第219話 勇者の行進
「──左より【奮術師】メイコ・ホウタニ」
「『御使い』だ!」
「『魔力渡し』か」
俺のいる列は四人なのだが、一番左の
ここまでの紹介で全員が上位神授職だったのに加えて、『聖女』やら『めった刺し』までが混じっていたわけで現場組、とくに王都軍関係者のテンションがアガっているようだ。
さて一年一組の中でアウローニヤからみて圧倒的人気を誇るのは誰かといえば、まずは【聖導師】の
そしてもうひとり、辻バフ、辻魔力譲渡、さらには元気になれる笑顔まで振りまいてしまうのが、一年一組どころかアラウド迷宮の総合バッファー、元気ロリっ娘の奉谷さんだ。これまた迷宮では『御使い』と呼ばれ大人気を博している。
この場で彼女の名を聞いてざわめいているのは、ほとんど全員が迷宮関連のメンツなのだろう。地上メインの文官連中などは、なんでこんな騒ぎが起きているのかよくわかっていないようだ。会って話をしたら一発なんだけどな。
とはいえ騒いでいる軍部のメンツにいくらかサクラが混じっているのも、事前に聞かされてはいる。
ほぼあり得ないが、聞き捨てられない罵声が飛び出した場面を危惧したアヴェステラさんが手を回してくれたそうだが、さっきから聞こえてくる声はどこからどこまでが仕込みなのやら。なんとなくだが、全部が素に感じてしまう。
「──続きまして【観察者】コウシ・ヤヅ」
「アレが『地図師』か」
「よっ!『指揮官』」
いよいよやってきた俺の名前で、収まりかけたざわめきが再燃した。勘弁してくれ。自分が晒される側になると結構キツいな、これは。
それと『指揮官』コールしたのはヴァフターさんじゃないか。第五の団長がなにをしているのだろう。となりで面白くなさそうな顔をしている『灰羽』のケスリャー団長との対比が酷い。なぜか『蒼雷』のキャルシヤさんは固い表情をしているが、見ている側ですら緊張しているのだろうか。そこまで心配しなくてもいいのに。
賑やかしはいいのだが、全員の紹介アナウンスがまだ終わっていない。というか、俺たちのうしろがまだ二列残っている。
いくら広い謁見の間とはいえ、先頭を歩く
「──さらに隣が【鮫術師】ナギ・ワタハラ」
「なんだアレは、魚か?」
「なるほど、『絵描き』のワタハラか」
名をコールされたその瞬間、笑みを浮かべた
なんでアピールしているのかな。そんなにしてやったりの顔をしなくても。
本来なら術師はこういうところで魔術を見せるのはあまりよろしくないと聞いている。剣を抜くようなものだからな。
だけどここまであからさまであれば、むしろサービスと受け取ることもできるし、綿原さんならアヴェステラさんに確認は取っておいたのだろう。そしてゴーサインをもらったはずだ。
結果としてコレで正解なんだろうな。なんかウケているし。
「──そして【騒術師】アオイ・シライシ」
「おおっ、勇者の頭脳か」
「ジェサル卿が嘱望したという」
「『歌声の主』か。聞いたことがあるぞ」
メガネおさげ文学少女の
とくにシシルノさんの名前が出てきたあたりだ。それってあの人が自発的に触れ回ったんじゃないか?
可哀想に、白石さんの耳が赤くなっている。がんばれ。【平静】全開で乗り越えてくれ。こんな場所で【鎮静歌唱】とかはダメだからな。
というわけで勇者の頭脳とか言われた俺たちの列の紹介が終わった。
左から元気ちびっ子の
なぜ前に出れる系術師の綿原さんまでこの列で一緒だったかといえば、迷宮委員だからだそうな。それなら納得。
◇◇◇
「──続きましての列は、副団長にして【豪剣士】リン・ナカミヤ」
「そうか、あれが『頭蓋割り』」
「木剣で魔獣の目を抉るらしいぞ」
白石さんと同じくちょっと恥ずかしそうにしている中宮さんだが、それでも名前のとおりに凛とした表情で前を向いている。
「──そして最後の勇者を紹介いたしましょう。王室直轄第七特別迷宮近衛騎士団『緑山』団長、【豪拳士】ショウコ・タキザワ!」
なかばやけっぱちのようなノリのアナウンサーさんが、ひときわ大きく
「『無手』か」
「『魔獣狩り』とも聞いたが」
「だが【拳士】がなぜ団長を」
「ふん、年配だからかな」
先生にしても、扱いは中宮さんと似たようなモノだった。
だけど年齢を持ち出すのはマナー違反だろう。文官側の偉いさんだろうが、その顔、憶えたぞ。俺が忘れても、中宮さんを筆頭にクラスの何人かにロックオンされているのにも気付いていないとは情けない。
「聞いたことがある。アレが『無名』のタキザワなのか」
「『名乗らず』か」
そしてこれまた文官の一部が騒いでいる。こっちは狙い通りだな。アヴェステラさんが上手くやってくれたようでなにより。
