第225話 給料だってもらえるぞ
「なんだかバカみたいなコトばっかり考えてたような」
「朝っぱらからどうしたよ、
起き抜けにふと、前日の夜にしていた自分の妄想を思い返して、ちょっとした黒さに頭を抱えたい気分になっていたら、イケメンオタクの
「いや、なんかこう騎士団の式典があって、メガネがあって、それからいろいろ考えてたらな」
「……なんかわかる部分とそうじゃないトコがあるけどさ、俺もたまにやるわ、そういうの」
そうか、古韮もそういうタイプでいてくれたのか。同士っぽいのがいてすごく嬉しい。
「なあ、朝から湿っぽい目をするのは、やめてくれ。俺はそっち方向ないから」
「……すまん」
言われてしまえば俺とて同じだ。反論をするつもりにもならない。
そういえばウチのクラスって所謂腐女子系がいないな。
高校生ともなればクラスに一人や二人、そういう女子がいそうなものだけど……、いやいや、これ以上は考えるのはやめておこう。たぶんそっちの方が幸せだ。
◇◇◇
「【遠視】を取っておきたいんだけど、いいかな」
「今かよ。なんでだ?」
一年一組だけの早朝ミーティングで俺がそう提案したら、噛みついてきたのは坊ちゃんヒーラーの
「式典でうやむやになってたのと、俺はつぎに【目測】を狙ってる。その準備、かな」
「八階位を待てねえのか?」
「どうせあと一体か二体で八階位だ。魔力には余裕があるし【遠視】はコストが軽い。なら慣れておきたいから。それにほら【遠視】と【目測】って相性良さそうだろ?」
「へぇ。好きにすりゃいいさ」
ぶっきらぼうな田村とのやり取りだが、キチンと核心は突いてきた。
なぜここで【遠視】なのか、どうして今なのか、大丈夫なのか。ツンデレ属の田村語は難しい。
「これで
金髪ポニーなミアが心から嬉しそうに歓迎してくれる。同時に
現状ウチのクラスで【遠視】を取っているのは二人。【疾弓士】のミアと【騒術師】の白石さんだ。それぞれ矢と音という違いはあるものの、遠距離に目を向けることに意味があるロールを持っている。
それに対して俺の【遠視】はちょっと理由が違ってくるだろう。彼女たちは攻撃のために遠くを見るのだが、俺は確認するために見る。
ついでに【目測】との相性が良ければ最高なのだけど。
反対意見が上がるわけでもなく、俺は満を持して【遠視】を取得した。
◇◇◇
「本日の午前中はこちらで各種手続きと、時間があれば修練。午後からは『蒼雷』の訓練場でよろしいでしょうか」
メイドさんたちが現れて一緒に朝食を終えたすぐあとで、いつもどおりにアヴェステラさんたちも登場したのだが、ヒルロッドさんの様子がおかしかった。ついでにいえば、ガラリエさんも。
なんというかいつもより緊張感が漂っていて、それでいて挙動不審というか。
打ち合わせであちらから何も言ってこないということは、俺たちに伝えるべき内容ではないのだろうけれど、気にはなる。
穏便な悩み事ていどならいいのだけど。
さて、俺たち迷宮騎士団だが、いくつかの件で第四近衛騎士団『蒼雷』のお世話になることになった。とはいえ騎士団本部として正式に『水鳥の離宮』が与えられているので、訓練場が『灰羽』から『蒼雷』のモノに切り替わり、それとこの離宮の入り口にいる警備も『蒼雷』から人を出してくれることになったようだ。
キャルシヤさんにはお世話になりっぱなしになることだし、午後にでもお礼をしなくてはならないだろう。主に
「迷宮は明後日からの予定ということですが、よろしいのですか?」
次回の迷宮行の予定を聞いたアヴェステラさんが、ちょっと心配げに確認を取ってくる。
「『魔力部屋』に群れが移動したんですよね?」
「うん。昨日の段階で一部の移動が確認されたよ」
迷宮委員な綿原さんが聞けば、すかさずシシルノさんが答えてくれた。
