第226話 ヒールとの再会
「うおっ! ちょっ!」
大盾を構えたヒルロッドさんが余裕のない声を出している。
ドカンドカンと重たい音を立てる盾をぶん殴っているのは我らが騎士団長、
いつもの猿声を発さず、ただ無言で盾を叩き続けている先生がちょっと……、結構怖い。
いかに受けに回ってくれているからといって、九階位の【豪拳士】が十三階位の騎士に苦悶の声を上げさせるとか。
「さすがは先生ね。一分近くも無酸素運動を続けられるなんて」
武術家女子の
いわれてみれば、階位上昇で心肺能力ってどうなるんだろう。肺活量とか、ぷーってする機械の原理も知らないし。この世界で測ったりできるのだろうか。
なんていう現実逃避的なことを考えている俺だが、先生は先生で現実逃避中だ。
書類仕事は『三分の二』くらい終わらせたあたりでギブになって、残りは明日ということになった。まあ、今日中に必要だった契約関係は全部終わらせたので、残っているのは迷宮関連に必要な書類がほとんどだから問題はない。そのための日程調整なのだし。
だけど教師としてのプライドはちょっと傷ついたようで、武力方面で自分はがんばってますアピールが激しくもみえる。べつにこんなことくらいで俺たちの先生に対する評価が下がるなんてことはあり得ないのにな。
今日の午後だって、キャルシヤさんから騎士団長としての心得講座を聞くことになっているのだし、今のうちにいろいろと発散しておいてもらいたい。
いやそれにしても、コレは結構キツいな。
「どうしたんだい、ヤヅくん」
「いえ、ちょっと慣れていないので」
「【遠視】かい。君にとっては重要なんだろうね」
「ええ、まあ」
シシルノさんが目をシパシパさせている俺を見て、楽しそうに聞いてきた。
【遠視】を取得した俺は、さっそく【観察】【視覚強化】【視野拡大】との被せ掛けをやっているところだ。【視覚強化】を重ねた時もなかなかキタが、【遠視】もヤバい。奥行きが見えるようになったと表現するべきか、視界が広がるのが【視野拡大】なら、深まるのが【遠視】だった。
『なんか、遠くが見やすくなりマシた』
『そんな感じかな。うん、遠くが見えるとしか。望遠鏡とかとは違うかな』
ミアと
最初は情報の多さに戸惑った【視覚強化】だったが、使い込むことで馴染む感覚はつかめている。ならば【遠視】もそうだろう。そうであってくれ。
八階位で取るつもりの【目測】がどれほどのものかはわからないが、早い段階で【遠視】を慣らしておけば、次回の迷宮で役に立つはずだ。
身体強化系が薄い俺は『見る』方向性の技能だけはポコポコ生える。
せっかく隊長職に就いたことだし、ここはひとつとばかりにやる気を出したのだ。見ることを極めてやろうじゃないかと。
思い出したのはハウーズ救出の最後あたりでのシチュエーションだ。
魔獣のせいで視界が通らないのもあったが、あの時に【遠視】があればもうちょっと手際よくやれたかもしれないと、ふと思った。
ミアの機転でギリギリ間に合ったが、マンガの危機的状況みたいなタイミングだったからな。仕掛けられた爆弾は三秒前に止まってくれるより、できれば三十分前に安全にしておきたい。
「シシルノさんの【魔力視】も切り替えって大変じゃないです?」
共通の話題を思いついたので、シシルノさんに振ってみた。
ニンジャの
「慣れだね」
「ですよね」
シシルノさんのお返事はにべもない。
せっかくの研究者なんだから、そういうのも数値化してくれてればいいのに。
「わたしは魔力を視る方向に強い職だが、ヤヅくん、君にも『生える』かもしれないね」
「あるとしたら俺か草間なんでしょうけど」
俺に【魔力視】かあ。たしかにあったら滅茶苦茶便利だろうとは思うけど。
それにしても『生える』ときたか。シシルノさんは俺たちがたまにこぼす『日本語』を好むが、表現まで使ってくるとはな。俺はシシルノさんのそういうところが好きなのだ。
お姉さん研究者キャラなんて最高だろ。
「わたしは案外ミアくんあたりがあやしいと思うがね」
「ありそうで怖いです」
神授職や技能は個人の精神性が発露する、なんて発想はアウローニヤにもある。シシルノさんも信じているクチだ。
怖いのは、ウチのクラスで【魔力視】を発現させるかもしれない心を誰が持っているか、シシルノさんはそれを言い当ててみせたという点だ。神授職と関係無しにだぞ。
