第223話 担当者たちはその日:アーケラ・ディレフ城中侍女




「アーケラも来てくれたんだね」


「それはもう」


 明け透けに嬉しそうなベスティ、ベスティ・エクラーはすでに席についていた。


 勇者たちの騎士団が式典を終えたのが数刻前。

 普段よりも早く『水鳥の離宮』を辞去したわたくしは、城下町にある食事処に赴いた。


 呼び出し人はアヴェステラ・フォウ・ラルドール子爵。勇者担当の王室付筆頭事務官で『宰相派』とされる人物だ。

 対して目の前にいるベスティは軍に繋がりはあるものの、現状は城中侍女として第三王女に侍っている。つまり『王女派』と見て間違いない。


 ならばわたくしといえば、ベスティと同じく城中侍女ではあるが、ディレフ家の三女として第一王子に仕える、つまり『王子派』。



「ようこそお越しくださいました」


「いいえ、『慰労会』と聞きましたので。お声がけ、ありがとうございます。ラルドール卿」


「それこそ慰労会ですもの、勇者風にアヴェステラでいいですよ」


 ラルドール子爵、いや、アヴェステラが立ち上がり、軽く頭を下げた。勇者担当で唯一本物の貴族であるのに、それを押しに使わないのが彼女のやり方だ。王国では珍しい種類の人物と言ってもいい。


 名目は『迷宮騎士団式典完遂』の慰労会となっているが、実態は当然違っているのだろう。



「遅くなりました」


「いえ、そんなことはありませんよ」


 わたくしの到着にそれ程遅れることなく現れたのは、ガラリエ・フェンタだった。

 東方領地で不遇をかこち、第三王女に縋る家を持つ『紅天』の騎士が、今では勇者たちの従者だ。見た目は降格であろうとも、給金についてはこれまで以上だろう。そういう抜け目のなさが第三王女にはあるし、実家の都合も鑑みれば彼女もまたベスティと同じ『王女派』だ。



「へえ、こんな部屋があったのか」


 つづけて登場したのはシシルノ・ジェサル。


 たしかにこの部屋は、幾つもある裏口から店の者に顔を合せぬままに入ることを前提としている。

 城下町にいくつかある『密談をする』ための空間だ。


 相も変わらず『国軍総合魔力研究所』の衣装を隠しもしていない彼女は、興味深げに部屋を見渡している。残念ながらここに、普通の食事処以上の意匠や仕掛けなどはない。精々『壁が厚い』くらいだ。


 シシルノ・ジェサル騎士爵。軍部の重鎮たるジェサル家の出身ながら家との繋がりは薄く、強いていえば『軍部派にして無派閥』か。



「すまない、俺が最後かな。来たくなかったなあ」


 最後の登場したのがヒルロッド・ミームス。第六近衛騎士師団『灰羽』副長にしてミームス隊の隊長だ。

 この場において間違いなく最強の武力を誇るが、それを行使するとはとても思えない疲れた顔をしている。


「庶民の服装がお似合いですね」


「これはその、普段着なんだ」


 アヴェステラがヒルロッドに突っ込んだように、ここにいるほぼ全員が意識的に平民の服装を心がけているようだ。シシルノだけは例外だが『魔力研』の、しかも彼女独自の服装など王城でも知る者は多くないだろう。

 わたしも庶民服を着こんでいるが、はたして馴染んでいるかどうかの自信はない。


 ヒルロッドもまたシシルノとは別の意味で派閥からは遠い人間だ。『宰相派』に属するとされる『総長派』のくくりになるだろうが、当人としては軍人として上位者からの指示に踊らされているにすぎない。


 総勢六名、これが現状においてアウローニヤから勇者に付けられた人材だ。



 全員の意思が統一されているわけでもなければ、派閥もバラバラな集団が勇者を保護するという一点で繋がっているといういびつな集団。

 そんな面々が、慰労会という名目はあれど離宮の外で一堂に会したのは初めてだった。


「それでは始めましょうか。わたくしの主導でよろしいですか?」


 皆が席に座り一息を入れたところで、アヴェステラが目の前にあった空の杯を手にして言った。


 全員がそれに対し無言で同意する。

 シシルノはお得意の露悪的な笑みを浮かべ、ベスティも同じような表情をしている。ヒルロッドは苦笑いで、ガラリエはムスとした顔だ。当のアヴェステラは、普段通りの薄い笑みを浮かべていた。それについてはわたくしも同じだろう。