先生がミドルネームを持たない理由は俺たちに合わせたいという願いからだった。
だがそれではアウローニヤの文化とは相容れない。所詮は蛮族と侮られる可能性をアヴェステラさんは危惧したわけだが、そこで登場したのが我らが聖女、上杉さんだ。
『意味を持たせれば、どうでしょうか』
嫌だからミドルネームを名乗らないのではなく、あえてそうする。幸いといかなんというか、先生には『無手』だとかいう異名が付いていた。ならば。
上杉さんはでっち上げを提案したのだ。
剣も盾も持たずにおのれの拳を武器に戦う者だからこそ、無手だからこそ、あえてミドルネームを名乗らない。
もともと日本の文化には、呼吸を一拍を入れることで決意を固めるという意味があるのだ。もちろんそんな風習はないのだが、在る無しなどこの際どうでもいい。勇者があるといえばあるのだ。日本を持ち出せばなんでもアリにできる。
つまり先生の名は『ショウコ・・タキザワ男爵』としてしまえばそれでいいじゃないか、と。中黒が二個ついているのはミスではなく、読みとしては『ショウコ・っ・タキザワ』といったところだろうか。普段は普通に呼べばいいだけのことだ。
アウローニヤの風習に勇者の故郷の想いを融合させた、ということにしてしまえ。それが上杉さんの提案だった。
そのためには適当に『良い話』を事前にバラまいておけばいい。それこそアヴェステラさんの得意分野だろうと。
つらつらとそんなコトを述べる上杉さんはいつもどおりに優しい微笑みを絶やしていなかった。暗黒聖女の誕生である。誕生というか、前からいたんだろうな。たしか近衛騎士総長襲撃事件のあたりでも黒かったし。
『飲み屋の娘なんてこんなものです』
などとのたまった上杉さんのセリフを先生が遠い目をして聞いていたのが印象的だった。
小料理屋『うえすぎ』でなにが起きていたのかは知らないが、たしか先生は常連だったはず。怖い世界を垣間見た気がするぞ。
そういったわけで、俺たちが迷宮で頑張っているあいだ、アヴェステラさんは地上で暗躍を繰り広げていたのだ。俺たちには絶対できないコトを。
そういう戦いもあるということを学ばせてもらういい機会になったのかもしれないな。
これが『名乗らずの男爵』ショウコ・タキザワの誕生秘話である。
さて、騎士団長の登場が最後になったのも、当然アヴェステラさんの仕込みだ。というより、この国の風習として一番偉い人は最後に登場というパターンが多いらしい。ちょっと偉い人、ウチの場合は
勇者としての最後の列はふたり。
木刀武術女子で副委員長の
道立山士幌高校一年一組、総勢二十二名の紹介が終わった。
◇◇◇
「──最後に騎士団従士ならびに顧問の紹介となります」
最後の最後に一年一組をサポートしてくれている人たちの紹介だ。
そのために今日はアヴェステラさんもヒルロッドさんも観客側にはいなかった。シシルノさんはそういうところ自由自在だから放っておいても問題なし。
「──従士として【湯術師】アーケラ・ディレフ、【冷術師】ベスティ・エクラー、【翔騎士】ガラリエ・フェンタ」
俺たちと同じ鎧、盾、そしてマントを着込み、左肩に『帰還章』をつけた三人が、扉から足を踏み入れる。
「──騎士団顧問として【強騎士】ヒルロッド・ミームス、【瞳術師】シシルノ・ジェサル、そして【思術師】アヴェステラ・フォウ・ラルドール」
第六近衛騎士団『灰羽』の騎士服なヒルロッドさん、いつもの『緑の白衣』を身にまとったシシルノさん、王国文官服を着るアヴェステラさんがメイド三人衆のあとに続く。
彼らはいつもの服装ではあるが、左肩の『帰還章』だけは俺たちと一緒だ。
そんな六人が三人ずつで二列になって俺たちのあとに続く。
ゴールというか、指定された停止位置までは入ってきた扉から三十メートルくらいもあっただろう。
先頭の騎士組連中はすでに到着して、整列の準備に入っているようだ。
俺たちの行く先は停止地点のちょっと先が階段状になっていて、一番上には豪華な椅子が三つ置かれている。今は無人なので、俺たちは誰もいないひな壇に向かって左右から囃し立てられながら行進している形だ。そう考えると本当に見世物だな。
置かれた椅子の背後の壁には巨大なバナーがいくつもぶら下げられている。
意味が分からないものが大多数なのだが、中央の二本だけはお馴染みになったアウローニヤの王国旗と、そしてレムト王家の旗だ。今も俺の右肩に貼りついているのと同じものになる。
ひな壇最上部の左右には豪華な扉があるので、そこから偉い人たちが登場するという寸法だ。
もちろん俺たちが行進を終えて、整列が完了するのを待ってから、ということになる。
