第220話 騎士となる
「陛下のお言葉のままに」
王様の発言を受けて第一王子が演技ったらしく立ち上がり、言い放った。
口では陛下と言っているにも関わらず、声の方向が完全に観衆側だ。まるで演劇を見ているような気分にさせられるな。
「わたくしも、賜りました」
そしてまた第三王女も立ち上がって、軽く頭を下げた。そちらは体を王様に向けてはいるものの、これまた観客に見せているのがありありとわかってしまう。この人たちは王族を名乗った役者たちかなにかなのだろうか。
「さて、勇者の諸君は今日晴れて、アウローニヤの尊き者となる。見届ける者たちよ、勇者の同胞たる彼らが真たる勇者となる時がやってきたのだ。喝采せよ」
あらかじめ台本があるのはそうだろうが、どうにも王子様の口調からはセリフを読み上げているような空気を感じない。自分の言葉としてかみ砕いた結果なのか、それとも王子様自身で脚本を書いたのか、どちらにしろ大した役者っぷりだとは思う。そういう意味では王様向きの人なのかも。
ところで俺たちは勇者なのか、それとも勇者の同胞なのか、どっちなんだろう。
なんにしてもだ、万雷とまではいかなくてもそこそこに迫力のある拍手がホールに響き渡った。
ふと思うのは、こちらの世界でも拍手の持つ意味が一緒だということだ。初代勇者がそうしたのか、それともたまたま文化がカブったのか。どちらでもいいか。
今は式が少しでも早く進むことに期待しよう。
「その上で、彼らは迷宮を選択した」
この国において迷宮に入るという意味はとても微妙だ。
階位を上げるために必要な事でありながらも、忌み嫌うという相反した葛藤。実際に迷宮の魔獣と戦えば、ビビッてしまう気持ちはわからなくもないが、それにしても。
そのくせ迷宮を神聖視している部分もあって……、そう考えると迷宮と俺たち勇者って似ているな。
持ち上げられる時もあれば忌み嫌われる時もある。表裏一体。ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。
「──彼らは迷宮騎士団であることを自称する、そんな集団だ。私はそれを尊重したいと考えた」
いよいよとばかりにノってきた王子様の言葉は止まらない。
最初に迷宮専門の騎士団にならないかと言ってきたのは、そっち側、たぶん王女様だった記憶があるのだが。
「魔獣を狩りつくす騎士たちである!」
それに対する観衆の反応は嘲り混じりやら、同好の志もいるといったところか。軍関係と文官系の温度差が酷い。
迷宮と勇者を上げたり下げたり、実にこの国らしい反応がむしろ安心感をもたらしてくれるくらいだ。
「昨今の迷宮における魔力異常により──」
勢いに乗った王子様は迷宮の異常についてさも詳しいとばかりに説明を始めた。
こちらとしてはせっかく校長先生の話が短くて喜んでいたところに、教頭のお話が長かったみたいな展開を味わっている気分だよ。王様への好感度がちょっとだけ上がったかと思えばコレだ。
「あの人が将来の国王なんて、騒がしい国になりそう」
俺と
「第一王子だからなあ」
「第三王女も、ちょっとね」
せっかくなので俺も小声で返事をすれば、綿原さんから返ってきたのは悪口ともとれる王女様批評だ。誰かに聞かれて注意されたりしないだろうな。不敬罪とかはヤだぞ。
それでも第三王女がヤバそうな人だというのには俺も同意するしかない。
結果として俺たちを騎士団という集団にしてくれたのには感謝はしているが、それがただの親切だとはとても思えないからだ。タダより高いモノは無いなんていうのは大人がシミジミ言うべきことで、高一の俺たちが実感するようではいけないんじゃないだろうか。
自身も立ったままで王子様の演説を聞いている美少女王女の腹の内にはなにが入っているやら。
見た目だけなら俺たちよりちょっとだけ大人びた金髪碧眼の優しそうな人なんだけど。
第一王子と第三王女なんていうフレーズが出てくる以上、この国にはほかにも王子様や王女様がいる。
年齢順でいくと、第一王女、第一王子、第二王女、第三王女、第二王子という順番で五人だ。女性が三人で男が二人。
アウローニヤは女王が普通に認められている国で、しかもレムト王朝初代は女の人だった。
だからといって第一王子がいる以上、なんだかんだで目の前で延々と語り続けているその人が次期国王としてほぼ当確なのが現状らしい。ほぼと表現したのは立太子していない、つまり正式な王太子ではないからだ。未婚なのが原因らしいが婚約者も決まっているし、近々そうなるらしい。
第一王女は王妃の母国にして米の輸入先、北のウニエラ公国の公王家に嫁いでいる。アウローニヤの王家とウニエラの公家は親戚同士ということになるわけだ。俺たちの食のためにも末永く仲良くしてもらいたい。