「そうですね……、ヒルロッドさん、お願い出来ますか」


「……ああ」


 いつもならミームス卿と呼ぶのが常だが、まさかアヴェステラまでが真似るとは。

 訝しげな顔をしながらもヒルロッドが卓の中央に置かれた酒瓶を手にし、みんなに注いでいく。明らかに毒酒を警戒した手順だが、ここでそんな露骨なマネをするわけがない。姿勢だけでも見せておくといったところだろう。



「今夜ばかりは勇者たちの飛躍を祝いましょう。わたくしたちの存在にも意義があったと」


 そう述べてからアヴェステラは杯の酒を真っ先に飲み干してみせた。


 ヒルロッドやガラリエなどは初手から疲れたような表情になっているが、それでもアヴェステラに続く。

 ヒルロッドなどここ六日を考えれば、一番疲れていない部類だろうに。わたくしとベスティ、ガラリエ、シシルノは勇者たちに同行し迷宮にいる時間が長かったが、間違いなく多忙だったのはアヴェステラだ。


 ほぼ独力で迷宮騎士団の式典をおぜん立てしてみせたのだから恐れ入る。

 どれだけの人脈と金を使って折衝をこなしたのか、城中侍女をやっているからこそ想像ができ、おおよそそんな想定を超える難事だったのは間違いない。


 そういった意味では、この場に銘打たれた『慰労会』という表現は彼女にこそふさわしい。



「まずは呑み、語りましょう」


 なにをバカなこととは思わない。アヴェステラの言葉に否を発する者は、この場にいなかった。


 夕食こそ済ませてきたものの、卓には多くの酒瓶が並び、食事もそれなりの量が用意されていた。どちらかといえばつまみの類が多いが、その中には三層の蛇の足なども混じっている。


「これはこれは、見てくれよヒルロッド。もしかしたらわたしが倒した蛇かもしれないよ、これは」


「あなたが八階位という報告を見た時は眩暈を憶えたよ」


「ははっ、勇者と共にあれば、そうもなるさ」


「そうかもしれないなあ。彼らならそうするだろうな」


 わたくしが思ったことを飄々とシシルノが口にすれば、ヒルロッドは苦笑を浮かべ同意する。


「そんな中でヤヅくんが七階位のままなのだから、これがまた面白い」


「式典で嗤った連中かい? シシルノは趣味が悪い」


「ヒルロッドだって面白がっていたんだろうに。ああいうのを痛快事というのかもしれないね」


 最初こそヒルロッドも硬かったが、二人の口は軽くなっていく。



「わたしなどナカミヤさんに叱責された身ですからね、四層が楽しみです」


「わたしが追い付いてからね。実はわたしって前から【身体強化】と【反応向上】が出てるの」


「ベスティさん、あなたまさかワタハラさんと同じような」


「さてねぇ。技能もいいけど、わたしとしてはミノリやシュンペイから勇者料理を教わりたいかな」


「それならわたしも──」


 十階位ということで自分だけが階位を上げられないガラリエが気炎を吐けば、ベスティがそれをかき回した。



「羨ましいですね。わたくしもお願いしてみようかしら。ねぇ、アーケラさん」


「わたくしが八階位ですからね。まさかこうなるとは思ってもみませんでした」


「よく眠れますか?」


「それはもう」


 わたくしに話しかけてくるアヴェステラまで口調が軽い。そしてなにより目が笑っている。

 城中にいる者ならばそれくらいのことをやってのける人間は多い。同時にそれを見破る者も。目の前にいる女傑は今、笑っていた。


 その気持ちがわたくしにもわかるのが厄介だ。

 けっして【睡眠】が快適だという事実が理由ではなく、わたくしも勇者たちの活躍を語るのが、楽しいから。



 勇者たちと共に過ごす形でふた月を迎えようとすれば、担当者たちの人となりも知れる。

 ここにいる六人は『わたくしを除いて』お人好しばかりだ。そこには間違いのない作為を感じる。つまりは第三王女殿下の掌を。



 ◇◇◇



「さて、時間も時間だ。なにより一番疲れているのはアヴィだろう?」


「そうかもしれませんね」


 一刻ほどだろうか、とめどもなくしていた楽しい会話を打ち切る発言をしたのはシシルノだった。

 アヴェステラがそれを受け、軽くため息を吐く。とても残念そうに。


「では、これを」


 それまでの楽しげな表情から一変、普段より少しだけ固い空気を纏ったアヴェステラが、一枚の『羊皮紙』を卓の上に置いた。意味するところは重要で、証拠が残りかねない行為になる。


「読み上げます」


 酷く落ち着いた声のアヴェステラが、紙面を見ずに読み聞かせるように語り始めた。


「アウローニヤ王国に現れし勇者たちの扱いにつき、第三王女リーサリット・フェル・レムトの意を最大限尊重し、対応するものとする。ただし各人にて勇者たちの信に反すると判断した場合はこれにあたらず」


 紙面には第三王女、リーサリットの名と、すでにアヴェステラ・フォウ・ラルドール子爵の名が記載され、王女の印章が押されている。

 アヴェステラが宰相にコレを渡せば、彼女の命が潰えるどころか、国が崩壊するかもしれないだろう内容だ。



「最後の一文は冗談かい? アヴィ」


「まさか。王女殿下が直々に付け加えました」


 固形化したような空気の中、最初に口を開いたのはシシルノだった。それに対し、アヴェステラはさも当然とばかりに疑問を切って捨てる。


「王女殿下が勇者に害をなす判断をされた場合、わたくしが真っ先に敵対いたしましょう」


「アヴィ、それは誰が誰に対してかな?」


「無論、わたくしが王女殿下にです」


 シシルノを真っすぐに見つめるアヴェステラの瞳に嘘の色は感じられない。本気か?



「そもそもアヴィ。ベスティやガラリエが王女殿下につくならわかる。だが君は『宰相派』だろう?」


「なにをいまさら」


 それこそアヴェステラではないがいまさらだ。シシルノとて理解していないはずがない。

 この手に疎いヒルロッドですら状況は見えていたはずだ。


 勇者たちに騎士団を創らせようと『発案』したのは、確かに王子殿下で間違いない。だが、誰かが吹き込んだとすれば、それをするのは第三王女しかありえない。

 わたくしたちを騎士団の従者とするとしたのも、誘導したのも、少しずつでもわたくしたちの心が勇者に寄っていったことすらも。それすら王女の視野に入っていたとすれば。


 そうしたのはアヴェステラだ。宰相の権威を利用しつつ第三王女の犬と化した。



「いいだろう。わたしは乗ろう」


「シシィ……」


「ただし御家は別だよ。わたしは言わないし、説得も交渉役もするつもりもない」


 アヴェステラが紙の横に置いた筆を手に、シシルノは署名をいっそ気軽とも見える態度でしたためてみせた。


「わたしはね、アヴィ。王女殿下に乗るんじゃない。勇者に賭けるよ。そのための一筆だ」


「……構いません。ありがとうございます」


「なあに、同期の仲じゃないか」


 シシルノの言葉には、なぜか信じたくなるような響きがあった。

 勇者を好いている、か。つい昨日、彼女が放った言葉。本当なのだろう。それをとても羨ましく思えてしまう。


「じゃあわたしもだね。ほら、ガラリエもだし、先に書く?」


「え、あ、ああ」


 軽々と席を立ち書面の傍に来たベスティはガラリエを促し、署名を入れていく。

 この二人にとっては現状の再確認と、さらなる鎖程度でしかないだろう。気楽なもので。


 これで判断を残されたのはヒルロッドと、わたくしだけ。



「アーケラ・ディレフ」


「なんでしょう」


 わたくしの名を呼ぶアヴェステラには緊張の中にも若干の余裕を感じる。それもこれも──。


「リーサリット殿下は第一王子殿下の助命に努力すると申しています」


 そう、わたくしが仕える王子殿下は危機を迎えている。



 本来『宰相派』と『第一王子派』は同じ意味を持っていた。

 緩やかに王を次代に引き継ぎ、現状の体制を維持したいという勢力の集まり。


 だが、帝国への対応を巡り意見が割れる。

 軍部には強硬派も多いが、行政府には現実が見えているか、もしくは両張りの構えを取る者も多い。


 帝国に降るとなった場合、最大の土産は第一王子殿下本人だ。もちろん第三王女や第二王子にも価値はあるが、正統性と傀儡としては値が違い過ぎる。つまりは本来の『第一王子派』が割れつつあった。

 いや、すでに『宰相派』、帝国へ恭順の意を示すために行動しようとする派閥が勢力を強めているのが現状だ。


 そこを次期女宰相を目指しているとされる第三王女に突かれた。

 本来弱小である『第三王女派』は今なお力を持たないように見せかけてはいるが、対帝国でワリを食う勢力を加えながら少しずつ手を伸ばしてきた。目の前のアヴェステラなどは筆頭だろう。


