団になるのだけれど。
それに対してウチはどうなんだろう。
書類上先生が頭一つ抜けて偉いのはそうだけど、それ以外は平等だ。誰が偉いもない。
実態としてはいちおう俺が全体指揮をやってはいるが、ならばこの編成で俺の立ち位置はどうなるのか。先生が隊長なら、最初の頃に班長をやったこともあるし、どれかの分隊長?
「僕としては書類仕事が増えそうだし、現場は八津と綿原さんに任せられると助かるんだよね。先生もそうでしょう?」
「……それはそうですが」
委員長や中宮さんは副団長として、先生はもちろん騎士団長として、これまでなかった仕事が増えるらしい。もちろん野来や白石さんが手伝うだろうし、紋章官としてガラリエさんもヘルプしてくれることにはなってはいるが、確認とサインは絶対だ。
だから委員長の言いたいことはわかる。だけど先生まで同意しなくても。
「なるほど、団長兼任ではなく、専属の隊長を設置するわけですね。悪くない案だと思います」
アヴェステラさんまで、なにを言っちゃってくれているのかな。
「それに、名を散らす効果もあるかもしれませんし」
「なるほど」
なにか意味不明なコトを付け加えたアヴェステラさんに委員長が頷く。どういうことだ。
「みなさんに多くのあだ名が付けられているように、役職についても分散させておいた方が。視線が集中しないで済むかと思うんです」
アヴェステラさんの解説で俺もなんとか理解できた気がする。
一年一組の中でも目立つ存在とそうでもない人物がいる。目立つ筆頭は【聖騎士】の委員長だし、同じくらいで【聖導師】の
もしも悪意が向けられた場合、頭を狙われるとしたらどうなるか。
頭を隠すとすれば影武者を作ることになるが、そんなことはしたくない。ならば頭を増やす方法が思い浮かぶわけで、それがアヴェステラさんの言いたいことだろう。
俺も軍ではそこそこに有名みたいだし、隊長の肩書を追加すれば飾りにもなる、か。
「あまり前例はありませんが、隊を任せるという意味で団長と隊長を分けるのは在る話です」
そこから続いたアヴェステラさんの話によると、通常団長が隊長を兼務しないケースはほとんどあり得ないのだが、稀に面倒だからと隊長職を丸投げにする場合があるそうだ。
そういう意味じゃないですよね、と先生に視線を送ったら逸らされた。酷い。
でもまあ、それがクラスのためになるなら──。
「わかった、やるよ。隊長に立候補します。ただし部隊名は『タキザワ隊』で」
「え?」
俺のちょっとした反撃に先生は目を見開いた。
だってこうでも言っておかないと『ヤヅ隊』とか、誰かさんが『カッシュナー隊』がいいとか言い出して、そこから話が脱線しそうな気がするから。『緑山』を決める時の悲劇は、もうたくさんだ。
「いいわね、それ」
そして真っ先に賛成してくれたのは、当然の中宮さん。シンパだなあ。
「さんせーい」
「うん。文句なし」
「いいですよね、先生」
こういう波が出来てしまえばあとは流れでイケる。
案の定、クラスメイトたちは次々と賛成票を投じていった。
こういう感じで俺は迷宮騎士団『タキザワ隊隊長』に就任した。
「あとは分隊長を三人ですよね?」
「はい、そうですね」
時間も押しているし話を進めたいのだろう、アヴェステラさんは俺の言葉に即頷いてくれた。
ではこの場合の分隊長はどうするか。以前までの班長と同じく精神的支柱という意味では似た部分はあるが、大事なのは戦闘指揮ができるかどうかだろう。折角のマジモードなんだから。
普通の騎士団における分隊長は偉い人で決まる。隊どころか分隊ですらだよ。どうせ全員が騎士職だし、戦闘方法も確立されているのだ、余程の無能でない限りは大した差にはならないかもしれない。
だが俺たちの場合はちょと違って、バラバラな職を持つメンバーを使いこなすことが求められるのだ。そこに当人の強弱は勘定されない。