前回の迷宮で修行の間と化した魔力が多かった部屋は、予想どおりそっちに魔獣が移動したらしい。
ただし三層の奥地ということもあって、現時点ではムリをしてまで手出しすることはしていないようだ。このままなら一年一組のレベリングスポットに使えるということになる。
「八津くん」
「ああ。あそこなら経路も目で確認できているし、ちょうどいいと思う。それに、シシルノさんも魔力を確認したいでしょう?」
綿原さんから話題を振られたので、俺なりに意見を出す。
「もちろんだよ。到達できそうかい?」
「そればっかりは行ってみなきゃ、ですね」
「勇者の活躍に期待するとしよう」
あの『魔力部屋』については、はたして魔力が減少しているのかどうか、シシルノさんも見ておきたいところだろう。
懸念事項は群れの移動がどれくらいの規模なのか不明瞭なので、現地まで到達できる保証がないことだ。それともうひとつ、現場の魔力が減っていたとしても、魔獣がそこで発生したからなのか、移動したあとの魔獣が使用したかの判断が難しいということだろう。
シシルノさん的には魔獣が『行動』することで魔力が減少するという説を実証したいはずだけど、ちょっと厳しいな。
「道中を含めて前回の魔力量は記録に残してあるからね。できれば同じような経路でお願いしたいかな」
そう言うシシルノさんは、ポケットから紙束を持ち出してそのまま俺に手渡してきた。
「なるほど、魔力の多かった部屋を重点的にってことで」
「ああ、それで頼みたい」
迷宮でのルート決定は俺の役どころだ。明確な理由がある要望ならば応えなくては。
「では次回の迷宮は明後日からの一泊二日。炊き出しは初日の朝と二日目の夕方。目的地は『魔力部屋』です」
話をまとめた綿原さんが敬語になって宣言した。
今回の迷宮は騎士団が正式に結成されてから初めてということになる。本当なら二泊三日でも構わないのだけど、いちおう程度の念のためだ。
そのぶん炊き出しもしっかりやって、勇者アピールも忘れない。『帰還旗』を持ち込んでもいいかもしれないな。
「先生……、いえ、騎士団長。お願いできますか」
「……わかりました」
すっごく楽しそうな顔をした綿原さんが先生にバトンを渡した。ここまでやれば先生もノってくれることだろう。
「総員起立!」
先生が席から立ちあがった瞬間、言われずともいった感じに副団長の
それに従い、一年一組とアウローニヤの全員が立ち上がる。先生の眉毛がピクリとしたが、そこまでしなくてもという意思だろう。ごっこ遊び半分、ノリノリ半分な俺たちだ。
「迷宮騎士団のみなさんに告げます。次回の迷宮は明後日の四刻から一泊二日を予定。人員は一年一組二十二名と従士三名、そしてシシルノさんです。迷宮内での行動は八津隊長に、事前の計画は綿原分隊長に任せます。よろしいですね?」
「はい!」
「はい」
先生のお言葉に俺と綿原さんが元気に返事をする。さすがに敬礼まではやりすぎだろうということで、手を降ろしたままの気を付けの姿勢だ。
「今日と明日は予定通りに訓練。それと……、書類を始末しましょう」
「は~い」
最後にちょっと元気をなくした声になったが、それに答えるこちらも似たようなモノだった。
これこそが迷宮が明日ではなく明後日からになってしまう最大の理由だ。書類書きがあるからなあ。
◇◇◇
「はい、こちらに署名をお願いします」
「これでいいですか」
「ありがとうございます」
アヴェステラさんに指示された箇所にサインをすれば、これで俺もいっぱしの騎士爵だ。
目の前に置かれているのは羊皮紙で出来た賞状。騎士爵証明書とでも言えばいいのだろうか、自分用に一枚と王国で保管する一枚になる。
「では、つぎにこちらを」
「……はい」
続いて出てきたのは近衛騎士の証明書。さっきの騎士爵と何が違うのだろう。
