第221話 ヴルム=タータ




「ショウコ・タキザワ様。アウローニヤの剣として、レムトの盾として、そして騎士たちを統べる者として相応しき男爵となることを誓えますか?」


「……誓います」


「では、あなたに魔力を」


 綿原わたはらさんの【蝉術】はさておき……、離宮に戻ったら大騒ぎだな。とにかくだ、王女様が滝沢たきざわ先生に投げたセリフは、俺たちクラスメイトと比べて一節多かった。


 最後まで『忠誠』とかの類な単語が出てこなかったのがちょっとだけ救いだろう。

 とくに先生に向けた統べる者というのが、騎士団ではあるものの一年一組を取り纏めろという意味になるのがいい。男爵とかになる人それぞれに用意されている文言なのかもしれないけれど、俺としては納得のフレーズだ。


 ここで先生が【超拳士】とかにジョブチェンジしたらもっと最高だと思う。

 このネタ、引っ張りすぎか。



 結局だが先生が隠しているのでなければ、綿原さんのようなイレギュラーが発生することもなく、王女様の【神授認識】は終わった。

 俺たちに背を向けた第三王女はひな壇を登り、王様の横に立つ。


「申し上げます」


 そこからこちらを振り向き、口を開いた。


「【豪拳士】ショウコ・タキザワ様。九階位」


「九階位だと!?」


「七階位のはずでは」


 王女様の言葉に会場がざわめいた。


 そう、第三王女の【神授認識】は神授職ともうひとつ、階位を見破る。

 もちろん俺たちは事前に報告をしているので、これも儀式的な再確認でしかない。そして【神授認識】から壇上での報告までがセットで、物語によく出てくる剣で肩を叩かれたら騎士ですよ、というのと似たような意味になるらしい。まさに儀式というわけだ。



 そんな儀式だが、今回のケースでは盛り上がりという意味で効果は抜群だったようだ。


 一年一組は迷宮で二泊三日を一昨日までやっていたから、情報が出回っていなかったのだろう、驚きの声が結構多い。

 なにしろ前々回の迷宮終了の段階で俺たちは全員仲良く七階位だった。一昨日時点の最新階位を知っている人たちはそうはいなかったということだ。


 なんか気持ちいいな、これ。わたしの階位は九です、とか言って相手に絶望させるパターンに使えそうな。ウチの九階位は五人もいるぞ、今のところ。

 あ、ダメだ。このネタはすでに近衛騎士総長に使われていた。しかも十六。嫌なコトを思い出してしまったので、妄想はここでストップしておこう。


「【聖騎士】マコト・アイシロ様。八階位」


「おお……」


「【聖導師】ミノリ・ウエスギ様。八階位」


「なんと!」


「【聖術】使いを八階位にしている、だと!?」


 王女様がクラスメイトたちの階位を告げるたびに観客がどよめく。


 なにせ全員が七階位だったはずの集団なのに、ポンポンと八階位が登場しているのだから。

 八階位になるためには迷宮三層への挑戦が必須になる。人数を使った接待レベリングをしようにも、一層でネズミを倒すのとはワケが違い、倒すだけでも一苦労だ。

 ましてや後衛職ではトドメを刺すことすらできない魔獣まで現れるのだから、それだけ【聖導師】の上杉うえすぎさんが八階位を達成しているという事実にはインパクトがある。



「【疾弓士】ミア・カッシュナー様。九階位」


「なんとっ、弓使いが!」


「黒髪ではないぞ。勇者ではないのか?」


 ミアの紹介で二人目の九階位ともなり、会場のボルテージがさらに上昇した。

 残念だけどそのミアは、今回弓を封印していたのだ。あと金髪については二か月遅れの話になるから、いまさらほじくり返されてもこっちが困る。


「んふふぅ」


 それとミア、ドヤっぽい顔をしなくていいから。


「【忍術士】ソウタ・クサマ様。八階位」


 ご丁寧に出席番号順に階位を紹介していってくれている王女様も、やはりなかなかだ。もちろん事前に資料は渡していたけど、一日で暗記してしまったのだろうか。それに加えて今使ったばかりの【神授認識】と整合しているのも含めてだとしたら……。もともと警戒対象ではあるが、やはり侮れない人だ。



 ◇◇◇



「【観察者】コウシ・ヤヅ様。七階位」


「おお……」


「ふん」


 で、わかっていたコトだが、俺の紹介のところで会場が微妙な空気になった。やっと驚きより嘲りが上回った感じかな。

 ここまで全員が八階位か九階位だったのだ。ひとりだけ残された七階位など、なあ。


 べつに気にしていないから、怖い顔をしなくてもいいよ、綿原さん。それと田村たむらも……。というか深山みやまさんは【冷徹】を使ってまで変な空気を纏うのはやめてくれ。もっといえば、こちらからは背中だけだから表情が見えないけれど、各所で変なオーラが立ち昇っている。