すなわち前線でバリバリの連中を選んでも周囲が見えていなければ問題だし、そもそもそういう役どころな連中を分隊長に据えるのは間違っている。俺たち的には後方からじっくり観察できる者こそが分隊長であってほしいのだ。
そこで名が挙がったのは俺を除き、
「わたしは立候補するわ」
真っ先に手を挙げたのは綿原さん。
「うん。ボクも」
次いで奉谷さんだった。
性格的にも能力でも文句のつけようがないお二人だ。
綿原さんは迷宮委員で動ける術師だし、奉谷さんは元気な副官だからな。
問題は最後のひとりだった。
立ち位置的な理想をいえば白石さんだろう。第二の副官だし、彼女の【音術】と【大声】は指揮に向いている技能だ。だけど性格がなあ。アニソン歌っている時はノリノリなんだけど。
同じ理由で深山さんと藤永も向いてはいないだろう。【冷徹】モードの深山さんならアリかもしれないが、あれは普通になるだけで性格が変わるわけでもないし。
となると、だ。
「僕がやるよ」
「いいのかい?」
普段は大人しい弟系男子の夏樹がすっと手を挙げ、アネゴな笹見さんが心配そうに声を掛けた。残るはこの二人だからなあ。
「どうせ肩書だし。ほら僕ってあんまり噂になってないからさ」
朗らかに語る夏樹だが、さっきアヴェステラさんが言っていた『名を散らす』というのを考えていたようだ。
【熱導師】の笹見さんは【導師】の段階ですでに目立っている。それに対して【石術師】の夏樹はちょっと強い【土術】使いくらいな見られ方だ。もちろん今のところはそうかもしれないが、階位と熟練を上げれば立派な遠距離『物理』アタッカーになれるだろう。なにせ石をぶつけるのだから。
「それじゃ、あとは振り分けね」
そんな夏樹に温かい視線を送りながら中宮さんが議事を進行させた。
そこからはとんとん拍子で、分隊が振り分けられていく。
盾役やアタッカー、ヒーラー、術師の分割など、最初の頃に比べれば、お互いの技能を知り尽くした俺たちならお手の物だ。
今なら【剛擲士】の
そう考えると一年一組のバリエーションも豊かになったものだ。
ちなみに自称特攻隊長のミアはブスくれていたが、そんな役職はあのごっこ遊びの話だ。
けどまあミアが先手を取るのはウチの必勝パターンなので、迷宮に入ってからなら名乗ってヨシ。九階位にもなったし【視覚強化】と【遠視】も取ったし、三層でもそろそろ弓を解禁してもいい頃だろう。
◇◇◇
「第三分隊、レイコ・ササミ」
時は今日の式典に舞い戻り、最後に笹見さんが名乗って『緑山』メンバーの自己紹介が終わった。
式典の都合とはいえ、場面場面で全員の名前が四巡くらいしなかったか?
「やっと終わりかあ」
うしろから小さく奉谷さんの声が聞こえてきた。普段は元気な彼女も、こういうのでは気疲れするらしい。
「──それでは、王室直轄第七特別迷宮近衛騎士団『緑山』、退場の行進となります。拍手でお送りくだささい」
「『緑山』前進!」
アナウンサーさんの声がホールに響き、先生が宣言した。俺たちは陣形を保ったまま前に進む。
王様たちのいるひな壇とは逆向きに整列した一年一組は、入ってきた扉に向かって退場するという段取りだ。
「そういえばあっさり分隊長に立候補してたけど、綿原さんってナンバーツーが好きなんじゃなかったっけ?」
扉を抜けたあたりで、ふと気になって綿原さんに聞いてみた。
適任ではあるけれど、ちょっとだけらしくないと思ったのだ。迷宮委員として責任を感じてたのだろうか。
「だからそうしたのよ。隊長が八津くんで分隊長がわたし。ナンバーツーでしょ?」
そういう理屈だったのか。それなら嬉しく納得しておこう。
こうして、王室直轄第七特別迷宮近衛騎士団『緑山』のお披露目は終わった。疲れたなあ。
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