このあとにはまだ迷宮騎士団所属証明書と、タキザワ隊隊長任命書が待っている。
朝のミーティングが終わってから、一年一組が最初に取り掛かった作業がコレだ。
どれもこれもアウローニヤ風にやたら物語チックな文言の中に、ワザとやっているのかと思うような場所で義務やら宣誓を意味する文が混じっていたりする証明書にひたすらサインを入れるお仕事。
こんなのでもいちおう定型文らしきものはあるらしいが、騎士になった季節だとか経緯とか、性別とかで細かい部分が違っているらしい。なので、誰かひとりの文書をチェックすればオーケーということにはならないのだ。酷すぎる。
こういうのでアヴェステラさんのやることを信用していないわけではないが、全員のぶんを先生、委員長、
「こんなことで山士幌を思い出すなんて……」
なにかこう、先生が遠い目をしている。
社会人って大変なんだな。
「手伝いますから、がんばりましょう。先生」
「白石さん……、ありがとうございま──」
「あ、これアーケラさんたちの従士契約書らしいです。内容の確認とサイン、お願いします」
「……白石さん」
ここまで絶望的な表情をする先生は初めてだな。俺たちが遭難から戻ってきた時とはまた別の意味で、深い悲しみに包まれている。
なにせ今日からこの離宮の運営そのものが迷宮騎士団の管轄になる。
本当は昨日の午後からだったのだけど、そこはアヴェステラさんが気を利かせてくれた結果だ。
もちろんアヴェステラさんやメイド三人衆が手伝ってくれることになっているが、必ず俺たち、とくに騎士団長と副団長二人の決済が必要になる。
たとえば今まで気にもしていなかった、食事などについても食材の発注や在庫管理が必要だ。ほとんど同一行動でも各人の行動予定表や結果報告、装備品の調達、『蒼雷』に依頼する形になる訓練場の手配や、警備のスケジュールやらなんやら、そしてアーケラさんたちの勤務時間の管理まで。
ついでに言えば、ついに俺たちにも給料が出ることになった。
「基本給に歩合給、そして役職手当、ですか」
アヴェステラさんの説明を受けている委員長たちは、とっても微妙そうだ。
異世界ファンタジーで役職手当とか言われてもなあ。
「八津くん、わたしより高給取りね」
「金を使えるようになったら奢らせてもらうよ」
「そ」
給料の説明を受けた綿原さんは俺から
俺に隊長手当が出るとしたら、綿原さんには分隊長手当が付く。たしかに俺の方が高給かもしれないけれど全額を貯金した上、後日平等に分配ということで話はついているから、どっちがという話ではないのだが。
でもまあ奢るぐらいなら喜んで、かな。俺にもそれくらいの気概はあるし。
一年一組的にはあんまり欲しいものがあるわけでもないのが実情だ。
ありもしないゲームやマンガ、アニメを求めても仕方ないし、こちらのボードゲームや物語は腐るほど寄贈されている。食事に文句は無いし、女子はオシャレをしたいらしいが出歩くわけでもないからなあ。
城の外を出歩くのは論外だが、いちおう王城内にも売店みたいなものはあるらしい。
ちょっとしたオヤツや酒なんかを買うことはできるようだ。先生が歯ぎしりしそうな話だな。
もっと言えば出入りの商人から異世界モノの定番で、アクセサリーや服だって買うことはできる。できるのだが──。
『話すことになる業者さんって、アレだよね』
委員長が気にしていたのは商人のバックに存在することになるだろう、何者かだ。
その意味を素早く察知したのは、実家が医者の田村、コンビニの綿原さん、温泉宿の
商売に理解があるメンバー多すぎだろ、ウチのクラス。
それをいえば今の俺の実家は海藤と一緒で牧場だけど、経営はノータッチだからなあ。ところでミア、キョトンとしているけれど、君の家は手作りチーズを売っていたんじゃないか?
