第218話 騎士団入場
「いいね。ヤヅくんは実にいい」
「その言い方、ちょっと怖いんですけど」
騎士団創立式典当日の朝、俺に【遠視】と【暗視】が生えたことを伝えたあとに出てきたシシルノさんのお言葉だ。
ああ、最近ディテールが増してきたと評判なサメが二匹とも至近距離にいる。
「ほら、わたしは【瞳術師】じゃないか。そしてヤヅくんは【観察者】。モノを見るという意味では似ているとは思わないかい?」
「……【魔力視】はほしいですけど、それなら
「
メガネ忍者の草間を生贄に話題を逸らそうとするが、本人からの苦情が飛んできた。
見た目は前髪がメガネにかかるくらい長い、いわゆる陰キャ系男子のクセに、意外としっかり自分の意見を言えるヤツなのだ。いまさらだけど、そういうフェイクは反則だろ。
「まあまあ、ならば二人ともわたしの下にくればいいだけだよ。シライシくんとノキくんも一緒だといいね」
邪悪に笑うシシルノさんは、強欲にもお気に入りの文学少女
いや、わかっている場合ではないか。
「実現したければ逆です」
「うん。わたしもそれを願っているのだけどね」
ついに本体……、サメを二匹引き連れた【鮫術師】の
綿原さんは真っ白なフルプレートをすでに着込み、左腕にはカイトシールドを、同じく左腰には長剣を佩き、右腕にはフルカウルの兜を抱えるという万全の仕様だ。右肩には王国章と王室章が並び、左肩には俺たちの『帰還章』が貼り付けられている。
さらに加えて、腰には薄緑色をしたケープが腰の剣に干渉しないように右を上にして斜めに、なんていうのだっけ、パレオ? のように巻かれている。実戦では邪魔にしかないならないはずだが、それが式典における正装ということになるらしい。薄緑なのはもちろん『緑山』だからだな。
特異なのは肩から腰下のあたりまでの長さを誇る濃緑色のマント、近衛騎士では採用されていない改造軍用外套だ。こればっかりは一年一組特有の装備だが、俺たちが『迷宮専属』の騎士団を表すのにふさわしいと、今回の式典でも着用することになった。
嗤う者は嗤うかもしれないし、意気込みを汲む者もいるだろうというのがアヴェステラさんの評である。
それに対する俺たちの対応は、好きに言わせておけばいい、なのはいうまでもない。
「『魔力研』からの出向だけでいいじゃないですか」
「イザ彼女たちの姿を見ていると、少し羨ましくなってね」
「今さらですよ。最初から言っておけばよかったんです」
俺たちと同じ格好をしているアーケラさんたちメイド三人衆を眺めているうちに、なんとなくシシルノさんもそうしたくなってしまったそうだ。綿原さんの言うとおりで、本当にいまさらだ。昨日までは大した興味もなさそうだったクセに。
とはいえシシルノさんの言うことだ、冗談がほとんどではあるのだろう。ただし名前を挙げた四人と研究に没頭したいというのは本当くさいので、そのぶん綿原さんのデフコンが、ええっと軍オタの
危険が危ないというヤツだな。
俺たちは朝っぱらから談話室でなにをしているのだろう。
「みなさん、そろそろお時間です。準備はよろしいでしょうか」
「はーい!」
元気な声を確認したアヴェステラさんは薄く笑ってはいるが、むしろ緊張の方が強い。
準備が報われる当日を迎えて、アヴェステラさんなりにそうなってしまうのも仕方ないのだろう。そうそう動じない彼女にしては珍しいけれど、これだけのイベントを一手に取り仕切ったのだ、成果が試されるとなれば固くなるのも理解できる。
受験前日までと当日の違いとでもいうか、運動部なら大会当日とでも表現するかもしれない。
そんなアヴェステラさんご当人はいつもの王国仕様な文官服だけど、左肩には『帰還章』をぶら下げている。それについては『灰羽』の騎士服を着ているヒルロッドさんも、いつもの『薄緑の白衣』なシシルノさんも一緒だ。
普段は見送る側のアヴェステラさんも、今日ばっかりは立派な式の主役のひとりである。
こちらも頑張って式をこなして安心させてあげないとな。
◇◇◇
『それでは皆々方、新たなる騎士団の面々を盛大に迎えようではありませんか』
巨大な木製の扉の向こう側から、正確には扉の横にある聞き取り用の小さな窓から、しわがれながらも穏やかな宰相の声が聞こえてくる。