第二王女は国内のなんとか侯爵家に嫁入りしているそうで、子供ができたら公爵家にするとかなんとかなんていう資料が見つかった。公然の秘密だろうけど、情報管理がザコすぎるだろう。
そして第二王子はまだ子供、たしか七歳だか八歳くらいのはずだ。
ちなみにこの場には来ていないけれど王妃様はひとりだけで、側室はいない。歴史モノでありがちな王妃同士の争いとは無縁なのが現状だ。そのあたりは実に素晴らしい。
というわけで、現状の王室で表立って政治に携わっているのは第一王子と第三王女だけということになる。
さすがに貴族の誰がどの派閥とか、どの程度の政治闘争が起きているのかなんていう資料や文献があるわけもなく、俺たちはアヴェステラさんたちの言葉や態度から推測するしかない。だからこそ勇者担当の六人全員が一年一組に好意的に見えるのも、どこか裏があるかと考えてしまう時がある。
そう思ってしまう自分が嫌いになる時も。
確実なのはアヴェステラさんを筆頭に、一年一組には第三王女の手が伸びているということだ。
◇◇◇
「では、リーサリット・フェル・レムトよ。彼らに魔力を!」
「かしこまりました」
十分以上は話していただろうか、どうやら演説が終わったらしい王子様は王女様をフルネームで呼んだ。やっとプログラムを進めてくれるのか。
座ったままの王様とその横に立つ王子様に軽く頭を下げた王女様がひな壇を降りてくる。
ここまで俺たちはずっと膝を突いたままの姿勢だ。俺自身に疲れたとか足が痺れたの感じはないが、ほかのメンバーは大丈夫だろうか。とくに前の方で槍を掲げたままの
絨毯の敷かれたひな壇を降りきった王女様の足音が響く。フルプレートのお陰で冷たくはないが、俺たちがいる床は石造りだ。こういう場合、レッドカーペット的な何かがあるかと思っていたのだが、そうでもなかった。
この世界は当たり前だが、俺の中にある異世界常識と少しだけズレることも多い。微妙な違いというのが実は厄介で、気付くその度に心の中を修正するのが面倒だ。巨大な違いならあっさり受け入れることもできるのだけど。
そんなくだらないことを考えている俺の視線を受けながら、王女様は
委員長は王女様を見ているものの、膝は突いたまま。
「マコト・アイシロ様。アウローニヤの剣となり、レムトの盾となることを誓えますか?」
「……誓います」
涼やかな声で俺たちがまったく求めていない誓いを要求された委員長は、一瞬の間をおいて返事をした。
ぶっちゃけ今の一年一組が言いたくないセリフベストスリーに入るだろう。
なにを『誓う』のだか、というやつだ。たとえ儀式の建前で大嘘であったとしても、本当なら心の中で舌を出すようなマネなどしたくない。
せめてもの救いは『永遠の忠誠を』とか言われずに、比喩表現で済ませてくれたことくらいだろう。
「あなたに魔力を」
誓いの言葉を受けた第三王女は、委員長の肩に右手を乗せて、短く宣言した。
第三王女の神授職は【導術師】。日本語表現なら【導師】なのか【術師】なのかハッキリしてくれと言いたくなるジョブだが、立派な【術師】だ。魔力そのものを操作するのに長けた神授職らしい。
得意とするのはその場に魔力を残存させる【魔力定着】と、相手に神授職を認識させて自分もソレを確認できる【神授認識】。
今回の段取りでは【神授認識】が使われることになっている。
つまりそこに、魔力的な意味はない。いや、まったくないわけではないが、儀式的要素が強いのだ。
そもそも騎士爵へ叙爵される人間が自分の神授職を認識していないはずがない。今回の場合は二か月前に俺たちがされたことを、ただ繰り返しているだけだ。
ちなみに生物相手の場合【魔力定着】は瞬間的に打ち消されるので、迷宮に入るわけもない王女様は、事実上の神授職鑑定士と召喚の儀式要員だ。ある意味巫女っぽいな。
初日に古韮と二人して、王女様が洗脳系の技能とかを隠し持っていないかと疑ったのを思い出す。
今では接触系の魔術は相手の同意なしで動作しない、なんていう常識を学んだわけで、こうして意味の薄い行為を冷静に見ていられるワケだ。
すっかりこの世界のシステムに詳しくなってしまったな。
シシルノさんに言わせると、俺、古韮、
というか、クラスの全員がこのまま文官として通用しそうだとか。もちろん政治力は含まないという前提付きだけど、こちらはアヴェステラさんの太鼓判だ。
帰還方法が時間経過だったりとか帝国の存在が無ければ、そういう道もあったかもしれないな。
「誓います」
「あなたに魔力を」
俺が現実逃避っぽいことを考えているあいだにも、儀式は進んでいる。
委員長に続いて、同じく副団長の
◇◇◇