 怒りやら悲しみやらが入り混じっていて、なにかこう、さっきまでとはべつの意味で覚醒しそうな行動をしなくてもいいんだぞ、みんな。


 それだけで俺の心は報われたから。ありがとう、本当にだ。


「バカ者が。アレを侮るとは節穴が多すぎる」


「まったくだな」


 ふと耳に入ったのはキャルシヤさんとゲイヘン王都軍団長のやり取りだ。

 いやいや、俺としてはむしろ舐めてかかってくれたほうが楽というか。そういう陰の実力者っぽいポジも悪くないというか。それとアレ呼ばわりはどうなんだろう、キャルシヤさん。



「最後になります。【鮫術師】ナギ・ワタハラ様。八階位」


 いろいろと妄想に耽っているうちに綿原さんの紹介も終わり、これで一年一組全員の現状がオフィシャルに知れ渡ることになった。

 繰り返しになるが報告書として資料は提出しているので、偉い人たちや関係者は全員がとっくに把握済みの情報でしかない。


 ちなみに俺たちのうしろで並んでいる王国側の六人は顧問と従士扱いなので儀式とは別枠になっている。さて、アーケラさんとベスティさん、さらにはシシルノさんが八階位になったのを知っている人間はどれくらいいるのかな。

 勇者情報とは別ルートになっているのだろうし、まだまだレベリングは続行する予定だ。注目度が高い勇者のネタより、むしろそっちの方で驚きを買うのが面白いかもしれない。



「ふむぅ、よかろう」


 第三王女というか、この場合は【導術師】からの報告を聞き終えた王様が、鼻息を荒くして頷いた。

 そしてポケットから紙を取り出しそれを手にしながら立ち上がる。


「余、アウローニヤ四十二代国王、ガルシュレッド・アウローニヤ・ヴィクス・レムトが──」


 このフレーズを聞くのは二回目だ。

 前回は『勇者との約定』だったな。それで今回は騎士団の発足か。


「王室直轄第七特別迷宮近衛騎士団、『緑山ヴルム=タータ』の設立を宣言する。なお、今後も『勇者との約定』は継続するものとする」


 ちらりと紙を見ながら王様は宣言した。なるほどカンペか。騎士団の名前、長いものな。


 しかしよく考えてみたらこの王様がなにかを宣言した時は、俺たちに有利な方向に事態が流れている。

『勇者との約定』にしても今回の騎士団にしてもだ。騎士団については第三王女が誘導したのだろうけれど、『約定』の方はアドリブだったようだし、話も短いし、もしかして王様っていい人なのかもしれない。


 ──などという夢は見ない方がいいだろうな。


『約定』の時はまさかの事態でテンションが上がっていただけで、この国の法律やら貴族やらがやりたい放題なのは、それを許してしまった王様の失態だろう。監督責任? だっけ。