式典の会場となる王城最大の謁見の間は、俺たちが呼び出された『召喚の間』からほど近い、それこそ一本の廊下と控室を挟んだだけの場所にあった。
シシルノさん曰く、王城でも相当に古い区画で、それ故に格式が高いことになるらしい。
『王室直轄第七特別迷宮近衛騎士団、通称は『緑山』のご入来です。万雷の拍手を持って迎え入れてください』
こちらは若い女性の声だが、いよいよ出番らしい。ここまで長かった。
第七だの特別だの近衛だの余計な単語が付随されているのは、宰相やら近衛騎士総長やらが王室に細かい横槍を入れた結果だ。この期に及んでの悪あがきが見苦しいことこの上ない。迷宮騎士団で十分だろうに。
そんな俺の想いを他所に、謁見の間への大扉が開かれた。
一年一組が入場する前に宰相や近衛騎士総長による挨拶というか、騎士団設立についての説明が終わっているのが今回の式次第だ。
ついでにいろいろと偉い人たちのお言葉が並べられていたはずで、謁見の間で膝を突くか直立で黙って聞いているより、こうして控室で椅子に座っていられただけ幸せだったのは間違いない。
アウローニヤで新しく近衛騎士団が創られるなど、現レムト朝になってからは二度目の出来事だ。一度目は最初の王様、もちろんアウローニヤの初代王ではなく、レムト王家が成立した時に今もある六騎士団をいっぺんに設置したので、それは百年以上前の話になる。
簡単に言ってしまえば今回の騎士団創設式典は、事実上初めてのイベントということだ。
『長時間は大変でしょうから』
初めて尽くしを逆手にとって、こんな風にプログラムを手配してくれたアヴェステラさんへの好感度が爆上がりしたのは言うまでもない。
今回の式典について、両殿下はやれという指示を出しただけだ。偉い人がやれと言えば、下の人たちがそれを実現する。社会というのはそういうものだと
で、前例主義がはびこるくせに、妙な法律だけはポコポコ生えるこの国で、この手の式典をプロデュースしろと言われたらどうなるか。誰も手を挙げるわけがない。
目を逸らしまくる文官の中でひとり、勇者に近しい者がいるではないか。
我らが王室付筆頭事務官、アヴェステラ・フォウ・ラルドール子爵、二十八歳だ。
出来レースにも程がある。開き直ったアヴェステラさんは前例がないのを逆手にとって勝手をすることにした。
予算は王室と宰相からの詫び金で賄える。装飾関係はその金を使って総動員をかけた。呼び出す貴族は王都と近郊の者のみでいい。
そのあたりが発表から六日で式典までたどり着くことができた真相らしい。裏方のみなさん、お疲れ様です。
あとは神秘性がどうのこうのと言い訳をカマし、勇者の出番を短めにしてしまった。俺たちがそうしてほしかったのもあるし、ボロを出す可能性も高かったから。
とにかく、こういうコトをやらせるとアヴェステラさんはとてつもなく有能らしい。伊達に【思術師】で【思考強化】をメインスキルにしているわけではないのだ。
俺にも生えている技能だが、なかなか取る機会に恵まれないのが残念。
そういうわけで、貴族っぽい余計な長ったらしい挨拶は、勇者の登場する前に終わらせてしまうというプログラムが出来上がり、俺たちは心に涙を流してアヴェステラさんに感謝をささげることになった。かなり本気で。だって校長先生の長い話や来賓の挨拶とか、普通にイヤだろ。
「んじゃ、行くか」
「おう」
ここからはさんざん練習した行進だ。先発するのは
「──先頭を進みますのは左が【霧騎士】ユズル・フルニラ、右が【岩騎士】ショウイチロウ・マナでございます」
ホール全体に響く声で先頭を行く
どこの部署の人かは知らないが、緑の文官服を着た女性がアナウンサーをやっているようだった。なるほど、これがさっき聞こえてきた声か。もしかしたら白石さんのように【大声】なり音系の技能を持っている人なのかもしれない。
真上から少しだけ斜め前に倒した儀礼用の長槍の先端に『帰還旗』をかざした二人は、フルフェイスの兜を被りバイザーを上げて顔を見えるようにしていた。左腕には大きなカイトシールド、腰には長剣という重装備だが、八階位の騎士職はそんな重さをものともしない。むしろ躓いてコケる方に気を使うくらいだろう。