この人はどこまで俺たちのことを理解しているのだろう。俺よりしっかり『観察』していそうだ。
「【観察者】か。君は何者なんだろうね、ヤヅくん」
「俺自身が知りたいですよ」
「はははっ、そうだろうね」
俺は哲学っていうのはわからないから。
◇◇◇
「はいっ」
「はい!」
テーブルを片付けて広くなっている談話室では、ガラリエさんが【嵐剣士】の
二人とも武器も盾も持たずに動きまくりながら、時々妙な挙動でジャンプをしているのが見ていてちょっと気持ちが悪い。さしずめ【風術】を使った鬼ごっこといったところだろう。
ガラリエさんから声を出しているのは、一拍後に【風術】を使いますよというお知らせだ。
自分で使っているのを見せながら、相手にも一緒にやってもらうという、一挙両得というか詰め込み授業みたいな感じなんだろうか。ガラリエさんも大概スパルタだな。
春さんの【風術】はまだまだで、使ったところで体がちょっとだけ押されたくらいにしか見えないが、それでもなんだか楽しそうだ。走るのが大好きな彼女にしてみれば、風を感じるのが嬉しいのかもしれないな。
「今は背中だけですが、全身どこでもできるようにしてください」
「はいっ! 追い風参考記録です」
「ノキさんも挙動だけでいいですから、しっかり見ていてくださいね」
「はい!」
陸上女子で体育会系の春さんが元気いっぱいに返事をするのはいいとして、それを見学している【風騎士】の
【風術】の取得で春さんに先を越されても、野来は腐らなかった。もともとが温厚なタイプなのがいい方向にいったのかもしれないが、そういうところは偉いと思う。俺が同じ立場なら、あそこまでマジになれている自信がないよ。
そんな野来の姿を見守っている非公式婚約者たる白石さんの視線も熱い。
ちょっと野来がカッコよくて、そして羨ましいな。サメはどこだ?
「いい光景じゃないか」
ほんと、シシルノさんはどこまで見えているのやら。
◇◇◇
「ウチから出した護衛はどうだった? なるべく向いていそうなのを出したつもりだが」
「なんかすごく丁寧に挨拶されましたよ。ありがとうございます」
午後になり『蒼雷』の訓練場にやってきたわけだが、騎士団長キャルシヤさんの一声目はそれだった。
委員長は苦笑いで返すしかない。
たしかに『水鳥の離宮』の入り口を守ってくれていた騎士たちは、やたら俺たちに恐縮してくれていたからなあ。あの人たちは勇者をどういう存在だと思っているのだか。
申し訳なくて、離宮の中で一年一組がなにをしているのかなんて見せられそうにない。メガネごっことかやっていたわけだし。
「団長就任おめでとう、タキザワ男爵。昨日は言えなかったが、祝わせてくれ」
「男爵はやめてもらえると」
「そう言うな。望んでも得られるような
昨日の式典では固い表情だったキャルシヤさんだが、今日のこの感じはいつもどおりの豪放さだ。式とかで緊張してしまうタイプの人なのかもしれない。むしろ返事をしている先生の顔の方が強張っているくらいだ。
男爵のことを『値』とか言っているけど、この国は金で買えるからなあ、爵位。安くはないのだろうけど。
アヴェステラさんたちから聞いた話では、先生のように平民から騎士爵を経由しないで男爵まで一気というのは結構珍しいらしい。勇者補正があったとしても、俺たちは金を払ったわけでもないのだ。
それをすごいと思われるか、やっかみで見られるかは相手次第だからどうしようもないが、こちらとしては実績で見返すくらいのことはしてやりたい。
「今日は騎士団長の業務についてだったな」
「はい。お願い出来ますか」
訓練以外のメイン用件を切り出したキャルシヤさんに、先生の眉がちょっと下がる。へこたれてるなあ。
「なに、上からのお達しだ。仕事の内だよ」
上ときた。さて、この場合は近衛騎士総長なのか、それとも『殿下』か。キャルシヤさんが口にした瞬間、ちょっとだけ昨日みたいな緊張した顔になったが、王女様が絡んでいる可能性の方が高そうだな。
総長にはわざわざ迷宮騎士団に親切をする理由もない。むしろ邪魔すらありえるだろう。アヴェステラさんたちの人物評では、無視が一番あり得るそうだけど。
そんな状況でもキャルシヤさんは『緑山』に親切にしてくれるわけだし、たとえ王女がうしろにいたとしても感謝しかない。