 そして勇者までも。



「アーケラ、君は勇者たちの力を上に伝えないと誓った。本当にそうしているのかな?」


 わたくしの返答を待つアヴェステラではなく、シシルノが訊ねてきた。くだらなくて、胸に痛いことを言ってくれる。

 現状をわかっていて抉るようなマネを。


「タキザワ先生とナカミヤさんの技術については約束通り胸の内です。離宮での訓練についても」


「なあアーケラ。君の行動原理が今一つわからないんだ。教えてもらうことはできるのかな」


「第一王子殿下より賜った言葉の拡大解釈ですよ。勇者たちの成長を阻害するつもりなどありません」


「それはわからなくもないんだよ。どこで手折るのかが気になってね」


 シシルノがこれまで見せてこなかった怒り……、むしろイラつきのような空気をかもしだしながら聞いてくる。

 腹が立つのはこちらの方だ。わたくしとて、とっくに理解しているのに。


「それこそあり得ないでしょう。なにしろ殿下は『わかっていない』のですから」


 ああ、これが答えになってしまう。


 わたくしが仕え、わたくしを信じてくれている王子殿下はわかっていない。

 自らの置かれた状況も、勇者の意味も。諫言をすることも考えたがやめた。それをすれば、おおよそ王子殿下が自身で命を縮めてしまうような行動をしてしまうのが見えていたから。


 申し訳ありません、殿下。

 状況はすでに『殿下が勇者をどうしたいか』ではなく『どうご自身の命をつなぐか』に移りつつあるのです。

 殿下の奔放さをすでに時代が許すことはないでしょう。王子殿下の本意でなくとも、わたくしが、わたくしなりにお力添えを。



「降参しましょう。ですがわたくしは潜在的な対立派閥のままと思ってください」


「十分です。どうぞ」


「ふふっ」


 魔族との契約に合意するような行為だが、なぜか可笑しくなって笑い声が出てしまう。

 そんなわたくしを皆が怪訝な顔で見ているが、知ったことではない。


「いえ、みなさんも予感しているのではないですか?」


「なにをです?」


 気分を害したでもなくアヴェステラが問うてきた。


「勇者のみなさんならば、王女殿下の思惑すら超えてしまうのではないか、と」


「それは……」


「地上でアイシロさん、ナカミヤさん、ウエスギさんが。迷宮でならタキザワ先生、ワタハラさん、なによりヤヅさんが」


 誰一人として否定できていないではないか。ざまあみろ。

 だがシシルノ、一緒になって笑うのは止めてほしい。



「悪いが君たちには乗れない。俺には家族がいるからね。そう言ったらこの場で流血沙汰になるのかな」


 最後になったヒルロッドは拒否を示した。


 今この場で十三階位の【強騎士】ヒルロッド・ミームスに対抗できるのは、十階位の【翔騎士】ガラリエ・フェンタくらいか。どのような展開になろうとも、わたくしの命は簡単に狩られることだろう。


「いえ、そのようなことにはなりませんし、させません。お約束します」


「そう言ってもらえると助かるよ。もちろん他言はしない。こちらも約束するよ」


「はい」


 仮にヒルロッドがここで全員を斬ったとして、それは同時に彼の死を意味する。

 そこにある署名の入った書類を、たとえば近衛騎士総長あたりに渡したところで、ヒルロッド個人も消されるのは明らかだから。


 たとえ署名を拒否しても黙するしかないのが彼の立場になる。普段から思うのだけど、彼は苦労人の素養があるのでは。



「なら俺は、そろそろ立ち去った方がいいかな」


 本当に疲れ切った表情のヒルロッドが、退席を申し出た。これ以上は話を聞きたくないという気持ちに溢れているようだ。わたくしとて似たようなものだが。


「ああ、最後にこれだけは言っておきたい」


「どうぞ」


「俺は勇者たちが好きだ。彼らは純粋で誠実だからね」


「ええ、わたくしもそう思っています」


 シシルノと似たようなコトを言うヒルロッドは、こちらもまた心の内を隠そうともしていなかった。



「ならばヒルロッドさん」


「なんだい?」


 なおも引き留める言葉を放ったアヴェステラに、ヒルロッドは迷惑そうに聞き返す。


「帝国が勇者に目をつけたようです。意味はわかりますね?」


「……署名はしない。しないが……、協力はしよう」


 いま少し、会合は長引きそうだった。


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