第224話 メガネと身長と
「【視覚強化】よ。やったわ!」
『緑山』発足式典が終わった夜。談話室から外を見ていた
いつかはと思っていたが、ついに出たか。今朝の時点で【石術師】の
だけど【暗視】を持っているのは俺だけだ。迷宮では意味なしだけどな。こういうのって【忍術士】の
「やったね」
「ええ!」
本当に嬉しそうだな、綿原さん。
「綿原さんさ、【視覚強化】を取ったらメガネ要る?」
前々から気にしてはいたことをふと思い出し、俺は気軽に聞いてしまった。
その先に存在する闇に気付かずに──。
◇◇◇
騎士団発足式典を終えた俺たちは離宮に戻り、肩の力を抜きまくっていた。
普段なら訓練場に行くことになるのだが、今日はさすがにオフだ。
儀式に出るということ自体がもう気疲れしまくるわけで、終始【冷徹】を使いまくっていた『めった刺し』の
離宮に戻って鎧を脱いだ辺りでみんな揃ってダウンしてしまった。迷宮から戻ってきた時より、明らかに疲れている。
あの
そんな俺たちを見ているアヴェステラさんはやり遂げた感がすさまじかった。
迷宮に籠っていた俺たちと違って、彼女は地上でひたすら式典の準備をしてくれていたのだからそれも当然か。ヒルロッドさんはそういうのでは出番が無さそうだし、ほかの四人は俺たちと迷宮行だったからな。
とにかく式典の件についてはアヴェステラさん最強ということだ。
午後をまるまるオフにして、そのあとは時間もあったので早めに夕食。アウローニヤの人たちは普段より一刻くらい早くに離宮を退出していった。
で、夜になって各人が好き勝手をしていたら、綿原さんに【視覚強化】が生えたという寸法になる。
◇◇◇
「えっ!?」
俺の問いかけに、綿原さんは信じられないとばかりに声を上げた。
その声色は拾ってきた猫を捨ててこいと言われたがごとくだ。これでは俺が悪ではないか。
「
俺と綿原さんのやり取りが聞こえたのか、
「八津くん謝った方がいいよ」
「
さらにツッコミを入れてきたのは【忍術士】の草間だった。
お前いま【気配遮断】を使ってただろ。
深く失望したという感情を込めたセリフを吐いた草間は、長く伸びた前髪の向こう側にあるメガネをギラリと光らせている。
「八津くん……、ちょっと、それは」
「え? あれ? なんで?」
さらにはおさげ文学少女の
アホな返答をすることしかできない俺を見つめる彼女だが、丸いメガネに光が反射して瞳が見えない。
なんだこれは。
ばっと音を立てて部屋の隅に座る先生に向き直れば、彼女は自身の『伊達メガネ』を外して、別の方向を見ていた。そちらには壁しかないのに、先生はなにをしているのだろう。
あ、こっちをチラ見してからもう一度別の方向を見ている。ズルいじゃないか。
こういう場面では先生の仲裁には期待できない。
一年一組にとってクリティカルな出来事でもない限り、先生はあくまでクラスメイトのひとりとしてしか行動しないのだ。助けてください。
ウチのクラスにはメガネっ子が五人いる。
男子はニンジャ系の草間と委員長。女子は鮫女の綿原さんと大人し系アニソン少女の白石さん。そして、伊達メガネクール美人な滝沢先生だ。
なぜかその内生徒側の四名が、俺を取り囲むポジションを取っている。どうしてこうなった。
「わたしたちはね、八津くん」
「あ、ああ」
アタフタしている俺を他所に、綿原さんが唐突に語り始めた。
青いフレームのメガネの向こう側はやはり今に限って反射光で閉ざされ、いつもの綺麗な瞳を見ることができない。どうやってるんだ、それ。
「『メガネ四天王』なのよ」
「なんだそれ」
あ、声に出してしまった。
四方から飛んでくる圧が強まった気がする。
「……最初は
「うん。わたし本ばっかり読んでたから」
「そうね」
なんか始まった。
「小学四年だったかなあ」
「それくらいだったかしらね」
白石さんと綿原さんの掛け合いが続く。
委員長と草間はしみじみと頷いている。
「つぎは僕だったかなあ。小学六年だったよ」
「僕も同じ頃だったかな。草間より少し後だった記憶がある」
「そうそう。お互いに似合わないってフザけてさ」
「いや、草間は似合ってたよ」
「委員長こそ」
マジかよこいつら。自分語りみたいな感じでメガネ語りをしていやがる。
草間と委員長がこんなに仲良く話しているところ、俺は見た記憶が……、結構あるな。
ウチのクラスの連中は、どこからどういうネタで関係が飛び出してくるかわからないから困るのだ。
それにしたって今回のコレは、ちょっと濃くないか?
「そして最後の四天王がわたし。中学二年の時だったわね」
そうか、綿原さんは最後だったのか。それはいいことを聞かせてもらった。
それでこの場合、最強なのか最弱なのかはどうなるのかな。どうでもいいか。
「あ、えっと、じゃあ先生は?」
そんな俺の不義理な言葉に先生の肩がビクリと震えた。
一昨日の『タキザワ隊』の件といい、もしかして俺って最近、先生を売るようなマネが多いのかもしれない。
「伊達メガネ……、じゃね」
「いちおう声はかけたんだよ、こっちに来てからだけど」
そんな俺の裏切りに対して、綿原さんは鼻で嗤うように、委員長はやれやれといった感じでとんだ暴言を吐いた。
そうか、アウローニヤに飛ばされてきてから声掛けたんだ、わざわざ。山士幌にいた頃は、先生と付き合い短かったものな。知らなかったよ。
「ちょっと、
そこで先生シンパで副委員長の
キレる必要あるか?
「いいんですよ中宮さん。たしかにわたしのは伊達ですから」
「先生……、そんな」
当事者にされてしまった先生が中宮さんをたしなめる。クッころとばかりに悔しそうな中宮さんは、もはやお手本のような歯ぎしりをしていた。
何度も繰り返すが、なんだこれ。
「それにほら、四天王だし」
「草間くんまでっ!」
草間がボソっと余計なコトを呟けば、中宮さんが再び激高した。前々から思っていたけれど、武術家のワリに沸点低すぎではないだろうか、中宮さんは。
「本当にいいんですよ、中宮さん。せっかく四人が仲良くしているんですから、わたしが入り込む余地なんて」
先生がそれっぽいことを言っているが、別に悲しそうでも悔しそうでもない。むしろ嫌がっているだろ。アリアリと入会拒否の空気が伝わってくる。
「なにも四天王が四人とは決まっていませんよ」
そこでさらに余計なくちばしを突っ込んできたのは、なんと聖女の
「歴史を鑑みれば……、そうですね、有名どころでしたら龍造寺の四天王は五人ですし──」
そのまま何か語り始める上杉さんだが、そうか彼女は歴女という側面を持っていた。
◇◇◇
「楽しかったわね」
「……まあ面白くはあったけど」
窓辺から夜の湖を見つめる綿原さんの横で、俺はため息を吐くしかない。
フヨフヨ浮かんでいるサメも一緒になって窓の外を見ているようだが、意味はあるのかな。
さっきまであの寸劇は続いていたのだが、中宮さんがガチっぽくなってきたところで、上杉さんがオーラを発してお開きになった。
ちなみに先生は上杉さんの推薦で五人目の『メガネ四天王』に認定された。準会員だそうな。
「ウチのクラスは突発的だなあ」
「そうね。いつもこんな感じだから。八津くんの中学では違ったの?」
まるで俺が常識の外にいたかのような言われようだが、それは心外だ。
「……まあ、小さいグループ単位でならあったかな」
「そうなの?」
答える綿原さんの表情からは肯定も否定も判別できない。でもまあ。
「ここは異世界で早く帰りたいけど、こういうのは嫌いじゃないんだ。悩ましいよ」
「そ。なら戻ってからもやりましょ」
モチャっと笑う綿原さんのメガネの向こう側では、切れ長の目が細くなっていた。
俺が隊長に就任した先日の一件といい、一年一組はヘンなノリで盛り上がることが多い。
ただそこに俺が感じるのは、ジトっとしたイジメの色がないことだ。
さっきは中宮さんがガチ切れしかけていたが、そこの境界線は委員長や上杉さんが見切ってみせた。
各人でそれぞれイジりとイジメの境界線が違うはずなのに、ほかの誰かがそれをカバーしてしまうケースがとにかく多い。
それはもう俺からしてみれば奇跡のような光景だ。
たとえばお坊ちゃんな
最近は中宮さんが注意する側であると同時に、ヤバい人であるイメージも追加されたけど。
では大人しい側の
いつもベッタリなイメージがある深山さんとチャラ男な
むしろコレは気恥ずかしいが、俺と綿原さんがペア行動している時間の方が長いくらいかもしれない。これは迷宮委員としてだから、いいのだけど。うん、なぜかロリっ子
「これは予感なんだけどね」
「ん?」
外を見たままの綿原さんが、ふと呟いた。
「【視覚強化】とメガネの話よ」
「ああ、それ」
そういえば発端はソレだったな。
「たぶんだけど『メガネのまま視力が上がる』と思うのよ」
「……うん。俺もそう思ってた」
「ならなんであんなコト聞いたの?」
「なんとなく、だよ」
綿原さんがプクっと頬を膨らませて俺を追求してきた。
本来の会話の流れなら、メガネが本体だったらどうしよう、なんてオチを付けるための冗談だったのだから。それがああなるとは思わなかった。
視力については想定できていたことだ。
そもそも【視覚強化】以前に、階位が上がるだけでもすべての身体能力が強化されているのだ。視力も上がっていないはずがない。とくに前衛職の委員長と草間は強化度が大きいはずなのに、いまだにメガネありきで行動している。
付け加えれば先生を除くガチメガネ組の中で、白石さんはすでに【遠視】を持っているが、それもなぜかメガネ込みだ。
魔力というフィルターを通して能力が補正されているとすれば、俺たちの素は未だ山士幌にいた頃のままなのかもしれない。
いや、こっちに来てから体を動かすようになったから、ちょっとは鍛えられたかな。
もうひとつ、これはあまり考えたくないが、時間経過の成長ぶんもあるかもしれない。
実はこちらに来て数日経ってから、俺たちは全員の『身長』を計っている。
アレは誰の発案だったか、たしか委員長か
俺たちはこちらの世界で時間の経過を感じているが、それは肉体の時間を意味するのかという話題だったと思う。
『昨日の記憶があるってことは、それでもう肉体の変化だろうよ』
即座に田村が否定をしたわけだが、ならば試してみようとなったのだ。なんか委員長が『世界五分前仮説』とか言い出して鬱っぽくなっていたので。
こちらの世界には日本式の身長計がなかったので、定番の『柱の傷』方式が採用された。
とはいえ離宮の綺麗な柱にダイレクトに傷を入れるのもアレなので、談話室の壁紙を使うことになり、もちろんアヴェステラさんに許可を求めたのだ。
現在、談話室の壁には出席番号順に俺たちの身長が横線で表現されている。デコボコが激しいのがちょっと面白いと思っていたりするが、そこに一部『線が複数本』になっている箇所もある。
こちらに来てからまだふた月だが、俺たちは十五歳と十六歳と、そして二十五歳だ。ゲフンゲフン。
先生は置いておいて、たまたま成長期がカブれば二か月で背が伸びるヤツだっていて当然だろう。実は俺も五ミリほど伸びていた。
身長が伸びたのを嬉しいと思う反面、それが異世界の出来事で、少なくともこちら側では現実に時間が経過してしまっているという証拠にもなる。そこが少し悲しい。
たとえば一年後に山士幌に帰還したとして、その時の俺は何歳だろう。あちらの時間経過がこっちと同期してくれている保証もない。ヘタをすれば浦島太郎すらあり得るのだ。
物語によっては地球に戻った段階で『身体が巻き戻る』なんていうパターンもないわけでもないが、はたしてどうなることやら。
そういう妄想にふけると毎度結論になるのが、二十二人で良かったということだ。
これがひとりだったら、などと考えるだけでも恐ろしい。俺が巻き込んだわけではないのだけど、みんなが一緒でいてくれて、追放なんてしないでくれて──。
「やったわよ、八津くん」
「まさか」
連鎖する考え事にハマていた俺に、綿原さんが嬉しそうに語り掛けてきた。
これは出たんだろうな。
「【遠視】よ」
「立て続けか。やったじゃないか」
「うん。この調子で【暗視】も出すわよ」
嬉しそうにモチャっと笑う綿原さんを見れば、心も晴れるというものだ。
「【暗視】は要らないだろ」
「どこで必要になるかわからないじゃない。……持ってるの、八津くんだけだし」
ちなみに体重推移については女子による強固な反対で却下された。
筋量がどうのこうの言っていた陸上少女の
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