「コウシ・ヤヅ様。アウローニヤの剣となり、レムトの盾となることを誓えますか?」
「誓います」
「あなたに魔力を」
ついに俺の番になり、嫌々ではあるが誓いの言葉を口にした。本当にイヤだな、これ。
ヤンキー系の
俺の肩に手を乗せた王女様から軽く魔力が伝わるのが、なんとなくの感覚で理解できる。
なるほど、これが【神授認識】か。魔力を扱うようになったからこそ、違和感というか魔術が行使されたことを肌で感じるな。
直後に──。
『【観察師】だと?』
なんていう展開を期待していたのだが、まったくそんなコトは起きなかった。
できれば【観察師】でも【観察士】でもいいから、戦闘で使えそうなジョブチェンジをしたかったのに。
ここまで誰もそんな反応をしていなかったし、さすがに俺だけが覚醒、なんていう主人公ムーブが来るわけもないか。ちょっと残念だ。
「ナギ・ワタハラ様。アウローニヤの剣となり、レムトの盾となることを誓えますか?」
「誓います」
「あなたに魔力を」
メインの先生以外、残すは綿原さんと白石さんだけになった。
俺の右隣りで【神授認識】を受ける綿原さんが澄ました顔をみせている。
「あ」
そんな時だ、綿原さんが小さいけれど、確かに声を上げた。
「どうしました?」
「あ、いえ、なんでもありません。ごめんなさい」
「……そうですか」
俺に聞こえたくらいだ、当然目の前の王女様にも届いたのだろう。第三王女は首をかしげて問いただすが、綿原さんは取り繕って無難な返事をした。
こんな場面で無様をやらかすような綿原さんではない。何があった?
「アオイ・シライシ様。アウローニヤの──」
一瞬だけ間を置いたが、王女様は何事もなかったかのように移動し、最後の騎士爵になる白石さんに言葉をかけている。
「綿原さん?」
「待って」
それを横目にしながら俺から声をかけても、綿原さんは短い返事をくれるだけだ。
だけどやはり、これはなにかが起きたということだろう。
白石さんの誓いが終わり、これで一年一組の生徒全員が騎士爵を得ることになった。
正式な賞状、というか証明書類はあとで離宮に届けられるらしいので、あくまでこれは形式上の儀式でしかない。それでも王国的にはこのあと、王様から一言いただけば俺たちを騎士として扱うことになる。
儀式を終えた王女様は、俺たちの合間を縫うようにして最前列に戻っていく。最後に先生の男爵叙爵が残されている。
だけどその前に──。
「
綿原さんに何が起きたのかを聞いておきたかった。向こうも同じだったのだろう、軽くこちらに顔を向けて、小さな、本当に俺にしか聞こえないような声をかけてくる。
「【蝉術】」
「え?」
この世界の神授職は変わることがある。
条件こそ定かではないが【熱術師】が【熱剣士】になったなんていう伝説もあるし、前衛と後衛が入れ替わるような事例は稀だが、もっと単純に【剣士】が【強剣士】になるなんていうのはわりと普通の出来事だ。
そして今、綿原さんはなんと言った?
「【蝉術師】?」
問いかけた俺の声は確かに震えていただろう。
だって【鮫術師】が【蝉術師】って、それはジョブチェンジになるのか?
そもそも意味があるのかないのかすらわからない。
だが、綿原さんは確かに口にした。
つまりあれだ。主人公ポジだったのは綿原さんだったということか。なるほど確かにハズレジョブスタートっぽかったのは俺だけではなかった。彼女もまた【鮫術師】という意味不明の神授職を得てしまったのだから。
うん、最近は女性主人公バトルモノも多いし、なにかこう綿原さんの属性は主人公向きかもしれない。演説とか好きだし。
「八津くん、戻ってきてくれるかしら」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」
「どうしてそうなるのかしらね」
本当にごめん。合間合間で思考があっちこっちに飛ぶのは俺のクセみたいなものだから。
「……【蝉術師】じゃないわ。【蝉術】」
「ああ、そういう」
王女が使ったのが【神授認識】だったものだから、てっきりジョブチェンジ系を想像してしまっていた。
技能が生えたということだな。
って、おい。
「なにそれ?」
「さあ? 神授職は【鮫術師】のままだし【鮫術】もちゃんとあるわよ? 候補に【蝉術】っていうのが現れただけ」
そりゃまあ、サメは綿原さんのアイデンティティみたいなものだからな。そこが変化するとか、ちょっと考えにくい。
「サメのつぎはセミが出せるのかしら」
儀式そっちのけで俺に顔を向けたままの綿原さんは、モチャっと笑っていた。
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