そうして行進を続ければ一分もしないうちに目的地に到着した。
前方の列はといえば、旗持ちの古韮と馬那が左右の端に立ち、その間に騎士組とアタッカーが並ぶ。その中でも委員長だけは少し前だ。
後列は後衛職組が並んで、そこに俺も加わっている。そんな後衛連中から【聖導師】の上杉さんと、【熱導師】の
うしろからやってきた先生と中宮さんが俺たちの間をすり抜け、これまた委員長と同じ列に並ぶ。
左から上杉さん、委員長、先生、中宮さん、笹見さんの五人が最前列になった。意味は簡単。騎士団長を中心に副団長が両脇を囲み、さらに二人の【導師】が横にいる。
完全にアウローニヤ側の理屈だが、アヴェステラさんたっての願いであったし、席順ごときでグダグダ文句を言うほどこだわりがあるわけでもない。アネゴな笹見さんがちょっと緊張気味だが、この場は我慢してもらおう。
そして最後に王国側の六人が俺たちのうしろに並んで整列は完了した。
うん、ここまではドジっていない。離宮の広間で練習しておいた甲斐があるというものだ。
◇◇◇
俺たちが整列を終えてからすぐ、鈴の鳴るような音がホールに響き、それまでざわめいていた場が静かになった。
と同時にホールにいた全員が片膝を突く。観衆のみならず俺たちも含めて全員だ。左手に大盾で右手に兜を持ったままなので中々面倒な姿勢ではあるが、これも練習はしておいた。隣にいるちびっ子の奉谷さんも、うん、大丈夫そうだな。なんで授業参観の父兄みたいな気分になっているのだろう、俺は。
さすがの綿原さんもサメは引っ込めたようで一安心。
誰も声を上げない。シンと音が聞こえるくらいに謁見の間が静かになった。
すっと、音もたてずに正面右側にある扉が開き、その人たちが現れる。
先頭を第一王子、その次に第三王女、最後が国王。
俺のイメージだとこういう時は、国王陛下のご入来とか宣言がありそうなものだが、この国はそうでもない。このあたりは格式次第で、今日は最上級の扱いだそうだ。
もうひとつ、誰も頭を下げていないのも印象的だった。片膝を突いて背中こそ丸めがちになってはいるものの、顔は入場してきた王族三人を追っている。むしろそうするのが、これまた最上のしきたりらしい。
こういう微妙なローカルルールは事前にアヴェステラさんから習ってはいたものの、実際に気を付けて行動するとなるとなかなか大変だ。今もうっかり頭を下げてしまいそうになっていたし。
分厚い絨毯が敷かれたひな壇の上を王族の三人が歩き、皆がそれを見つめている。
用意されていた豪華な椅子に、こちらから向かって左から第一王子、国王、第三王女の順番で着席したところでもう一度鈴の音が鳴った。
「むふぅ、よろしい」
これで二度目のお目見えになるが、相変わらずただのおじさんにしか見えない王様が、鼻息をひとつ鳴らしてから声を出した。同時に、観客全員が立ち上がる。ただし、俺たちはそのままの格好だ。
王族の三人が揃っているところを見たのは召喚された当日の、しかも一時間くらいのあいだだけだったが、たぶん今と似たような恰好をしていたと記憶している。
あの時は召喚の儀式などという、建前だけの年中行事の途中だったという話だから、これが正式な衣装ということになるのだろう。
三人ともが王国の文官服を派手にしたような感じだが、ベースは濃い灰色、つまりアウローニヤでは尊い色とされる黒に近い。真っ黒でないあたりがミソなのだろう。
そこに金や銀、白の装飾やら紋章が飾られていて、第一王子と第三王女に関しては下品な感じはしない。
ただなんというか王様だけは、そこに紫白赤青黄灰、そして緑に染められた帯が重ねられて肩からぶら下がっていて、そこが浮いているというか、品が失われているというか。
いや、教えられているから意味は知っているのだ。アレは近衛の色で、お前たちに守られているのだぞ、と感謝を示しているモノだということは。しかも今回の式典に合わせてわざわざ『緑』が追加されているのも、俺たち『緑山』への配慮だ。
だけどそれが絶望的に似合っていないというか、安っぽくなっているのはどうなんだろう。
「ふむぅ。本日新たな騎士団が誕生することを嬉しく思っているぞ」
とても親しみやすいというか威厳も何も感じないおじさんな声で、王様はそう宣言した。
やっと式典がスタートする。
「あとはお前たちに任せよう」
そう言って王様は左右の王子様と王女様にそれぞれ視線を送ってから黙ってしまう。丸投げだ。
校長先生の言葉は短い方がいい。不覚にもこの時の俺は、ほんの少しだけ王様に好感を抱いてしまった。
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