迷宮騎士団を象徴する緑のマントをはためかせて、なかなか堂々と行進している。度胸あるじゃないか。一番最初がアイツらでよかった。
「──続きましては中央にご注目ください。彼こそが【聖騎士】マコト・アイシロでございます。左後方は【重騎士】シュンペイ・ハキオカ、右後方は【風騎士】タカノリ・ノキです」
そのアナウンスに会場がざわめく。【聖騎士】は今回の主人公のようなものだからな。
どうやらこの式典のノリは神聖で静粛というより、本当の意味でお披露目のようだ。観客のリアクションが騒がしい。
文官が多めではあるが、総長をはじめとする近衛騎士団長全員と副団長クラスが揃っている。つまりキャルシヤさんやヴァフターさんもいるということだ。王都軍からもゲイヘン軍団長やら大隊長がやってきている。
たくさんの人たちが謁見の間の中央を空け左右で見守っているが、ビシっと整列している感じは無いし、声を潜めてもいない。行儀が悪いなあ。大歓迎だ。
そんな中を、真ん中が
槍を持った前の二人と違い、ここからは全員が兜を右脇にかかえて顔を全部さらす格好になる。佩丘が面白くなさそうな顔をしているが、アレは大丈夫なのだろうか。
「──【聖騎士】マコト・アイシロは『緑山』副団長でもあります」
「騎士団長ではないのか」
「なんともまあ」
委員長が団長ではないとアナウンサーから知らされた連中が、よくわからない声を上げているが、それは非難なのかどうなのか。そんなのはこちらとしては気にもしていない。
ウチの騎士団長など、ひとりしか思いつかないのだから。
「──騎士職は以上となります。続きまして攻撃職、左より【剛擲士】タカシ・カイトウ、【忍術士】ソウタ・クサマ、【嵐剣士】ハルカ・サカキ、【裂鞭士】アサガオ・ヒキ、そして【疾弓士】ミア・カッシュナー」
騎士組の後に続くのはアタッカーメンバーだ。
左から野球小僧の
五人が横一列になって進む。割りと愛想のいい安心のメンツだ。ミアなんてニコニコしている。
「本当に上位神授職ばかりなのだな」
「【忍術士】とはなんなのだ?」
一年一組は俺と
ちなみに
「──つぎは【聖術師】となります。左が【聖盾師】ジョウイチ・タムラ。右を行きますのが……、【聖導師】のミノリ・ウエスギ!」
アナウンサーさんの声が
「アレが、聖女かっ!」
「ううむ。実に惜しい」
「迷宮でも兵にまで【聖術】を使い続けたとか」
左側をぶすくれた顔をした
もうなんというか
それでも見た感じはまったく動じていない上杉さんが凄すぎる。
「──続きまして攻撃系術師たちになります」
「術師か」
「異例ではあるが」
通常、近衛騎士団には術師は直接参加しない。【聖術】使いもだが、近衛騎士総長直轄として状況次第で各騎士団に派遣されることになっている。ここでも登場するか、総長め。
とはいえ余程のイレギュラーでもない限り、総長付き副官や文官が各騎士団の要望を聞いて手配をするパターンを取っているらしい。王女様の手引きで手配された、哀れな【聖術師】のパードは今頃どうしているのやら。
「──左から紹介いたします。順に【石術師】ナツキ・サカキ、【熱導師】レイコ・ササミ……」
「【導師】か!」
「ううむ。やはり勇者ということなのか」
「軍部はなにをしていたのだ」
第三の主役たる【熱導師】の名が出てきたところで、アナウンスを遮るように観客から声が飛んだ。大人しくできないのだろうか、この人たちは。
「んんっ。──【雷術師】ヨウスケ・フジナガ、【氷術師】ユキノ・ミヤマとなります」
咳払いをひとつ入れてからアナウンサーさんが残り二人の名前を言い切った。
「【雷術師】とはなんだ?」
「まてっ、アレは、あの赤い目はまさか!?」
ひどい扱いを受けているぞ、お二人さん。
四人の攻撃系術師が一列に歩く。
左から愛想のいい笑顔をしている弟系男子の
って、
「──続きましては騎士団の頭脳と呼ばれる方々です」
やっと俺たちの出番が来たようだけど、どうしてそういう表現になるのだろうか。
ほかにポジティブな表現がないからって、言い過ぎだぞ。
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