 それでも俺たちにとって有能な王様であってくれれば、今はそれで十分だ。その点だけは感謝しておこう。



「では騎士団長……、ショウコ・タキザワよ」


「はい」


 王様、もう一回カンペ見ただろ、今。せめて騎士団長の名前くらい憶えておいてくれ。

 ちょっと上げた評価がけっこう下がったぞ。


 それでも先生は毅然と立ち上がって冷静に返答した。ここで立つのは事前にアヴェステラさんから教わっている。俺たちはもう少し膝を突いた姿勢を継続だ。


「勇者の同胞とはいえ異邦人たるわたしたちに対し、陛下をはじめとした多くの方々には格別のご高配を賜りましたことをお礼申し上げます──」


 豪華な椅子に座り直した王様に促されるまでもなく、先生は口を開いた。もちろん予定通りの流れなのでなにも問題はない。

 敬語の扱いが厄介ではあるが、俺たちはフィルド語ネイティブレベルなので、ヘタをすると城下町の人よりしっかりと語ることができる。


「帰還を求めるわたしたちに対し、その術を探るための知識と階位を上げるために頂いたご助力には感謝してもし尽くすことはないでしょう」


 アウローニヤの扱いにお礼をしつつも、先生は堂々と『帰還』という言葉を放った。


 王様と第一王子はそれに反応しない。第三王女もだ。

 俺の視界ギリギリに映っている偉い人たちの何人かが顔をしかめたが、そっちはどうでもいいか。


 先生の話していることは事前にアヴェステラさん経由で原稿が上にいっているはずだから、王様たちに動揺がないのはわかる。

 あちらはもしかしたらそんなものがあるはずがないと踏んでいるかもしれないし、見つかったとしてもそれは当分先、くらいに考えているのかもしれない。



 悩ましい部分ではあったが、それでも一年一組がどうしたいのかをこの場で言っておく必要があった。

 というより変にボカしてアウローニヤに貢献しますよ、などという曖昧な言質を取られたくなかったと言う方が正確だろう。


「わたしたちはアウローニヤに対する貢献でもって、応えたいと考えております」


 もちろんもらうだけもらってさようなら、何て事をするつもりはない。

 目の前に故郷への門があれば、なにもかにもを投げ捨てて不義理もするだろうけど、そうでもならない限りは恩を返すつもりくらいはある。


 アウローニヤの思惑で俺たちは呼び出されたわけではない。召喚の儀式なんていう最後のトリガーを引いたのは確かにそうかもしれないが、少なくともこの国は今の段階で俺たちを真っ当に扱ってくれているのだから。ならばだ。


「先ほどあった王子殿下のお言葉どおりです。魔獣を狩りましょう」


 幸いといってはこの国に申し訳ないが、俺たちが迷宮に入ること自体、誰にとっても良いことづくめなのが現状だ。


 俺たちは階位を上げながら帰還の手段を探り、王国は魔獣を狩る人員を得る。

 あとはそれがどれくらいの長さになるかだろう。明日で終わりとかだったらさすがのアウローニヤもゴネるだろうし。その時はその時だ。



「狩りつくされては困るな。ほどほどにせよ」


 どこで興に乗ったのかは知らないが、王様が口を挟んできた。

 これはシナリオにはないぞ。


「ならばわたしたちはさらに深層を目指しましょう」


「むふははっ、そうだ。それこそ勇者の意気込みだ。伝承のとおりではないか!」


 言葉を遮られた先生だが、そこはソツのない言葉を返す。

 それが嬉しかったのか、王様は笑い声を上げて先生をもてはやした。なんだこれ。


 たしかに今の先生はひな壇の下にいるし、戦っている時のような覇気を放っているわけではない。割りと温厚な調子で演説っぽいことをしていただけで、見た目だけなら少しキツ目の伊達メガネ美人さんだ。

 対する王様は上段から見下ろしている形だから、上下関係はハッキリしている。


 だからといって冗談めかしながら先生とタイマンで話すとは、鈍感なのか度胸があるのか。


「むふぅっ、勇者の心意気、受け取った。さてタキザワ卿よ、その方自身でこの場の者たちに騎士団を紹介してみせよ」


「かしこまりました」


 シナリオを崩したというのに命令口調の王様は、先生の返事を聞いて随分と満足そうな顔だ。

 だけど先生の演説もあとはどうでもいい結びの言葉くらいを残してほとんど終わっていたから問題はないか。


 やっと式も最終盤だ。



「『緑山』総員、起立」


 先生がいつもとは違う口調だが、いつもどおりの声色で俺たちを促す。このあとに『礼』と『着席』がくっ付きそうな言葉づかいだな。


 その声と同時に俺たちはいっせいに立ち上がった。もちろんアヴェステラさんたち六名も含まれている。

 完全にピッタリというわけでもないが、昨日のうちに何度も練習しておいたので、それなりには揃っていたと思う。練習を見物していたヒルロッドさんが褒めてくれたくらいだし。

 こういうのは体育とか卒業式とかで何度も経験しているからな。


 俺たちが立ち上がった気配を受け取った先生は、その場で一歩を踏み出してからくるりと回れ右をした。

 王様に背中を向ける形になるが、命令が下されてからの行動だから問題にはならないらしい。複雑な作法というわけでもないし、こういう部分はアヴェステラさんから丁寧に教わっている。


「ご来場の皆様に我が騎士団員たちをご紹介しましょう。総員再整列」


 滝沢昇子たきざわしょうこ騎士団長の初仕事がこれだ。


 実はこれ、王国側からは『騎士団幹部』の紹介と打診されていたが、ウチのクラスにそんな者はいない。先生ですらだ。


『全員ということですね』


 マジ顔でそう返した先生に、アヴェステラさんは知っていたとばかりに苦笑いで了承したという経緯があったりする。アヴェステラさんたちの一年一組に対する理解度が深まってくれているようでなによりだ。



 俺たちはこれまたいっせいに回れ右をして、素早く配置換えをしていく。たぶんこれが最後の難所だろう。マスゲームみたいな感じだな。

 王国側のメンバー六人は脇に逸れてそこで整列しなおした。アヴェステラさんたちはここでお役御免になる。


 なるべく雑っぽくならないように、ソレっぽく歩きながら入ってきた扉側に向かって新しい陣形を作っていく。たのむぞ、誰もぶつかったり、転んだりしないでくれ。


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