アヴェステラさんやシシルノさんの同期だからと、そっちの線が目立っていたが、キャルシヤさんも王女絡みだとしたらずいぶんと手広いことだ。
俺たちを取り込んだことといい、王女様ってもしかしたら権威や陰謀だけでなく、手駒的な意味の力も強いのかもしれない。
似たようなコトを考えているのか、委員長もメガネを光らせている。昨日から変なキャラ立てしているな、委員長は。
「さっそく、と言いたいところだが……。おい!」
突如キャルシヤさんは大声を上げた。俺たち相手ではなく、もっと遠く、それこそ訓練場の反対側に向けて。
「バスマン! 分隊の連中全員。集合だ。走れ!」
どうやらあちらさんは俺たちの様子を伺っていたらしい。少し驚いた顔はしたが、キャルシヤさんの声に素早く反応して、こっちに走ってきた。
相変わらずこの世界の騎士は足が速い。百メートル以上離れていたのに、いきなり声を掛けられてからでもヤツらは十秒とかからずキャルシヤさんの下に集まってきた。
そこから整列したと思えば、キャルシヤさんが顎で指示を出したのを受けて、俺たちに向き直る。だけど口は開かない。
「彼らを憶えているかな?」
「……はい」
キャルシヤさんの問いかけに、委員長が頷いた。
目の前に整列した五人全員を俺たちは知っている。
引っ張っても仕方ないか。こいつらはハウーズ・なんちゃら・バスマンとその手下たち。俺たち一年一組とはいろいろ因縁がある連中だ。
会うのはええと、救出して地上に戻ったところで第一王子が乱入してうやむやになった以来か。
「こいつらが君らと縁があったことは聞いている」
すごいなキャルシヤさん。たしか次期男爵家当主で宰相の孫だったかをこいつら呼ばわりだ。
ご当人が子爵だからといっても、大丈夫なんだろうか。
そうか、ハウーズたちは騎士になってから『蒼雷』預かりになっていたのだった。
本来なら安全な『紫心』と『白水』にいられたはずなのに、処罰として迷宮に潜ることになる『蒼雷』に、しかも迷宮がおかしなことになっているこの時期にだ。
そんな連中を見て、因縁深いヤンキーな
「言いたいことがあったのだろう?」
「……」
微妙な空気の中でキャルシヤさんが促せば、ハウーズたちはなんと、俺たちに頭を下げた。
「遭難の時には世話になった。ありがとう」
数秒してから顔を上げたハウーズだが、以前のようなふんぞり返った印象はない。ああ、髪も短くなっているな。
しかも出てきた言葉は、言い方に傲慢さこそ残っているものの、お礼だった。
「それと……、訓練場での件についても申し訳ないことをしたと思っている」
訓練の時に絡んできた、ファーストコンタクトの件まで謝るのか。
この手のお話で、主人公側の慈悲で生き残った悪役が陥るパターンはどうだったかな。
それでも性格が腐ったままで闇堕ちしたあげくに、自滅するかざまぁされるというのは結構見かけるヤツだ。
そしてもうひとつが、漂白パターン。
なんかこう、最初っから実はいいヤツだったみたいなノリで、以後は親しくなってしまうケースだ。まさかこっちか。ハウーズが? 本気か?
そんなハウーズの目はマジだし……、こいつ、髪を短くしたお陰でムダなイケメンから真っ当なイケメンになっているな。
──だけどなあ。視線が上杉さんに向かっているぞ。
俺は【観察者】だからよく見えてしまうんだ。【観察】に【視覚強化】も加わったからな。
その目の意味するところはなんだ?
相手が聖女だから手中に納めたいとかだろうか。それとももっとヤバい路線として、ハートマーク的なアレもあり得る。俺は疎いからそういう判別ができないのが悔しいところだ。【解析】とか出ないだろうか。
気付いているのはもはや俺だけではない。
佩丘や古韮の額に血管が浮かび始めているし、アネゴな
とはいえ視線を受けているご当人、上杉さんはいつもの軽い微笑みのままだ。
あのヤバいオーラが出ていないということは、上杉さんはハウーズに対して安全判定をしているのだろうか。
「……最初の時と同じで、私たちと訓練をしてくれないだろうか。五対五で」
一年一組一同からヤバい視線を受けたハウーズは、おかしなコトを言い出した。
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