なにが言いたいかといえば、商人がどういうルートで勇者に辿り着くかという話だ。
なにせ俺たちは勇者だ。そんな一年一組の誰かにモノを売ってみろ、『勇者御用達』の看板を掲げるに決まっている。というか、そういうのを前提にして売り込みをかけてくるはずだと委員長は主張し、クラスの半数以上がそれに納得を示してみせた。
なんなんだ、一年一組は。高校一年生だよな?
『バックマージンがどれくらいなるのか、想像できないねえ』
なんてことを言い出したアネゴ系笹見さんはそういうキャラだったろうか。
俺たちに面会するまでに商人は、宰相か王女かはわからないが、とにかく途中で金をばら撒くことになるはずだ。そうして途中の誰かが金儲けをして、商人は勇者にツテができたと喧伝する。
俺たちはそんなことを望んでいないし、なんかイヤな気分になってしまうよな。
『既存の縄張りがあるだろうから、食料品や服、装備なんかの仕入れ先はこれまで通り王国にお任せってことで』
委員長はコストカットチートを使わないことにしたようだ。
先生は窓の外を見ていた。俺もだけど。
というわけで、その手の品物を買ったりするのは、しばらく様子を見てからということになった。
チャラ子な疋さんは未練たらたらであったが、まあ現金を貯め込んでおけば、それでいいんじゃないかな。
『換金性が高いモノを持っておくのが定番だっていう古韮の話もわかるけど、出所があやしい宝石とかよりも、イザ国外となったら金貨や銀貨を鋳つぶした方が早いと思うんだ』
なにせ『魔石』が無い世界だ。まさかこんなに巨大な魔石がっ!? なんていう技は使えない。
だからといって装飾品の類は表立って売れない可能性が高いし、闇の店では買いたたかれるというオチになりそうだ。よって委員長の言い分は正しい。
この場合、問題になる重量については、前衛組に任せるということで。
なんか異世界常識アドバンテージが次々と潰されている気がするぞ。
その現金についてだが──。
俺たちはいわゆる傭兵団だったり、国から独立した騎士団でもない。この国に設置された近衛騎士団なので、独自採算を求められるわけではない。
それを言い出したら第一の『紫心』や第二の『白水』などは、とっくに破産しているだろう。いや、実家が損失補填とかいうのをしてくれるのかもしれない。なんだかなあ。
だからといって一年一組一同はアウローニヤに大きな借りを作りたいとも思っていない。なんとかお仕事でお返ししたいのだ。働いても結果が赤字なら給料を減らしてくれてもいいくらいに思っているぞ、俺たちは。
「王国としては勇者のみなさんが騎士として存在してくださっているだけでも──」
アヴェステラさんが何か言っているが、これはこちらの気分の問題だ。
そこで大事になってくるのが歩合給の存在になる。
迷宮騎士団は基本的に王城警護をしないので、そちらの手当は皆無になる予定だ。
その代わりといってはなんだが、迷宮で稼がせてもらう。これぞ俺たちの本来業務というやつだ。
「迷宮滞在手当ですが、時間単位ということでいいですか?」
「魔獣討伐手当は臨時だったよね。確認は自己申告だし、これって実態として機能してるか怪しいねえ」
「持ち帰った素材についてですが、相場の変動はあるのでしょうか」
てな感じで、迷宮にまつわる手当について確認をしまくっているのは、コンビニ娘の綿原さん、温泉宿の勘定をしていたらしい笹見さん、商売聖女の上杉さんだ。頼もしすぎて涙が出てきそうになる。
我らが騎士団長は公務員だけあって、英語と武力と買い物は得意でも、そういうのは不得手らしいからな。
こうして迷宮騎士団『緑山』の実務が始まった。式典翌日のことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます